第3話 逃走

 領主様の邸まで、馬なら1日。


 父さんが馬に乗って領主様の元へと出かけて行って、5日後の朝だった。


 村中の人が騒いでいる声が聞こえる。


 やっと帰ってきたなっ。やはり手間取ったか……でも無事に帰ってきてよかった。


 そう思って出迎えようとすると、


「大変だブノワ君!外へ出てきてくれ!」

「なんですか!?」


 皆が家に押しかけてきてくる。


 言い知れない不安に、家を飛び出し外に出た。


 見ると、父さんの乗った馬が、ご近所のおじさんに手綱を引かれている。しかし馬に父さんは乗っていない。


「父さんは?」


「それが……ブノワ君、見てくれ……馬にこれがくくり付けられていてんだ……」


 ご近所のおじさんが持っていたのは、父さんの上着だった。


「なんですこれ……血じゃ……ない……ですよね……」

「ブノワ君……いや、これは……」

「そんなっ!」


 上着を奪い取った。


 握りしめると、血がじわっと手に滲む。それは、父さんの身に何があったかを如実に語っていた。


「父さんっ父さんっ!」

「ブノワ君、とりあえず中に行こう」

「ああああっ父さんは殺されたんだ!」

「ブノワ君っ」

「デーモンだ!領主はデーモンなんだぁ!皆!武器を取ろう!倒さないと!いますぐデーモンを倒さないと!」

「ブノワ君、落ち着くんじゃ!デーモンなわけないじゃろ!」

「落ち着いてるよ!」


 脚に力が入らず、その場に座り込んでしまう。


「ああ……ああ……」

「ブノワ君、じつはな、領主様からの手紙も馬にあってのぅ……」

「えっ……手紙……?」


 長老を見上げると、まわりにいた村中の人が僕から目を反らしているのに気づいた。


「手紙にはな……この村がのぅ……反乱の傾向ありとして、軍隊が派遣されるそうなんじゃよ……」

「何だって!」

「しかしのぅ……」


 村長含め、村中の人が僕を見つめた。


「反乱してきたこの者の家族を全員殺す処置をとったのならば……派遣はやめると書いてあるんじゃよ……」

「なっ」


 その時、僕を囲む村人全員が桑やのこぎりを持っているのに気づく。


「ベルナールの家族はブノワ君、君だけじゃ」

「……僕を殺す気!?」

「そんなことはしないよ!」


 長老が優しい顔になった。


「……ただ村から出て行ってくれれば良いんじゃ。ブノワ君の身の事を考えれば、領地を出てティエル家の領地まで行った方が良い。君はわしらが殺したことにしておく、だから、君がいるのがバレないようにの、バレでもしたらわしらも終わりじゃ……わかるの?」

 優しい口調でそう言ってくる。


「そんな!父さんの仇は!?」

 怒りが湧き出てきた。


「あんたらが父さんを行かせたんだろうが!あんたらのために父さんは領主の城に行ったんだ!それで死んだんだぞ!」

「ベルナールはホントに立派な男じゃった……」

「そうだ、ベルナールが死んでしまうなんて、そんな事がっ」


 回りに居た人達が皆、涙ぐむ。


「こんなことになるなら行かせるべきではなかったんじゃ……」

「そうよ、ブノワ君、私は反対したのよ」

「良い加減にしろ!父さんの事を語るな!あんたらのせいで父さんが死んだのに、何もしないのかよ!」

「それは違う!わしらも悔しい!」

「じゃあこの事をギルドに伝えよう!僕らも武器を取ろう!討伐しなくちゃ!」

「すまないブノワ君……わしらは……」

「……何も……しないつもりなの……父さんに頼っといて、死んだら、父さんの仇すら討ってはくれないの……」


 見上げる皆の顔が曇る。何も答えない。ただ長老だけが、


「だからこそじゃ!君だけは絶対にわしらが助ける!金も工面する!だから出て行ってくれるの?お願いじゃよ!」

「そ、そうだブノワ君、ギルドがだよ、領主酷い目にあいましたなんて事を取り扱ってくれるわけない。わしらだけで立ち上がってなんになるんだい」

「金は皆で出しあいましょう、それなりの金額になるはずっ。ブノワ君に差し上げましょ?」


 皆が力強く頷いて納得していた。


「ごめんなさい……あたしら、何にもできなくてっ」

「勘弁してくれよ、わしらも悔しくてたまらないんだ!」

「俺らにも家族は居るんだ……守らなくてはならないんだよ……」


 次々に、何か言ってきた。


「……黙れ……お前の助けなどいるか!」


 僕は立ち上がった。


「ブノワ君!きみはもうここにはいられないんじゃ!領主様に目をつけられてはもう!逃げるしかないんじゃ!」

「うるさい!安心しろ!お望み通り出てってやるよ、おまえらのいる村なんかな!」


 家に駆けこんだ。急いで荷物をまとめる。


 荷馬車護衛の仕事に使っていたロングソード、父さんの形見も持って行こう。


 逃げなくちゃ……ごめん父さん……。


 母さんの形見である愛用の鏡、干しものと水筒、脚絆で足元を固め、いつものマントの身軽に扮装いで家から出ると、


「ブノワ君、これを。ティエル家の領地の一番近い町まで5日ほどじゃ、魔物には気を付けての」


 長老が1レンス金貨1枚を差し出してきた。


「ごめん、ごめんよ、埋葬は立派なものにする。ベルナールが天に召されるように、わしらがちゃんと、立派な葬式をあげるから、許してくれよ……」


 長老が頭を下げて、そう言う。


 僕に金を工面して、死者をちゃんと弔ったら、こいつらは家族を殺した事への罪を免罪したつもりにでもなるんだろうか……。


 貰うものは貰っといた方が良い。


 金貨をぶんどると、走り出した。朝日が雲に隠れて薄暗い朝だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る