第19話 裸のつきあい 2
「ネネ、好きな人とかいるの?」
脱衣所の入口前で、退屈しのぎに、そんな質問をしてみる。ネネは、きっと――、
「ノン。露天風呂オンリー」
想像通りかっ!
「夕日、ちゃんは……」
予想外だったのは、まさかの、ネネからの質問返し。問われるとは思わなかった――。
どうしたものか、私から始めた問答を、私自身の勝手な都合でやめるのは、ちょっと失礼だろう。珍しくネネとの二人きりの時間。まぁ、この子と親睦を深めて、なんの意味があるのかは、わからないが、クラスメートだし、あの人のことを言っても――、
「ネギ爺?」
おっとぉ!
ネネの口から、その名前がピンポイントに出てくるとは思っていなかった。
私は驚いて、引き戸に後頭部を打ちつけた。
「無事?」
ネネは訊きながら、私の頭をなでなでしてくれる。優しい子だなー。
「平気。なんでネギ爺だと思ったの?」
「夕日ちゃん、まる見え、くっきり」
わかり易いってことか。けん先輩はおろか、鈍そうなネネにまで、心を読まれるとは――。
「ネギ爺?どこ、いい?」
おや?今日のネネは積極的らしい。
「そうだなー、まなざしかな」
私を見て話す時に、私の心を優しくつつむようなまなざしが好き。
「まな、ざし?」
「そ、まなざし。ネギ爺って、優しいでしょ?」
「ウィ」
「優しさが、ぜーんぶ、まなざしに乗っかってくるの。それが、好き。ネネは、露天風呂のどこが好きなの?」
「オール、ウィッシュ」
ネネは真顔で、そう答えた。
◆
私とネネの間に……流れるのは沈黙。
話すことがなくなった。
私とネネの共通点が、あまりにもない。どうしようかと、悩みモードになりかけたとき、私の親友、朝日がやって来た――メシア現る。
「おやおやー?珍しいね、このコンビ」
朝日は茶化すように言ってくる。
確かに珍しいのだが、そうね、なんて言ったらネネにひどい。だから、
「そうかな?」
若干、否定を混ぜ込んだ返事をしておく。
だが、そんな気遣いは、不要だったようで、ネネは、
「ウィッシュ」
あっさり、朝日に肯定の意を表した。
ネネの返答に、朝日は笑いながら、私の向かいに座り、
「ウィッシュ、って、前、流行ってたやつよね」
「あ、私もそう思った」
さすがは親友。私と同じことが頭に浮かんでいたようだ。思考が人とリンクするのは、なんだか気持ちいいな――。
「祐太朗くん?だっけ、夕日の?」
「そう。生意気な悪ガキ。朝日のお客様は?」
「80代のおじいちゃん」
「ストレス値は?」
「あー、確か、来館時は、80だったかな。でも、今は下がって、70だよ」
「いいなぁ。私なんて来館時と変らなくて……」
「ふーん。だからか……」
朝日は、合点がいったと言わんばかりの表情をした。
「夕日、さっき、祐太朗くんを引きずってたでしょ?ゆずが、けん先輩を探しながら騒いでたから。なに?ヤケになった?」
「だって〜〜。お風呂、なかなか入ってくれなくて、仕方なくだよ、仕方なく」
ゆずめ、なにかしらの尾ヒレをつけたな。
「暴挙はダメだよ、夕日。子供とはいえ、お客様なんだからさ」
朝日は、そう言って私の頭を撫でてくれた。今日は、よく頭を撫でられる日だ。
「クール、クール」
朝日に釣られたのか、ネネもまた頭を撫でてくれた。
小さな幸せを感じる私だった。
◆
夕日が幸せを感じていた頃、露天風呂では、けんによる説得が続いていた。
「なぁ。洗おうぜ」
「いいっ!」
「怖くないようにやってやるから」
「いいっ!」
けんが、洗おうと持ちかけては、それを祐太朗がいいっ、と断り、プイッと、そっぽを向く……その繰り返し。
それにしても祐太朗のいいっ、がイーに聞こえ、昔の○面○イ○ーに出てくる○ョッカーさんを想起させるのは、けんの脳内だけだろうか――。
洗おう?
いいっ!
けんが何度、提案しても、祐太朗の口からは拒否の言葉だけが発信される。
このまま続けたとしても、時間を失うだけで、言わば、バカのひとつ覚えだ。
そんなわけで、けんは攻め方を変えることにした。
まずは、のぼせてしまいそうなので、湯から上がり、温泉の周りを囲う座れそうな岩を見付け、それに尻を着けた。熱くなった体を、涼ませてくれる最高のアイテムである。
湯に浸かっている祐太朗と、向きあって座るけんは、
「なら、こうしよう」
「いいっ!」
ん?もしや――、
「明日の天気は?」
「いいっ!」
「セクシーお姉さんは?」
「いいっ!」
「ショートカットは?」
「いいっ!」
「若干、パーマ」
「いいっ!」
「30代の美人看護婦さんは?」
「いいっ!」
ダメだこりゃ~。まったく聞いとらんな――。
どうやら、祐太朗の耳には、けんの発する言葉が、全て、洗おうと、聞こえるらしい。やれやれ――。
ならば、と。
けんは、指先を湯に浸け、
無数の水滴が、祐太朗の顔に襲いかかる。水を怖がる祐太朗にとっては、酷い行為だと思ったが、多少の荒療治は必要だろう。
「うぁっ!!!なにするんだよっ!!」
祐太朗は、顔にかかった水滴ならぬ湯滴を大袈裟に手で払いながら、口にでも入ったのか、必死にペッ、ペッ、と、口から唾を出すような仕草をする。
「なぁ、祐太朗、手、濡れてるぞ」
けんの冷静な指摘に、祐太朗がピタリと、動きをとめた。
「あ、ホントだ」
けんの言葉が、ようやく祐太朗の耳に届いた。
「祐太朗、水を怖がってしまうのは、妖怪の仕業だよ」
「よーかい?お兄さん、見えるの?」
「いや、見えん。見えんがわかる。祐太朗の周りをウロウロしてるぞ」
小学4年生といっても、今どきの小学生は、大人。それ故、妖怪なんて信じないかもしれないと思った。
だが、けんは祐太朗の予知夢を見ていた。だから知っている。子供時代の祐太朗がアニメ好きだと――。
祐太朗が、妖怪を信じてしまうのは、今人気の、妖怪アニメの影響だろう。別にアニメに詳しいわけではないが、なにせ、けんには、弟と妹がいる。二人とも小学生で、この妖怪アニメを見ている。それ故、知っていたにすぎない。
信心深い祐太朗は、キョロキョロと、周囲を見回している。その様子から、けんはチャンスとばかりに、
「祐太朗に取り憑いてるんだ、見えるわけないし、感じることもできないぞ」
子供というのは、自身の行動を否定されたりすると、反抗するものだが、恐らく祐太朗は――、
「そっ、そうか、だからいないんだ」
祐太朗は、キラキラした瞳をけんに向けた。けんの作戦成功だ。狙い通り、話に乗っかってきた。
「なぁ、祐太朗。どうしたら、その妖怪をやっつけられるか、わかるか?」
「う〜ん、と、違うよーかいを呼ぶ」
「うん、まぁそれも正解なんだが、今、持ってないんだよな、時計――」
言われて気付いた祐太朗は、あっ、と声をもらし、
「じゃあ、無理だ」
「いーや、もう一つあるぞ」
けんの言葉に、祐太朗は首を傾げた。
「なにかなー?」
「何だと思う?簡単だ。洗えばいいんだよ、髪を」
けんは、思い切って話を本題に戻した。どんな反応を示すのか、多少の緊張を感じつつ、祐太朗のリアクションを待つ。
すると祐太朗は、先程とは違った態度を見せた。
「ほっ、ほんとに怖くない?」
祐太朗は、熱さに飽きたのか、答えながら湯から上がり、石畳の上に両足を着地させた。
「ああ、怖くないさ。オレが、祐太朗の頭にいる奴を洗っている間、ずっと目を瞑ってるだけでいい」
「ど、どのくらい?」
祐太朗の手が、震えている。
「そうだな……ヒーローが、悪さする恐竜をやっつけるくらいの時間だな」
「さ、さんぷん、だね……うん、わっ、わかった……やってみる……」
そう言った祐太朗は、両手を胸の前で組んで、まるで神様に願うような格好で、髪を洗ってもらおうという、覚悟を決めたようだった。
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