112話 私ノ返シテ
オレンジ色の淡い炎がゆっつりと、そして急激に広がった。遅いようでとても早い、まるで火事が起きたかのように広がる炎は、やがて雲まで焦がし始めた。
天音の真上は、今までの雨が嘘かのように晴れている。
『ギィアァァァァァァァァァァァ!!』
同時に厄災が化け物のような声で叫んだ。
『あ゛ァァァづぃぃぃぃぃぃぃぃ』
天音の炎は厄災の足元を焦がしている、さらには顔にも火傷のように焦げた跡がはしっていた。
「なんか違う気がしたんだよね、あなた自身の本体はこの雲!そうでしょう?」
口元をニンマリと広げて笑う天音、口から血を垂れ流しながらも余裕の表情を保っている。ポーカーフェイス、しかしこれも立派な技術であり、実際厄災は動揺した。
『だ、ダダダだから無理って言ったんデスぅぅぅぅよぉ!これ以上は限界デスネ、あぁ壊れるぅぅぅぅ、あ、あとは姉さん達に任せますゥ?イヒッ!!?!??イヒヒヒヒ』
感情の上下が不安定なのか、怒っているようで苦しんでいるようで、笑っているようにも見えるし、泣いているようにも見える不気味な顔。
何を考えているのかわからない、なにか言いようのない不安がこみ上げる。取られちゃいけないものが取られたような不安。
それでも止まったままじゃ何も変わらない
音を置き去りにする斬撃が厄災を斬りつける。
「チッにげられちゃったか…」
霧のように厄災が消えた。
試しに雲を切って見たが反応はない、ただの雨だ。
鳴り止まない雨の音、戦闘で熱くなった体に雨粒がしみる。
ゆっくりとだが確実に塞がっていく傷を眺めながら、天音は思考した。
ドクドクと鳴り響く心臓の音色は勢いを増すばかり、落ち着きを見せることはない。
嫌な考えが頭をよぎる
修君は今一人だ、たとえ厄災が来たとしても対処は可能だろう。でもそれは周りに人がいないときでしかない。
あの厄災がいった言葉が頭の中でリピートする。
時間稼ぎ、たしかにそう言っていた。
修君が気づけない微弱な邪気、路地裏にまで誘い込んで来たときは私が狙いかと思った。でももし、私を修君から遠ざけることが目的で、もし今回の雨が一体の厄災によるものではないとしたら…
私は全身から血の気が引いた。
厄災に勝てても、厄災と戦える力を持っていても、その戦闘で周りの一般人を守る力まではない。
才能、圧倒的神気の出力量が足りていないのだ。
一人は守れるかもしれない、でもそれ以上は? 無理だ
厄災複数と戦いながら一般人も守る、その芸当ができるのは圧倒的強者か、膨大な神気を持ったモノだけだ。
嫌な汗が私の頬を伝っていく。
気づいたとき、私は走り出していた。
焦りと不安で胸が張り裂けそうだ、もし彼になにかあったら、もし…
嫌な想像は膨らむばかり、目の前の景色がぐんぐんと変わる中、全力で神気を全身に纏う。
パッと視界は開け、修君と別れた場所にたどり着いたそこには、至る所に戦闘の跡が残され、傷だらけで倒れる修君がいた。
厄除の面の人員も数名倒れている。
周りの人は無事
多少怪我人はいたが問題ない程度、そんな人々は修君を中心に野次馬のごとく群がっている。スマホで撮影したり写真をとっていたり…
そんな光景に一瞬怒りが湧いたが、そんなことより修君の安否が優先だ。
私は急いで修君に駆け寄ると、呼吸を確かめる
大丈夫、息はしている
意識はない
出血はしていたが命に別状はない
「大丈夫、良かった、生きてる…」
口から漏れる言葉は、未だに膨れ上がる不安を落ち着けるための暗示に過ぎない。
そこで私は違和感を覚えた。
神気がない
修君の体からは一切の神気が感じられないのだ。神気は生命の源といえる、それが全くないというのは異常事態である。
『ねぇねぇ、不思議?そいつが動かなくて不思議?』
どこからか声がする、幼い声だ。上からあざ笑うような挑発ぎみなその声は、私の耳に異様な感覚を与える。
パッと上を見上げると、水色の和服に身を包んだ幼い少女の姿の厄災がいた、手に持つナニカをいじりながら、私をニヤニヤと眺めている。
『コレなーんだ!』
厄災はナニカを手で転がしながら笑っていた。
「水風船?」
『アハッ♡わかんないの?かわいそー!それならいらないね!だよね!私が遊んでもいいよね‼』
厄災がそう言ったかと思えば、水風船を握り潰さんとばかりに力を込めた。
想像以上にゴムの伸縮性があったのか、水風船は割れない。
『あ~結構頑丈だね!』
「返セ」
『あ?今なんて?きこえなーい』
「返セって言ったの!」
おかしいとは思った、神気がない、感じられない。
あの厄災が水風船を握ったとき、わずかに漏れ出した修君の神気。この私が間違えるはずがない、アレは…あの水風船の中のモノは
修君の魂だ
一瞬で最高出力までもっていった斬撃は、空気を焦がし光すら燃やす
「【黒点】」
エネルギーの塊と言う言葉が生ぬるいほどの高密度の斬撃は、真っ黒な軌道を描いて肉薄する。
振り上げた刃は大気を切り裂き、一瞬周りを真空にする。
『ひぃ怖い怖い、危ないなー。一般人がどうなってもいいの?』
「ソレは私の宝物じゃなくて仕事、宝物を取られたら誰だってそっちを先に優先するでしょ?」
『人によりけりじゃないかなぁ、あはッ』
そう話している間に別方向から引っ張られるような感覚がする、別の厄災か…
「邪魔するな…殺すぞ?」
眼前に迫る白い軍服の厄災、邪魔だ。
バリバリとプラズマが発生する、天音は現在圧倒的熱量、そして圧倒的エネルギーの塊であった。
『まさに太陽のッ「邪魔だって」
パァンッと甲高い音とともに、軍服の厄災の首から下が消し飛んだ
『なッ…⁉』
「あれ?死んでない」
疑問に思いながらの、今のお目当てはこいつじゃないので、そのまま素通りする。
私から奪うな、大切なものを…
もう…絶対に
私の目には幼い見た目の厄災がきっちりと写っていた。まだ何が弱点なのかわからない、それでも絶対に倒す。わからないのなら圧倒的力でねじ伏せる、チリ一つ残してやるものか
神器がうなるように燃え上がる、炎ではない炎。エネルギーの塊がうねる炎となり、建物や地面は天音の周辺には存在しない、みな溶けてなくなった。
幼女の厄災を正面に収めると、神器を構え距離を詰める
『はっや!おっかしー!なんだっけ?こーゆーの!あっそうだチート!チートだぁ』
「
ナニカ言っているが関係ない、修君を私から取ったのだ、もうコレは消毒するしかないよね?だから多少ビルが欠けてもしょうがないと思うんだ。
そもそも師匠は何シてたのかな?後でお説教だね。
横からたたきつけるように振るわれた斬撃は、鈍器に近い炸裂音を響かせ衝突する。
『アハッ‼吸引』
いくらかのエネルギーは厄災に奪われるが、それを上回るエネルギーが厄災をひき潰した
『ウソッ!それは聞いてない‼』
青や黄色や赤、色とりどりの火花が舞い散り爆発する。
周辺のビルが吹き飛び、下にいる人間たち以外は吹き飛んだ。
まるで火山地帯かのような熱量と火花が舞い散る更地、でこぼことした場所はかつてビルが建っていたと思われる残骸が落ちている。
「もう我慢しない」
狂気的に笑う一人の巫女は、周りの炎を苦にもせず突き進んでいる。手に握られた神器は常に燃え上がっており、オレンジ色と青色が混ざった神秘的な炎だ。
その日、最も怒らせてはいけない女を、厄災は怒らせた。
その女は止まらない、その姿は見るものを魅了し、そこが危険な場所だということを忘れさせる。
炎によって舞い上がる上昇気流が、天音の髪を押し上げる。
さらさらと宙を舞う髪は炎の光を反射して、赤い景色を反射していたのだった。
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