第3話①

 首都メトロ京外線、ショッピングタウン駅から徒歩三分。土御門ショッピングタウンは、本日午前十時にグランドオープンを迎えた。


 正面扉が開いた途端、怒涛の服屋巡りを始める千景。何語かも分からない名前の店で、カタカナだらけの名前の服を手に取っていく。本人はいたって上機嫌だが、下僕にとっては、面白いことなど一つもない。それで日高たちは、途中からは店にも入らず、雑談をして千景を待つようになっていた。


 壁に背を預けながら、色とりどりの紙袋を手に提げる日高。徒然なるままに、迅に話しかける。


「そういえばここのショッピングモール、名前の頭に土御門って付いてるらしいな。もしかすると、うちの学長が何か関係してたりして」


 そうは言いつつも、まさかね、と薄く笑みを浮かべる日高。その表情に迅が驚く。


「もしかしても何も、ここを造った会社の代表こそ、土御門学長その人なんじゃないか。俺も詳しくは知らないけど、この広大な敷地も学長の私物らしいぞ」

「え、マジだったの!? しかもすげぇ金持ちじゃん」


 ふざけて呟いたことだっただけに、目を落としそうなほどに見開く日高。


「そりゃあ、代々祓魔師を統べてきた名家の当主だもの。そもそも祓魔師ってだけで社会的地位は高いんだし、そのトップともなれば、権威も権力も並大抵じゃないよ」

「ほへぇ……」


 ひどく気の抜けた声でうなる日高。土御門ショッピングタウンの高い高い天井を見上げていたら、そんな生返事しかできなかった。


「二人ともおまたせー」


 店内を見終えた千景が、半ば小踊りしながら戻ってくる。手には、小さいながらも紙袋が一つ。問答無用で日高に押し付ける。げんなりする日高。呆れ返りながらも、彼は大人しく手荷物に新たな色を加えた。


 その時。


「きゃあああっ」


 三人の耳に悲鳴が届いた。声がした方を振り返る。その場所は、何やらイベントが催されている石畳の広場。中央では、煙にも似たドス黒い塊が揺れている。怪異物だった。


「助けにいかねぇと!」


 真っ先に駆けつけようとする日高。その腕を、千景が掴んだ。


「ダメだよ、まずは学校に報告でしょ」

「んなこと言ってる場合か! 目の前で人が襲われてるんだぞ」

「でも規則が……」

「あんな馬鹿げた規則、律儀に守ってられるかよ。迅、敵の弱点は分からないか?」

「任せろ、研究科の出番だ」


 迅が意気揚々と怪異物の観察をはじめる。日高も、ボディバッグから刀の柄を取り出して構えた。お守り代わりに持ち歩いていたのが功を奏した。だが、刀身の生成を助けてくれる鞘はない。あれなしで戦ったことは一度もないが……できるだろうか。


「日高、話を聞いて! あの規則は、分からないことが多いからこそ、私はむやみに破るべきじゃないと思うの」


 なおも必死に日高を引き止める千景。訳の分からない解釈に、日高が首をひねる。


「たとえば私たちは、規則が定められた本当の理由を知らないでしょ。祓魔師の安全のためっていう理由は、矛盾を説明できない嘘だった。なのに学校側は、嘘を本物だと言って、本物を覆い隠してるんだよ。それって、本当の理由を秘密にしたいからじゃないの? もし今規則を破ったら、日高は、そのことに触れずに弁解できるの?」


 日高は、はっと身をこわばらせた。新たに見えてきた事実に、尻込まずにはいられなかった。


 あの規則には、秘密を守ろうとする誰かの意思が働いているんだ。今まで破ってきた規則とは、構造からまるで違う。おそらく生半可な罰では済まないだろう。


 俺は、いつどこで「誰か」の怒りを買うかも分からない地雷原を、本当に侵してもいいのか? こんな地雷原に、迅や千景を連れ込んでもいいのか?


「何をやってるんだ!」


 迅が、いきなり拳で肩を突いてきた。激しい炎を宿した目で、俺を鋭くにらみつける。いつもは落ち着きのある奴なだけに、怒りをぶつけられると、その叱責は痺れるような衝撃と重みを持った。


 迅が詰め寄る。


「どうして人を助けにいかないんだ。お前が戦ってる間に、俺が弱点を見つけて決着をつけるって、そういう作戦じゃなかったのか」

「もちろんそのつもりだった! けど……」


 自分が祓魔をためらう理由を、あの規則には触れてはならない秘密があるかもしれないと告げる日高。迅は、言葉を失った。恐ろしい可能性を前にして、三人の間に沈黙が流れる。


 だがその静寂を破って、また一段と大きな悲鳴が上がった。騒ぎの中心に目を向ける三人。そこでは、怪異物が、ほんの四、五歳の女の子を持ち上げていた。てらてらと怪しく光る目で、人間を弄んでいる。


 気付いた時には、日高の心は身体を動かしていた。千景に腕を掴まれていたが、その手はとっくに、拘束する意志を失っていた。残酷な光景を目の当たりにしたのは、彼女もまた同じだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る