第10話 アリスの冒険者登録

 翌日、3刻(午前10時頃)を告げる鐘が鳴り部屋から出て、アリスの部屋をノックする。


「ブノワか」


 すぐに、女の子の姿で、アリスが出てきた。


 おっさんの姿を想像してたから後退ってしまった……。


「行くぞ」


 とアリスは、ばっと部屋の奥に振り返り、


「ママー、ちょっと行ってくるからねーっ」

「はーい、じゃあ店番しとくわいな」


 母親が奥から出てきて、おっさんの着包みを着だす。


「仕組みが良くわからんから、説明してくれよ」


 ばっと僕に振り返り、また男口調になった。


「……わかりました……キャンペーンとかは全部断ってくださいよ、時間かかるし、めんどくさいし、半分詐欺だから」

「了解したっ」


 しかし、仲間が増えるのはうれしいが……役に立つのかな、アリスは……どう見ても普通の女の子だ。


「あそこです、受付」


 ギルドに到着して、勝手のわからないアリスに受付を指差し教える。


「おう、少し待ってろ」


 アリスはひとり大股で向かって行った。僕は受付から、少し離れたところで待機する。


「すいません。冒険者登録をしたいのですが」


 アリスは急に高い声になり、軽く会釈して受付の女性を呼んだ。すると受付の人が棚からチラシを取って、


「ただいまダブルキャンペーン中で――」

「――大丈夫です」

「さようでございますか、では案内と注意事項、契約確認を行います」

「お願いします」


 受付の人がする説明をアリスはメモを取りながら聞いている……わりと真面目な人なんだなぁ。


 やがて説明を終えた受付の人が、右側の壁に並んでいる祝福の水晶を指し示し、


「祝福の水晶に手を当て神より恩恵を得てください。それで登録完了になります、お疲れさまでした」

「ありがとうございました」


 アディさんが丁寧に頭を下げ、待っている僕へと駆け寄ってきた。


「さて、いよいよだなっ」


 ちょっと緊張しているようなアリスと一緒に神水晶へと向かう。


「よし、行くぞ」


 アリスが神水晶に左手を当てようとしてやめた。


「なぁ、これ痛いんだったよな」

「はい、皮膚が裂け中から出て?きますよ、自分の肉で作られる神物ですからね」

「……痛いの苦手だなぁ」

「何言ってんですかっ、冒険者になるんですよっ、スベガミ神の光栄なる――」

「――わかってるよ!うるせぇな。よしっ」


 小鼻を膨らませたアリスが神水晶へ、乱暴に左手を当てる。


「きゃっ――」


 小さくかわいい声が上がった。


「痛い、痛いよっ、きゃっ」


 痛みに顔を歪め、体中に力を入れ耐えている。


「……あぁぅ、痛いよもぅ……」


 涙目になっていたアディさんが、ゆっくり息を吐き、全身の力を抜いていく。


 ぴょこんと現れた神託の腕輪をジロジロ見つめ、淡く光り、映し出されたステータスを見て、


「冒険者ランク1か……ランクアップまで依頼をあと1つか……」

「最初はみんな一緒ですよ。さっパーティ組みますよ」


 僕は腕輪を差し出す。


「よしっ」


 アリスが僕の腕輪をくっつけると、両方の腕輪がぼんやり光りだす。やがて光が消え、


「よし、僕らパーティになれました」

「よろしくなっ、ブノワッ」


 アリスが微笑みかけてきた。あまりの可愛さにドキッとしとしまう。


 ……ダメだダメだ。


「アリス、武器は何なんですか?」


 心の動揺がバレないようにタンタンと尋ねた。


「あっそうだ。もらったパンフにクーポンが付いてた、これで剣を買って来るぜ」

「そんなのあったんですか?」


 じゃ僕もあるな……買おうかな……この、なまくらじゃ心許ないからなぁ。


「行くぞブノワッ」


 アリスと共にギルド内の武器屋に移動する。剣に槍に弓に盾にと、武器防具が種類別にギュウギュウ詰めに棚に置かれていた。通路が狭くて、気を付けないと当たって崩しそうだ……。


 まぁ武器は消耗品だからな。でも、武器屋の一部には最高級品の逸品が、王が鎮座するがごとく、スペースを開け飾られるようにして置かれている。


 もちろん売り物だ。僕の買うものは決まった。


「おっこれ良いな」


 横でアリスが乱雑に置かれた弓の中から一つを手に取る。


「あうぅぅ、くぅぅん、あぁぁん、いぃぃぃぃぃ」


 細い腕で頑張って弓を引いて、


「以外に、力がいるんだな……どうだ、様になってるか」


 プルプルと震えながら弓を引き絞り、僕に見せてきた。


「はい、鍛えたら簡単に引けるようになりますよ」

「ホントかっ」

「ギルドに射場もありますから練習しましょう」


 突然アリスが僕の手をひん掴み力強く握ってきた。


「ありがとう、お前良い奴だったんだなっ」


 その目が力強く見つめてくる。


「僕が前線にいきます援護射撃をお願いします。僕がアリスを守りますから、目の前の標的にだけ集中して良いですからね」

「……そ、そうかっ。なかなかっ男らしいところあるじゃねぇか、見直したぜ、なんだいもうっ」


 アリスは頬を染めて微笑んだ。


 照れてるのかな。何かにやにやしだしたぞ。


 よし、この人とはこの感じでやっていこう。女の子とどうやってやっていこうかわからなくて不安だったが、こんな感じで良いらしい。


「アリスは僕が守る、絶対だ」


 もう一度、低音ボイスで言ってみる。


「……そ、そうかっ、そうなのかっ、オッお前ってばっ、へへへ」


 あっ眼鏡が真っ白に曇った。


「よしブノワ、宿は俺ん所にずっと止まってけ。金はいらんぞ」


 曇った眼鏡を上着で拭きながら、上機嫌でアリスは言う。


「良いんですか、ありがとうございます」

「特別だ、仲間だろ!」


 じゃあこっちの武器は良いものを気兼ねなく買えるぞ。


「僕も選んでって良いですか?」

「何買うんだ?」


 買うものはすぐ目の前にあった。


 この武器屋で一番目立つ所に置いてある、値段に1レンス金貨と書かれた、片側にしか刃のない、反りのついた剣だ。


 東国の武器らしい。ちょうど村からもらった金で買える。


「変な形だな」

「でも僕が父から学んだ剣技は、この剣を使うものなんです」

「親父も冒険者だったのか」

「まぁそうです、まさか本物を手に入れれるなんて。父も一度で良いから持ってみたいとか、言ってましたね……」

「ふーん」


 買った武器を片手に僕らは武器屋を出る。父さんの剣はお守り用に腰に差したままにした。勝った剣は背中に背負った。


「私の一矢を、デーモンだろうが手下だろうが、隙を見て後ろからズドーンで終わりだっ、へっへっへっ」

「隙なんて見せるでしょうか……」

「えっ見せないの?」


 アリスが目を見開き驚く。


「……当たり前でしょう……?」

「……マジかよ……」

「でももし、隙を見せることがあったら、僕は迷わず行きます。アリスは僕に続いてくだ――」

「――ブノワくーん!」


 その時、耳慣れた声がして打ち振り向くと、遠くでニコルが笑顔で手を振っている。


 僕は固まってしまった。


「おい、誰なんだ?」


 小走りにこっちにやってくるニコルを見て、アリスが聞いてくる。


「見えるんですか!?」

「……あの女の子の事か?」

「あの人が昨日つけたデーモンの手下ですよ」

「あんっ!?あんなんだったのか!?」


 びっくりした。しかし姿が見えるとは、どういう事だろう。


「見えるようになったのはなぜか全くわからんが……都合が良い、へへへ、一発で殺せそうだぜ、2対1で討伐する作戦に変更だ!」


 手に力が入るアリスに、


「いえ、やめましょう」

「あん?なんでだ?」

「主人のデーモンの居場所も知りたいですし、すぐには、それか捕まえて拷問しましょう」

「……うーん、そうだな。やるなブノワ、冷静な判断ができる男は好きだぜっ」


 アリスがウインクする。


 ドキッとするのを隠すのに、今度は手間取ってしまった。

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