第6話 担当者 2

「うんっ!コホンっ!」

 エレンチョップ効果により、落ち着きを取り戻したあん先輩は、軽い咳払いをした。

 同時――目に鋭さが宿る。が、少し頬に赤みがある。カワイイな――。

「夕日っ、少年の担当、しっかりなさいっ!」

 言って、あん先輩は学制服のスカートをふわりとなびかせて流麗りゅうれいな所作で体を反転させると、カウンター横の【解消】の文字が染め抜かれた暖簾のれんをくぐって事務所へと消えた。 

「夕日ちゃん、ごめんね。あんはちょっぴり言い方がきついけど許してね」

 エレン先輩は、言いながらあん先輩を追って行った。

 あん先輩に返事できなかった。後で激怒されるかも――。

「気にするな。恥ずかしいとこ見られて、早々にこの場から、消えたかったんだろうからな。あんは、ちょっとツンデレなんさ」

「まだ、いたんですか?けん先輩。てか、私の心、読まないでもらえますかね」

「ただ漏れなんだよ、お前は」

 後で、トランプマンを観察してポーカーフェイスの猛練習をしよう。

「夕日は、子供は平気なのか?」

 支配人の役職に就く、けん先輩は笑みを含んだ表情で訊いてくる。何か企んでいるのか、気味の悪い奴め――。

「さあ、どうですかね。私、一人っ子だしな」

「あ?一人っ子は、関係ねえだろよ」

「ありますよ。けん先輩は兄弟がいるから、口は軽いし、チャラいし、なんですよっ」

「おいっ、ケンカ売ってんのか」

「私は、一人っ子だから、真面目過ぎの奥手女子で、話しが苦手なんですよ」

「夕日、お前、オレをディスって、自分を控えめ女子アピールしてるだけだろ」

「だって、事実じゃないですかっ!」

 けん先輩は額に手を当て、ため息をついた。

「お前な、自己分析をするのは勝手だがな、他人を巻き込むな。それに今どき、控えめ女子なんて持てんぞ。お前には才能がないな。分析力ゼロだ。まぁ頑張り、若人よ」

 言うと、けん先輩は去っていった。

 若人って、あんたも同じ若人だろ。

 そう思ったが無論、口には出さなかった。

 あん先輩の退場によりミーティングは終了し解散となった。蜘蛛の子散らすように生徒達は持ち場へと消えていく。しかし、1人こちらにつかつかと歩み寄る小さく、可愛らしい子が――。

「夕日先輩って、けん先輩と仲、いいですよね」

 けん先輩のお次は、この子か。

 突然、顔の真下に現れたのは後輩の1年生女子、ゆずだ。

 ゆずの役職は、私と同じ仲居である。

「別にそんなんじゃないけど」

「ふ〜ん。ホントですかね。ゆず、疑惑、湧き湧きです」

 ワキワキ?

 ゆずの顔が近過ぎるせいで、妙に発汗作用が促進される。顔に汗が滲む。

「ほらっ、汗なんてかいて、ゆず、疑惑が確信、確信、変化ですっ!」

 あー、めんどくさいなぁ――。

 頭の悪い刑事の取り調べよりひどい。

 じー。疑惑の熱視線を向けてくるゆずに顔を背けた。

「あっ、そろそろ準備しないとなー」

 言いつつ歩き出すもゆずが進路を塞いだ。

「待ってください。ゆずの聴取はまだ終わってないです」

 聴取?やはり推理力のない刑事なのか、この子は――。つーか、しつこい。あと、怖いな、この子。

 反復横飛び風のフェイントを何度か繰り返すも、ゆずは中々に運動神経がよくて、道を譲ってはくれない。

「行かしませんよ。ゆずは素早い乙女なのですっ」

 こんな時間の無駄行動をすること数分――。

「おいっ。ゆず、いい加減にしろ。夕日は担当客室の準備があるんだ。邪魔するなよ」

 現れた救世主は、同級生で2年生男子、るいだ。

 るいの役職は、副支配人兼仲居である。

 るいの命令など、ゆずは聞かないだろう。

 どうやって私を助けてくれるのか。

 と――。

「あっ、ちょっと、やめて〜、ゆずは、ゆずは」

 背後からちっこいゆずを羽交い締めにして私の進路を切り開いたのは、仲居の役職に就く、親友の朝日だった。

「はい、ゆず、そこまでよ。夕日はこれから部屋の掃除。あんたは実践前の講習。さっさと行くっ!ネギ爺を待たせないの」

「はーい。ゆず、仕方なく従いまーす」

 恋に恋する面倒女子、ゆずは悔しそうにいなくなった。

「まったく、嵐だな、あいつは」

 呆れ顔のるい。

「恋の嵐ね」

 るいの言葉に修正を加えた朝日。

 2人は私を救ったヒーロー達である。

 それはそうと、ゆすには注意が必要だ。

 国には、ゆず警報を発出するよう懇願すべきだろうか――。

 

朝日とるいにお礼を言って、私は持ち場へと歩き出した。

 さあ、これからはお仕事の時間。気合が入る――やるぞぉー。

「あたっ!」

 気合い注入の直後、けん先輩の脳天チョップが私の頭を揺らした。

「なにするんですかっ!」

「おー、悪い、悪い。小さくて見えなかったわ」

「けん先輩がデカいだけでしょうがっ!」

「夕日、お前は気合い、いれんな」

 また、意味不明なことをいう奴だな。

「お前はさ、つーか、人間なんて、行動に感情はいらねえんだよ。ましてや、相手は客人で赤の他人。余計な事すると、後が面倒だぞ。まっ、頑張り、ほどほどに、だぞ」

 じゃあなー、と去りゆくけん先輩。

 奴は支配人で地位が私より上。だが、チャラい。なので私は嫌いだ。

 けん先輩め、背後がガラ空きだぜ。

 あっかんべ~👻👻👻だ。

「夕日、それは古すぎ。昭和じゃないんだよ」

 見えていない筈のけん先輩からの指摘。

「なんで、わかった?」

「バーカ。お前のやることなんざ、お・み・と・お・し。じゃーな」

 くぅ〜。腹立つなぁぁぁー。

 てか――日本の良いとこアピールする美人フリーアナウンサーかっ!!
















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