第六話


 ◇ ◇ ◇ 七日目 午前一〇時 四一分


 俺は害虫が如く螺旋階段を駆け降りると、手近な部屋に飛び込む。

 そこはTV番組で使う大道具が節操無しに積み上げられている大道具倉庫だった。

 俺はラックで区切られた通路に潜むと、暗闇に浮かぶ入口の様子を伺う。

「ふぅ、ふぅぅ。まだ震えてやがる」

 冷たい床に触れている右手は、寒さとは別の理由で震えている。

 先程の銃撃戦では震えて銃も握れなかったが、少しはマシになってきた。

「奴の手は読めた。問題は読めても、どうしようも無いってこった」

 俺が呟いた瞬間、倉庫の扉の一部が弾けるっ!

 クローチェが散弾銃で扉の鍵を吹っ飛ばしたのだろう。

 扉が開き、誰かが倉庫に踏み込んでくる……まだだ。

 入口から散弾銃のポンプアクションが聞こえた。今だっ!

「オラァン!」

「『手を挙げろっ!』」

 俺がラックから半身を出して、チーフスペシャルの銃口を扉に向ける。

 だがクローチェも猿じゃない。スキルが再発動されて俺を牽制してきた!

 放たれたプレッシャーが、ノータイムで俺の体を大気ごと揺さぶる。

 股間が縮みあがり寒気が全身に走るが、俺だって伊達にこのゲームを長く遊んでない。

「芸が無ぇなぁッ!」

 俺は唇を噛み切ると、痛みと流血の味で恐怖を誤魔化す。

 引き金を引くと、薄暗い部屋にマズルフラッシュが小気味良く閃いた!

「貴様ぁッ!」

「ワンポイント」

 クローチェは俺の銃撃から身を守ろうと、前方へ体を投げだす様に転がった。

 だがスキルの発動でワンテンポ遅れた以上、避けきる事は出来ない。

 俺の狙いからは外れたモノの、奴の肩や腰に鮮血が噴き出す!

「体は口ほどには、動かしていないみたいやなぁ」

「『手を挙げろっ!』」

 棚に逃げ込まれる前に追撃しようと、俺は奴を銃口で追った。

 それが良くなかった。欲張り過ぎたゲーマーの末路はいつも同じだ。

 クローチェが血を吐きながら、放ったスキルをモロに受けてしまう!

「うぼっ、ぐぇぇエ」

 俺にプレッシャーが圧し掛かり、恐怖が精神的重圧を超えて吐き気を催す。

 視界が歪み、体勢を崩した背中にラックの硬い感触が当たった。

「マッズイこれッ!」

「撃ち放題撃ちやがってッ。逃がすかっ!」

 俺は先程の比では無い苦しみに、隠れ場所から飛び出して奥の部屋に逃げだす。

 発砲音と散弾が俺の背中を追いかけ……頭上の荷物が次々弾ける!

 背後でクローチェが怒鳴っているが、構っている暇はない。

 散弾が当たらないのは、奴の『戦闘』が低いからだ。今のは頭が弾けてもおかしくなかった。

 俺は倉庫奥の扉を開き、次の部屋へ駆け込むが……。

「んだここ。ニチアサヒーロータイムかぁっ!?」

 部屋は特撮映画に出て来る司令官室のミニチュアに似ていた。

 壁には無数のモニターが点滅し、部屋の至る所から電子音が囁きかけてくる。

 他に置かれている物と言えば、数名分のデスクとモニターの操作盤だけだ。

「TVの収録管理をする主調整室かっ!?」

 遮蔽物が無い上に狭い、これでは散弾銃の良い的だ。

 俺は更に奥の扉へと駆けだす。部屋が狭いお陰ですぐに辿り着けた。

「そこかぁっ!」

 俺がドアノブに手をかけた瞬間。

 クローチェが扉を肩で蹴飛ばし、部屋に押し入ってくる!

「『お隣さ――』」

「背中がガラ空きだぜっ!」

 俺は振り返りながら、掌からポリゴン体を放出する。

 だがチーフスペシャルとは比べ物にならない、凶悪な発砲音が一手先を行く。

 俺の背中に無数の槍が突き刺さる痛みが襲い、体が硬い扉に叩きつけられたっ!

 扉はぶつかった拍子に開くが、俺自身は硬い床に転がり……衝撃で体に力が入らない。

「ぅ、うぐ……ふぅっ、フゥッ、フゥゥ」

 俺は撃たれた方角へ、振り返る事しか出来なかった。

 そこには返り血に染まったクローチェが居り、腰だめに散弾銃を構えている。

「あぁ最悪だな。クソッ……」

 俺は朦朧とする意識の中で、どこに逃れたのか気づく。

 部屋の四方は一面ガラス張りで、外には雲一つない青空が広がっているスタジオだ。

 見れば中央には一段高いステージが有り、机と白いソファが置かれていた。

 ここはバトルロイヤルVRの、中継と観客席を模したセットだ。

「貴様の終わりにしては、見栄えが良い所だ」

「一旦休戦して、アンヂーの席にツバでも吐きたい位にな」

 床のフローリングに、流血が拡がる。

 それに比例して、鼻孔をくすぐる血の匂いも強まった。

 間違いない。俺のHPは0を下回っている……体を引きずる事も出来やしない。

 俺の掌から銃が落ちたのを見て、クローチェは勝利の余韻に浸る。

「貴様が死んだら、ソファに死体を座らせてやるぜ」

「ふぅ、タンマ。俺の負けや、レッドチームに移籍させてくれ」

 俺は両手をあげて、滲む視界に映るクローチェに降参した。

 だがクローチェは俺の渾身のジョークに、笑い声一つあげない。

 代わりに散弾銃の薬莢が排莢され、金属音が奴の足元で転がった。

「時間稼ぎか?」

「せやで。そもそも俺はホズ以外に誰も殺して無いから移籍権ねーもん」

 俺のつま先から、死の感覚が胸元へ上ってくる。

 ゲーム内では慣れしんだ感覚だが、命がかかっていれば話は別だ。

 俺が精一杯強がっていると、胸ポケットから着メロも鳴りだす。

「貴様の仲間か? いいやホワイトチームはお前達三名だけ……増援は居ない」

 クローチェが俺に近づいてくる。

 手が動ければ必殺の間合いだが、指先は悶えるばかりで動きやしない。

「なら誰の着信が来ているっ? 上はアングイスが殺している筈だ!」

「その通りだよ、クローチェ君」

 クローチェの叫びに、無機質な女の声が返した。

 俺が顔をあげると美人が入口にもたれかかって居る。

 女は純白のYシャツを赤黒く染め、物憂げな表情で俺達を見つめていた。

 その黒髪に光る蔓のヘアピンに、俺は見覚えがある……アングイスだ。

「上は片づけて来たから、安心して」

「それなら構わん。着メロなんぞ、オノイチの奇策か偶然だろう」

 クローチェの冷たい足音が俺へと近づいてくる。

 確実にトドメを指す為に零距離で殺すつもりか

 だが俺には何もできやしない。クローチェもそれを理解している。

 そうでなければ、別れの挨拶もなく撃ち殺されてただろう。

「ゲームオーバーだ。オノイチ」

「あぁ、そうみたいだな」

 不思議と引き金の、引かれる動きが良く見えた。

 クローチェの表情はさっぱりしており、復讐劇が終わったと安心している。

 そして引き金が引き絞られ、弾丸が放たれ……無いっ!

「『撃たないで』」

「んなぁっ!?」

 アングイスが『隷属』させているクローチェに、命令を施したからだ。

 クローチェは訳も分からずに指先に力を入れるが、引き金は引かれなかった。

「遅かったじゃねぇか。アングイス」

「でも間に合ったでしょ? あぁ、ごめんね。クローチェ君」

 アングイスが入口から俺に向かって歩き出す。

 彼女はクローチェを追い越し、血だまりに倒れる俺に膝をつくと首に手を回す。

「私は……オノイチ君の味方(オンナ)なの」

 俺のチーム。その隠された四人目にして。

 グラウベチームの最後の生き残り。

 そしてレッドチームに忍び込んでいたホワイトチーム。

 『娼婦(ビッチ)』のアングイスが、クローチェに冷たい微笑みを浮かべた。


 ◇ ◇ ◇ 七日目 午前十時 四九分


「裏切ったのかっ、アングイス!?」

「君は何か勘違いしてる人なのかな? 私は元々ホワイトチームだよ」

 激高するクローチェだが、散弾銃の銃口は地面を向いている。

 クローチェ達はチームカラーを確認する為に、アングイスに『隷属』していた。

 彼女の命令に従いたくて、仕方ないのだろう。

 それにしても『隷属』しているアングイスに怒鳴れるとは、クローチェは凄まじい反骨心だ。

「上は決着がついたよ。スキルの使用を禁止したら、クレープスちゃんが撃ち殺した」

「はぁ、はぁ……お疲れさん。それより早く、銃を撃ってくれる?」

 アングイスが俺の血塗れの頬をハンカチで拭う。俺は動けないので為されるがままだ。

 もし俺が動けたなら、さっさとクローチェを殺しただろう。

 だが今はアングイスの機嫌を損ねて、俺も殺されたくない。

 俺達が一息着いていると、文句が飛んでくる。クローチェからだ。

「ふざけんな、ふざけるなっ!? オノイチッ、貴様はどうやって騙した!?」

「俺は騙して無ぇよ。騙されてたのはお前で、ソレは最初からだ」

 そもそもクローチェは、大事な事を勘違いしている。

 今日の戦いは、レッドチーム五人とホワイトチーム三人の最終決戦ではない。

 俺、クレープス、インメントの内。インメントはレッドチームなのだ。

 そしてアングイスと俺は、三日目に知り合ってから携帯で連絡を取り合っていた。

「じゃぁ三日目の河川敷で見逃したのも……」

「オノイチ君は私と同じチームの人だから、助けるのは当然でしょ?」

 女って怖いよな。

 周りが全員敵のチームに忍び込んで、餌を運ばせて。

 気づけば金は使わされ、守らされ、作戦の邪魔はされ。

 挙句の果てに、こうして命まで奪われる。

「三日目から情報を流したんだし、私の事はもっと信用して欲しいな」

「クレープスが嫉妬する位、アンタを前提に作戦を組んだんだぜ?」

 だから早く、拳銃で撃って貰える?

 俺は必死の嘆願を飲み込み、アングイスのご機嫌を取る。

 不意にクローチェを見ると俯いており、髪で表情が隠れていた。

「そういう事かよ。貴様が最終決戦に来たのは、殺されない確信があったからか」

 コイツの心境がどうあれ、俺達にも余裕はない。あったのは作戦だけだ。

 伏兵は予想外だが、俺がクローチェの時間稼ぎをすれば『負け犬』は排除出来る。

 俺が追い詰められるのは計算外とはいえ、後は天地が逆転しようが負けようがない。

 だから一%で負けない為にも、さっさと銃を拾って撃って欲しい。

「分かった。拳銃を借りるね」

 アングイスが俺から血塗れの拳銃を受け取る。

 抱き着いてきたアングイスの柔らかな感触がするが、意識がそろそろヤバイ。

「さようなら。クローチェ君」

「あぁ、さようなら」

 アングイスがチーフスペシャルを握って立ち上がる。

 俺は違和感を感じた。おかしい、おかしいぞ。

 何でクローチェは命乞いをしない?

 俺ならホズにやったように、靴を嘗めても生き残る。

 クローチェは俺と似た思考回路をしている。なのにこの大人しさ……。

「アングイスッ、急げっ!」

「遅ぇぜ。オノイチッ!」

 アングイスが瞼を閉じて、クローチェに発砲する。

 だが一手先にクローチェが動いた。

 奴は地面に向けていた散弾銃を、早打ちガンマンの様に腰だめに構える!

 アングイスが『悪党』を起動したのと、散弾銃の発砲は同時だった。

「女神は俺様に微笑まないっ!」

 アングイスが残像を残す高速モーションで、半身になって避けるが……ダメだ。

 『悪党』は運動能力を挙げるスキルである以上、元の身体能力が低ければ意味は薄い。

「俺様は俺様の手で、運命を屈服させてきたっ!」

 半身になったアングイスの脇腹を散弾がかすり、彼女の白いブラウスが破ける。

 弾丸の大半は背後の窓ガラスを割って、下界へ落ちていく。

 外気の冷たい風が部屋に吹き込み、クローチェは勝利を確信した笑みを浮かべた。

「『隷属』ゥゥ? してたまるかぁ!? 俺はスラムから成り上がるっ!!」

 散弾銃の銃口が窓沿いに逃げるアングイスを追う!

 『戦闘』が低いクローチェの狙いは杜撰だが散弾銃は偉大だ。このままでは……。

「オノイチ君、私じゃ勝てないからね」

「分かってる。アングイスじゃ無理だ」

 『隷属』は強力な嫌悪感を与えるだけに過ぎない。

 性的魅力を感じない奴や、確固とした精神力を持つ奴には効きが悪い。

 だからクローチェは強い精神力で、命令の鎖を振り解いて戦える。

 そしてアングイスの『戦闘』のステータスは低い。クローチェに抗う事はできない。

「形勢逆転だ!」

「だから助かったわ、クローチェ」

 一発の発砲音っ!

 放たれた弾丸が人体の眉間を貫き、キャラクターのプログラムを粉砕するっ!

「……はぁ?」

「俺の女神に、この場所を伝えてくれて」

 クローチェの肩が突然、何処かから射貫かれて崩れ落ちた!

 俺は弾丸が通ってきた軌道を見る。弾丸は窓の外から飛び込んできたのだ。

「そもそも非戦闘員をアンタに近づける筈ないやろ」

 アングイスは最初から、クローチェを殺す為に呼んだ訳ではない。

 俺はクローチェの意識を少しでも逸らす為に、態々教えてやった。

「俺もアングイスも、時間稼ぎ要因や」

 遠くから響く二発の発砲音っ! 直後、鈴の音にも似たガラスの破裂音が続く!!

 ソレは外に飛び出したガラスに、弾丸が跳弾した音だった。

 弾丸は死神の鎌の如く、一直線にクローチェの心臓に飛び込む!

「カゥハッ!?」

「地獄でアニキとケセムに謝っておいてくれ。俺は天国行きだろうから」

 【YOU DEAD】。

 仰向けに倒れつつポリゴン体を散らす死に損ないに、俺は伝言を頼む。

 だが帰ってきた言葉は予想外のモノだった。

「テメ、ェが天国に行ける筈無いだろ」

「……? 俺はただの被害者だぜ? 悪いのは全部運営や」

 俺だって好きで人を殺してる訳じゃない。

 巻き込まれたから、仕方なく殺しただけ。

 俺は可哀そうな一般人。情状酌量の余地アリで無罪放免だろう。

「……げ、どぉ」

 死にゆく兄弟の様に似通った男に、俺は別れを告げる。

 奴は最後に何かを呟こうとするが、ポリゴン体が散る速度の方が一瞬だけ早かった。

「はぁ。終わったぁぁ」

「終わったね。今治療するよ」

 同じく血塗れのアングイスが、俺に駆け寄ってくる。

 だが俺の意識は限界だった。流石に血を流しすぎたらしい。

 俺は仰向けに寝転び、割れた窓ガラスから青空を眺めた。

 そして屋上に居るだろう、跳弾で俺達を救ってくれた仲間に言葉を残す。

「ありがとうよ、クレープス」

 残る二人のレッドチームが、どこまで遠くに避難したかは分からない。

 だが時間制限までに、俺達に襲いかかってこれるか? 無理だろう。

 心残りは無い……俺は仲間達と死んでいった者達に、一言だけ餞別を送った。

「グッドゲーム」

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