第五話


 ◇ ◇ ◇ 七日目 午前一〇時 五〇分


「遅かったな、到着してから随分かかったじゃねぇか」

「罠を警戒しながら来たからな」

 TV局の屋上へ続く螺旋階段を上った先。ミリオンパンクTV局の屋上は広い場所だった。

 塔屋から出ると玉砂利が敷かれ、奥にはキャミーを御神体にした神社が居座っている。

 その他は囲みもフェンスも無く、下界のパンクシティが一望できる場所だ。

「薄々、生き残るとは思ったが。最後まで貴様のツラを拝むハメになるとは」

「電話では昨日ぶりかな。オノイチ君」

 神社の前で立ち塞がる二人。

 アングイスは微笑むばかりで表情が読めず、クローチェは散弾銃を肩で担いでいる。

 対してインメントは背後への警戒。クレープスは俺の隣で銃を抜いていた。

 正直に言うとさっさと殺したいが、姿の見えない敵三人への警戒が先だ。

「久しぶりだな、アングイスにクローチェ。残りの三人は何処だ?」

「貴様……分かってて口に出すなよ」

「あの人達は一般人だから、ゲームの中でも殺人は出来ない人だったの」

 俺は死ぬ位ならゲームの向こう側で他人が死のうが構わないが、そういう奴も居るか。

 土壇場になれば覚悟を決めるかと思ったが、そうでもなかったらしい。

 俺が話半分に相槌を打っていると、高層ビルの冷たい風が俺達の背中を押す。

 頭上を見れば青空と太陽が広がっている……まさに絶好の殺し合い日和だ。

 俺が懐から拳銃を抜くと、クローチェが下界の町並みを眺めていた。

「綺麗な場所だな。俺様の故郷に比べるとちっちぇが」

「そうか? 俺の故郷に似てるけど汚い場所やろ」

 俺達は互いの顔を見て、へッと笑った。本当に気が合わない。

 同属嫌悪だろうな。俺達が組んだら面白そうだが、そんな機会はもう無くなった。

「俺様はこんな街が嫌いだ」「俺はそんな街が好きやで」

 俺達の会話は互いの返答が分かった上で行われている。

 鏡に映った自分と会話している錯覚がするのだから相当だ。

「お前の仲間達に寝返る奴らは?」

「既に寝返ってる奴がいなきゃ居ねぇよ」

 ピリつく空気の中、最後の一呼吸。

 視界の隅。スラムと下町を分ける高速道路で、何かが爆発して炎上した。

 俺達は爆音を合図に、一斉に武器を抜き放つ。

 それは殺意が餓狼の群れとなって、互いに噛みつくが如く!

「ぶっ殺ッ!」

「やれぇっ、シライヌゥッ!」

 クローチェが一手先に叫ぶ。同時に神社の裏手から、空間が波濤の如く揺れ動いた!

 耳鳴りにも似た不快な快音波に、視界に砂嵐が走り……たたらを踏むと治まる。

 俺が異常現象に耐えられたのは偶然だった。その証拠に背後では呻き声がした。

「う、うぐぅ」

「お兄、さ……」

 俺の仲間達が両耳を押さえてひれ伏すのを見て、漸く俺だけが無事なのだと気づいた。

 クローチェは俺の正面に立って、忌々しくもニヒルに笑う。

 俺が拳銃の撃鉄を上げる音と、クローチェがショットガンをリロードが重なる。

「運が良いなオノイチ。分かり安い決着を用意してやったぜ」

 俺達は全く同時に横に跳び退り、銃を構えた。

 二丁拳銃と散弾銃の発砲音さえ、タイミングが完全に被る。

 俺達の銃弾は火線と化して、互いが居た空間を穿つ!

「伏兵やろ! 卑怯な手を使いやがって!?」

「貴様だって人員に余裕があったなら、やってたろうっ!」

 俺は罵りながらも、背筋には冷たい汗が噴き出していた。

 拳銃と散弾銃では火力が違い過ぎる。勝っているのは連射速度だけだ。

 クローチェが戦力差を理解していない筈が無い。すぐに詰め寄ってくる!

 俺は散弾銃を避けたら止まる事なく、屋上と屋内を繋ぐ塔屋へ駆け出す。

 仲間達を守るとか言ってられない。背中を向けて一直線に塔屋に飛び込んだ。

「貴様はホズもそうやって、裏切りったのかっ!」

「あぁん!?」

 俺が塔屋内に飛び込むと発砲音が響き、俺が背にした鉄扉に鉛弾がメリ込む。

 奴の散弾銃は装填数二発。現在は弾切れの筈だと俺は扉から顔を覗かせる。

 俺の仲間が起きれば目を閉じてても勝てるだろうが、世の中はそう甘くない。

 絶えず耳鳴りは聞こえ、二人は相変わらず突っ伏している。

 アングイスは俺の仲間を冷たく見下ろし、塔屋へ距離を詰めるクローチェに苦言を呈した。

「ここでやらないで貰える? それともクローチェ君は作戦を守れない人?」

「俺様に命令するな。貴様こそ、女共を殺しておけよ」

 アングイスが物憂げに頷くと、懐から小さめの拳銃を取り出す。

 俺やクレープスが使う回転式拳銃とは違う、黒鉄色の自動拳銃だ。

 俺はその間もクローチェに隙があれば、全力で殺そうと拳銃を構えている。

「時間はかかるかな。私は『戦闘』が低いから」

 クローチェはその暢気さに舌打ちを打つと、ストレスの鎖を引き剥がす様に首を振った。

 俺は隙なんて読めないが、視線が通ってない絶好の機会は見逃せない。

 扉から銃口だけを出すと、クローチェが顔をあげるまでに狙いを定める!

「死ッ」 

「『手を挙げろっ!(フリーズッ!)』」

 ウゴぉ!? 俺の全身に走った衝撃と寒気に、思わず転げて尻餅をつく。

 全身がライオンを前にした様に、死の予感を感じて震えが止まらない。

「スキルかっ!?」

 奴は『義賊』で、俺にはスキルが使えない筈じゃ!?

 俺が逆境に顔を歪めると、クローチェが鉄扉越しに俺に問いかける。

「おいっ、答えろ。ホズを殺したのは貴様なのか」

「そうだと言ったら?」

 何故、さっきからホズの名前が出てくるのか。

 俺は質問の意味が分からずに、時間稼ぎの意味を込めて答える。

 クローチェは俺の返答に、今までで一番大きい舌打ちを弾く。

 そして奴は散弾銃に弾丸を押し込みながら、俺に近づいてきた。

「ホズは貴様みたいな『一般人』が殺して良い男ではなかった」

「さっきから何なんや。アンタに俺とアニキの因縁が関係あるんかっ!?」

 俺が疑問を叫ぶと、塔屋の出口にクローチェのニット帽が放り投げられる。

 ニット帽に付けられた缶バッジが太陽を反射しており……俺は缶バッジに見覚えがあった。

 過去の相棒。ホズが身につけていた缶バッジだ。

 クローチェがもう我慢ならないと、鉄扉越しに叫ぶ。

「ホズは俺様の友達だったっ!」

「成程なぁ。そいつぁ、関係大有りや」

 俺が全て終らせたと思っていた、復讐の螺旋が開く。

 ケセムから始まり、俺が決着を付けた因縁が俺に絡む。

 タイムアップまで残り一時間弱。

 俺とクローチェの追いかけっこが始まる。

「時間切れで終わる様な、後味が悪い決着はしねぇ。貴様が最後のターゲットだ」


 ◇ ◇ ◇


「ビィッチ、アンドッ、バットガァア~イズッ!」

 響き渡る男の声。続けて真っ暗な空間に、ドラムロールが鳴り響く。

 この一週間と違う事は、ドラムロールの盛大さだろう。

「ミリオン・パンク1999。最終決戦だぁあああっ!」

 ショータイムを告げる照明が、七色に別れてステージを照らした。

 そこには花束で飾られた豪勢なステージと、生き生きとした顔の実況者達。

「という訳で最終日もアンヂーっと!」「キャミーで解説と実況をやっていくみゃ~」

 EEEEeeeeKKKKッッ!。

 暴動でも起きそうな乱痴気騒ぎが会場に響く。

「現在はレッドチームが一五人。ホワイトチームが一七人亡くなっているね」

「えっと。四〇引く一五と一七は……」

 プレイヤーの残り人数を指で数えるキャミーだが、結果は芳しくない。

 OH……どよめく観客席を見て、アンヂーが助け船を出した。

「キャミーは四〇個のケーキから一五個食べた。私が一七個欲しいと言ったら残りは?」

「二五個みゃ」

 BROUUU、HAHAHAHAッッ!

 アンヂーが顔を両手で覆う。それを見た観客席は大喜びである。

「OK、私が悪かったよ。明日から撮影が終わったらお勉強タイムだ」

「みゃ”ぁ”ぁ”ぁ”」

 二人が恒例のやり取りを終えて席に座ると、アンヂーが指を鳴らす。

 頭上のディスプレイが三つ分裂して拡大された。

 一つには屋上で倒れる女性二人と、それを見下ろすアングイス。

 二つ目は彼女達の居る屋上の裏手で、緑色のモヒカンが土下座姿勢で倒れている。

 最後の映像には塔屋から階段を駆け下りるオノイチと、追いかけるクローチェが映る。

「オノイチしゃんが大ピンチだみゃぁ。攻撃出来ないみたいだし『隷属』かみゃ?」

「アレは『詐欺師』のスキル、敵に屈服感を与える『手を挙げろっ!』だね」

 強制的に怖気づかせ、降伏させるスキルだ。表社会のゲームでは許されない効果である。

 キャミーは効果を聞いて、キャミ―が両手で顔を覆って落ち込む。

 だがアンヂーがチッチッチと指を振って、彼女の勘違いを正した。

「『手を挙げろっ!』は視線が合うだけで精神的動揺を与えるが、意外に解けやすいんだ」

「つまりオノイチしゃんが頑張ればっ!」

「解けるだろうね、もう一度かけられるだけだが」

 GAAAAAAANNNッ!!

 またもや響く絶望の音と、顔を覆うキャミー。

 彼女はショックにぷるぷる震えるが、何かに気づいたのか恐る恐る顔をあげた。

「あれぇ、クローチェしゃんは『一般人』にスキルが使えないんじゃ?」

 HUMM……観客席の唸り声と共に、キャミーが首を傾けた。

 アンヂーは気分よく頷くと、キャミーの質問に答える。

「スキルの変更は条件を達成しないとできない。バトルロイヤル中は不可能だからね」

「じゃぁ運営側のバグかみゃ?」

 笑顔で笑うスタッフ達に、キャミーが両手をバタバタしながら謝る。

 観客席の囃し声も合わさって、最終日の放送は大成功だ。

 アンヂーも笑いながら、キャミーをコラコラと宥めて実況を再開した。

「アレは『詐欺師』のスキル。『仮面の男(ペルソナ・ハート)』だよ」

 デメリットスキルとスキルを一日に一度だけ、組み直す事が出来るスキル。

 それによって、『一般人』にスキルが使えない『義賊』と『はったり屋』を消した。

 オノイチはその可能性に気づかず、『手を挙げろっ!』を喰らってしまった訳だ。

「えぇっ、毎日違うスキルが使えるのかみゃ~!?」

 CLAAAANN、GGUッッ!

 キャミーが大口を開けてダミ声を放つと、ピアノの重低音が響く。

「但し『仮面の男』自体は外せない、つまりスキルが一つ潰れる訳だ」

 OHH………『仮面の男』に苦汁を嘗めさせられた者。

 使いづらさを知る『詐欺師』達自身の諦観が混ざった呻き声があがる。

「それに大変なのは彼だけじゃない。むしろ女の子達さ」

 彼女達が動かなくなった理由も、勿論バグでは無いとアンヂーが言う。

 あれこそが神社に隠れていたモヒカンのスキル、『下手な言い訳(エクスキューズ)』だ。

「自分が動けなくなる代わりに、パーティ以外のプレイヤーを確率で動けなくする……?」

「おぉ、キャミーっ! 良く覚えていたじゃないか」

 FOOOO、FOOOOッ。

 照れる様に耳をかくキャミーに、黒づくめの観客達が囃し立てる。

「流石はクローチェ。前回のバトルロイヤルの勝者は伊達じゃないね」

 言葉とは裏腹に、アンヂーの喉から愉悦の笑いが漏れ出す。

 それは何かを期待する様な色を含んでいた。

「泣いても笑ってもどちらかは残り一時間半の命だ。皆で笑い飛ばそう!」

「VTRスタートみゃぁっ!」



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