第16話 ネネの温泉診断

 夕日ちゃん、どうしたの?

 私は自分に問う。

 私の頭は変だ。 

 天敵のけん先輩の前で、ネギ爺への想いを口走るとは……。

 ベッドで掛け布団を頭から被り、私は奇声を上げる。

 布団の中で木霊こだまする奇声音。

 あー、だの。わー、だの。ぎゃぁー、だの……。

 パターンを変えて何度か叫んでみた。

 存外、効果があり、羞恥心しゅうちしんは小さくなり、なんとか、落ち付きを取り戻す。

 頭が冷えて冷静になると、あんな無謀なカミングアウトをしてまで、カイ先輩の声を聴きたかったのか?

 脳内には、疑問符が植えられた田園風景が広がっている。

 スマホを開き、時刻を確認する。

 10時30分――。

 消灯時間を30分も過ぎていた。

 私は寮部屋を静かに出て、露天風呂にて入浴をし、寮部屋に戻ると、11時になっていた。

 明日も祐太朗との対決、2回戦だ。

 考えると少しの不安を覚え、今夜、寝れるのか心配になった。だが、ベッドに潜り込んでみると疲労のせいか、案外、早く眠りにつくことができた。

 ◆

 朝8時――。

 普段なら2年生の教室へ、授業を受けに行かねばならなぬ時間だが、私はストレスペイシェントの担当者であり、この場合は、それを免れることができる。

 ネギ爺には申し訳無いが、授業をサボれるのは、最高に嬉しい。

 そんなわけで、私の歩みは、教室ではなく旅館の客室へと進められている。

 祐太朗の客室前に到着し、深呼吸を1つし。

 客室の中に入り、一旦、踏込で足を止めて、静かに引き戸を開けた。

 居間をのぞき込むと、祐太朗がすやすやと眠っていた。

 カワイイ寝顔を見ると起こすのが可哀相になり、刹那、躊躇ちゅうちょするが、起きている間はマセガキだからと自分を説得して――、

「起きろーっ!朝だぞ!」

 祐太朗を手厳しく起こしにかかる。

 パチンッ。電気を付けた。

「うるさいなぁ」

 祐太朗は、気だるそうに体を起こした。

 目をこすりつつ

「もっと静かに起せよ――夕日っ!」

 出たよ、生意気な祐太朗。

 マセガキ〜、と腹を立てるシーンだが、その苛立いらだちは、祐太朗の頭上の数字を見るなり、消え失せた。

 数値は、90。

「えっ?なんで?」

 つい、心の声が漏れてしまう。

 どうも私は、動揺しているらしく――。

 スリッパを履いたまま居間に足を踏み入れた。

 結果、畳に足を滑らせて空中に浮き、気が付くと尻もちをついていた。

 ワハハ、ワハハ――。

 祐太朗の大爆笑する声が客室に響き渡る。

 私の盛大なコケっぷりと、コケた後に足から脱げたスリッパが宙を舞い、私の脳天にペタリとくっ付いたのが、余程おかしかったらしい。

 こんなカワイイお姉さんを笑うなんて、全く憎たらしいマセガキだ――。

 ガキに馬鹿にされているのだ、本来ならぶちギレるだろうが、今はそれどころじゃない。

 昨夜、70まで下がっていたストレス値が何故、90にまで上がってしまったのか。

 私は、困惑する以外になかった。

 ◆

 祐太朗に朝食を。数値は85。下がった。

 食後、祐太朗と温泉卓球で対決。

 数値は80。また下がった。

 喜びも、束の間で――、

 祐太朗に昼食を。数値は86。

 今度は、上がる。

 何故、上がる?

 数値の上昇に、がっかりしながらも、私は次の作戦へ移行する。

 旅館内にあるゲームセンターへ祐太朗をご招待した。

 私の狙い通り、祐太朗の表情が満面の笑みへと変わり、数値が、85。下がっている。

 祐太朗とカーレースゲームで対決。

 結果は、祐太朗の全勝だったが、私は少しも悔しくない。むしろ、これで数値は下がるはずだという期待の方が強い――。

 祐太朗の頭上の数字を、恐る恐る拝見する。

 数値は、90。

「だぁー、なんでぇ〜」

 私はその場で床に倒れ、床に頬をスリスリさせて、悔し涙をジョロジョロと流した。

 それを見た祐太朗は、

「ぐえっ!」

 苦い食べ物を口にした時に出すような声を洩らし、私の言動にドン引きしているようだったが、私には祐太朗のリアクションを、気にする余裕はなかった。

 ◆

 夕日と同じ2年生女子、ネネは、露天風呂にいた。

 ネネは、温泉管理人の役職についている。

 仕事内容としては、清掃と温度管理に湯質調整など。

 ネネは清掃を終え、これから温泉の状態を把握する作業に入る。

 ネネは学生服を身にまとっている。

 露天風呂の前で、学生服を着た女子高生がプールに入る前に行う、準備運動の如く、体操を始めた。

 首をぐるぐる回す。

 両手を頭の上に、ぐいーと、伸ばす。

 前屈、屈伸、足首をグリグリ。

 ぴょん、ぴょんと、ジャンプ。

 飛び跳ねる度に、ビチャ、ビチャ、濡れた靴下が音を出す。

「準備完了」

 ネネは1人呟くと、右足を上げ靴下を脱ぎ取り、左足を上げ靴下を脱ぎ取った。

 脱いだびちゃびちゃの靴下を足元に置いた。

 すー、空気を吸って、はー、空気を吐いた。

 ――露天風呂は、走るの禁止。下は石畳で、転がると危険なので――、ネネは、岩風呂の岩にひょいっ、とのっかり、ぴょーん、ドボーン。

 ネネは制服のまま、足から温泉に飛び込んだ。

 一瞬、ミニスカートが傘みたいに開いた。

 温泉の水位は、ネネの腰ぐらいだが、ここは敢えて顔、いや髪まで浸かる。

 ネネは、湯の中で体育座りをして、浮遊する。きっと、宇宙もこんなだろう。想像して――。

 体全体を温泉に漬けて、体全体の感覚を研ぎ澄ませて、湯質の状態を確認する、これがネネのやり方だが、誰にも理解はできないだろう。ネネだってちゃんとわかっている。自分が変な女子だと。

 温度、合格。

 湯質、合格。

 湯量、丁度。

 ネネは、勝手気ままに判断を下した。

「仕事終了」

 1人呟くネネ。

 温泉から上がる――当然、びしょ濡れの学生服がピタピタに体にくっついている。スカートは、ひらひらしない。台風的な暴風が吹いたとしても、今なら男子の喜ぶ、風のスカートめくり現象は起きない。

 言わば、スカートの役目は失われている。ある意味最強かもしれないが、上半身は、白いブラウスゆえ、ブラジャーの模様と色が丸分かりである。今日は赤色と、やや派手だった。でも、ネネは気にならない。

 なぜなら、ネネは今、体にまとわりつく衣服が、気持ち良いという奇妙な感覚を味わっている最中で、この状態の自分が、ネネは一番好き。

 エクスタシーな表情を浮べながら、手にはびちゃびちゃの靴下を片方ずつ持って、ネネは、大好きな露天風呂から出ていく。

「あばよ」

 そう呟きを残して……。






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