第二話


 ◇ ◇ ◇ 六日目 午前八時 五三分


         【運営より お伝えします】

        【Wチーム:二名 ログアウト】

     【残りRチーム:七名 Wチーム:三名】


 俺は昨晩に来ていたメールを見て、溜息を吐く。

 だが俺の鬱気は周囲に屯する、学生NPC達の熱気に流されてしまった。

「本格的にやべーのなんのって、死んだかもな俺」

 現在地はモンドバレーキャンパスの校門前。その校舎案内板に俺は背を預けている。

 俺はメールの確認を終え、視線を携帯から上げれば垂幕が校門に飾られていた。

 本日はモンドバレーキャンパスの学園祭当日だ。

 屯する学生NPC共の熱気も、まさにお祭り騒ぎである。

 これがデスゲーム中でなければ……まぁ俺も学園祭に遊びに来ているんだが。

「お兄さん。待った?」

「いいや、待ってねェよ」

 ここ三日で聞き慣れた少女の声に、俺は精一杯の裏声イケボで応える。

 可愛い乙女の足音に俺が振り返ると、そこにはクレープスが居た。

 だが普段着とは違い、とても少女らしい格好をしている。

 具体的には緑がかった紺色長袖のセーラー服にミニスカート。日本の学生服だ。

「ボ、ボクは似合わないって言ったんだよ? だけどインメントが……」

 クレープスの装いは白い肌も相まって、制服と見事なコントラストを生み出している。

 俺は美女子高生の登場に、一瞬だったが呆けてしまう。

 意識を戻した時、俺の胸元でクレープスが不安げに見上げていた。

「似合わないよね?」

 十五歳のドイツ系黒髪ショートボブ美少女が、セーラー服を着て上目使いをしてるんだぞ。

 似合わないとかそういう次元の話では無い。俺はパッションのままに叫ぶ。

「めっちゃ可愛いやろ!? 女の子のおめかしとか、嬉しいに決まってるよなぁっ!」

「そっかな? 一応、ほら。デートだからさ」

 そう、俺達は今からデートに行く。

 良い歳したあんちゃんが、こんなに可愛い女の子と学園祭にだ。

 最高だな、リアルなら警察が来てたぜ。

 丁度良く学園の校庭から、空砲の音も聞こえる。学園祭が始まったのだろう。

「それじゃぁ行こうぜ。クレープス」

「うん……行こう。お兄さん」

 俺が差し出した手を、タコとは無縁な彼女の手が触れる。

 俺は繋いだ指を絡めて、恋人繋ぎに移行した。

 ビックリするクレープスに、俺は気づかぬフリをして校門をくぐる。

 空では花火の轟音が響き、数百のカラフルな風船が飛び立っていた。

「情報収集が予定より早く済んで良かったね」

「へっ、仕事が出来る男。オノイチと呼んでくれ」

 昨晩、偶然出会ったNPCから話を聞いた俺は、欲しかった情報を集め終えた。

 そのお陰でこうしてデートが出来るんだから最高だ。

 クレープスは俺の自虐ネタを聞いて、くすくすと笑うと茶目っ気たっぷりにからかってくる。

「戦いになったら、お願いだから隠れててね?」「うっす」

 俺が三人居ても、クレープスには勝てないから当然である。

 そもそも俺にとって、このゲームは日常を楽しむ為だったから仕方ないな。

「でもバックアップ要員として、頑張ってるじゃん!?」

「まぁお兄さんが居なかったら、デート作戦とかも出来なかったし……」

 そう。デートとは言うが、実情は勿論違う。

 俺達は敵チームを隠していたプレイヤー。クローチェの居所を調べる事に成功した。

 後は奴らのアジトにカチコミをかけて、ガチンコファイトで終わりだろう。

 つまり今日のデートは最終決戦への対策である。具体的には『隷属』への対策だ。

「ボクは『隷属』の対策とかした事なくて……本当に大丈夫なの?」

「『隷属』への対策は、味方に『隷属』するのが手っ取り早いんや」

 『隷属』は効かない時はとにかく効かないが、ハマれば強い。

 もしクレープスが相手に『隷属』してしまえば、俺達は全滅する。

 だが困った事に、戦闘特化のクレープスは『魅力』が低くて『隷属』されやすいのだ。

 だがそこはゲーム。クレープスの表情は相変わらず可愛い。

「俺から見ると、本当に『魅力』が低いのか? って気はするけどな」

 クレープスが俺の口説きにぷすっと笑う。

 止めてくれ。そのタイミングで笑われると精神的に死ぬ。

 ただ彼女も引いてる訳では無さそうで、次に申し訳なさそうな顔をした。

「ボクみたいな子供が相手じゃ、お兄さんは嫌でしょ?」

「おまっ、ばっ。バっ!? 可愛い美少女とデートする機会を逃す筈が無ぇだろっ!」

 クレープスは弱点を克服出来る。

 俺は可愛いクレープスとイチャイチャ出来て嬉しい。Win-Winだ。

 という訳で俺はクレープスに、難しい事なんて考えずに楽しんで欲しい。

 俺はこう見えて、遊ぶのだけは得意なんだぜ?

「うん……エスコートお願いね? お兄さん」

「任せろよっ。若造じゃ出来ない遊びってのを見せてやる」

 俺達は学生達がスシ詰めになっている屋台通りへと向かった。

 雑多なテントがひしめき、学生達の騒々しい声が溢れている通りである。

 そっからはクレープスが楽しい、というよりも俺がめっちゃ楽しんだ。

 大学生時代には無かった厚い財布に、現実では無いという事実。

 あえて言うなら無責任チートで、俺TUEEEし放題って所か。

 屋台のチープなお菓子を片手に、出店をブラついては冷やかして。

 射的屋ではクレープスの為にぬいぐるみを狙うが、イカサマ屋台に轟沈。

 本人が一発でぬいぐるみをかっさらっていったり。

 クジを引いた俺が大吉を引いて、クレープスが凶を引いたり。

 キメッキメの、馬鹿馬鹿しい学生バンドの下手くそなロックバンドを聞いたり。

 俺達はバトルロイヤル中だとは思えない程に、穏やかな時間を過ごした。

 一通り遊んだ俺達は、校舎沿いのベンチに座って校庭のパレードを見ている。

 当然だが最悪の民度を誇る、ミリオン・パンクのパレードは普通ではない。

 具体的にはトゲ付き肩パッドをしたモヒカン共が、バイクパフォーマンスを披露中だ。

「クレープスは案外、こういうお祭りが好きなのか?」

 クレープスは俺の質問に、プラコップのジュースから口を離して呟く。

 彼女の全身には学園祭で買った、安っぽい装飾品や風船がくくりつけられていた。

「新鮮で楽しいよ? ボクってパレードに行った事が無いんだ」

「へぇ~。外国ってお祭り好きなイメージあるけど?」

「どっちかと言うと、家の問題だからね」

 クレープスはパフォーマンスを見て、無感動にジュースのストローを吸う。

 おっ、聞かない方が……いや聞いてくれって顔してるな。

 俺は紙パックのチーズスティックを、パクつきながら空を仰いだ。

 下手にシリアスにするより、だらけて話す方がクレープスも話しやすいだろう。

「俺の家は一般市民出の一般市民育ちだけど。お前の家は違うんやな?」

「……良いトコの出だよ。貧しい僻地だけどね」

 夢でも見ている様な目でクレープスは呟く。

 その姿を見ていて俺は思った。クレープスはリアルでも未成年なのではないか?

 彼女には多感な時期ならではの、漠然とした将来の不安が見える。

 俺がクレープスの横顔を眺めていると、彼女ははにかみつつ、デートの感想を告げた。

「だから今日は、初めてばっかりで楽しかった」

「それなら次のデートも、期待できっかな?」

「生き残れたら……約束ね?」

 おっと女の子の必殺技、キープが来ない。脈アリですよコレは。

 『隷属』対策のデートとはいえ、男は狼なので狩りに全力を尽くす所存だ。

 友達とキャッキャ遊ぶのは楽しいし、可愛い子なら倍ドンだからな。

 俺の邪な考えをよそに、クレープスはアンニュイな雰囲気を醸す。

「お兄さんはデスゲームをクリアしても、ミリオン・パンクは続けるの?」

「こんな目に遭っちまったしなぁ。賞金を貰えれば現実で好き勝手できるしなぁ」

「ボクさ、親に隠れて遊んでるんだ。賞金どうしよう」

 俺がクレープスの親なら、子供が数億円持ってきたらビビって追求するな。

 少なくとも見て見ぬフリは無理だな。

 だが賞金はポンと渡される訳では無いだろうし、運営と相談できるだろう。

 そういう所は外さない運営だと、嫌な信頼がある。

「お母さんは頭が硬いから、使い道を考えるのも難しそう」

「俺はとりあえず、死ぬまで遊び呆けるぜ?」

 俺はコーラを掲げて喉に流し込む。最後の晩餐になるかもしれないから味わおう。

 刹那主義と言われても仕方ないが、現実は退屈で窮屈なんだ。ゲームの中では自由で居たい。

 クレープスはそんな俺を見て、祭りで手に入れたぬいぐるみを弄りながら呟く。

「その時はドイツにおいでよ。ボクの故郷で良ければ、案内するから」

 クレープスは頬を赤らめて、リアルデートの約束をしてくれた。

 これが他の奴ならハニートラップを考えるが、彼女はそこまで擦れてないから本心だろう。

「おっ。じゃぁ日本に来たら俺が案内してやるぜ?」

 俺の死亡フラグが凄い勢いで重なっていく。

 クレープスもその事実に気づいたのか、俺を見上げて口元を緩めた。

「お兄さんって、リアルの見た目はどうなの?」

「ひ・み・つ。ただしクレープスが惚れちゃう事は約束するぜ」

 俺の陰キャフェイスを見て驚くが良い。ゲームとそっくりだからな。

 俺の自虐ネタにクレープスは笑うと思ったが、ぬいぐるみに顔を埋めてしまう。

 流し目で俺の顔を見ながら、ぼそぼそ呻く声は酷く小さかった。

「そっか……お兄さん、タイプだから良かった」

 俺がケラケラと笑うのにつられて、あどけなく笑うクレープス。

 そんな気怠い昼時に無粋な着メロが鳴った。クレープスの携帯だ。

「インメントからだ。寝床に居るって言ってたけど、どうしたんだろう?」

「出とけよ、俺は飲み物買ってくるからわ。クレープスは何が良い?」

 アイスコーヒー。そう言った彼女に俺はサムズアップで応える。

 俺達は飯に関しちゃ喧嘩せずに済みそうだな。

 俺は立ち上がり、先程よりはマシな人だかりに足を踏み入れる。

 振り返れば電話を手にしたクレープスが、手を振っていた。

「んじゃ、見て回ってくるぜぇ~」

 俺も大きく手を振り返し、勝ち組の人生を満喫しようと屋台を物色する。

 数分程歩いただろうか。屋台通りでは学生達の騒々しい声がノイズを発していた。

 俺が人混みを掻き分け、ジュースを買い求めていると……脳裏がチリチリと燻りだす。

「~~ッ!」

「気づかれたか。やりづらくて敵わねぇな。ゲームってのは」

 睨んだ先。学生NPC達の存在感が薄れ、男が周りを押し退けて現われる。

 ラフな格好だ。黒いノースリーブにジーンズ……それに比べて彼の存在感の何と重厚な事か。

 体格はホズよりも一回り太ましく、動画サイトで見た軍人の体型を思い出した。

 だが最も特徴的なのは、頭部の代わりに黒鉄の十字が乗っている事だろう。

 異形頭。そう呼ばれる特殊な課金アイテムだ。

「俺はカタギに手を出すなんて、性に合わないぜ」

 俺はこの男を知っている。

 招待枠五人の中で、唯一正体が判明した俺達の敵……『黒幕』のグラウベっ!

「お前が『次の目標』だ、坊主」

「ァ”ァぁ、もうっ!! まぁた、俺のデメリットスキルか!?」


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