第四話


 ◇ ◇ ◇ 六日目 午後五時 三分


「陽キャ共がよぉ。眩しくていけねぇぜ」

 グラウベとの死闘から、五時間が経過する。

 俺は学校内の巡回を仲間達に任せて、学園祭最後のプログラムを眺めていた。

 校庭の中心で組んだ丸太の焚火を、学生達が囲んで踊るキャンプファイヤーだ。

 俺は灯りが当たるギリギリの位置に居る。傍目から見れば只の陰キャである。

 NPCの陰キャ達も聖域に近づけない魔物の如く、闇から陽キャ共を見ていた。

「炎は良い。木炭が焼ける香ばしい匂い。爛々と輝く炎は夜空の星々よりも綺麗だ」

 俺は踊れないんじゃない。踊らないんだと自分に言い聞かせる。

 その間にも陽キャ達は、ムーディな曲に合わせて異性の手を繋いでいた。

 俺が陽キャ共に石でも投げようかと考えていると、後ろから気配が近づいてくる。

「お兄さん。隣、良い?」

「可愛いクレープスなら、いつでも良いぜ」

 振り返れば、紺の混じる緑のセーラー服を着たクレープスが居た。

 セーラー服から覗く真っ白な肌が闇に浮かびあがり、彼女の魅力が際立って見える。

 言い現わすならば、クレープスの表情が乏しい事もあって鉱物的な美しさと言うべきか。

「最後の最後に、デートが台無しになっちまったなぁ」

「バトルロイヤル中だし、仕方ないよ」

 だが俺には聞こえる。バトルロイヤルを見ている観客席からの「ざまぁみろ」の声が。

 観客席から鳴り響く俺への罵倒。グラウベを応援する声。

 アンヂーが肩をすくめてニヤついて、キャシーが荒れ狂う。

 クレープスも同じ想像をしてるのだろう。俺達は思わず笑ってしまった。

「グラウベが死んだ時の、ブーイングが聞きたかったわぁ」

「結局、ボク達は『隷属』出来てないんだから。笑い事じゃないよ」

 そうだった。朝からデートして雰囲気を盛り上げていたのに、おじゃんになったんだ。

 俺としては最高に楽しかったし、損では無いが残念ではある。

 可愛い女の子に好かれたいのは、男の性だからな。

 だがクレープスは涼しい顔をしている。悲しいぜ。

「まぁそれは良いよ。それよりお兄さんは何を考えてたの?」

「良くねぇやろ。まぁ昼間の話でも続けようぜ」

 長くなると思ったのか、クレープスが俺の隣にちょこんと腰を下ろした。

 鼻孔を女の子特有の甘い匂いがくすぐる……キモがられない様に焚火に視線を移す。

 俺は灰煙が天まで昇る流れを見つめながら、言葉を選ぶ。

 話す内容は昼間話した、ゲームクリア後の報酬についてだ。

「生き残りたい。それは変わらねぇけど……それだけってのも勿体ないやろ?」

「遊び呆けるって言ってたのは?」

「それはやるで。仕事辞めて遊んで暮らす。でもそれがデスゲームに釣り合うか?」

 ケセムという友達を失って。

 ホズっていう友達を裏切って。

 グラウベなんていう、現役軍人と切った張ったさせられて。

「絶対に死にたく無ぇけどよ。何か欲しいじゃねぇか」

「……賞金以外に?」「賞金以外に」

 見上げていた煙から、何かが降りてくる。立ち上る煙から降りてきた灰だ。

 焦げた灰はゆらゆらと俺の掌の中に収まり、俺は灰を握り潰した。

 クレープスも口を閉じてしまい、俺達の会話が途切れる。

 何分そうしていたか。もしかしたら何秒だったかもしれない。

 炎を見つめる俺を見上げて、クレープスが呟いた。

「その……提案あるんだけど良い?」

「何々? 俺頭悪いから、賞金で起業したらとか無理だぜ?」

「そうじゃなくてっ! えっと、動かないでね」

 そう言われた筈の俺が思わず、クレープスに振り返ると頬に柔らかな熱が触れた。

 俺を甘い匂いが包み込み、少しだけバラの匂いも感じる。

 一瞬だけ聞こえた、濡れた肉と肉が触れあう音。

 同時に軽い何かが俺に体重をかけ、熱い吐息と共に離れていった。

「ドイツでデートした時、お兄さんがタイプな人だったら……続きをしてあげる」

「ちょっ!?」

「それだけ! ボクはインメントの所に行くからっ!」

 俺が問いただす前に、クレープスは背中を見せて走り去ってしまう。

 僅かに見えた彼女の頬は、白さなんて欠片も無く……真っ赤に染まっていた。

 俺は誰も居なくなった場所で、熱くなりつつも湿った頬をさする。

 ただ言える事があるとすれば、俺の視界に『隷属』の文字が浮かんでいる事か。

 見れば俺達は互いに対して。『隷属』し合っていた。

「これがリアルだったら即死だったぜ」

 そう呟いた俺の胸元が突然、振動で震える。

 スーツの内ポケットを漁ると……振動の正体はグラウベのドロップ品の携帯だった。

 画面は非通知。コレがリアルなら即切りだが、ここはゲームだ。遠慮無く開こう。

「もしもしぃ。運営ぃ? ど~も美少女ハンターのオノイチですぅ」

「その声、オノイチ君? もしかして君……グラウベを殺した人?」

 俺は電話超しの声を聞いて、心臓が飛び出すかと思った。

 てっきりグラウベの仲間が、かけてきたと思っていたのだ。

 だが俺は電話から聞こえた、声の持ち主を知っている。

 俺がデスゲーム中に、初めて出会った女プレイヤー。アングイスの声だった。

「直接話すのは三日ぶりかな? 彼を倒すなんて凄いね」

 アングイスの無機質で淡々とした声が、俺の火照る頭に冷水をぶっかける。

 心臓が反転する様に痛み、炎の暑さとは違う理由で汗が噴き出した。

「アングイスちゃんは、何の用でかけてきたんや?」

「グラウベに首尾はどうだったのか、クローチェが聞けって」

 成程。グラウベも赤チームだからな。そうだよね。

 グラウベが俺の情報を調べた訳では無く、敵チームが俺の情報を売りやがったのか。

 アングイス自身は、グラウベの結末に興味がなさそうだ。あるのはクローチェだろう。

 グラウベとクローチェの相性が悪くて、アングイスに連絡を任されたって所だな。

「そっちの近くには誰か居る?」

「居るけど、そっちはどうや?」

 嘘である。居るのは学生NPCだけだ。

 だけど居ないと答えて、変なスキルをかけられても困る。

 アングイスは何も気にせず、外野から何か要望をかけられた様だ。

「クローチェが……うん。ハンドレス機能を入れるね。そっちもお願い」

「OK、ポチっとな」

 俺の演技とは裏腹に、アングイスはハンドレスにしたらしい。

 衣擦れの音にテレビの声。陽気な音楽もノイズ程度だが聞こえる。

 それとは別に、聞き覚えのある声も追加された。

「貴様、やはり生き残っていたのか」

「そういうアンタもな。クローチェ」

 俺の脳裏に飢狼にも似た男。クローチェの不敵な笑みが浮かぶ。

 このタイミングで電話に混ざったという事は、コイツが敵チームのリーダー格なのだろう。

 俺の背筋を蛇がまさぐる不快感は感じるが、落ち着いてクローチェに先を促す。

 クローチェも男の声を耳元で聞く趣味は無いのか、本題を切り出した。

「どうせハンドレスにしてないだろ? 伝えておけ。貴様以外はチーム移籍を受け入れると」

「何で俺だけダメなん?」

「俺様達は賞金は欲しいが既に十分な額がある。一人か二人なら受け入れよう」

「なぁなぁ、俺が寝返るのはダメなん?」

「戦うならば覚悟しておけ。こっちにはデスゲームの生き残りが二人居る」

「なぁってば」

「うっせぇっ!! 貴様だけは殺してやるから、黙ってろっ!!」

 おおう。クローチェのプライドに満ちた声に、俺への敵愾心を感じる。

 この前負かせた事を怒ってる? いやぁ俺に似たタイプだから違うか。

 何かしちまったか覚えてないが、要件は分かった。

 俺達の内部分裂を誘ってるのだろう。それに戦わず済むならそっちの方が楽だ。

「俺様達はチームで固まっている。貴様らの増援なんて居ないぞ?」

 俺とインメントが調べた情報通り、やはり既に敵は固まっていたか。

 この電話が来たという事は、クローチェは勝利を疑っていないのだろう。

「そっちにスパイが紛れ込んでるかもしれねぇやろ?」

 折角のハンドレス状態なので、俺もアイツらを揺さぶっておく。

 どうせはぐらかされると思ったが、可愛いアングイスが情報をくれた。

「それは無いよ。私がクローチェ君も含めて、『隷属』で調べたから」

「貴様っ、ばっ……!」

「成程。アングイスは『娼婦』やな?」

 『魅力』特化職の『娼婦』は、『隷属』をキーに様々なスキルを発動できるジョブだ。

 そのアングイスがそう言った以上、間違いないだろう。

 そして彼女はジョブ関わらず、男を喜ばせるコツを良く分かっている。

「正解。オノイチ君は頭が良いね。そっちのリーダーの人?」

「っへ。ご想像に任せするぜ」

 実際は最弱だし新人だから、立場も一番低いけどな。

 俺の答えにアングイスが蠱惑的に笑う。男に好意を抱いてると勘違いさせる声だ。

 だが美人な彼女とのお喋りは、イケメンの怒声で遮られた。

「黙ってろ。アングイスッ。情報を垂れ流すな。ああもうっ、向こう行ってろ!」

 電話の裏ではクローチェがハッスルしている。

 十秒後。クローチェの怒鳴り声が止むと、通話には彼だけが戻ってきた。

 息も荒くなっている。大人数の命を纏める事の大変さが分かるな。

「はぁはぁ、話を戻すぞ。俺達は戦闘職が二人、全体で五人居るが無駄に戦うつもりはない」

 嘘やな。俺は既に五種類の純戦闘職の内、三人と接触している。

 『殺人鬼』ホズ、『英雄』ケセム、『名手』クレープス。

 残りは『用心棒』と『闘技者』だが、両方生き残ってるとは思えない。

「奇遇やな。こっちにも戦闘職が二人居るぜ」

「貴様……嘘をつくな」「アンタこそ、嘘やろ」

 似たもの同士なせいで、ブラフが被る被る。

 だからこそ俺は解せない。人数が多い方がブラフをつくか?

 後は待ってるだけでも勝てるんだぞ? 俺達が攻め込んでも、人数の優位がとれる。

 俺でも分かる事を、クローチェ達が気づかない筈が無いんだが……あん?

「読めたで。お前の仲間は精神的か肉体的かは分からんけど、戦えないんやろ?」

「こんなゲームをしてて、そんな筈あるか。馬鹿者」

 いいやある……単純に人殺しが嫌な奴。戦闘力が低い奴。例えば俺とか。

 他にはグラウベの仲間も、戦闘能力は無いと言っていた。

 つまりジョブか人殺しへの忌避感か。実働戦力は五人では無いんだろう。

 実際にクローチェは舌打ちをするばかりで言い訳をしない。ビンゴだ。

「まぁええか……聞いてみるけど、二人とも行かないと思うわ」

「どちらにしろ明日の正午に運命は決まる。ギリギリまで寝返りは歓迎してやろう」

 本気で寝返りを望んではいないな、こりゃ。

 俺達の間に疑心暗鬼を起こさせて、動きを鈍化させようとしてるのか。

 真っ正面から殺しに来ないで、こういう事をされるのは参るね。

「それじゃぁ、また明日」

 俺の別れの挨拶に、クローチェが鼻を鳴らして通話を切る。

 通話が切れた事を示す間延びした電子音を聞き、俺は懐に携帯をしまった。

 見ればキャンプファイヤーはもう終わるのか、明りの輪が縮まりつつある。

俺は迫る闇に飲み込まれ、空に浮かぶ満月を見上げると溜息を吐いた。

 明日の正午に俺達の運命は決まる。生きるか死ぬか、もう仕込みをする時間はない。


         【運営より お伝えします】

        【Rチーム:二名 ログアウト】

     【残りRチーム:五名 Wチーム:三名】


 ◇ ◇ ◇ 七日目 午前一〇時 〇〇分


 俺が運転する愛車の車内は、エアコンの暖気と甘い匂いで包まれていた。

 女の子が二人乗り込んでいる為だが、ドライブの目的は殺し合いである。

 目的地は高級ビル街。『ミリオン・パンクTV局』だから色気も糞もない。

 スラムの凸凹ビル間を進み、バイト先のコンビニを横切れば高級ビル街はすぐそこだ。

 車内は人生最後のドライブかもしれないのに、随分と姦しい。

 主にインメントのガールズトークの所為だ。

「もぉ~、クレープスったら初々しいわねぇ。キスの味も知らなかったの?」

「五月蠅いよ。インメント……」

 運転席に座る俺がバックミラー超しに、後部座席の二人組を見る。

 そこには頬を膨らませたクレープスと、その頬を突つくインメントが映っていた。

 インメントは何処で知ったのか、昨晩月下のデートの詳細を知っている。

 妹分のクレープスがファーストキスだった事もだ。

「膨れちゃってご機嫌ナナメじゃない。オノイチのキスがそんなに下手だった?」

「おいおいおい、インメント。今のはライン超えたぞっ!?」

 その時っ、アッシー君がキレたっ!

 この会話はダークウェブ上に永遠に残るというのに、何と言う誹謗中傷。

 オノイチはキスが下手な男として、未来永劫語り継がれるんだぞ。

 だから俺は必死になって、配信の先の観客に言い訳を垂れた。

「俺がキス下手な訳ねぇやろ!。インメントがからかってるからですぅ~」

「それならもう一度、クレープスにキスしてあげたら? 機嫌が治るかもよ?」

「な、何でボクがキスするのさ……」

 クレープスが恥ずかしげにごにょごにょ呟く。

 その様子にインメントはニッコニコだ。俺も乗っかろうか。

 俺は態とテンションをあげて、後部座席にサムズアップすると言った。

「せやろか。うっし、一発行くかっ!」

「お兄さんっ! 何でそういうテンションで言うの!?」

 クレープスが俺達の低俗な会話に疲れ果て、力無く窓に寄りかかる。

 彼女は目線だけでTKジェイルの看板を追いながら、大人げない俺達に愚痴った。

「別にボク達は恋人でも何でも無いんだから、気にする筈無いじゃん」

 クレープスが押し黙ってしまい、俺とインメントが視線を交える。

 完全に彼女はスネてしまった。こうなればインメントに責任を被せる他あるまい。

「おい、インメント。クレープスがイジケちゃったやん」

「色男が何とかしなさいよ。女を誑かすのが好きなんでしょう?」

 女の子を誑かすのが好きじゃない男が居ないのは事実だ。

 問題は得意かどうかは別の話って事と、俺には実績が無いって事やな。

 俺とインメントが責任をなすり付け合っていると、クレープスがぼやく。

「お兄さんは女の人と遊び慣れてるの……?」

 ガチじゃん。結構凹んでるじゃん。

 多感な時期の女の子にこんな事言われて、返答に正解がある筈無いやん。

 ……いやあるけど、あるけどさぁ。

「いやモテないぞ? 可愛い子からキスされて嬉しかったに決まってるじゃん。最高だぜ!」

 クレープスはチラリと俺を見て、無言でラジオから流れるジャズに鼻歌を合わせる。

 インメントはそんな彼女を愛おしげに撫でてご機嫌を取る。

「そう。良かったわねぇクレープス?」

「…………別に。何で良かったのさ」

 セェェェフっ。

 今の解答を間違えてたら、クレープスとのデートも消えたな。

 放火犯のインメントからも、理不尽な罵倒を受けていただろう。

 俺が安堵の溜息を吐くと同時に、ビル街の切れ間から明りが漏れ出した。

「そろそろ目的地が見えて来たぜ」

 見えて来たのは陽射しを反射する、全面ガラス張りの巨大建造物だ。

 高層ビルを横に四本束ねた広さと構造をしており、遠目にはガラスの缶詰にしか見えない。

 もう少し近づけば、『ミリオンパンクTV局』と言う屋号も見えてくるだろう。

 あそこが俺達の最終決戦の場。場合によっては棺桶になる場所だった。

「相手は相変わらず屋上なの?」

「そこはまだ分からねぇな。次の居所通知メールと同時に踏み込もうや」

 俺の提案と同時に、インメントの携帯が歌い出す。

 彼女が携帯を開いて内容を確認すると、悪戯好きな猫の笑みを浮かべた。

 最終決戦の地はやはり『ミリオンパンクTV局』の屋上の様だ。

「噂をすればね。メールが来たわよ、二人共」

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