第4話 ネギ爺と温泉旅館高校 2

 始業時間の8時を迎えると、生徒達が全員集合した。

 生徒数だが、2年生は私を含めてもたったの5人。3年生も少なく、6人。1年生に至ってはたったの1人である。

 要は、温泉旅館高校は分校みたいなものである。そして本校はどこか問われたなら、全ての分校が本校であると答えるしかないだろう。

 この特殊な高校は、都道府県それぞれに2高あるとされ、北支部と南支部とに分かれている。

 私の在席する高校は群馬県北部支部だが、南支部との交流はない。さらに言えば南支部の場所すら知らされてはいない。そもそも自分の学校の場所もわからないわけで、実に意味不明な謎多き学校である。

 学校説明の際はぜひ、むかし、むかし、とある所にと枕詞をつけるべきだ――。

「では日直さん、号令を」

 ネギ爺の言葉に、日直が席を立つ。

「は〜い、ゆず、いいま〜す。起立、注目、礼」

『お願いしまーす』全生徒

「着席」

 号令をかけたのは、1年生女子のゆずだ。

 ちっこくて可愛いいハムスターのような印象を受ける女の子。男子受けはいいが、女子には嫌われるタイプだ。

 ゆずが同じ教室にいるのは、私達2年生の5人と合同で授業を受けるため。

 ネギ爺は、1年生と2年生に同時に授業を行うのだ。きゃー、カッコイイ――。

 ゆずは、挨拶を終えると即座に手を上げた。

「センセー、ゆずはネギ爺センセーの恋愛遍歴が知りたいでぇーす」

 ゆず爆弾作動。

 今は現国の授業。いったい何を言っているのか、この子は。ゆずの心理は私にはわからん――。

「おや。随分と奇抜な質問ですね」

 ゆずを一覧し、う〜ん。困惑気味のネギ爺先生。

「おー、いいね。ナイスクエスチョンだぞ、ゆず」

 このノリのいい陽気な生徒は、ハル。二年生男子だ。

 ハルは、イスの上に立ってゆずを指さして場を盛り上げようとしている。

「ちょっと待ちたまえ。今は授業中だ。静かにしてくれっ!」

 混乱しそうな場を整えようとしているのは、るい。二年生男子で学級委員長である。

「これは重要案件なのです。るい先輩こそ、お静かにっ!」

「そうさ、さい、さい、最重要っ!」

 聞く耳はない、ゆずとハル。

 るいは深い溜め息をついた。

「まったく、君たちは勉学をなんだと思っているんだっ!!僕らは人類の英知を学ぼうとしてるんだぞっ!」

 それはちょっとばかり大げさだろうよ。

「僕は真面目に授業を受けたいんだっ!わけのわからんことで、僕の大事な時間を奪わないでもらおうかっ!」

 突然始まるバカ騒ぎは、もはや定番メニュー。これが収まるには少し時間がかかる。

 その間、無論、私はこの輪には入らない。終演を待つだけだ。

 暇だし、瞑想にでも耽けようかな――。

「ねえ、夕日はどう思う?」

 質問してきたのは、私の親友の朝日。二年生女子。

「なにが?」

「ネギ爺の恋愛遍歴だよ」

「いや、まぁ、興味ないわけじゃないけど、あんまり知りたくないかなぁ」

 うーん。悩ましい。ネギ爺の恋愛かぁ。ネギ爺の男性的な部分を知りたくないかも。

 若き日のネギ爺が、女性を誘い、そのままホテルへと――いやいやまだ早いか。その前にバーで軽く1杯。それからホテルへ、しかもラなんちゃらホテルか?に連れ込んで・・・。ん?

 じー。

 朝日が摩訶不思議なモノでも見るかのような視線でこちらを覗き込んでいた。

 私の顔と朝日の顔の距離、僅か5センチ。

 男女ならチューの範疇だ。

「夕日さ、あんた、時より奇妙な瞬間があるよね。心ここにあらず的なやつ」

「あーと、実はさっきもエレン先輩に指摘されちゃってて・・・」

「いや、いや。笑ってる場合じゃないでしょ。それ危ないからね。電車とか街中とか、痴漢か誘拐の被害者になり兼ねないよ」

「確かに、そうかも・・・。気をつけます」

「わかればよろしっ!」

 朝日に注意され、私は妄想世界に囚われていた自分を反省した。

 と?

「くっ、くっ、く・・・」

 ふと、耳にした笑い声。その主は、2年生女子のネネだった。

 ネネは、独り言が多く、よくニヤニヤしている。奇っ怪な女子だが、容姿は可愛くて小鳥のような印象を受ける。

 今、ネネは手にした動物モノの消しゴムをニヤニヤしながら見ている。

 ちょっと怖いので、スルーしよう。

 そんなこんなで、静かになった教室。

「では、始めましょう。1時限目は現国です」

 ネギ爺は、何もなかったかのように、授業を始めた。先程まで騒いでいた三人だが、興味熱はとっくに冷めていた。今は、静かに授業を受けている。

 まあ、こんな感じで1日がスタートするのだ。ここはおかしな生徒のいる、おかしな学校である。













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