第5話 担当者 1

 午後1時――。

 温泉旅館高校は、解消温泉旅館へと変貌する。

 解消温泉旅館は、簡単に説明すると、ストレスを抱えた悩める人間だけが来ることができる旅館である。

 ただし、この旅館には自らの意志で来ることはかなわなず、選ばれし人間のみが来館を許されるのである。

 人選作業がどう行われ、誰が決定権をもっているかは、やはり謎。ネギ爺やたま姉に聞いても、やはり不明だという。

 まったく、わけのわからない学校、ないし旅館である。

 ちなみに、選ばれし客人を解消温泉旅館では――ストレスペイシェントと呼んでいる。


 生徒達にはそれぞれ、役職がある。

 そのうちの1つが、旅館では肝心要の女将である。

 女将の役職に就いているのは、3年生女子のあん先輩だ。

 長い黒髪を大きめのかんざしでとめていて、所作が流麗りゅうれい

 その容姿は、例えるなら江戸時代は吉原遊廓よしはらゆうかくの遊女。しかも、最高位――花魁おいらんだろうか。

 性格は、やや怖い人で近寄りがたい人。

 私のあん先輩イメージではあるが――。

 ちなみに、私の役職は仲居である。

 1階のロビー。

 フロントのカウンター前。

 あん先輩の指示で集められた私達生徒。

 ミーティングの時間である。

「いいかしら。あなた達、しっかりなさいっ!」

 あん先輩の激が飛んだ。

 皆、あん先輩を恐れているのか私語は消失し静寂がうまれた。やがて場の空気が緊張に支配され、全員が意識を耳に集中させた。

「今日の客室担当は、夕日、朝日、るいにやってもらうわ。お客様のストレスカルテは、それぞれの端末に送信済みよ。ミーティング後、即、確認なさい」

 解消温泉旅館では、一度に宿泊できる人数は3人が限界。何故か?――人間のストレスを解消させるというのは、簡単にはいかない。非常に骨の折れる作業だからだ。

 まあ毎回、宿泊客が3人では普通の旅館なら廃業コースましっぐらだろう。

 ここはよく廃業しないな。どう遣り繰りしたら経営できるのか、謎の温泉旅館だ――。

 あん先輩は様々な注意事項を話した後、最後にお言葉があるとのこと。

「今日のお客様の中に幼い子供がいるわ。だからって、手抜きなんて美徳ではないわよ」

 あん先輩は、私をギロッとひと睨み。歌舞伎界もスカウトにくるかもしれないクオリティ。背筋にぞわぞわと寒気が走った。

 はっ!――もしや私の命もここまでか。

 実は暗殺者の血筋のあん先輩。私の美貌に嫉妬した王室の命令で、抹殺しようと・・・。

 あれっ?違うか――あん先輩の瞳に炎が宿った。

「夕日っ!あなた、今、他の事を考えていたわね」

 ギクッ!

「い、いえ・・・」

 まずいっ!殺られる。手刀を胸の前に身構える。

「おいっ!止めろ、そういうの」

 皆が、緊張しながらあん先輩の言葉に耳を傾けている中において飄々ひょうひょうとした態度で口を出したのは、3年生男子のけん先輩。

 けん先輩はあん先輩の後方にいて、カウンターに頬杖をついている。あん先輩が怖くないのだろうか――。

 けん先輩は長身で細見、若干のチャラさがあるが、役職は支配人である。私としては少々、納得がいかない。

「あん、お前、後輩を脅してどうすんよ。ほらっ、あれだ。そういうのパワハラなんちゃらで訴えられるぞ」

「はぁ?私は夕日と喋ってるのよ。あんたは黙ってなさいよっ」

「おー、こわっ!将来が心配だな、こりゃ」

 両手を広げ、お手上げといった風のけん先輩はこちらを一瞥いちべつした。

 私に助け船を出したようだったが失策に終わったか。使えないな、けん先輩め――。

 ということは、またもあん先輩が私を殺ろうと――。

「あてっ!」

 ちょっとカワイイ声が耳に届いた。

 エレン先輩があん先輩に脳天チョップを繰り出したのだ。

「こらっ。あん、落ち着いて」

 全く痛みは無さそうだが、あん先輩は涙目だ。どうやらエレンチョップは、精神的ダメージを与える打撃なのだろう。

「エレン〜、ひどいよ〜」

 急激なあん先輩の変わり様に周囲は、あ然とした。

 あれ〜。なんだかカワイイなあ。

「なっ、おもしれえ奴だろ」

 声の主は、けん先輩だった。

 犯人を追う刑事のようにカウンターをさっと飛び越えて、瞬く間に私の隣に参上していた。長身を活かしやがって、カッコつけるな、チャラやろーめ――。

「えーと、声、漏れてましたか?」

「いや。安心しろ。漏れてねえよ。ま、顔には書いてあるけどな」

「えーと、それってほぼ、漏れてるんじゃ」

「うーん、そだな。小便をただ漏らすか、プールの中でやるか、ぐらいの差だろっ。ま、気にすんな」

「はあっ!!この変態っ!どんな例えだ

 っ!」

 私はけん先輩、いや、けん容疑者にグーパンチで殴りかかったが、掌で防御されてしまった。もし、また妙な発言があれば頬にビンタをしよっ!――次はハズさんぞ。

 しかし――。

「痛いよー」

「あんが無茶しそうだったから・・・ごめんねー」

 エレン先輩があん先輩の頭をヨシヨシしている。この光景を見ると――。

「先輩達って、親友なんですよね、けん先輩容疑者」

「容疑者って、お前、先輩だぞ、オレは。ま、いいが、親友ってより姉妹だな」

 エレン先輩がお姉さんって感じだ。

 ひとりっ子の身としてはなんとも羨ましい限りだ――。


























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