第12話 カイ先輩

 祐太朗の客室を出て、階段を下りて、1階のロビーに辿り着く。

 気配からフロントに目を遣る。

 フロントには、カウンターに置かれたファイルに目を落とす3年生男子、カイ先輩の姿があった。

 調理担当のシンジ先輩は、時々、口を開くが、カイ先輩が話をしている場面を、私は見たことがない。まるで、無機質なロボットだ。

 なのに、カイ先輩は、なぜか、フロント担当。

 普通旅館のフロントなら、無愛想だとか様々な苦情が、雨霰あめあられと降り注ぎ、就任早々、首になるのは必然であろう。

 だが、解消温泉旅館のフロント業務は、電話番と雑用ぐらいだ。

 小学生でも勤まるだろう。

 それ故、カイ先輩でもフロント業務をこなすことが出来ているのだろうが・・・。

 声を聞いたことすらない。一体どうやって仕事をしているのか、謎でしかない。

 ここは私、名探偵夕日が、探るしかあるまい。

 コホンッ。咳払いをひとつし。

「カイ先輩、あん女将は、今どこにいますか?」

 訊いておいてなんだが、あん女将の居場所は、間違いなく事務所。

 分かってはいるが、そこをえてカイ先輩に問う。

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 無視かっ!

 そう、ツッコミを入れたくなったが、その寸前で、カイ先輩は、沈黙ではなく、無反応状態を破った。

 カイ先輩は、私を一瞥いちべつしたのち、事務所方向を指さすと、再び、カウンターに置かれたファイルに視線を戻した。

 終わりかいっ!!!

 てか、この空間だけ、時間巻き戻ってないか?

 カイ先輩の声を聞こう作戦は、失敗だ。

 私もマヌケだ。普通の質問をしたってダメに決まっている。

 カイ先輩が思わず、声を出してしまうようなインパクト大の質問をしなきゃ。

 策を練り直すか。だが、その前に――。

 ◆

 カウンター横の解消の文字が染め抜かれた暖簾をくぐり、事務所の扉をノックする。

 あん女将の、どうぞ、の声が響いた。

 扉を開けると、一番奥のデスクにあん女将が座っていた。

 あん女将は、取り込み中らしく、書類を読んでは指でペラッとめくるという、動作を繰り返している。

 ストレスペイシェントの状況報告をしたいのだが、声を掛けづらいな。

 どうしようか、まごまごしていると、あん女将が、先に口を開いた。

「状況報告は、(ストレス)解消完了の後になさい」

「え?な――」

「今回のお客様が子供だからよ。私も初めてなの。だから、報告されても、アドバイスはできないわ。それと、今日はもう休みなさい」

 そう言われて、思い当たる。

 来館時の祐太朗に対する、私の無茶苦茶な接客に、あん女将が怒らなかった理由が。

 そうか、前例がなかったからか――。

「分かりました。それでは、失礼します」

 私は、あん女将の言葉に同意し、事務所を出ようと、方向転換する。

 すると、あん女将が私の背に話し掛けてきた。

「夕日、あなたの腕の見せ所よ。自分の思う通り、やりなさい」

 一瞬、服装か何かを注意されるかと思ったのだが、まさかの励ましで、驚いた。

「はいっ!頑張ります」

 あん女将からの激励を、受け止めると、私は、事務所から退出した。

 ◆

 ロビーに出ると、フロントには、カウンターに置かれたファイルに目を落とすカイ先輩がいる。

 さっきと、まったく変わらぬ光景に、私は、時が停止しているのでは?

 そう、不安になる。

 つい時計に目を遣る。

 時計の秒針は、確かに動いていた。

 よかった。安堵したところで、カイ先輩の声を聞こう作戦を再開する。

「女将に会えました。ありがとうございました」

 私の謝辞に、カイ先輩は手を上げた。

 言葉はない。

 やはり、普通の言葉には、無言か。

 ならば――。

「カイ先輩っ、カイ先輩っ」

 やや馴れ馴れしく呼ぶ。

 カイ先輩は、ゆっくりとこちらに顔を向けると、首を傾げた。

 前髪のせいで、目は見えないが、多分?私を見ている(美人の私を)。

「あの、ですね、私、その、ネギ爺先生とデキてるんですっ!あのっ、その、それ、どっ、どう思いますか?」

 カイ先輩の様子は――頭を抱えて、なんか、悩んでいるような動作を見せている。

 意外だ。てか、面白いな。

 おっ、何か言うぞ。さぁ、来い!!

「お前は、調子の悪いアナウンサーかっ!!カミカミし過ぎだ」

「げぇっ!」

「げぇっ、ってなんだよ。先輩だぞ、オレは。つーか夕日は、ネギ爺みたいのが好みか?言っとくが、年齢差、ヤバいぞ」

 「そう、そう、確か56歳だから、私とは――って、なんでいるんですか?」

 残念ながら、カイ先輩ではなく、突如、目前に現れた、けん先輩の声だった。カイ先輩に夢中で気が付かなかった。

「おー。ノリツッコミ風に言ったな」

 パチパチと小さく拍手するけん先輩は、さらに続ける。

「いるも居ないも、オレも、ここの従業員だしな。お前に嫌われようが、居るさ。つーか、夕日、お前、なんつう場所で、カミングアウトしてんだよ。頭、おかしくなったか、うん?悩みがあるなら、お兄ちゃん、訊いてあげるよ」

 だぁぁぁぁぁぁ―――――――――!!

 私は、手を頬におっつけて、絶叫した。

 鏡などいらない。間違いなく、私の顔は、真っ赤だ。

 まずい、まずい、まずい。

 聞かれた、聞かれた、聞かれてしまった――私の、女のコの秘密を。

 目を手で覆い隠すと、ボルトさん、ごめんなさい。私、あなたの記録を、間違いなく、破ってしまいます。

 そうした謝罪が必要になる程のスピードで、私はロビーから、消え失せるのだった。

 去り際、けん先輩の、

「おいっ、今、リアルムンクの叫びを見たような気がしたぞ」

 そんな戯言を耳にしたが、逃げることを優先するがため、気にならなかった。










 














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