第10話 調理担当者 

 祐太朗は客室のテレビをつけると、放送中の子供向けアニメに、熱視線を送り始めた。

 やはり子供か。 アニメでも見て、静かにしていてもらおうか――。

「テレビでも見てて。夕食のメニュー、伝えてくるから」

 祐太朗の背に声をかけて、返答を待つことなく、客室を出る。

 廊下を歩き出して、人影がないのを確信すると、調理室へと駆け出した。

 ◆

 調理室のスイングドアに、日頃のストレスを発散するが如く、体当たりして、威勢よく入る。この瞬間が、ちょっと好き。

 通過した後に、ドアがスイングして戻るのを視認すると、調理担当者たちに目を移した。

 調理室には、調理担当者が3人いる。

 まずは、リーダーの3年生男子、シンジ先輩に、話を通す必要がある。

 けん先輩ほどではないが、背は高く、170 cm 位。

 恰幅かっぷくはかなりいい。見かけ、体重は90キロ位はありそうだ。

 例えるなら、シンジ先輩は野生の熊さん――私は、恐る恐る、熊の背中に声をかける。

「しっ、シンジ先輩、お客様の夕食なんですが・・・」

 魚でもさばいているのか、包丁を持つ手が止まらない。

「あっ、あのぉ、お客様の夕食なんですが・・・」

 何度か、同じセリフを言い続け――。

 ようやく、シンジ先輩の手が止まった。

「あん?夕日か。料理は何にするんだ?」

 やっと喋った。てか、あんた、ドンだけ耳が遠いんだよっ!

「お客様が、御注文されたのは、オムライス、唐揚げと、チョコアイスです」

 言って、注文表をシンジ先輩に手渡す。

 受け取るシンジ先輩は、僅かだが、首を縦に動かした。これは、了解の合図だ。

 シンジ先輩は、注文表に目を通すと、それをハルに手渡した。

「おいっ、ハル」

 ハルはノリのいい、2年生男子で、2人目の調理担当者。

「注文、了解っす」

 ハルは、普段、学生服をだらしなく着ていて、風船ぐらい軽い性格だが、今は仕事着のコックコートを身にまとっていて、中々、様になっている。

 ハルは、野菜をザクザク刻みながら、

「夕日よ、客人はガキだっけ、マセだって聞いたっすよ〜」

「相当だよ、あれは。私のこと、年下の嫁だと思ってるよ」

「へー。まっ、男児なんて、そんなもんじゃねっ。なっ、ユキ先?」

 ユキというのは、3年生女子。3人目の調理担当者。

 ユキ先輩は、野菜の皮むきをしつつ、

「そーそ。ハルの言う通り。マセガキ上等でしょ。それより、けんが言ってたけど、夕日、あんた、おっぱい揉まれたって?」

 かぁ。と、顔の温度が上がる。

「あの・・・、やろっ・・・」

 変態ヤローめ。また余計なことを言いおって――。

 私のリアクションに、ユキ先輩が、げらげらと笑った。

「気にしなくてもいいでしょ。夕日、揉まれる程ないでしょう」

 ガ―――――――――ン。

 私は、膝から崩れ落ちた。

「ユキ先、さすがに酷いっすよ、事実を言っちゃぁ」

 おいっ!ハル、お前だよっ、お前も。

「あ、悪い悪い。夕日、ゴメン。まっ、夕日が悪いんじゃないから。スタイルの問題だからさ、気にしないでよ」

 笑いつつ言う、ユキ先輩。

 それ、謝罪になってないよ〜。

「もう、戻ります。料理、お願いします」

 見えない何かに敗北した私は、ガックリと肩を落としながら、調理室を後にした。


















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