第17話 夕日の迷走

 祐太朗をゲームセンターに残し、私は一人で旅館内を散策している。

 どうすればストレス値の乱高下を失くし、数値を下げられるのか、頭を冷却して、考えてみようという目的で――。

「夕日ちゃん……」

 突然、目の前をずぶ濡れのネネが横切った。

 黒猫なら不吉だが、ネネか。微妙だな。

「あっ!」 

 名案が浮んだというより、忘却ぼうきゃくしていただけだが、祐太朗は温泉に入っていない。

「そうだ、露天風呂があった」

「ふへ?」

 私の独り言に、ネネが妙な相槌あいづちをする。今日もネネの変梃へんてこりんな言動は健在だ。

 ことわざで、犬も歩けば棒に当たるって言う。今回は残念ながら?ネネだが、やはり散策して頭を冷やしたのは正解だったかもしれん――。

 ガシッと、ネネの細い肩を掴む。

「ネネ、入浴できる?」

 ネネは浅く頷き、

「バッチ、グー」

 バッチ、グー?何やら古めかしい言葉だが……あ、準備万端ってことか。

 てか、私は間抜けかっ!

 そもそも、ネネの様相を見ればわかるわけで、訊く必要はなかった。

 ずぶ濡れ姿のネネを見たら、入浴可能のサインと、旅館内の皆が知っている。そんな周知の事実を、一瞬とはいえ忘れるなんて……ちょっぴり恥ずかしい。

「祐太朗?入る?」

 ネネは、首を傾げる。

「うんっ。すぐ、露天風呂に連れて行くから」

 私はクルッとターンして方向転換し、祐太朗を迎えに走り出した。

 たとえ祐太朗が、お風呂嫌いだったとしても、一般家庭のお風呂と、温泉の露天風呂とでは次元が違う。

 露天風呂に入れば、余りの気持ち良さに、ストレス値は著しく下がるはず――。

 きっと?いや、多分……。

 ◆

 通常ならお客様には、絶対にしない対応であるが、私は祐太朗の後襟うしろえりを掴んで、連行している。

 この状態を目撃した者は、多少、恐怖を感じるらしく――通りかかったゆずが、怖がって、

「けん、せんぱぁーい」

 叫びつつ逃げ去っていった。

 少なからず腹は立つが、ゆずは恋愛女子で絡まれると面倒なので、居なくなってくれて、有り難い。ただ、けん先輩にはチクられてしまうだろう。けれども放って置く。今は祐太朗を優先しなければならないから――。

 その優先順位1位の祐太朗は、やはりお風呂嫌いだった。

「いいよ、お風呂なんか入らなくたって」

「ダメっ!昨日入ってないんだから、体、汚いよ。バイ菌いっぱいだから」

「いいよ、入らない。どうせ夢ん中だし、汚れないよ」

「いいから、いいから、普通のお風呂じゃないから、いいトコ、だからさ」

 そうきつけるも、祐太朗は嫌がって、もと来た道を戻ろうとする。

 しかし、私に後襟うしろえりを掴まれているため、祐太朗の脚はクルクルと空転するだけで前に進むことはできない。

 その有様は、子供ゆえに可愛くて、母性本能をくすぐられた。

 ◆

 祐太朗を温泉の入口へと連行完了。

 観念したのか、祐太朗はしかめっ面ではあるが、逃走する気はないらしく、じっとしている。だが念の為、手は繋いでおく。

 ちなみに祐太朗の手は、小さくて、何やらカワイイ。ずっと繋いでいたい心理に囚われそうになるが、我慢して――男湯の文字がゆらりと踊る、青い暖簾をくぐり、引き戸を開ける。

 ん?そこで違和感を覚える。

 あれ?手、小さくないか?

 祐太朗に視線を合わせると、さっきより若干、若返っているような……。

「夕日ちゃん。スパ、グー」

 私の思考は、ネネにさえぎられた。

 スパ、グー?斬新だな、ネネの言葉使いは――てか、下着がスケスケではないかっ!

 繋いでいた手を離し、祐太朗の両目を手で目隠しする。

「わっ!なにも見えないよ」

「ちょっとだけ、我慢して」

 祐太朗の抗議を軽くあしらい、

「ネネ、全部見えてる。祐太朗の視野に入らないでくれる?」

「ウィッシュ」

 ネネが妙な返事をして、私の背後にさっと移動した。

 にしても……燃えるような真っ赤なブラだ。しかも、デカい。

 いつもネネの胸を目にする度、私の心には苛立いらだちちという名のさざ波が立つ――、まぁ、そっ、その、理由は私自身もわからない。うん、絶対わからない。うん、絶対――。

「ネネ」

「ウィ?」

「あのさ、前々から訊きたかったんだけどさ……」

「ウィ?」

「ネネのサイズって……」

「乳?A、B、C、D、E。」

「Eカップってこと?」

「ウィッシュ」

 ガ―――――――――――――ン。

 私は膝から崩れ落ちた。

 巨乳、しかもネネは、かわいい顔をしている。

 言動が奇々怪々であるからして、誰も寄り付かないし、男子受けも悪いが、かわいいし、巨乳なのだ。

 何故だろう?理由は、全くもってわからないのだが、うん、ワカラナイでーす――、なのに……涙が止まらないよぉ〜。

 ◆

 脱衣所に入るなり、私は祐太朗をバンザイさせて、上着を脱がした。

「なっ、なにするんだよっ!」

 祐太朗のリアクションは当然だろう。

 出会ったばかりのびっ、びじっ、美人女子高生に服を脱がされてしまったわけだから――うん、そうに違いない。

 でも下手をすれば、明日の朝刊トップページには、美人女子高生、男児の服を脱がし逮捕なんて、展開もあるかもしれない。

 いや、それは……ないか。ないと願っておこう――。

 私が祐太朗と対決中、ネネは、私の言い付けを守って、常に祐太朗の背後にいて、視野に入らないよう心がけている。

 髪が濡れているからか、心做しか背後霊に見えなくもない。顔もよく見えないし、うん、ちょっと怖い――。

 次に祐太朗のズボンのチャックを下ろす。

 だが、そこはさすがに男のプライドがあるようで、声を荒らげて、

「やるよ、やる。自分で脱げるし、風呂にもちゃんと入るから、出て行ってくれっ!」

 うん?刹那、沢田ジュリーさんのボイスを耳にしたような気がしたが……。

 ともあれ、追い出されてしまった。

 一応お客様だし、無理強いはできない。

 祐太朗が入浴を終えるまで、私は脱衣所の引き戸に背中を預けて、ネネと待つことにした。

 
















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