エピローグ


 ◇ ◇ ◇ 一二五三日目 午前十一時 五五分


 東ドイツの田舎。その一区画には貴族と呼ばれた一族が住んでいる。

 貴族制が薄れた現代においても、ご領主様と言われる程の財を成している家だ。

 その家格は国内において一線を画し、住居も相応の物だ。

 今日も機能的且つ木造豪邸は、窓から差し込む光で清々しく照らされていた。

 館内には特注した絨毯が敷き詰められ、伝統的なインテリアがそこかしこに鎮座する。

 そんな名士の住む豪邸では珍しく使用人達の様子は慌ただしい。

 特にとある中年メイドの忙しさは半端ではなかった。

「お嬢様、アデーレ嬢様っ。お急ぎ下さい」

「ドレスを着させられたから、こんなに遅くなったんじゃん」

 アデーレと呼ばれた少女は、廊下に敷かれた柔らかい絨毯を軽やかに歩く。

 結婚式に纏う淡い桃色ドレスの華やかさと対照的に、本人は嫌な顔をしていた。

「普段着で良いじゃん。先方も気にしないよ?」

「何て事を言うんですかっ!? あぁ、三年前まではあんなにお淑やかだったのに……」

 アデーレはドレスを摘まんで、恥ずかしそうにふて腐れる。

 だが中年メイドは、華やかなドレス姿を譲らない。

 仕方なくアデーレは豪邸の規模に比べて、控えめな装飾の廊下を進む。

 アデーレの表情が曇る理由は、ドレス姿が館から浮いている事もあった。

「お見合いですよ!? しかも先方からの熱烈なっ!」

「はぁ、ただお茶を飲むだけだよ」

 アデーレとメイドが通り過ぎる部屋では、使用人達が大忙しだ。

 何せ自分達の主。アデーレ・バッハシュタインが正午にお見合いをするのだから。

 お相手は何処で知り合ったのか、経済大国日本の青年実業家らしい。

「お茶を飲み交わす為に、二千万ユーロも持参してきますかっ!? 結納金ですよ!」

「結納って……彼とはまだ付き合ってもないんだから、変な気を使わせないでね」

 お見合い相手の青年は、日本では数年前に土地を転がした成金と呼ばれている。

 だがバッハシュタインでは評価が違う。

 なにせバッハシュタイン家初代も、日本の土地転がしで財を成した傑物なのだ。

 そんな青年がお嬢様に求婚に来たのだから、館全体が浮かれていた。

「なのにお嬢様ったら、朝からバイク弄りなんて。お父様がお嘆きになりますよ」

 中年メイドが嘆く。すると突然、アデーレが動きを止めた。

 耳をすますアデーレに、メイドは首を傾げる。

「揉めてるっ!?」

「お嬢様……ちょっと、お嬢様っ!」

 ドレス姿で駆け出すアデーレに、メイド達が悲鳴をあげる。

 誰もがアデーレを追いかける中、彼女はお見合いに予定されていた部屋の扉を蹴破るっ!

「だぁ~かぁ~らぁ! ここは貴方の主がお見合いする所で、使用人は別室で待機を……」

「えぇ、何? お菓子があるから移れって? 俺の事を子供か何かだと思ってるのか」

 部屋は豪華に装飾され、部屋の中央には純白のシーツが敷かれたテーブルが置かれていた。

 そして二人の男性がテーブルを挟んで、睨み合っている。

 一人はアデーレの背を押していた女中の旦那、老齢の家令だ。

 もう一人は、陰気で覇気のない顔立ちをした日系人だった。

 青いスーツに赤いネクタイを締め、胸元には缶バッジを付けた特徴的な服装の青年だ。

「誰かっ。男の人呼んでくれっ!」

「アンタ、後悔するからな! 大人がエイリアン運びされる無様さ見せてやろうかっ!?」

 お互いの言語が通じないのか、二人の会話はカタコトで噛み合っていなかった。

 遂に罵り合いにまで発展した言い合いに、アデーレが叫ぶ。

「お兄さんっ!?」

「おっ……ん、うおっ!? 久しぶりだなぁ、アデーレっ!」

 普段は物静かなアデーレの大声に、使用人一同は思わず目を丸くした。

 そして若者達は駆けあうと、思わず抱きしめる程に再会を喜び合う。

 特に小野龍一……三年前、アデーレにオノイチと名乗った青年は青空よりも眩しく笑った。


 ◇ ◇ ◇ 一二五三日目 正午十二時 五分


 俺達はその後、ガゼボと言う洋風東屋に移ってティータイムを楽しんでいた。

「ごめんねお兄さん。こっちの都合に付き合わせて……」

「ええんやで。可愛いクレープスが見えたし、嬉しい位やわ」

「もう、こっちではアデーレだよ」

 あのデスゲーム以来。ダークウェブを辞めた俺達は良く、リアルで会っていた。

 だが俺達の関係は三年前と変わらない。とはいえ今日はお見合いの席が用意された訳だが。

 それもアデーレの鶴の一声で、お茶会に早変わりだ。

 偽装だとしても十歳年下とお見合いとか、してみたかったけどなぁ。

「ボクは似合わないって言ったのに、ウチのメイドが着せるから……」

「バッ、お前。バッ!? 美少女がふわふわドレス、似合わねぇ筈ないやろ!」

 俺は思わず立ち上がって、熱弁を振るってしまった。

 クレープスは俺の奇行には慣れっこで、気にせずドレスを不満げに引っ張る。

 そして俺の顔を見ると首を傾げて、おかしな事を言い出した。

「そうかな? ボクは見た目の変わらないお兄さんが羨ましいけど」

「ベビーフェイスって、はっきり言ってもええんやで?」

「アジア人らしいよね。五歳は若く見える」

 俺の見た目は、今年で二十八歳になるが当時からそう変わらない。

 敢えてゲームとの違いを言えば、髪の毛の質と鼻が少し低くなっている位か。

 対してクレープスは随分変わった。

 スレンダーな体付きこそ変わらないモノの、ボーイッシュさは鳴りを潜め。

 身長も伸びて、大人の女性に近づきつつある。何より顔つきが大人びた。

 だが今は理想の白肌美女であり、窓辺で憂い顔をしていれば宗教画にも見えるだろう。

 そんな彼女に何故、偽装求婚なんて仕掛けたのか。理由は酷く生々しい物だ。

「ありがとう。ボクの賞金を届けに来てくれて」

「五十億のセレブごっこも楽しかったから、ええんやで」

 そう。俺達が出会ったダークウェブ上のデスゲーム。

 ミリオン・パンクで優勝した賞金を渡しに来たのだった。

 とはいえ別に俺が、運営から頼まれた訳ではない。

 依頼人は目の前に居る美女にして戦友、クレープスだ。

「運営に頼んでみるものだね。一度お兄さんに譲渡する形にはしたけどさ」

「お陰で運営の手先共と膝を突き合わせて、どう賞金を受け取るか相談するのにも慣れたわ」

 俺は足元のバックから、アデーレに数枚の封筒を手渡す。

 そこには俺が預かっていた彼女の賞金、二十五億円が記されていた。

 具体的には現金の他に、不動産等も含めた譲渡契約書だ。

 アデ―レは封筒を開くと中に入ってる書類をペラペラと捲る。

「ありがと、意外と薄いね?」

「コレは目録みたいなもん、法的手続きは後で送られてくるわ。ダンボール三つ分やで?」

「大変だったでしょう? ボクは関わるなって言われたけどやっぱり……あれ?」

 アデーレが書類をめくっていると、最後のページで首を傾げた。

 彼女は何度も前後のページを確認しているし、俺はその理由を知っている。

 彼女は遂に数え間違いじゃないと気づく。

「現金一五〇〇万ユーロ。日本不動産、ドイツ不動産が合わせて七五〇万ユーロ……」

「日本円で二十億円の現金と、十億円の不動産やな」

「お兄さん、計算間違ってるよ。ボクが渡したより多い……」

 俺は彼女の質問に答えるのが照れくさくて、庭園から見下ろせるドイツ市街を眺めた。

 この街はドイツ人の気風を反映した、四角三角な赤煉瓦で統一された街並みをしている。

 その全ての住民がアデーレの家から援助を受けている事実に、どれだけ金持ちかが伺えた。

 俺は非現実な光景を見て心を宥めると、アデーレから目線を逸らして質問に答えた。

「お見合いの申し込みを、女の子から裏で貰った金で申し込むって訳にも。なぁ?」

 アデーレは「見栄っ張り」と言って、次に口を閉じてマジマジと俺を観察する。

 彼女は次に頬を赤く染め、最後に俺を見上げると見つめてくる。

「そういう事で……いいの?」

 すぅ~。俺の喉から吐息が漏れた。

 三年間、ちょくちょく会ってるとはいえ、十歳下のお嬢様相手に言って良いのかなぁ。

「お見合いの申し込みやからな」

「……インメントとか、アングイスとは?」

「今も仲良いし友達やけど、アデーレが一番タイプなんや」

 アデーレが湯気が出る程赤くなった顔を、両手で隠して俯く。

 彼女は口を魚の様にパクパク開閉しながら、照れ隠しに俺を罵倒してきた。

「お兄さんのロリコン」

「男は全員ロリコンなんや」

「変態、成金、節操無し」

「ちょっとちょっと、全部言い返せねぇじゃん!」

 全部事実だ。正確には節操なしになりたいが、なれない俺の甲斐性よ。

 俺達の間に、緩い静寂が包み込む。

 変化する関係に恐怖を抱いて、新しい関係になる為に勇気を抱こうと。

 アデーレは顔を隠していた両手の指から瞳を出して呟く。

「デスゲームで得たモノが、ボクで良いの?」

 俺が頷くとアデーレは三年前と同様に、あどけない表情で笑いかけてくれた。

「お兄さんタイプだから……特別だよ?」

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