第14話 けん支配人と予知夢

 ストレスペイシェントの人生や未来が、過酷であればあるほど、予知夢は悪夢と化し、夢にうなされ、目覚める羽目になる。

 それは、女将と支配人の役職に就く者の運命さだめであるが――エレンに涙を拭ってもらう、あん。

 2人の様子を見れば、けんは、予知夢とは呪いなのだと、思わざるを得なかった。 

 涙するあんを、素直に可哀想だと感じるけんには、女子の泣く姿を見て喜ぶ趣味はない。

 これ以上、あんには語らせたくない。

 もう、女子に泣いてほしくないから。

「祐太朗は、入院すると、上安かみやすという看護婦に出逢う。そして、祐太朗は、上安に最後の恋をする」

 唐突に語り出したけんに、あんは驚いたように目を見開いたが、何も言わなかった。

「恋!?」

 けんの語り出しに食い付いたのは、28歳の独身、たま姉だった。

「あー、たま姉のイメージするものとは、違うぞ。あ、そーいえば、ネギ爺の講義受けてた、ゆずが、用があるって、たま姉探してたなぁー」

 たま姉は恋愛の話になると、周りが見えなくなるところがあり、この場において、たま姉はお荷物だと、けんは判断した。

「えー、先生、恋バナ聞きたいのにぃ〜~」

 たま姉は、ハンカチの端を噛じって悔しがる。

「う〜ん。でも、たま姉先生、生徒を導くのは、教師の本分ですよ。早くいってあげなさい。ゆずさんが、待っていますよ」

 けんの判断を良しとした、ネギ爺が、優しくたま姉をさとす。

「むぅ〜。わかりましたぁ」

 たま姉は、28歳。可愛く頬を膨らませて、地団駄を踏む姿は、28歳のやることじゃない。

 イラッ!――けんは、たま姉の首根っこを掴むと、事務所の外へ、追いやった。

「けんくん、ひどーいっ!」

 なにやら、ゴチャゴチャ言ってるが、構わず戸を閉めるけんは、

「じゃあ、続きを」

「ええ、お願いします」

 ネギ爺は、事も無げだったが、あんの涙を拭く手を止めたエレンは、

「私、たま姉、結婚は無理な気がする」

「だろうな」

 呆れた顔でけんが返す。

「そうね」

 鼻声のあんも、思わず呟いた。

 ◆

 祐太朗は学生時代、そこそこモテたが、どんなに好みの女子に、恋慕の情を向けられても一切応えなかった。

 祐太朗は、病気が治るまでは恋愛はしないと、考えていた。

 高校を卒業してからも、その信念を持ち続けてしまう。

 恋だけでなく、仕事に関しても、病気が治ってから。

 友達と、遊ぶ、飯を食べる――様々な物事に信念は、波及していった。

 必ず病気が治ると、信じて。

 だが、祐太朗の願いは叶わなかった。

 いつか、治療法が発見されて、治癒すると願っていた病気は、治らなかった。

 治るとひたすら信じて、無為徒食むいとしょくに日々を送ってきた祐太朗の病気は、ただ悪化していた。

 1人では、立つことも歩くことも出来なくなっていた。

 病状悪化により、祐太朗は生きる気力を失いかけていた。

 ◆ 

 祐太朗は、入院した。

 そこで、看護婦の上安かみやすに出逢った。

 上安は、マスクをしていた。

 祐太朗の目に映るのは、髪、額、瞳だけ。

 だが、上安はキラキラ光っていた。

 祐太朗には、そう見えた。

 上安かみやすの声を初めて聴いた。

 甘くて、柔らかくて、キレイな声だった。

 祐太朗は声フェチで、上安の声は、まさに好きな声だった。

 そして、プラスされる、上安の仕草。

 笑顔で、可愛くて、優しくて、丁寧で。

 看護婦の仕事なのだから、当然かと、当初は思っていたが、何度も上安と向き合う度、祐太朗は、知らず知らずハマっていった。

 恋のみずうみに。

 ◆

 上安かみやすに対する気持ちは、絶対に恋愛感情ではないと――祐太朗は、自分の心にブレーキをかけていた。

 立つことも歩くことも出来ない自分が、男としててもらえるわけがない。

 恋愛をしたって、意味がない。もし上安を好きになってしまえば、苦しむのは、自分自身だ。

 恥をかいて終わるに決まっている。

 だから、祐太朗は自分に言い聞かせる。

 上安を好きになってはダメだと。

 しかし、上安の看護を受ける度に、上安と会話する度に、祐太朗の好きになってはダメだの精神が、揺らいでしまう。

「ダメだ。好きになっては、ダメだ」

 祐太朗は、病室で、1人、泣きながら呟いていた。

 何度も、何度も……。

 祐太朗と一体化して、予知夢を見ているけんの胸に、強烈な痛みが走る。

 けんは、涙もろくはない。

 泣いた記憶を掘り起せば、あれは、親族が亡くなった時、幼き頃の事だ。

 涙の記憶など、それぐらいしかなかったが――。

 頬をつたう涙。

 胸がうずく――痛い、苦しい。

 祐太朗の未来に、予知夢にうなされ泣いた。

 けんの涙の記憶が、更新された。

 ◆

 退院の前日。

 祐太朗は、上安と顔を合わせたが、言葉を交わすことは、できなかった。

 退院当日。

 祐太朗は、上安に会うこと無く、帰路についた。

 翌日の早朝。

 祐太朗は、涙で目を覚ました。

「上安さん、会いたいよ〜」

 無意識に発した言葉だった。

 何度も、何度も、

「上安さん、上安さん……。会いたいよ〜、会いたいよ〜」

 呪文のように、唱え続ける。

 それは、滝の如く流れ出る涙のBGMだった。

 涙がどんなに流れ出ても、枯渇こかつせず、溢れ出す。

 一度泣き始めると、1時間は、泣き続けた。

 上安とは会話どころか、もう会えない。顔も見れない。声も聴けない。

 上安を、想えば想う程に、涙の量は増え、泣く回数も増加していった。

 誰もいない空間では、泣いてばかりいた。

 祐太朗はまさか自分が、こんなにも泣き虫だったのかと、驚愕する程だった。

 真夜中に、ふと目覚めた祐太朗は、譫言うわごとのように呟いた。

「上安さんが好きだ……」

 とっくに気が付いていたが、祐太朗は上安に恋をしていた。

 祐太朗は、上安への気持ちが恋愛感情であると、認めるしかなかった。















 

 

 



















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