第15話 けん支配人と予知夢 2

 時間が経てば、上安への恋の熱も冷めるだろうと思っていたが、1ヶ月経過しても祐太朗の上安に対する恋心は、強くなる一方だった。

 そこで、祐太朗は上安に手紙を書くことにした。

 胸のモヤモヤした気持ちを書くことによって、発散させようと考えた。

 手紙は、便箋7枚にも及んだ。

 内容は、上安の仕草や声がカワイイやら、何故、自分は病人で、上安と釣り合いの取れぬ未熟者なのか?

 誰が読んでも、祐太朗が上安へ宛てたラブレターだとしか思えないものだった。

 しかし、手紙の終わりに、自分は冷静な人間で人を好きになることはないと、本心ではない気持ちを書いてしまう。

 祐太朗は、上安への告白の言葉を書けなかった。

 でも、書きたかった。

 書きたかったから、読み手に気付かれにくい方法で記した。

 勇気を振り絞って電話番号とメールアドレスを記載させ、電話番号は本物だったが、アドレスは偽物。

 偽物のアドレスの中に、daisuki《大好き》 と記した。

 文字でも書いた。

 便箋の裏面に、

 I felt in love with you.

 英文で記した。

 告白したって確実に振られ、惨めな失恋をすると、結果は分かっているのだから、気付かれぬように密かに告白しておけばいい。

 結果だけでなく、告白された側は、迷惑を被るに違いないわけで、祐太朗は、上安を困らせたくなかった。

 手紙も書き終えてみれば――自分には未来が無いが上安さんには未来があるから、幸せな未来を築いて下さい――。

 上安に気を使わせないよう返信不要で、何だか決別の手紙のような内容にしてしまった。

 手紙は、泣きながら書き綴った。

 筆を置いた後も、祐太朗は、しばらく泣いていた。

 祐太朗と一体化して予知夢を体験するけんは、祐太朗の行動は、意味不明で理解が及ばなかった。

 ただ、流れ込んでくる、祐太朗の辛いという感情が、けんの瞳から涙を排出させるのだった。

 ◆

 手紙を出してから、数週間が過ぎた。

 祐太朗は、己の愚かさにさいなまれていた。

 手紙を書けば、胸がすく。

 モヤモヤした気持ちを取り払えると思っていたが、それは妄想だった。

 返信のない手紙など書くべきではなかったと、祐太朗は後悔していた。

 手紙は、今どこにあるのかと思いあぐね、祐太朗のモヤモヤは増すばかり。

 上安が読んだかどうなのか、分かるはずもなく、祐太朗は四六時中、手紙の行方を推測しては煩悶憂苦はんもんゆうくする毎日を過ごした。

 人間、毎日同じ思考を繰り返していたとしても、やはり少しは成長しているらしく、祐太朗の心境に変化が起きていた。

 脚本家という夢は、叶わなかったがWeb小説家ならやれるのでは?と、一念発起する。

 叶わぬ恋のモヤモヤを解消し、失恋の悲しみを癒やす為、祐太朗は小説を書き、小説の中のキャラクター達に自分を認めてもらい、癒やしてもらおうと考えた。

 ◆

「今度はWeb小説ですか?祐太朗君は、苦しんでいますね」

 ネギ爺は、言いながら席を立ち、窓際へ移動すると、窓の外に目を遣った。

「手足の自由がきかない体で、自分の出来る範囲で、上安さんへの恋心を消そうと一生懸命がんばって――本当に祐太朗君は、強い子なのですね」

「頑張り過ぎなのよ。もっと人に頼っていいのに……」

 あんが、どこか悔しそうに呟く。

「そうね、1人で頑張るなんて、どこかの誰かみたいね」

 エレンは、あんの顔を見ながら揶揄やゆするかのように言う。

 ムッと、頬を膨らませるあんは、

「なによっ!」

 エレンは、フフッと笑い、

「カワイイな、あんは。祐太朗くんは、あんと違って、頑張る方向性を間違えちゃってるんだよなー。あっ、だったら祐太朗くんに誰かアドバイスしてあげる?……とか?」

「オレもそう思うんだがな、なにせ、奴はまだ10歳だしな。アドバイスしたところで、聞く耳を持つとは、思えないんだよ」

 けんは腕組みをして、悩んでいる。

「エレンさん、名案だと思いますよ。アドバイスをするというのは。ただ、けん君の言う通り、祐太朗君は、まだ子供もですからね、皆さんの話を聞いたとしても、理解するのは不可能でしょう」

 ネギ爺の言葉に、けんは、

「だろ。それに、オレ達のアドバイスって、30年後の祐太朗にだぞ。理解できるはずはないさ」

「詰み、ね」

 エレンは両手を広げお手上げポーズ。

「でも、何とかしなきゃ駄目よ。だって、祐太朗君は――」

 あんが、椅子から勢いよく立った。

 あんの様子に違和感を見たネギ爺は、

「まだ、予知夢には続きがあるようですね。想像は大体付きますが、けん君、続きを」

「ああ。たぶんネギ爺の想像通りだよ。祐太朗は、小説をネットに上げ、頭もそこそこ冷え、冷静さを取り戻す。自分の人生は、灰色でいい。桜色には決してならない人生でいい――それが一番自分らしいと心に言い聞かせる。そう言い聞かせて、異性を完全に諦め、1人小説を書いて生きていく。だが、ある時、祐太朗にとっての生活の限界がやってくる。そこで、前々から、入院以前から決めていたことを実行する――奴は自ら命を断つ」

 けんが語り終えると、しばし、水を打ったように静まり返った――。

 静寂を破ったのは、ネギ爺だった。

「やはり……ですか。どうも、けん君の話を聞いていると。祐太朗君は他人に迷惑をかけないように生きている気がしますね。いいですか皆さん、人は他人に迷惑をかけて良いのです。勿論、犯罪行為はご法度ですが、人は少なからず、他人に迷惑をかけます。ですが、それは間違いではなく、正解なのです。人間は、お互いに迷惑をかけあって生きる生物なのです。だから、困ったら他人を遠慮なく頼るようにしましょう」

「おっ、ちょっと、教師っぽいな」

 けんが、からかうように言った。

「少し偉そうでしたかね」

 照れるネギ爺は、頭を搔いた。

「ネギ爺、カワイイ〜」

 エレンは、ネギ爺への想いを表現するかのようにあんを強く抱き締める。

「ちょっと苦しいよー」

 抗議むなしく、あんはエレンに愛撫あいぶされるがままに。

「相変わらず、お二人は仲が良いですね。人と人との繋がりはとても大切なものです。ぜひ、これからも、そうあって下さい。言い方は悪いかもしれませんが、人が生きていけるかどうかは、この世に繋ぎ止めてくれる鎖役の人間がいるかいないかではないでしょうか。祐太朗君にはそれがいない。もし、そんな存在がいれば命を断つなんてことはなかったでしょう――ですが、それは未来の祐太朗君であり、現在の祐太朗君ではありませんね。皆さん、お仕事ですよ」

 ネギ爺の優しい瞳に、火が宿った。

「ああ。でも、どうやって?」

 けんが首を傾げた。

「考えるのよ。私達の無い頭で。考えるしかないわ」

 涙と鼻声をふっ飛ばしたあんが、鋭い瞳を復活させて、握った拳に力を込めた。

「あん、カッコいい〜」

 エレンは、あんの頭を撫でた。

 撫でられたあんは、トロ~ンとした心地よさそうな目をして、

「エレン〜」

 気合い注入直後に、早くも眠りそうになるあんだった。

「皆さん、沢山考えて、考え抜くといいでしょう。そうする内に、この三角山が解決策を導いてくれるはずです。特に今回は特殊な事例です。夕日さんには解消を、皆さんには祐太朗君の未来の軌道修正をお願いしなければなりません。大変ですが、皆さん、頑張ってくださいね」

 そう言ってネギ爺は、事務所から出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る