第25話 蘇生魔法

「私の傍に誰も近寄らせるな!」


 ロシュフォールが追ってきた警備人達に怒号を飛ばす。


「しかしロシュフォール様っ」

「もし本当だとしたら……いや嘘であったとしても、姫がこんな所に居るのなら、姫の姿を庶民に見せるわけにはいかないだろう!」


 ついて来ていた警備人を厨房に残して、1人、燭台片手に階下の貯蔵庫へと降りていった。


「おい!俺は付いて行くぞ!」


 アリスは付いて行こうとすると、


「何すんだよ!」

「ロシュフォール様の命令です、行かせられません!」


 警備人に両腕をがっしり掴まれ捕らえられてしまう。


「離せ!ボケッ!俺は姿を見てるから良いだろうが!」


 無理やり降りようとするも、身動きを取れなくさせられてしまった。


 ロシュフォールは食料が詰まれる暗く肌寒い中を、


 ……あの冒険者、一番奥と言ったな。


 ロシュフォールは奥へ奥へと、足取り早く、ほとんど走るように歩いていく。走らなかったのは、落ち着かねばならない、との最後の矜持のようなものだった。


 ……ラギスールは、もちろん姫の顔など知るはずもない……つまり……知らずに食べてしまったというのも、考えられる……くそっ、一度は私の付き添いでと合わしておいても良かった……。


 その時、


 ……なんだ?これは、血の匂い……。


 貯蔵庫の一番奥まで来たロシュフォールは、詰まれた食料の奥から、微かな血の匂いを感じ取った。


 ……積まれた中に、部屋が?ラギスールが食事するために用意した部屋か?


 燭台を床に置き、積まれた食料の詰まった木箱をゆっくりひとつずつ持っては横におろし、閉ざされていた部屋への扉を露出させていく。


 やがて完全に、扉は露わになった。


 燭台を持ち、ロシュフォールは古びれた扉を開ける。


 明かりが、まずは扉横に置かれたゴミ入れを照らした。中には、豚や牛の骨と混じって人間のも捨ててあるのが見える。


 ロシュフォールはその中から骨を一本拾った。


 ……真新しい……この大腿骨……女性の物……だ……。


 明かりが詐欺に、部屋の中央にあった煮込まれた大鍋を照らす。


 ロシュフォールが蓋を開けのぞき込んだ。


 その瞬間、


「ああああああああっ」


 声にならない悲鳴を上げ、ロシュフォールは絶句する。


 切り刻ざまれた肉体があった。


 頭は出汁にでも使ったのか、それともあのゴブリンの事だからかじりつこうとしたのか、ソフィの頭部がそのまま突っ込まれ煮込まれていた。


「そんなっ、ああっああっがぁぁっ」


 呼吸ができなくなって、胸を押さえる。


「あああ……ソフィ……愛しの……ソフィ……」


 ロシュフォールは大なべをひっくり返した。


「大丈夫だ」


 そう言って自分に聞かせ、部屋の壁側へと大鍋を持ち上げ放り投げ、ソフィの頭を床に置く。


「焦るな、大丈夫だ」


 必死に良い聞かせる。


 自分の左手首を右手で掴み親指の爪をたて、


 ぐちゅっ。


 左手首に捻じり込んでいった。左手首から血が噴き出る。それを右手で掬うと、ソフィの頭を中心に、その血で魔方陣を描いていった。


「大丈夫だ。大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ」


 ロシュフォールの手は震えている。


 やがて、よれよれの丸い円に目玉のようなマークが六個並べられた、血の魔方陣が完成した。


「全部、使う。足りる、はず……足りる、はず……必ず助ける……」


 一呼吸置いて、


「イーバコダ、セタ、ディミアマドレー、シ、ナスコンデネル、スオ、ボッゾロ――」


 呪文が唱えだ去れるとともに、魔方陣がぼんやりと灯りを発する。


 ロシュフォールの体から生気を強制的に魔方陣が奪っていった。高純度の生気は高純度の魔力へと変換されて、魔力湯気が体から魔方陣から吹き出していく。


 部屋が真っ白に曇った中で、ロシュフォールの悲鳴に似た声が


「――セゥンモドぺー、ヴェディラ、クウェラ、ラガッザ――」


 ただしっかりと、呪文を唱え続け、


「――チェ、ア、チウサ、イン、キャサ。グビグカーン!!」


 蘇生魔法は発動した。


 貯蔵庫前に集まる警備人で全ての調理が中断していた厨房では……。


 警備人達が言われた通りただロシュフォールを待ち、閉ざされた階下への扉が開かれるのを待っていたところへ、ゆらゆらと力なく扉がついに開かれた。


「ああっ何という姿!」

「いったい何が!」

「おい医者を連れてこい!」


 警備人達が地下から上がってきたロシュフォールを見て、次々と叫ぶ。


 ロシュフォールの顔は蝋のような真っ白な顔色になって、生気を何一つ感じない異様な姿になっている。


 泥田を歩くように、一歩一歩を苦し気にゆっくりと歩いていたが、脚に力が入らなくなって警備人達の前で倒れた。


 駆け寄る警護人が、


「お部屋に運ぶぞ!」


 ロシュフォールの体を持ち上げる。


「下に……奥の部屋に……姫がいる……」


 唇がほとんど動いていない。舌も回っていない極小のかすれた声で、


「顔も体も隠してある……粗相のない様……運ぶんだ……」

「姫が!?」


 警備人達が視線だけで会話して、3人が階下へと走っていった。


「ロシュフォール様、空いている部屋にお運びします」

「……姫に、介抱がいる……」

「かしこまりました、手配を王宮へと向かわせます」


 アリスが尚もがっしり腕を掴まれ、叫ぶ口も塞がれ身動きできない中、なんとか、


「おい、だったら俺が見るよ。ソフィは仲間なんだ!」

「いい加減にしてください!」


 アリスを捕えている警備人が、がっしり両腕を掴み、


「もう邪魔しないでください、姫です、姿は見せられません!」

「もう見てるから大丈夫だって、何度言やぁわかるんだこの野郎!」


 ロシュフォールがアリスを見た。


「なら良い……おい……その子を離すんだ」

「おしっ、聞いたかバカ警備!とっとと離せ!」


 アリスは舌打ちして、警備人を睨みつける。


「あと……姫の着る、服を用意しろ……」

「ロシュフォール様、ソフィは大丈夫なんだよな?」

「……まだ、わからない……」

「そんなっ」


 そこへ、階下へとソフィの元へと走っていった警備人が、人型に丸まった布の塊を持って戻ってきた。


 アリスは絶句した。


 布は血で赤黒く濡れて、何の声も発さなかったからだ。

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