第14話 夜のマノン城
「回復魔法などをお使いになるなど……ロシュフォール様、魔力が無くなる行動は避けていただきませんと困ります」
マノン城の、威信を示すために必要以上に豪華に作られた国賓専用の客室で、ラギスールは一応言わなくてはと、苦言を呈した。
老体の右腕は失われている。まだ回復もしてない体は少し動くと眩暈がしてくるような状態だった。
そんなラギスールが病を押してまで駆け付け、言った苦言にロシュフォールは見向きもしない。月明りの元、窓から見えるマノン城の左塔、ソフィ姫の部屋の零れる明かりを、窓辺に腰かけ、ただぼんやり見つめ続けていた。
「なぜ命を削ってまで、冒険者などを助けたのです」
「私は変わりたい。人間と、共存したいんだ」
そう言うロシュフォールの顔は、やつれている。生命力を魔力の源とするデーモンに回復魔法の魔力消費は堪えた。
「ううぅ……」
ラギスールは苦々しい顔をしたのを見られない様に俯く。
「しかし、私は、やはり人を、食べなければならない……のか……」
ロシュフォールは苦々しい顔をソフィ姫から隠すように、部屋の内側に向けた。
「ただでさえ、以前のペローとかいう冒険者との戦いで多くを失われたというのにっ。あと魔力はどれほどに減ったのですか?」
「貴殿の持ってきてくれた急遽集めてくれた人間らのおかげで、まだ腹半分目は越えている……安心しろ」
「……また新人冒険者を連れて参ります。チビにも急ぐようにと伝えます」
ラギスールは弱弱しく頭を下げる。
「あと、あの堕天使に聞かなくてはならないことがある」
「今日の事でございますね」
「そうだ、何か企んでいる可能性もある……」
「今、チビめは狩をしている最中でございます」
「……そういえば、どうやって狩をしているんだ?」
ロシュフォールはラギスールに目を向ける。
「あのチビは、特定のものにしか見えなくなるスキルを使って新人冒険者を騙して、という時間のかかるものでして」
「……なるほど……それでは足りんな……」
ロシュフォールは納得して、大きく息を吐いた。
「……少々手荒いですが、私も人間狩りを行います」
「そんな体でいけるのか?」
「はい、そのため新人冒険者にはなりますが。多く連れて参りますので、お待ちください」
「……新人ばかりか……沢山の命を奪う事になるな……」
「……生命の回復が最優先でございます……」
と、ラギスールが弱弱しく頭を下げる。ロシュフォールが再び左塔を眺めだした。
「いつ食べることになる?」
「明日には」
「場所は?」
「買収したキャンゴンホテル、その地下室にて、日暮れと共に食事といたしましょう」
「あそこか……殊勝である、ラギスール……」
「はっ、すぐ準備にかかります」
それきりロシュフォールは言葉を発さなかった。
ただ、城を見つめ続ける。
デーモンである事はどうしようもない。人を食べなければ生きていけない。諦めるしかない。その瞳が弱弱しく潤んでいた。
と、ソフィ姫の部屋の零れる明かりに、人影が現れた。
バッと戸が閉められる。
やがて、ロシュフォールは魔法が説かれたように、我に返ってこちらの戸も閉めた。
◇
「どうしましたのチビ?もうベッドになんか入ったりして」
マノン城の左塔、自室に戻ってきたソフィはニコルに尋ねた。
部屋の中心に天蓋付きのベッドが一つ、化粧台に、タンスが一つの部屋には、ドレスルームが設けられ、そこにあらゆる衣装が収められていた。この寝室よりも大きいくらいである。
「おかえり」
ベッドに寝転んでいたニコルは、寝返りをしてソフィに顔を向ける。ずっと寝て居て、顔に寝跡がついていた。
「寝てたの?」
「ううん」
事実、ニコルは寝て居ない。ロシュフォールの事ばかり考えていた。ソフィはドレスルームに入って服を脱ぎ始める。
「遅かったね」
「警備が緩くなるのはこの時間よ、毎回この時間になりますわ」
「ロシュフォール王がこの街に来てるよ」
ニコルのその言葉に、ドレスを持ったソフィが下着姿で、
「なんですって!?」
ドレスルームから飛び出した。
「今日、依頼中に会っちゃった、話しもしたよ」
「大丈夫だったの!?」
「うん」
「そう、それならいいんだけど……とりあえず着るの手伝って」
ニコルはソフィの着替えを手伝いにベッドから出る。
「酒クサッ」
「アリスと1日話してたの」
「何杯飲んだんだよ、こっちは大変だったんだから」
言いつつ、ソフィの後ろに回り着替えを手伝い始めた。
「ロシュフォール様が来ているの……ならきっと挨拶にも行かなくてはならなくなるわ」
「緊張するなぁ……誕生日はもう1か月後だよね」
「そうっ。結婚もすぐっ」
ソフィはニコッと笑って言った。
「ああぁ、大した女だねぇ」
「この命……、っ捧げているわ」
言葉に詰まりながら、そう力強く言う。
「そうだったね。気を使ってくれてありがと」
「気合を入れなさい」
「だも今のままじゃ……いざとなったら宝物庫に無理やり忍び込むっ」
「それもうやったじゃん」
「もう一回よっ、そして金を手に入れ高ランク冒険者をっ」
「ブノワ君や、あの、なんて言ったっけ、アリスだっけ。何とかならないよねぇ……」
「そんな事ないでしょ、2人もいるのよ。あとそうだ」
「ん?」
「ヘマをしたわよ、チビが人間じゃないってバレてた」
「ええぇっ!」
着替えを終え、ドレスを翻しニコルと対面すると、
「まったく、なんでこうすぐバレるの」
「一体……どこで気づいたんだ……」
ニコルは酷くうろたえ、バレた理由を記憶に探し求めだす。
「でねっ、アリスはデーモンと戦う気よ」
「ええぇっ!!」
「私に協力して頂戴って頼まれれたのよ」
ソフィはふと、窓からマノン城を望んだ。
「ビックリしちゃった。良い、ブノワも同じ考えよ」
ロシュフォール王が止まっているとしたら、ここから見えるあの国賓専用の客室だと、その窓からこぼれる明かりを見つめる。
「チビ、明日よ」
「何が?」
「ブノワとアリスと――」
ソフィはとっさに戸を閉めた。
「どした?」
自分の心臓が激しくなっているのに気づして、胸を押さえ、
「目があっちゃった」
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