人間界に来たデーモン

月コーヒー

第1話 恐ろしい噂


 春が来た。


 凍った川も溶けて、村のあちこちで水車が回る。


 日差しがぽかぽか、小鳥がピヨピヨ、野花が咲く川岸に寝ころんで、ゆっくり回る水車を眺めていると、


 幸せだなぁ……ああ幸せだ。


 もう寝るしかない……手の平を枕に少し眠ろう……生きてるって幸せだ。


「ブノワ! 何サボってんだ!」

「うあぁあぁ!」


 突然の声に飛び起きる。


「なんだ、父さんか……サボってないよ……」

「……なぁ、お前今年でいくつになった……?」

「30だけど?」


 畑仕事着姿の、泥だらけの父さんが頭を抱えだした。


「サボってないで――」

「――だから魔物と戦う危険な荷馬車の護衛をこの後するために休んでんだ、サボってないって」


 革製の手甲に脚に脚絆、身軽にいでたった姿の僕は、横に置いたナマクラ剣を掲げる。


「……まったく……」

「ベルナール! そこに居たか!」


 その時、通りがかった長老含め村の人達が、父さんに気づいてこっちにやって来た。


 はっくしゅん!


 製麦作業をしていたからか、回りにカスが舞ってくしゃみが出る。


「ちょっと皆で領主様について話してたところなんじゃよ」

「ああ……税の事ですよね?」


 父さんを取り囲み、皆で深刻な顔をして諸々に喋りだした。


「そう、去年は不作じゃったからのぅ」

「それにもかかわらず、領主様は税を増やしてきたのよ」

「ここ3年、毎年なんて困ったもんだぜ……」

「おら達にらに死ねと言ってるんだ、領主様は噂通りデーモンなんだっ」

「こんなにも重い税、不作でなくったって困るわ……本当にデーモンかも……」


 そんな皆の曇った顔が父さんに向けられた。


「ねぇベルナールの旦那、なんとかしてくれるんだよね?」

「頼れるのはお前しかいないぜ」

「ああ任しときな」


 父さんは優しく笑う。


「今から行こうとしていたところだ、ちゃんと領主様に説明してくるからな」

「旦那、あんただけが頼りだよ」

「頼んじゃぞベルナールよ。さすがは元冒険者なだけあるのぅ」


 父さんは呆れたように、


「領主様だってわけを話せば分かってくれるよ、デーモンなわけじゃないんだから。さっ仕事に戻ろう、夜には装飾品づくりもしなくちゃならないんだからな」


 そう笑いながら、


「何てことないさ。じゃ、ブノワはしっかり休めよ」


 僕に嫌味を言って皆と一緒に去っていく。


「ブノワ君、お父さんは素晴らしい人物じゃ。冒険者じゃったんじゃぞ。君もしっかりしないとじゃの」


 ひとり残った長老が僕に言ってきた。


「どこがですか?」


 そう尋ねてきた僕に長老は矢泥いた顔をする。


「なんでじゃ?わしを置いて、もはや皆のまとめ役なのに」

「僕には雑用係にしか見えないんですが」

「ほっほっほ、頼まれるのは才能があるからじゃよ、何もない奴は頼まれもせん、お前さんのようにのぅ」


 ……なんだこのハゲ爺……。


「冒険者になってもあれじゃな。皆におだてられて良い気になってさ、馬鹿親父が」

「しかし、ベルナールに似て筋肉質な体、背はちと低いが。馬車の防衛も腕は良い、サボり癖があるが。とにかくお前さんもやればできると思うがの」

「褒めてるんですか、それ?」

「ほっほっほ」


 あきれ顔で長老は笑ってきた。


「……きっと、後ろめたさを感じてるんだろうのぅ……」

「脱落しても冒険者だからって、皆のためにってやってるの?」

「わしにはそう見える……」

「バカだなぁ」

「……領主様がデーモンって噂、ホントかのぅ……」


 長老が深刻な顔で呟いた。


「そんなわけないでしょう、どうやってデーモンが領主になれるんですか」

「……それもそうじゃのぅ……しかし3年前から様子がおかしいのも事実じゃ、何事もなければ良いが……」


 長老は力なく笑って、


「さて、わしは粉ひきを手伝ってくるかのぅ」


 そう言って、とぼとぼ去っていく。


「ふんっ」


 僕は再び寝転んで、目を瞑った。そしたらもう一回腹立たしくなった。


 なんだい皆、父さんを雑用係にして。頼りにしてるだの、リーダーだの、良い風に言いやがってさっ。自分でやれ。感謝の言葉だけでなく、行動で父さんを迷惑かけた分を楽させろよなっ。


 ……なんか自分に跳ね返ってきたな、今のセリフ……。

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