第三話


 ◇ ◇ ◇ 六日目 午前一一時 四四分


「チームカラーも確認しねぇのか?」

 俺は簡単に人を殴り殺せそうな男に、時間稼ぎの質問をぶつける。

 その間にも脳内では案が浮かんでは沈み、また提案を繰り返す。

 男はそんな俺の必死の悪足掻きを、首を振る程度の軽いアクションで無下にしやがった。

「悪いな。予定が詰まっているんだ、お前を見逃す訳にはいかねぇ」

「情報は大事だろ? 残り人数だって知りてぇし、聞かせてくれよ」

「……レッドさ」

 普通に敵だったわ。お疲れ様で~す。

 グラウベも俺の顔色で敵だと気づいたのか、僅かにあった遠慮が消える。

 彼は人間ならば顎だろう部分をさすり、嫌そうに俺を見た。

 俺はもうダメだと分かっても最後まで足掻く。足掻くのはタダだからゴネ得だ。

「カタギに手を出すのが嫌なら、場所を変えようや」

「逃げられると思っているのか?」

 バレてぇら。適当にぶらぶらしながら、仲間の元へ連れていくつもりだったのに。

 俺は鼻で笑うと、両手をポケットにいれて啖呵を切る。

 喋ってる間は殴られなさそうだ。こういう男は自分のルールに殉じるから助かるぜ。

「まさか。広い所の方が戦いやすいってだけだ」

 グラウベは俺の魂胆に気づいていても、場所を変えるのにはノってくれるらしい。

 奴は顎で校庭を指すと、俺に背中を向けた。

「俺に背を向けて良いのか? 逃げ出すかもしれないぜ」

「そう言う奴は逃げださねぇよ。タイマン張る場所まで着いてこい」

 正直に言うと嫌だが、体格からして追いかけっこで勝てる気がしない。

 俺はグラウベの広い背中を追いながら、頭の中でソロバンを弾く。

 クレープスに助けを求めるのはナシだ。銃は持っているだろうが、そうでなければヤバイ。

 かといって俺が正面から戦って、勝てる相手でもない。

「ここらへんで良いか。おい遺言は……何してやがるっ!?」

 俺達は人混みから外れ、校庭へと躍り出た。

 モヒカン共がバイク曲芸を披露していた校庭である。

 グラウベは校庭の中心まで進と振り返り……拳銃を抜いている俺に思わず二度見した。

「何って……」

 BANGッ! 

 俺はチーフスペシャルを抜き打ち、隣を走るモヒカンの側頭部を撃ち抜くっ!

「いがばぁっ!?」

「逃げるに決まってんだろぉ!」

 突然の不意打ちに、モヒカンはバイクから転げ落ちた。

 俺はモヒカンと入れ替わりに、バイクのハンドルを掴むと飛び乗る。

 後ろを見るとグラウベが激怒のオーラを纏い、拳を震わせて怒鳴った!

「テメェっ!」

「大人しく戦うかぁよぉ! ヒヘヘッ!?」

 半クラッチからのブレーキ全解放。エンジンから溢れるパワーがバイクを発進させる。

 目の前には校舎と校庭を繋ぐ石階段があり、俺はバイクの勢いに任せて駆け上がった!

 モトクロスジャンプの如く、車体を押さえ込んで強引に着地するが……。

「逃げ場は無ぇぞ、クソガキッ!」

「あぁんっ!?」

 異形の頭が背後から猛烈な速度で追いかけてくる。

 その叫びに違わず、俺が進むべき道は塞がれていた。

 左右には屋台、前方は学生NPC達がひしめきあっている。

 背後からの足音も、階段を数段飛ばしで迫ってくる中で俺は気づく。

「歩道が空いてるじゃねぇかっ!」

 ハンドルを握り込み、アクセルを吹かす!

 バイクが殺意を振り切る様に直進する。目指す先は……ド真ん中っ!

「退け退け退け、退けぇええっ!!!」

 俺の必死な雄叫びに、学生NPC達が悲鳴をあげて尻餅をつくっ!

 悲鳴が悲鳴を呼び、俺に気づいたNPCは神話の如く人の海を左右に割った。

 脅しでも何でも無い。退けなければ撃ち殺すか轢き殺すだけだ!

「道が空いたなぁっ!! これで走れるぜ!!」

 蜘蛛の子を散らす様に、逃げ惑う学生NPCと俺。

 幾らバイクとはいえ、人にぶつかればクラッシュしちまう。

 とはいえグラウベに徒競走では勝てない。というかバイクに追いついてやがるっ!?

「あぁクソっ。ゴリゴリマッチョめ!」

 俺が屋台通りを越えて校舎が近づくと、丁度良いモノが見えた。巨大な校長銅像だ。

 見れば教員達が倒れていた銅像を立たせている。

「オーライ、オーライ」「うぃーっす」

 NPC達は銅像の頭にワイヤーをかけ、校舎の屋上から引っ張っていた。

 そして俺の背後にはグラウベがおり、一般NPC達が周囲を囲んでいる。

 俺は良い事を思いついた。

「テメェらっ、ちょっと借りるぜ?」

 俺は懐から拳銃を抜くと、半端に立ち上がっている銅像のワイヤーに向かって発砲!

 弾丸はワイヤーを掠めるに留まるが……ワイヤーが破断した!

「ぁあああああっ、倒れんぞぉおおっ!?」「アンタ一体何してくれてんだぁっ!」

 倒れ行く巨大銅像……その方向は、沢山の人が居る屋台通りだ!

 俺は巨大銅像が倒れるより早く落下地点から逃げ出すが、背後はそうはいかない。

 当然だが落下地点には俺に追いこうとする、グラウベも居た。

「倒れろ倒れろっ!! ぶっ殺せェェっ!!」

 全てを巻き込む銅像が、人の海にダイブする!

 腹の奥まで響く衝撃。巨大銅像が砂埃を巻き起こし、視界が塞がった。

「逝ったかっ!?」

 俺の期待も束の間。塞がる視界の奥から巨体が立ち上がる。

 男でも惚れ惚れする覚悟を決めた佇まい。その主が砂埃の中から姿を現れた。

「……カタギだと思って手を抜いちまった」

 グラウベは無傷だがTシャツの破け具合から、避けた訳ではなさそうだ。

 つまり中型自動車特攻並みの衝撃を、真っ正面から受けやがったのか!?

「悪いな。お前をみくびってたぜ」

「見くびっててくれよ。その方が逃げ切れそうだし……なっ!」

 俺達は追いかけっこを再開する!

 既に校舎は目と鼻の先だが、バイクが乗り込める入口を探す暇はない。

 俺は学校の一階。どこぞの教室めがけて、全力でアクセルを吹かした。

 二気筒エンジンが唸りをあげ、教室のガラス窓へ躊躇いなく突っ込む!

「YEEHAAッ!」

 ドミノを蹴飛ばした時の背徳感が背筋を走り、俺は窓を割って教室へと侵入を果たす!

 教室を見渡すが長机に椅子、黒板しか無かった。壊し甲斐の無い教室だぜ。

「派手にやるじゃねェかっ。坊主っ!」

「何で着いてこれるんだよ!」

 バイクのタイヤ跡を刻みつける俺の背後を、グラウベが追跡してくる。

 俺は休む暇も無く、バイクで机を蹴散らしながら廊下へと躍り出た。

 直線廊下はダメだ。俺は銃撃を警戒して階段を目指すっ!

 だが俺は失念していた……ここは学校なのだ。

「ェ? おい、こっち。こっちくんなぁっ!?」

「へぁっ、一般NPCっ!?」

 階段を目前に、廊下の突き当たりから三名のNPCが巨大絵画を担いで現れる。

 彼らが支えていたのは、廊下一杯を阻む巨大絵画だった。

 美術サークルだろうヲタク共は、俺に気づくと両手を振って来るなと警告してくる。

 参った。バイクで絵画にぶつかっても、貫けるとは限らない。

「俺の人生っ、こんなんばっかぁ!」

 悲鳴をあげるヲタク共が支えている絵画と床の間には、僅かな隙間が見える。

 俺は隙間を睨み付け、更にバイクのアクセルを吹かした。

 車体がブー垂れながら速度を上げ、クラッチをベタ踏みすればあら不思議。

 ブレる車体、弱まる制動。安定しない世界……更にリアブレーキを踏みきるっ!

「うぉおおおっ!」

「坊主。クラッシュする気かっ!?」

 車体が無茶に付き合い切れないと、スリップを起こして進路を前から横に変えた。

 だが慣性は別だ。バイクが壁から直角になろうと、車体は横滑りして廊下を進む!

 車体は火花を散らして横滑りを続け、俺は必死にしがみつく。

 バイクは絵画と床の隙間に滑り込もうと……あっ、これ。車体通り抜けられないわ。

「『一般人の声援(ファイト・オブ・ヒーロー)』ッ!!」

 運命を変える俺の切り札をここで使う。

 同時に様々な事が起きたが、俺は脳裏に走馬灯が流れて、何が起きたのか把握できなかった。

 分かったのは学生NPC達が、絵画を宙高く放り投げた事。

 バイクが広がった隙間に滑り込んだ事。

 直後にグラウベが、絵画を打ち砕いた事だけだ。

「~~ッ、シャぁあっ!」

 死神の鎌が頬を撫でた感触に、俺の全身から冷や汗が吹き出す。

 だが漸く俺は緑の塗装が施された階段まで辿り着けた。

「退けェエエッ!」

 俺はバイクのクラクションを鳴らし、階段を歩くNPC達を押し退ける。

 階段を駆け上がる度に衝撃が股間を叩くわ、頭皮がシェイクされるわ……最悪な気分だ。

「追いついたぞっ!」

「~~ッ、勘弁してくれっ!」

 グラウベも絵画を打ち砕いき、猟犬の如く追走してくる!

 俺は奴の圧力に、既に汗まみれな顔だが白目も剥いた。

 その時だ。俺の精神が限界を迎える直前、瞬きが窓の外で奔る。

 ソレは階段の窓を破り、階段に着弾し……グラウベに向かって跳ね上がった!

「何だぁ、こりゃぁっ!?」

 背後まで迫っていた、グラウベの圧力が薄れる。

 俺はその隙に階段を上り詰めたが、勢いが良過ぎた上に立地も良くない。

 浮かび上がったバイクは、階段突き当たりの窓に直撃するコースを辿っている。

「ありがとよっ! 最高だったぜ、お前っ!!」

 俺はハンドルから手を離し、盗んだバイクと今生の別れを告げる。

 バイクは階段突き当たりの窓を突き破ると、二階から一階にダイブしていった。

 外から断末魔と爆発音が響き……校庭方向からも悲鳴が上がってるな。ご愁傷様。

「相変わらず酷い民度だぜ」

 俺はよろめく体に鞭を打ち、壁に体を預けて立ち上がった。

 これでもうグラウベに対する逃走手段はない。そして奴の気配はすぐ近くだ。

「手こずらせやがって……もう追いかけっこは良いのか?」

「やったって、じり貧になるだけだろ?」

 グラウベが階段を上りきった。

 奴もシステムアシストによるMP消費こそ行ったのだろうが、肉体はまるで無傷。

 流石は運営からの招待枠。滲み出る歴戦の気配は尋常じゃない。

 敢えてグラウベの被害を言うのならば、跳弾で壊された背中の包み程度だろう。

 そして奴は包みを投げ捨てる。金属が転がる音が廊下を木霊した。

「俺じゃ勝ち目がねぇな、俺ならな」

 壁に背中を預けた俺とグラウベの間に、華奢だが凜として立つ美女が立ち塞がる。

 美女は猫の様にしなやかな足で立ち、アメリカ人らしいメリハリある体で俺を庇っていた。

 顔は見えないが分かる。こういう時にこそ不敵に笑うのがインメントだ。

「待たせたわね、騎兵隊の到着よ」

 第二ラウンドと行こうやっ!


 ◇ ◇ ◇ 六日目 午前一一時 五九分


 戦場となったのは、優しいベージュを基調とした廊下だ。

 壁際で口を開く窓は、学校らしく規則正しい間隔で陽射しを取り込んでいる。

 夕方になれば暗がりを怖がる学生の為に、ミニマム電灯が照らしてくれるのだろう。

 だが今の俺には、電灯以上に頼りになるインメントが居る。

 彼女は獰猛に笑うと、俺を背に庇いながら格好良く決めた。

「良く耐えたわね、オノイチ。後はアタシ達に任せて」

「頼んだっ!」

 黒いコートを纏った赤髪ロングの美女と、黒いTシャツを着た筋肉ダルマな異形。

 俺は二人から距離を離しながら、一触即発の空気に喉を鳴らす。

「即決だなぁ、おい」

 グラウベは俺の情けなさに、毒気を抜かれるだけで追ってこなかった。

 いいや違う。インメントという強力な相手に、隙を見せられないのか。

「おじさん。他の五人組を狙ってくれない? 数的にそっちが先でしょう?」

 インメントが可愛くお願いするが、グラウベは色気に騙される程甘くはない。

 俺を指さして要求の半分を呑み、半分拒絶した。

「そこのとっぽいのを殺したらな。あっちはその後に潰しに行くぜ」

 『次の目標』なんでね。グラウベの戦う理由に、インメントが俺を横目で見てくる。

 ごめんなさいね。デメリットスキルがトラブルメーカーで。

 グラウベも俺を殺さないと、永続的なデバフを受けるから必死だな。

 少なくとも俺を見逃す事は無いだろう。

「お嬢ちゃん。今なら見逃してやるぜ?」

「冗談。見逃されるのはアンタ……よっ!」

 インメントは言うが早いか、虚空へ右腕を振るった!

 刹那。大学の屋上から、階段で見た瞬きが窓を貫いてグラウベに向かうっ!

 グラウベは振り返る事もせず、背後からの一射を飛び退った。

 そしてそんな隙を見逃しては、このゲームは出来ない。

「跳んだなっ!?」

 空中に跳んだグラウベは姿勢を変えられない。

 俺はポケットに隠していたチーフスペシャルを、ポケットの中で二連射するっ!

 ズボンを突き破った弾丸が、火閃となって宙を駆けた!

「おぉ。危ねぇってのっ!」

 だがグラウベの太腕が弾丸の軌道を阻む。

 奴の太腕に鉛弾が当たるが、金属音と火花が散り……弾丸が弾かれた!?

「アタシも忘れちゃダメよっ!」

 グラウベが事も無げに地面に着地すると、インメントが飛びかかる。

 彼女は猫の如き跳躍で詰め寄り、グラウベの頭部へ右腕を鞭の様に振るった!

「んな素人の拳が……」

 バックステップで躱すグラウベに、インメントの拳は後一歩届かない。

 だがインメントの浮かべる笑みには、ネズミをいたぶる猫の愉悦が含まれていた。

「これでもっ!?」

 真っ直ぐ突き出されたインメントの拳。そのコートの裾から拳銃が飛び出す。

 大航海時代の短銃を模した拳銃は、俺のチーフスペシャルと比べても尚小さい。

 メリケンサック程の大きさで弾倉を持たない二連装銃。通称をデリンジャーと言う。

 インメントは掌へ収まったデリンジャーを、グラウベの頭に銃口を突きつけた。

「『黒き短剣(ブラック・ダガー)』ッ!!」

 インメントがスキル発動キーを叫ぶと、弾丸が漆黒の炎を纏って放たれる。

 攻撃時にMPを消費して使用する、ゲームらしいスキルだ。

 二連続防御から零距離射撃。しかも急所へのスキル付き攻撃。

 オーバーキル気味の一撃に、俺は勝ったと叫びたいが半ば諦めていた。

 情報収集時から持っていると推測していたスキルが、もう一つあるからだ。

「雄ォオオッ!!!」

「あぁん、もうっ!」

 グラウベの右手が残像を残して、別の生き物の如く跳ね上がる。

 奴の右手が銀の軌跡を残して、黒い弾丸とぶつかったっ!

 火花が散り、鋼の切削音が廊下に響く。決着は弾丸の敗北だった。

 グラウベが抜き放った銀のコンバットナイフが、弾丸を弾いたのだ。

 まだ終わらない。グラウベはナイフを抜いた勢いで、インメントに振るうっ!

「効かないわよっ」

「っだぁ、クソッ!」

 インメントの躍動感溢れる美体が揺れ、ナイフがむなしく宙を切った。

 俺ならば急所を切り裂かれて死んでいただろう。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

「ッチ……ゲームってのは便利だが、やりづらくって叶わねぇぜ」

 荒く息を吐くインメントを前に、グラウベは目線を逸らす。

 視線の先は先程から続く狙撃地点……恐らくクレープスが居るだろう屋上だ。

 見ればナイフの刀身に、弾丸の半分がメリ込んでいる。

「あぁ~もぅっ。本職がアタシ達ゲーマーの世界に来ないでよね」

「うっせぇ。俺達にも事情があんのさ」

 グラウベは軽口を叩くがマジで困った。奴はスキルを使いこなしてる。

 だが奴が見せた、残像の正体は掴めた。

 ギャング系ジョブの共有スキル……『悪党(ヴィラン)』だろう。

 防御動作時にMPを消費して、物理法則を無視して動けるスキルだ。

 そしてグラウベの残りスキルも、候補を二つまで絞った。

 インメントも同じ結論に達した様で、俺に意見を求めてくる。

「『絶対幸運(プロット・アーマー)』と『超越者(ラスト・ボス)』どっちだと思う!?」

「まだ分からねぇよ。だけど他のスキルでは無い事は確かや」

 前者はMPを消費して、不可能を可能にする絶対的幸運を授かる。

 後者は防御動作時、肉体の一部に無敵時間を作り出す。

 どっちかだが……どっちにしろクソスキル過ぎるな。

「MP切れになるまで、飽和攻撃し続けるしかねぇよ」

「分かり安くて、良しっ!」

 その叫びの後を追う様に、クレープスの援護射撃が放たれるっ!

 弾丸は廊下で跳弾して、鋭角な軌道を描きグラウベの頭部に食らいついた。

 本日二回目のヘッドショットッ。

 当たれば即死。不意打ちの一撃だ、殺った!

「ンガァッ!」

「ちょっ、おまッ!」

 弾丸は間違いなくグラウベに直撃して、奴を仰け反らせる。

 だが鮮血の花は咲かず、代わりに火花が散った。

 金属が削れる異音が聞こえ、グラウベが何かをペッと吐きだす。

 鉛だ。歯形が付いた弾丸が、床に転がっている。

「えェ……?」

「おう、呆けてんな。戦闘中だぜ?」

 インメントが呆然とした瞬間を、グラウベは見逃さない!

 奴は一歩踏み込むと、インメントを射程に取り込む。

 インメントが意識を取り戻し、デリンジャーで迎撃を試みるが遅い。

 デリンジャーの銃身が、グラウベのナイフでカチ上げられた。

「あぁもぉっ。ファッキュー!」

 金属が軋む音とインメントの罵倒が重なり、彼女が大きく仰け反る。

 そこへナイフが返す刀で、インメントの首筋をなぞろうと迫ったっ!

「テメェ、ぶっ殺しゃぁあッ!」

 俺は雄叫びをあげる、二丁拳銃を構えて特攻をキメる。

 即座に行うのは、頭の血管を圧縮して堰き止めるイメージ。

 俺のMPが消費され、システムアシストが一時的に増大されていく。

「オノイチッ!?」

 ここでインメントがやられたら、次は俺が死んで終わりだ、全てを費やすっ!

 鮮明な視界がモノクロに染まり、意識がスローに落ちていく。

 グラウベと組み合ってる味方に当たらぬ様、俺も接近戦の間合いに入り……。

「気概は買うぜ」

「グボォッ!?」

 現実は甘くなかった。

 俺の腹に衝撃と重しが穿ち、次に鈍痛が吐き気をせりあげる。

 俺が腹を抱えて痛みの元凶を見ると、グラウベの拳が俺の腹を抉っていた。

「素人の特攻なんて、意味無ぇって」

 俺は痛みに耐えかね、数歩後退した。銃を撃つ余裕なんてない。

 MPを限界まで使って意識は朦朧とし、全身に走る鈍痛に体は支配される。

「オノイチ。引っ込んでなさいっ!!」

「うっ、うっす!」

 俺は胃液を吐きながら、恥も外聞も無く後方へ逃げた。

 インメントが二回目の『悪党』を発動し、グラウベの格闘術を捌いている。

 すんません。時間は稼いだんで許して下さい。

 だが今のやりとりで、グラウベのスキルの予測はついた。

「はぁはぁ、読めたぜ」

 恐らくスキルの回数は銅像で一回。俺達各々の攻撃を一回ずつ。

 合計四回もスキルを発動している。インメントのスキルを防いだ『悪党』も足すと……。

「インメントッ。奴のスキルは『超越者』だっ!!」

「んんっ、どういうことっ!?」

 『悪党』と『絶対幸運』はMPを消費する以上、何度もスキルは発動出来ない。

 更にグラウベは俺との追いかけっこで無茶もしている。

 他の奴らへの殺害宣言も考えれば、MPを使うスキルの連続使用はできない筈だ。

 逆算的にグラウベの持つスキルは一定の無敵時間を得る『超越者』以外にないっ!

「良いから、攻撃の順番変えるぞっ!」

「チッ、坊主。テメェッ」

 インメントが反射的にバックステップで下がり、俺の射線を開けてくれた。

 俺が二丁拳銃を構えて小気味良く引き金を引けば、銃口が咆哮をあげて弾丸を吐き出す!

 だが鉛弾は奴の掌で受け止められた……血は出ていない。スキルだ!

「くははっ、やりやがるっ!」

 そうだ。コイツの手札は三つ。

 無敵時間を作る盾のスキル『超越者』。

 防御の間に合わない致命傷を防ぐ回避のスキル『悪党』。

 二つのスキルで作った余裕で、恵まれた体格からの回避。

 だが今やグラウベのMPは尽き、『悪党』は使えない。『超越者』は俺が切らせた。

 グラウベの嬉しそうな声に比べて、奴の余裕は失われている。

「GOッ!!」

 クレープスの弾丸が窓を突き破り、ビリヤードの如くグラウベを四方から包囲する。

 それでも尚、グラウベは射線を見切って飛び退った。

 だが既に進行上には、インメントが待ち構えているっ!

「いっけェええっ!」

「任せなさいっ!」

 インメントが左手を振るい、グラウベの顎を下から叩きあげる。

 その姿はボクシングのアッパーを連想させた。

 但しグローブの代わりに、左手の裾に隠していたデリンジャーを握っている。

「さようなら」

 マズルフラッシュが花開き、銃声が呟きを塗り潰すっ!

 世界が一瞬止まった様な、不可解な静寂が廊下を包み……。

 光が収まった時、その強烈なアッパーは異形の十字架を打ち砕いていた。

「あぁ、クソ。慣れない事はするもんじゃねぇな」

 グラウベが倒れ伏し、血がベージュの床を広がっていく。

 【YOU DEAD】の文字こそ無いが……間違いない。グラウベは戦闘不能だ。

「お、終わったぁ」

「何とかねぇ。はぁ頭痛い」

 俺達三人がぼやくと同時に、十二時を告げるチャイムが学校全体に響き渡る。

 窓が割れて廊下に肌寒い風が吹く中、グラウベが口から血の泡を垂れ流して呟いた。

「おい、坊主共……」

「悪いが命乞いは聞かねぇぜ? 殺し合った奴を信じる程、俺はおめでたく無いからな」

「自分で信じて貰った奴が言う?」

 ホズの件はしゃーない。生きる為だから。

 そんで生きる為だから、グラウベの命乞いを聞けないのもしゃーない。

 全部悪いのは巻き込んだ運営だからね。

「違ぇよ。ゴゥッ、ゥッ。時間が無ぇから、とりあえず聞け」

「インメント。警戒頼めるか?」

「アンタよりは得意のつもりよ」

 お願いしますね。決死のMP全ぶっぱが、腹パンで終わって余裕無いんだ。

 俺はインメントに見張りを頼むと、グラウベに拳銃を突きつけて先を促した。

 グラウベは死にかけており、もう何もできない。

 ならば少しでも情報を搾り取りたかったのだ。

「言っちまえば、俺の仲間の情報だ」

 おっ、寝返りか?

 俺の冗談すかした顔に、グラウベは「笑えない冗談だぜ」と吐き捨ててキレた。

「お前らはホワイトチームだろうから教えてやる、俺の仲間もホワイトだ」

「やっぱりな。残りの六人は組んでるのか」

「五人だ。さっき一人殺して来た」

 俺はその言葉に首を傾げた。

 グラウベは十中八九、レッドチームだろう。コイツ自身も認めていた。

 俺を狙うならともかく、何でレッドチームの仲間を殺して……ァっ。

「アンタもホワイトチームに移籍しようと?」

「そういうこった。『次の目標』持ちが、ホワイトチームだとは思わなかったがな」

 要件が掴めた。グラウベの仲間に手を出すなって事か。

 折角グラウベが居るのに、一緒に来なかった所を見るに戦闘力は無いのだろう。

 俺が納得した様子に、グラウベは皮肉気に笑った。

「話が早くて助かるぜ。信用できねぇだろうけどな」

「いいや俺はする。むしろ納得行った」

 まぁグラウベが嘘を言おうが、今日の夜には分かる事だ。

 推理するだけの材料は既に出来ている。

 安心して死んでくれ。俺は最後まで勝ち抜くし、アンタの仲間も一緒に脱出させてやるから。

「本当に……信じて良いのか?」

「正直俺もギリギリだから。ダメだったらゴメン」

 最悪だが相手チームを一人殺したらグラウベの仲間を殺して、レッドチームに移籍もある。

 俺の正直な掌返しに、グラウベは砕けた黒十字架から血泡を膨らまして笑った。

「クッソ、正直な野郎だ!!」

「俺だって出来るだけはやるぜ? 死にたく無ぇからな」

 俺は弾丸を使い切った愛銃に、銃弾を装填する。

 リボルバーを腹一杯にした拳銃は、ズッシリと重く感じた。

 それなのに引き金の軽さだけは相変わらずで……。

「あぁ。安心して死ねる」

 【YOU DEAD】の文字が浮かび挙がるのに、一発しか要らなかった。

「おやすみ。良い夢を見ろよ」

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