第22話 ゴブリンロード

 腕輪を胸の前に出し、ラギスールさんに敬礼を行う。右腕のない小さな老貴族が、


「君が……尋ねてきた冒険者か?」

「はい、何か?」

「いや、何でもないわい」


 部屋に入った僕をラギスールさんは少しバカにした態度で出迎えてきた。


 なんなんだ?


「聞きたいのは、今日、さっきの出来事です」


 僕はキリッとした態度で対峙する。


 こういうのは舐められたら終わりだ。こっちも冒険者であることは変わりない、調査なんだから貴族とも対等に事を進めないと。ハキハキと威圧を込めてラギスールさんに言い放った。


「あなたのパーティの護衛依頼を受けた冒険者が死亡いたしました。ここで何が起こったかを調べます、あと私らの仲間の1人も失踪していま――」


「――おいブノワ、大変だよ!」


 ニコルが服を強く引っ張て、体が捻られた。


 何なんだっ放してる途中にっ。


 ニコルを横目で見ると、部屋の隅を睨みつけている。


 視線の先には何もない。


 何なんだ、こいつ?ラギスールさんが、またバカにした態度でこっちを見て来たじゃないかっ。


「あと仲間の1人も失踪していますので、そちらも探します」


 しまった、ちぐはぐになってしまった……。


「そうなのか……先日も毒を入れられた件があったばかり、何かと物騒であるな……構わん、私らも心を痛めている、好きに調べてくれ」


 いまだに引っ張り続けるニコルの手を振りほどき、


「何かパーティで騒動などはなかったのですか?」


 冷静にラギスールさんに尋ねる。


「何もない、今その報告を聞い――」


 その時ラギスールさんの体が急に捻って、椅子から落ちそうになった。


 何だ?誰かに引っ張られたような動きだ……。


「んぅ……ああ、それは……何もわからんのだよ。気づいたら居なくなっていたっ」


 ラギスールさんの目をキョロキョロしている……何かだが……こいつ……怪しいぞ……。


 カンだが、少し質問してみるか。


「冒険者が死んでるんです、そん――」


 ニコルにまた服を引っ張られ、体が傾く。


 何なんだ一体!


 ニコルを横目で睨みつける。


 と、ニコルはラギスールさんを睨みつけていた。その顔は、目を見開き口をあんぐり開けている。


 無視して続けようっ。


「何も知らないって事はないでしょう、ラギスール殿」


「そんな事言われても、私も接待で忙――」


あっ!ラギスールさんの体が急激に傾き、机から転げ落ちてしまった。


「大丈夫ですか、ラギ――」

「――ブノワ君!剣を抜いて!戦いの準備!」


 叫び、ニコルさんは剣を抜きさる。。


「何やってんですか?」


 意味が分からん。


「ラギスールッて奴、人じゃないよ!」

「……え?ラギスールさんが人で――」

「――なんだと!?」


 ラギスールさんが急に声を荒げた。


「ガアァァァ!」


 叫びと共にラギスールさんは首の後ろをさぐり、体の中から黒く皺だらけの素肌をした腕が飛出してきた。


「ゴブリン!?」


 ラギスールさんの着包みを投げ捨てると、瞬時に僕目掛け飛び掛かってくる。


「はっ!?」

「ガアァァァ!」


 飛び掛かり、振りかぶった右腕の手が鋭く光るカギ爪になっていた。


――しまった!やられる!


「があっっ!」


 不意を突かれた僕の体を、カギ爪は左鎖骨から胴体へと袈裟に切り裂いていく。


 転瞬、腰に差した剣を抜き去りながら横に飛び距離を取った。


「ちっ!左腕があればぁ!くそぉ!」


 僕の体に痛みも傷も何もない。耐久値……神が守ってくれた。


 ラギスールに正眼に構える。


 ラギスールだったゴブリンは、お腹がぷっくり出ていた……。何時も飢えているゴブリンがここまで太るという事は、相当食いやがったな……。


「ゴブリンがなぜ着包みを着ている!デーモンの仕業だな!言え!」

「黙れ!貴様こそ何者だ!なぜ天使を連れている!」


 ラギスールだった魔物は、とがった牙を露出し問い立ててきた。


「ニコルが見えるのか!?」

「チビ、天使と戦っているのか!?援護しろ!駄目だ体が回復しきってない!」


 ラギスールが剣を振りまわしているニコルの方へ向て怒鳴る。


「ブノワ君!マリーの方は任せてっ!そいつに集中して!」


 ニコルは見えない誰かと戦いながら僕に叫んだ。


「マリー!?堕天使っていう――!?」

「――ガアァァァ!!」


 ラギスールが突進してくる。僕は先手必勝戦法なのにっ。逆に打たれてばかりだっ!


 またも飛び掛かっての切り裂き攻撃っ!ソフィとの練習を思い出せっ。


 思いっきり剣を突き出し向かい打つ。


 鋭い爪によるひっかき攻撃よりリーチ面で優位の刺突だ。こいつの直線的な動きは狙いやすい!


「やぁっ!」


 思いきり踏み込み、ラギスールの心臓目掛けて切っ先を飛び込ませる!


――ドンッ!


 ラギスールが床を踏み込んだ。斜めに飛ばれ刺突が躱される。剣を急いで戻すが……駄目だ!


 動きが早いっ懐に飛び込まれるっ!


 ラギスールが顔の半分を占める口を大きく開いた。首にかぶりつれる。


「あああああっ!」


 こっちを狙ってたか!?


「ぐぅぅぅぅあっ!」


 剣の柄で思いきり、かぶりついているラギスールを打撃し振りほどく。飛び退り距離を取った。


「ちっ!体が思うように動かない、くそぉっ!」


 ラギスールガがいら立って叫んでいる。


 ……油断した……ん?なんだ?


 首に違和感があった。


 ……痛みがある?首に、痛み、つまり……耐久値はもうないのか……ギリギリだっのか……。


 首から鎖骨に掛けてヒリヒリする。


 くそっ落ち着け!


 首を振り雑念を払うと剣をラギスールに構えた。ラギスールは膝を突き立てないでいる。


「冒険者め!体調が万全ならばすぐに殺してやるというものを!」

「……ゴブリンめ、人を食らい平和を乱しただけで飽き足らず、デーモンの手下にまでなり下がったか!」

「人間共が!我々の住みかを奪い荒らしておいて何が平和を乱しただ!」

「ここは人間界だ!」

「お前らが神と協力して奪ったのだ!私はここら一帯を率いるゴブリンロード、ラギスール!勝手ににはさせない!」

「……お前がゴブリンどものボスだったのか……」

「そうだ。その恩恵もろとも、殺戮された同胞の仇を――」


 突然ラギスールが飛び退った。


「――チビ!何をやっている!」


 ニコルの、やたらめったら振り回していた。辺りはカーテンも壁も剣傷だらけになっている。


 今がチャンスだ。ラギスールの目がそっちにいっている。


――でも落ち着け……。


 正面から行ったら負ける。このゴブリンはちょっと前に何かあったんだろう。その時のダメージがまだ残っているっぽい。


 しかし動きは、それでも十分早いっ、が単調だ。攻撃が噛みつくとひっかくだけ。


――カウンターで行こう。腰にもう一本刺した父さんの剣をちらと見る。


 行くぞぉ!


 よそ見をしているラギスールに飛び掛かり袈裟に斬りつけた。


 ラギスールは深く腰を落とし、迫る僕の剣撃を半身でかわす。


 僕の剣が空を切り、ラギスールはまたも懐に一瞬で入って牙をむき出しに噛みつこうとしてきた。


――やはりそう来るか!


 わざと踏み込みを浅くしている。斬りつけた剣も片手で持っていた。


 腰にもう一本刺していた父の剣を逆手で引き抜く。


 肉が引き裂かれる音が、鋭くも鈍い音と、バシャバシャという水の音が鳴った。噛みつこうと飛び掛かってきたラギスールの体に父の剣が食い込み、


「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴を上げ、真っ赤な血を噴出し、ゴブリンのボスは悶絶し床を転げまわる。


 のたうっていたゴブリンは、突如ぱたりと動かなくなり、僕を、激しく睨みつけた。


 そして睨みつけながら、すぐに絶命した。

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