第三話
◇ ◇ ◇ 一日目 正午一二時 九分
そもそも俺がケセムと組む事になった経緯は、三時間前に遡る。
「あぶぶびゃびゃびゃびゃっ!!!」
俺は自宅のベットの上で跳ねながら、現実逃避をしていた。
デスゲームゥ? 二百万人の中からの二十人に選ばれるってなんだよっ!?
「十万分の一の確立だぞ。クソクソッ。俺みたいなのをショーに映してもつまらねぇだろ」
しかもゲーム時間も、正午丁度にされている。
その証拠として先程まで夕暮れ時だったが、太陽は頭上に昇っていた。
このゲームの運営が時間を操作したのだろう。つまり……。
「やっぱりっ。装備が更新されてるやん」
通常。MMORPGは、強い武器やお金を蓄えて遊ぶものだ。
だがこのゲームでは、例外を除き貯蓄が許されない。
代わりに『扶持』というステータスが存在する。
このステータスによって、特定装備以外は四十八時間毎にリセットされてしまう。
「まずはルールの確認やな。事前にメール送って来いよぉ、逃げれたのに」
運営から来たメールに付属していた、解説動画は既に目を通している。
ルール事態は毎年開催されているデスゲームと一緒だ。
「後は装備の確認……」
俺の所持アイテムは、いつも通りのラインナップであった。
装填数五発の二丁拳銃に携帯電話。
駐車場に停車中の、丸っこくい黄色を基調とした四人乗りコンパクトカー。
薄い皮財布には、百ドル札が十枚ちょっとに……小銭だけか。
「装備は良し。車もガソリンは満タン、携帯の中身も変わらないか」
このゲームのVRディスプレイには、アイテム画面なんて素敵なモノは存在しない。
自分のステータス確認及び、一部スキル発動やログアウトが出来るだけだ。
とはいえステータス毎にシステムアシストが働き、俺の手足は銃の整備を勝手にしてくれる。
「問題無し……現実にもこの機能が欲しいぜ」
俺の愛銃は通称をチーフスペシャルと言う。日本の警察が使う、懐に隠せる拳銃だ。
愛用の理由は、腰に拳銃をぶら下げるのに馴染めないからである。
「とりあえず何をするかね」
フレンドに電話する勇気は無い。
こんな状況で、彼らの自制心に期待なんて出来る筈がなかった。
「気の良い奴らでも、命と金の為なら人間はどうとでも変われるからなぁ……俺は変わるし」
俺は二丁拳銃をスラックスのベルト挟み、携帯をポケットに突っ込むと……。
PRRR。 PRRRO。携帯電話の着信が鳴った。
「おいおいマジかよ、運営であってくれよぉ?」
巻き込まれたフレンドが、俺が参加してないか確認しているのか?
俺は高まる心音を抑え、胸元で拳を握ると携帯を手に取った。
もし心臓病を抱えていたら、高まる心音で死んでいただろう。
「ッシャァ、オラッ、勝ったぜテメェ。オラァッ!」
俺は携帯電話の通知を見て、思わず握り拳を作った。
そこに書かれていた名前は、リアル賞金稼ぎのトッププレイヤー様……ケセム・バガン。
彼は俺のフレンドの中で、唯一頼れる相手だった。
◇ ◇ ◇ 一日目 午後七時 三四分
俺とケセムがTKジェイルで別れてから、四時間後。
俺はスラム南東にあるネットカフェに入り浸って、ケセムとアプリで通話していた。
とはいえこの場所は三十人から四十人程が屯しており、お世辞にも居心地は良くない。
電灯が弱く室内は薄暗いのに、パソコンのブルーライトが点滅しているからだ。
匂いに至っては男の体臭と密室の所為で埃っぽい。まるで刑務所である。
「こちらは手掛かりがあった。オノイチ、そっちはどうだ?」
「俺は表から調べてるけど、上手くねぇなぁ」
こんな所に居る理由は、『殺人鬼』の情報収集を頼まれたからだ。
そしてパソコンを使うと、インターネットを使った情報収集にアシストが入る。
だがゲームの仕様上『扶持』特化じゃないと、高性能なパソコンは持てない。
俺だって平均的な『扶持』は持つが、家には古臭いパソコンしかなかった。
「奴は派手に動いていると思ったが、何故見つからない?」
「いや断片的にはある。俺がペケってるだけやろ」
俺も過去の記事は探しているけど、全く進展がない。
ケセムに行う報告も、大した事の無い情報ばかりだ。
そんな俺の体たらくに、ケセムが出来の悪い息子を叱る様に吐き捨てた。
「自分で言うな、ったく。奴の顔写真さえ掴めれば……」
「その前に能力についてじゃね? それが分からなきゃ、怖くて近寄れないやろ」
偶然遭遇する可能性はあるが、戦うならば『殺人鬼』のスキルが知りたい。
このゲームのスキルは、バランスを崩壊させる事でバランスを取っているからだ。
下手したら出会った時点で、詰む可能性もある。
俺は勝つ為の正論を言ったつもりだが、ケセムは黙りこくってしまう。
「……」 「ケセム」
「分かっている」
俺は剣呑なケセムの様子に不安を覚えた。
彼と『殺人鬼』に因縁がある事は知っているが、詳しい内容までは知らないのもある。
だがリアル賞金稼ぎが、違法ゲームに乗り込む程に憎んでいるのは確かだろう。
とはいえ俺に出来る事は安全に『殺人鬼』を殺し、このゲームに生き残るだけだ。
「オノイチは顔写真と能力について調べろ。その後で居所を探るぞ」
「OKOK、任せろって……そっちの手掛かりは?」
このゲームの情報収集は、NPCに聞いたり自分で調べる以外にも方法がある。
一定の情報に対して、発行されるクエストをクリアする事だ。
例えば俺ならパソコンを使って、キーワードを集めるクエスト中である。
だがケセムは第二のデメリットスキルにより、戦闘を行うクエスト以外で情報収集が出来ない。
「クエストが二件あった。一件は護衛だ」
「ぎょぇ”っ!! 受けてねぇだろうなっ!?」
「ぷっ、クク。あぁっ、受けてないさ」
そんな色々なクエストがある一方で、悪名高いクエストもある。
それがヒロイン護衛クエストだ。
何が酷いって、護衛相手の強制死亡イベントで終わる事だろう。
そして護衛対象はパーティの仲間か、『隷属』状態を与えた相手が選ばれる。
つまりこの場合は俺だ。
「ケセム……まかり間違って受領したら、末代まで呪うで?」
「俺が末代だよ。代わりにマフィアから、情報提供を受けた」
脳に電流を流される、糞クエストじゃねぇか!!
何が糞って、視界にも強面のマフィアや半裸のおっさん達に囲まれる事だ。
俺も一度受けた事はあるが、大と小を漏らしてリタイアした経験がある。
更にはクリアしても、渡される情報の精度はランダムなのだから酷い。
「受け取った書類を読んでいるが、大した情報は無い」
「えぇ。本当にダメやん」
「三時間の空振りだな……もう遅いし、今日はここまでだ」
俺の軽口に返すケセムの声には元気が無かった。
普段ならもっと、皮肉を交えて来るのに……。
俺は社会不適合者だしコミュ障だが、友達の様子は分かる。
力を貸してやらないと。
「分かった、分かったよ。俺のスキルを使うぜ?」
「良いのか? アレはオノイチの生命線だろう」
俺の頭の奥。脳の中心を押す感覚。
視界の隅にディスプレイが起動し、慣れた感覚で操作する。
開く項目はスキル画面……相変わらず糞みたいな、スキルばっかりだな。
デスゲームでは死んだら終わりなのに、死んだ後にデバフを与えるスキルやら。
三時間以降を指定して、その時間にフレンドを召喚して良いか聞けるスキルやら。
「今回はクラス共通スキルにジョブスキル二つだし、ケセムが居るなら何とかなるやろ」
「まぁ戦いだけなら、何とでもしてやる」
俺のスキルは糞ばかりだが、一つだけ便利なスキルがある。
パーティが行ったクエストや、行動の結果をランダム化するスキルだ。
例えば……クエスト結果を『もしかしたら出来ていた』事にもできる。
その効果は絶大だが、問題が一つ。リキャストタイムがとにかく長い!
「『一般人の声援(ファイト・オブ・ヒーロー)』」
俺は二日に一度しか使えない、スキルを発動する。
周囲の空間が僅かに歪む錯覚に襲われ……さてどうなるかな?
「おっ、出て来たわ」
「どうだ? 変なクエスト出てないだろうな」
「あぁん? ぁーいや、上手くいった」
パソコン画面が、前衛芸術の様に七色に輝いたかと思うと切り替わる。
ネット内の大衆掲示板で、名前は鬼嫁掲示板。
スクロールすると、ある人物が鬼嫁板の住民達を扇動して『殺人鬼』の情報を集めていた。
女って怖ぇ~。旦那の秘密やら、お隣さんのピロートークまで調べてやがる。
「結果は……うわぁ」
凄まじい情報力だな。このメンタルが欲しい。
そして掲示板の最後には、『殺人鬼』の大雑把なステータスと手口が書かれていた。
「とりあえず出たが、あぁん?」
「……どうだ?」
画面にはスーツ姿で、金髪の男学者が映っていた。
その下に記されたステータスは……一般プレイヤーの二倍弱。
身体能力やレジスト性能こそ平均的だが、こりゃ勝てないかも分からんね。
俺は半ばヤケクソ気味に、ケセムに報告すると家に帰る。
帰った後に送られてきた運営のメールも、俺をヤケクソに導く原因だった。
【運営より お伝えします】
【Rチーム:一名 Wチーム:一名 ログアウト】
【残りRチーム:九名 Wチーム:九名】
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