第2話 愛しのソフィ・ティエル
堕天使の力を借り、地獄より脱出したデーモンが、この地方一帯を治める領主、リュディ・ロシュフォールと入れ代わって3年が経つ。
「なんと小さい領土か……」
リュディ・ロシュフォールこと、人間界にやってきたデーモンは苛立ち嘆く。
彼は恋をしていた。
人間の娘に対する禁断の愛は、彼を3年間、恋に苦しむ毎日を遅らせていた。
「取れる作物も少なく、資源もない、わずかに工芸品をるのみ……これではソフィが喜ぶような贈物ができないではないか……17才の誕生日があるというのに……」
長身の真っ白な肌で、筋骨隆々の体をしている背広姿の初老の彼は、思春期の青年のように切ない思いを感じながら、高台に立てられた領主邸の執務室から夕焼けに染まる領地を見渡していた。
「税を引き上げてもまったく足りない。なのに領民共は税を払えないと言ってくる……」
「ロシュフォール様、ティエル様は大変ロシュフォール様の事を良く思っておいででございます」
脇に控えていた、背が子供ほどしかない背広姿の老人が、和ませようと微笑みながら進言する。
「ソフィ姫も結婚の時期、次の会談ではきっとお話がございますよ」
ロシュフォールは微笑んだ。
「実はな、問題はソフィの気持ちだったが、前に私の気持ちを受け入れてくれたのだよ」
年寄りの男、ラギスールが戸惑い、驚きの表情になるのを必死に隠し、微笑む。
「そのような事が……それは喜ばしい事でございます」
「私がデーモンであることも打ち明けた」
「そんなっ!」
ラギスールは柔らかな微笑みから一転、目を見開きロシュフォールを見つめた。
「ソフィは私を受け入れてくれた。もう私達の仲間であり、我々もソフィの仲間なのだ」
「仲間っ!? 我々が人間共とでございますか!?」
「そうだ」
「ああっ、御考え直しをっ、そのような事、魔物と人間との間に、そのような事っ」
「……ラギスール、私へ忠誠心を忘れたか。私を信じろ、私と共に来い、つまらんことを言うんじゃない」
ラギスールは苦い顔をして俯くしかなかった。
人間とデーモンが結ばれることが、そんなことが許されるのか。
自分の恋が、試練あることを想い、ロシュフォールはため息を吐く。
「……人間は食べなければならない……デーモンである限り、食わねば、我が死んでしまう……」
「その問題はどうするおつもりで?」
ロシュフォールは俯いた。
「人間の貴族は血が美味でしたじゃありませんか、思い出しませんかあの味、ゴクンッ」
ラギスールが味を思い出し、分泌されたよだれを飲んだ。
「食べたいと思いませんか?」
「まったくだ、ここの領主の一族は皆、美味だった」
「また食べたいですねぇ」
「ああっ、しかしソフィのためにやめなければならないっ」
「そんなっ」
「食べれるのは反抗者や罪人のみというのが、私の折衷案だ」
「罪人ですか……」
ラギスールが俯く。
「……それに、あのチビはどういたします……」
「あの堕天使は文句は言うまい、私の事に何の興味もない」
「そうですっ」
突然の女の子の声に、2人は背後を打ち振り向く。
「いたのか堕天使。姿を消えたままでいるでない」
「なんですか、おじいちゃん。見られちゃまずい事でもあるんですかー」
ツインテールの女の子は、悪戯な目つきでラギスールをじろりと見つめた。
ロシュフォールは微笑む。
「ふんっ」
ラギスールが機嫌悪そうに顔を反らした。
「何ですか? 怖いなぁっ。私が地獄から脱出できるようにクリスタルをあげたんじゃない。もうちょっと感謝しても良いんじゃない?」
「そうだぞラギスールよ、私のためにチビとも仲良く頼むぞ」
「はい、もちろんでございますロシュフォール様」
ラギスールが姿勢を正し頭を下げる。
「なんだこの爺っ、私が人間狩りにいそしんでるから、あんたらは生きていけるんでしょ、心外だよっ」
堕天使の姿が消える。
そして窓の戸がひとりでに開けられ、黄色い声がそれきり聞こえなくなった。
「行ったか、あのクソチビ……」
「どうでも良い事だ」
ラギスールが開けっ放しになった戸を閉めに行く。
「ソフィ、早く会いたい……愛しのソフィよ……」
ロシュフォールは夕暮れ空を見上げた。
「ロシュフォール様!報告がございます!」
その時、近衛兵が執務室の扉を叩く。
「なんだ?」
ラギスールが応える。
「村人が1人、領主様にお願いがあると門の前に居座りまして」
「そんなものっ、殺せば良いだろっ」
「ラギスール様、しかしこの村人、元冒険者らしく」
「何っ?、チッ」
ラギスールが苦い顔になった。
「むげに返すとややこしい事になるな……」
ロシュフォールが俯き、応える。
「私が殺す」
「反抗者は食してもよろしいのですよね?」
「冒険者か、食べがいがあるな」
「私も手伝いましょう」
「あと、こんな事にならない様に、反抗者の出身村は脅しておかなければ」
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