第26話 ギョロ目のデーモン

 空いていた3階二等室の寝室にロシュフォールが寝かされる。そして2つあるベッドの隣にソフィが寝かされた。


 戸が開けられ、室内に爽やかな夜風が入り込む。


 窓から大通りを行きかう人々の喧騒が聞こえてきた。すでにホテルが閉鎖された騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まっている。


 燈台が部屋の中を照らす中、


「おい……?」


 アリスは、血で濡れた布に包まった全く動かない人物に、声を掛けた。


「ではアディ殿、後をよろしく頼みます」


 敬礼し警備人が全員退室していく。


「……なんでもねぇよな……やめてくれよ……やだぜ、おい、ソフィ……」


 そう呟きながら、包んでいる布を解いていった。


 布の血がアリスの手に濡れる。その手がふいに止まった。いくえも包んであった布の最後の1枚だった。


「ソフィ……!」


 意を決して、最後の1枚をめくる。


 とそこには血まみれの布からアリスが想像していたような醜悪なものはなかった。


「ソフィ……」


 中から現れた素っ裸のソフィが横たわっている。


「おいソフィ!ソフィ!」


 くそっ……返事がない……!


 アリスは、さっと呼吸を確かめてみた。


 ……あっ弱いけど呼吸がある!良かった。!


 次に体をざっと見渡して、


 ……出血は……どこにもない……?じゃ、布の血はなんだ?


 ゆっくり首に指を当てた。


 ……脈も正常だ……気を失ってるだけっぽいな……。


 アリスは安堵の息を吐く。


「どうだ……大事はないか……?」


 横のベッドで寝て居るロシュフォールが顔も向けず尋ねた。


「うん、呼吸あるよ、見る限り大丈夫そうだ……なんだブノワの奴、死んだとか言勘違いして……」


 アリスがへなへなとベッドに座り込んだ。


 その時、ふとアリスはロシュフォールの姿を見てしまって小さく声を出して驚いしまう。寝て居るその顔には、まったく生気がなかった。


「……大丈夫ですか、顔色も悪く、ロシュフォール様の方が……」

「心配いらんよ、それより服を着せてやりなさい、私は良いから」

「あっ、そうですね。服を着せないとっ」


 アリスが立ち上がり、用意されていた服を着せていく。


 そして着せ終わった時だった。


「んっ……?」


 ソフィの目がゆっくりと開かれる。


「おっソフィ、大丈夫か?なんともねぇか?」

「……アリス……?」

「ブノワの話じゃ死んでるとかだったからビビったぜ」

「……いえ、殺されました……」

「はん?」


 ソフィがバッと起き上がり辺りを見渡した。


「確かに貴族のラギスールに殺されました!ゴブリンだったのです、噛みつかれて!でも……ロシュフォール様が、助けてくれて……そうよ!ロシュフォール様が!」

「おい……」


 混乱している様子のソフィを心配し見つめるアリスの背後に、


「……ロシュフォール……様……」


 ソフィは生気なく寝て居るロシュフォールを発見する。


「私、あの……」

「あなたが死んだと知って、蘇生魔法を行っただけですよ」


 ロシュフォールはなごやかな声で言った。


「蘇生魔法!そんな魔法、人間が使う事はできないはず!」


 アリスが驚き叫ぶ。逆にソフィは冷静だった。


「それで……そのような、顔色も悪く、なっているのですね……」

「私は、あなたを愛しています、だからこその行動です」

「……はい……ありがとうございます……」

「ずっと、あなたのために生きたい」

「……そのような事、許されるのでしょうか……」

「ああっそんな、そんなくだらない事っ、私が証明しましょう。人間とデーモンも愛し合えるのだとっ」

「私、そんなっ、それはっ」

「これからを約束してくださったではありませんか」

「はい……一度は、承諾いたしました、けれど……」


 ソフィが俯き、唇を噛み冷める。


 ロシュフォールの言葉に混乱していたアリスは、


「おい待ってくれ、デーモン?ロシュフォール様が?」

「そうです。私の命は尽き欠けている……食べないといけません……」


 ロシュフォールがのやつれた顔に涙が流れる中、アリスに向き直り、


「私は、生きるために、どうしても人間を食べなければならないのです」


 と、力を振り絞って起き上がった。


「何を言って……」


 困惑しているアリスに、ロシュフォールは鋭い牙を立て迫る。


「いけません!」


 ソフィがベッドから飛び出し、ロシュフォールに立ちふさがった。


 が、ソフィは脚に力が入らず、床に座り込んでしまう。それでも顔はぐっとロシュフォールへと向け、


「そのような事をしては、共に暮らすなど、出来ませんわ」


 冷たい声で批判した。


「ここだけだ、この人間だけ、許してくれ。でないと私が死んでしまう、、すまない、すまない」


 言いながらロシュフォールが首の後ろを探り、チャックを降ろす。


 裂けた首の穴から、鋭くとがった牙に、長いたてがみを持つ真っ赤な皮膚をしたギョロ目のおぞましい頭が現れた。


「デーモン!?」


 アリスが驚き退る。


 刹那に、ロシュフォールは鋭い牙をむき出しにして、アリスに襲い掛かった。


「何をっ!?きゃあああっ!!」


 鋭い牙を立てて首に噛みつかれ、床に倒されてしまう。


「くそっ耐久値か……」

「助けてぇ!誰かぁっ!」

「やめてください!アリスを殺さないで!」


 ソフィが必死に立ち上がり助けようとするも、足にどうしても力が入らず、ただ叫ぶしかなかった。


「くそっ……耐久値を削れない……」


 デーモンの力が耐久値を削ろうと強くなる。


「きゃあああっ!!」


 アリスの悲鳴が轟いた。


 その時、寝室の扉が勢いよく開かれる。


「ブノワ!」


 ソフィとアリスが諸声で名前を呼んだ。脱ぎ捨てられたロシュフォールの着包み、襲われているアリス、真っ赤な皮膚の化物を見て、ブノワは瞬時に状況を把握する。


 ギョロ目が、ぐるっと回転しブノワをとらえた。


 ブノワが剣を抜き捨て、斬りかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る