第5話  新人冒険者

 受付の女性が棚からチラシを取って、


「ただいまダブルキャンペーン中で――」

「――大丈夫です」

「さようでございますか、では注意事項、契約確認を行います」

「はい」


 受付の人がする説明は、死亡時は全財産がギルドに移譲される事など、金の話ばかりが続いた。


 適当に聞き流し、やがて、


「祝福の水晶に手を当て、神より恩恵を得てください。それで登録完了になります」


 と右側の壁に並んでいる祝福の水晶を指し示す。


「こちらのパンフレットに、ギルドの注意事項、新人用呪文の一覧、ギルドの店内で使えるクーポンもありますのでご利用ください」

「はい、わかりました」


 やっと終った……。


 壁一面に並んだ神水晶のところでは、じつに軽妙な剣さばきをパーティ仲間に見せている人がいた。


 なんか怖いので目を合わせないようにし通り過ぎ、一番端の神水晶に左手を当てる。


「うぐっ」


 聞いてはいたが、


「痛い、痛い痛い」


 左手首の皮膚が盛り上がり、皮膚が裂け、神託の腕輪がぴょこんと現れるのを、歯を食いしばって耐えた。


 ……ふぅ。


 神託の腕輪が淡く光り、僕のステータスが映し出される。新米だから下に説明が付いていた。


 冒険者ランク1

 耐久値:10  加護により無効化するダメージ量。

 魔力値: 1  加護により与えられる魔法使用権利数。


 耐久値か……ちょっとワザと確かめてみたいな。そこらの人に一発頬ぶん殴ってくれと頼んだりして。


 そして魔力値だ、これで呪文を覚えたら魔法が使えるようになる、デーモンを倒すには必須だ。さっきもらったパンフレットにあったな。


 ちょっと開いてみてみる。


 魔力消費値1の魔法

 パッカ(発光魔法) 

 ホラノー(小火球魔法)


 新人用はこの2つだけしか使えないのか……どっちも探索用のだ。暗いところで光を灯すのと、焚火の火種用。


 ランク10だっけ、攻撃に使えるようなのが使えるのは。でも、そこまで行って新人と呼ばれなくなるまでに半分いなくなるんだよな……。


 ……よし。


 これからランクを上げて、もっとスベガミ神の恩恵を分けてもらって、ロシュフォールを殺せるほど強くなる。


 パーティも作らないと、呪文も覚えないと。


 やるべきことは分かっている、進むだけだ。父さん……必ず、どんなに時間がかかっても、成し遂げてみせる……。


 ギルド左側、敷地を一番取っている酒場に向かう。


 酒樽が壁一面に並び、カウンター越しの店員5人がひっきりなしに酒を汲んでは客に渡すを繰り返している場所の手前、パーティ登録受付とかすれた文字で書いてあるカウンターにいる女性に、


「あのすいません」


 腕輪を胸の前に出し、冒険者の敬礼ポーズをとり、


「ここで、仲間を集められるんです、よね?」


 胸を開けた服を着た、酒場のママみたいな受付の女の人の艶やかな目に、ついどぎまぎしてしながら言った。


「ええ、そうよ」


 いながら、じろじろと僕の体を上から下まで眺めだす。そこでその目が艶やかな理由がわかった、あれは分析スキルだ。


「募集してもねぇ、レベル1じゃあねぇ……しかも何のスキルもなしではねぇ、仲間になるやつなんていないわよぅ……」

「えっそんなぁっ」

「あのね、レベルの低い人と組むメリットなんてないのよ、わかるわよね?だから皆、新人はお金を払ったりしてね、高レベル冒険者のパーティに入れてもらうのよ?」


 艶やかな目が凄く優しい目になった。


「そうなんですか……」

「がたいが良いとか、スキルを持っているとかなら、良かったんだけどねぇ」

「なるほど……ちなみにいくらくらいなんですか」

「レンス金貨1枚か、セラミナ金貨2枚なら確実ね」

「うーん……」

「まっ一応募集賭けてみるわね、同じくレベルが低い冒険者が現れたら仲間になってくれるだろうしね」

「ありがとうございました……」


 一端引き返し、酒場の外に出る。


 金を使うか。


 全財産のレンス金貨1枚を取り出す。


 全部失うのは……半分ぐらいで募集を掛けてみるか……それでどこかのパーティが入らしてくれたら良いんだけど……。


 1人でやってやるのも良いかも……危険か?仲間は1人でも増えると戦闘力は格段に増すからな……どうしよ……。


「ねぇ新人君、パーティを組まないかい?」


 いきなり後ろから呼ぶ可愛い声がした。驚いて振り返ると、


「私はニコルッ皆からチビって呼ばれてる」


 背の低い、というか10才くらいのツインテールの女の子が、仁王立ちで僕をニコニコ見上げている。


 ぶかぶかの革の防具を着て、脚に脚絆にいでたちに、細身の剣を腰に差していた。


「冒険者なんですか?」

「そうだよ、私もさっきなったばかりだからね、ランクも1さっ」

「では同期ですか」

「いんやっ、ニコルの方が早かったしっ。初めてできた後輩だ、面倒見てやるよっ」

「はぁ……」

「さっパーティを組もうっ」

「……うーん……」


 正直、こんなのと組んでもなぁ。


「どした、腕輪だしなよっ」


 ニコルさんは腕輪を前に出す。


「なんなんよっ」

 ニコルさんがしがみついてきた。


「仲間になろう!君も必要でしょ!」

「そうですが……」

「私もう……ずっと断られ続けてるんだからっ」


 ニコルさんは切実に叫ぶ。


「頼りにしてるんだよ、君をっお願いっ、ねっニコルを入れて、それでパーティ探して2人で入らしてよっ、ねっね?」

「はぁ……」

「よぉーし!じゃよろしくぅ!」

「えっまだ決めてな――」

「――良いのっ遠慮しなくてもさっ。ところで名前はなんてーの?」


 ……まいっか……。


「同期ですし、ニコルさん一緒に頑張っていきましょう」

「ニコルで良いよ、で君の名前は?」

「僕は……」


 名前は変えた方が良いかな……別に構わないか。


「ブノワ・ペローです」

「ではブノワ君っ、よろしく頼むよっ、わっはっはっはっは」


 大口開けて喜びながら腕輪を差し出してきた。


 ニコルの腕輪に僕の腕輪をくっつけると、両方の腕輪がぼんやり光りだす。やがて光が消え、


「これで私らはパーティだぜ」


 ニコルが飛びついて、僕の首に細い腕を巻き付けてくる。


「イヤー良かったー、もう誰もなってくれないからぁ」

 ほっぺをすりすりとこすりつけてくる。


「さっそく、依頼を見に行くぞ。ついて来いっ」


 飛び跳ねて歩き出した。


 元気な子だな。


 しかしすごい、あんな小さいのに冒険者になるなんて。親から行かされたんだろうか、だとすると信心深いご両親だな。


 正面から見た時、ギルド大階段に隠れていた奥の壁に依頼掲示板があった。


 壁一面が依頼紙で溢れかえっている。大量に張り出される依頼紙を冒険者が乱雑に剥がすから、掲示板はちぎり絵のようになっていた。


「最新のものが張り出されてねっ、古いのは後ろの棚にしまわれるんだよっ」


 ニコルが説明してくれる。


「で、反対側が死んじゃった冒険者の死亡確認紙さ」


 言われてパッと振り返ると、ギルド大階段の裏に、大量の名前を書かれた紙が、冒険者ランク、所属していたパーティ名と共に提示されていた。


 こっちも乱雑に剥がすので、ちぎり絵のようになっている……。


「依頼レベルの低い順に左から張られているんだぞ、ブノワ君っ」

「えっ?」


 振り向くと、ニコルは依頼掲示板の方を向いていて、指を指している。


「左だよ、あっちだよ」


 ニコルが大股で歩き出した。僕は気を取り直して、後を付いて行く。


「ブノワ君、この端らにあるのは推奨レベル1だ」

「じゃ、これいきますか?」


 依頼紙の1枚を指さした。


「……お、おばけか……?」


 洞窟に出るお化けを退治してほしい、依頼書には書いてある。


「怖がってんですか?」

「ば、馬鹿言うんじゃないよ、こっちは夜にトイレに行けないことぐらい克服してらぁ」


 ニコルが依頼書を剥がそうと手を伸ばした。

 が、手が届かないでいる。


 ぴょんぴょん跳ねても届かないので、


「何でこんな高いところに張るんだよ……取って」


 ふくれ面で僕に頼んできた。

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