第二話
◇ ◇ ◇
「ビィッチ、アンドッ、バットガァ~イズッ!」
真っ暗な空間に、男の声とドラムロールが鳴り響く。
続いてショータイムを告げる照明が、ステージ中央を照らした。
そこには椅子に座るラテン系の男が、ダークスーツを翻して陽気に叫んでいる。
「バトルロイヤルVRへ、ようこそっ!!」
EEEEKKッ!! EEeeeKッ!!!
男が小気味良く指を鳴らすと、円形のステージ全体に灯りが着く。
そこにはラテン系の隣に、猫に似たぬいぐるみが椅子に座っていた。
更にステージには、黒い全身タイツを纏った観客達が大勢居る。
「どうもどうもっ! 今日も司会はアンヂーと」
「キャミ~で、やっていくみゃ~ッ!」
ラテン系の男がアンヂーと名乗ると、ぬいぐるみが突然動き出して自己紹介を始める。
騒ぎ立つ有象無象の声。響く拍手に高らかに鳴る口笛の旋律。
男とぬいぐるみの寸劇は、アメリカンなノリで続く。
「やぁキャミ~。良い匂いがするね? 柔軟剤変えた?」
アンヂーがキャミ―の匂いを嗅ぐと、キャミ―が胸を張って自慢げに頷く。
次にキャミ―がアンヂーをつま先から頭まで見ると、首を傾げた。
「そういうアンヂーは、少し痩せたかみゃ~」
「おいおい、ウチのコックが英国人になったって言うのかい。酷い冗談だな?」
BROUUU、HAHAHAHAッッ!
BEEEEPPッ BEEEEPッ!!!
ドッと沸く観客席と、幾つかのブーイング。
アンジーが悪い悪いと手を振り人差し指を立てると、ウィンクをして続ける。
「健康に気を使っててね。嫁さんがコックをクビにして、弁当を作ってくれたんだ」
「わぁっ、良かったみゃ。ちなみに今日のお弁当は何なんみゃ~?」
「昨日も今日も明日も、フィッシュアンドチップスさ」
観客席を見て渋い顔をするキャミーと、肩を竦めるアンジー。
それに反して、観客席は爆笑の嵐に包まれる。
アンヂーは笑いながら、大盛り上がりの会場へ向かって手を叩いた。
「OKOK、話を変えよう。明日からもっと痩せちまう」
「そうね。アンヂー、今日はどんな悪趣味な遊びみゃ~?」
「おいおい、キャミー。忘れたのかい? 我らがバトルロイヤルのお時間さっ!」
アンヂーが指を鳴らすと、宙空に巨大な映像が浮かぶ。
映像は安っぽい絵柄の、カトゥーンアニメだ。
その絵が動くにつれ、これまた安っぽいナレーションが響き渡る。
【バトルロイヤルVR! 世界中で二百万人が遊んでいる、ダークウェブ上のVRMMOゲーム!】
【「表のゲームってつまらないわ。ご飯の味も、モンスターの血の匂いもしないの」】
【そんな倦怠感からは、もうおさらばっ! 我々はゲームは現実と瓜二つ。無いのは痛覚だけ!!】
【素敵ぃ~。でもPKしても、人は死なないんでしょ? それじゃぁつまらないわっ!】
【そうだねっ! もっと命を粗末に使おうっ!】
【命を賭けてっ!】 【罪を犯してっ!!】
【画面の前のアイツを殺そうっ!!!】
【一年に一度の祭典。二百万人から二十人を選出する、本物のバトルロイヤルゲーム】
【今年は1999年のスラムを舞台とした『ミリオン・パンク』がエントリーだっ!】
男女がモノクロ映像でぶつかりあったり、モブを撃ち殺すアニメが終わる。
画面に残ったのは、二十個の造語達。
ソレはこの場に居る者なら知っている、ミリオンパンクのジョブの名称だった。
『首領(ザ・キャプテン)』 『調達屋(ザ・ブローカー)』
『殺人鬼(ザ・キラー)』 『用心棒(ザ・バウンサー)』
『娼婦(ザ・ビッチ)』 『詐欺師(トリック・スター)』
『泥棒(ザ・シーフ)』 『運び屋(ザ・キャリー)』
『情報屋(スニッチャー)』 『裏職人(ザ・スミス)』
『狂人(ザ・ヴィラン)』 『負け犬(ホーム・レス)』
『一般人(ザ・ピーポー)』 『徒党(ザ・ギャング)』
『名手(ザ・ガンマン)』 『闘技者(ザ・クンフー)』
『英雄(ザ・ヒーロー)』 『黒幕(ザ・ボス)』
『芸術家(アーティスト)』 『諜報員(ザ・スパイ)』
「Hooっ! 素晴らしい企画だね。キャミー」
「すっごく楽しみゃ~っ! それでどういうゲームなのみゃ~?」
「ミリオン・パンクはスラムと下町を舞台にした、映画じみたクライム・アクションゲームさ!」
「なんてロマンチック。一番強い人を決めるのみゃっ?」
「いいや? 十人一組で、二つのチームが争うチーム対抗戦さ」
「み”ゃ”ゃ”~~っ!」
CLAAAANN、GGUッッ! OHH………。
キャミーが大口を開けてダミ声を放つと、遠くからピアノの効果音が鳴る。
観客席からも落胆の声があがった。
「それじゃつまらないみゃ。バンバン殺し合って欲しいみゃっ!」
「当然さ、キャミー。だからチーム分けは秘密で行う」
「どういう事みゃ~?」
アンヂーが指を鳴らすと、先程までアニメが流れていた画面が開く。
そこには細かなルールが書かれていた。
一つ。チーム分けは行うが、誰が味方なのかは発表されない。
一つ。チーム分けは行うが、自分のチームカラーを証明する方法は無い。自己申告のみ。
一つ。プレイヤーを二人殺した者には、チームを移籍する権利をプレゼント!
一つ。六日間以内に最も人数が多いチームの勝利。それ以外は皆殺しとなる。
「み”ゃ”ぁ。じゃぁ目の前の人が、敵か味方か分からないって事みゃ~?」
「あぁっ! 味方のフリも出来るし、疑心暗鬼になった味方に殺されるかもっ!?」
キャミーがアンヂーの頬にキスをして讃える。
EEEEeeeeKKKKッッ!
大喝采。観客達が手を叩いて、二人を囃す。
アンヂーがやれやれと、肩をすくめると司会は続く。
「だけど最強の座ってだけじゃ、命の賭け甲斐もないね」
「もっと俗っぽい理由で、殺し合って欲しいみゃ~」
「だから、一億ドルを用意したよ」
アンヂーが気軽に言うと指を鳴らす。
すると二人の間にある床が引っ込み、テーブルがせり上がる。
そこには金の延べ棒が、山と積まれていた。
キャミーはひっくり返ると、観客席に向かって叫ぶ。
「すごぉいみゃぁ! 生き残れば一生遊んで暮らせるみゃ」
「勝てば毎日、ゲームが出来るぞ。君も来年に向けて、バトルロイヤルVRをやろう!」
「みゃぁ~!」
「企画の参加者はゲームで死ぬと、現実の脳も高圧電流で吹っ飛ぶがね」
GAAAAAAANNNッ!!
またもや響く絶望の音と、顔を覆うキャミー。
「だけどご安心を。参加者の素性はスタッフが確保済みですっ。肉体はお守り致しますっ!」
「それなら安心みゃぁっ!」
「六日間以内に最も人数が多いチームの勝利。それ以外は皆殺しだっ! 」
「殺しても『隷属(スレイブ)』にしても、スキルで倒してもオーケェーにゃぁ~!」
「「グゥッド、ゲェエ~ムズッ!」」
【「安心、安定、確実にお客様を地獄にご案内する」】
【「ヒットマンを、貴方の街へ」】
【「ヤンキース・タクシーも、この番組を応援しています」】
【「見積もりは、ご近くの反社会的組織まで」】
◇ ◇ ◇ 一日目 午後三時 一七分
俺は喫茶店裏に併設された隠れBAR。TKジェイルに潜伏しながら電話をしている。
カウンターに座りながら警戒は怠らない。常に周囲を見渡し、逃走経路は視界の中だ。
部屋にある家具は十人用のバーカウンターと椅子。背後には真紅のソファとバーテーブル。
ソファに何人か座っているが、暗すぎて顔は見えなかった。
この暗さがTKジェイルの売りである。目的? 闇取引かな。
「オノイチまで巻き込まれるとはな」
「本当参ったわぁ。勘弁しろって」
そして電話相手は俺と同じく巻き込まれたフレンド……かと思いきや、彼は招待されたらしい。
俺はマティーニを口に含みながら、そんな大馬鹿野郎に愚痴を吐く。
だが愚痴より大事な事がある。俺のフレンドといつ合流出来るかだ。
「フレンドが参加しているか、調べるのに時間がかかった。十分は待て」
「遅ぇなぁ、五分で来いよ?」
「コイツめっ! 分かった、それまで死ぬなよ?」
電話を切って切手持無沙汰になった俺に、ガムにも似た甘い匂いが掠める。
それは酒場に漂う、アルコール臭とハーブブーケの香りだった。
この匂いが気に障った時が帰り時……店の常連にとって暗黙の了解である。
非日常と化した日常の光景。それでも変わらないモノがあるとは気分が良い。
「~~♪」
俺は蓄音機から流れる、音程の外れたジャズに鼻歌で花を添えて待ち続けた。
その内にチャイムが二つ鳴り、BARの扉が開く。俺はすかさず懐の拳銃へ手を伸ばすが……。
「ビビらせんなよ。オムツ履いてないんやぞ」
「漏らすな。これから殺し合いだ」
待ち人が扉から現われ、俺は思わず肩を下ろして安堵した。
現われたのは高身長細身で、マスクで顔を隠したトレンチコートの男だ。
彼は俺の友人であり、俺を殺す事が無いだろう人物でもある。
だから彼が俺の隣に座ったら、さっさと要件を切り出した。
「ケセム。要件は手を組むで良いのか?」
「そうだ。俺が手を組めるのは、お前位だからな」
彼のキャラクターネームはケセム・バガン。
ジョブ名は『英雄』。アメコミヒーローを元にしたジョブである。
実際にケセムは梟のマスクを被らないと、スキルが使用できないデメリットスキルを持つ。
だがそんな事はどうでも良い。大事なのは互いに何を求めているか知っている事だ。
「その前に言っておこう。俺のチームカラーはホワイトだ」
「良かったぁ、俺もや!」
運営からのメールに記載されていた俺のチーム名。ホワイト。
それは他人からは見えず、証明する手段が無い。
お互いに口では何とでも言えるが……この場合は信用できる。
何故なら俺にもケセムにも、嘘を付く理由が無いからだ。
「ケセムは俺をいつでも殺せるやろ? 嘘を付く必要は無いよな」
「お前がレッドなら、俺がお前でも殺せる奴を見繕ってやるよ」
ジョブ相性もキャラステータス的にも、俺が勝てる可能性は無い。
ケセムに捕捉された時点で、彼が殺すつもりなら詰んでいる。
だから俺からすれば、ケセムが違う色なのは構わなかった。
そしてケセムからしても、俺が違う色なら違う色で利用出来たろう。
「とりあえずアンタの目的に、協力はするから……」
「俺の因縁にケリがつけば、お前が生き残る為に力を貸す」
俺は思わずバーカウンターの下で、拳を握ってガッツポーズを決めた。
とはいえ俺は戦闘なんて出来ない。それはケセムも知っている。
ここで俺に求められるモノは、手数を増やす事だけだ。
何よりケセムは俺の上位互換である。俺が手を貸す事なんてそうそう無い。
「よろしくな、相棒」
「お前は『一般人』なんだから、死ぬなよオノイチ」
重要な話が終わると同時に、一つの画面が現れる。
【パーティ申請 ケセム YES/NO】
俺は迷わずイエスボタンを押した。
「パーティは組めた。それでお前のデメリットスキルは……」
「俺のフレンドやけど、このデスゲームに参加してるかぁ?」
「確率的に無いだろ。『流行好き(ミーハー)』の相手は俺だから、今日は問題ない」
俺も彼の様に二つのデメリットスキルを持つ。それが『流行好き』と『次の目標』だ。
『流行好き』はランダムなプレイヤーに、『隷属』と言うデバフを受けてしまう。
対象からの命令に逆らいづらくなるスキルだが……救いは四十八時間限定である事か。
そして『次の目標』とは、『流行好き』の命を狙われる版だ。
「明日からは、気をつけろよ」
「分かってるけどよぉ。ケセムなら俺が敵に回っても、どうとでもなるだろ?」
俺はバーテンに注文していたクラブサンドイッチを受け取りつつ、気楽に言った。
このBARのサンドイッチは、BLTにチキンを合体させたファストフードである。
かぶりつけばチキンの肉汁とマスタードが、口の中で混ざり合う。
少ししつこいスパイシーな辛味、肉汁の濃厚なダシ。
噛めば噛む程に野菜の甘味が滲み、マスタードの辛味を中和してくれた。
そして飲み込む時には、レタスが嫌味な油と野菜の青さを拭い取る。
「相変わらず、お前は美味そうに食うな」
「この為にミリオンパンクをやってるからね」
ケセムの声は、心なしか羨まし気だ。
彼は宗教上の理由で、酒を飲まないし幾つかの食材を食えない。
だからこのBARでも、何も食べない呑めない。
俺は彼の代わりに、酒を飲むと油を拭って話を続ける。
「じゃぁ俺の役割は?」
「情報収集及び、物資の調達。後はマスクを壊せるジョブとの戦闘援護だな」
とはいえアイテムを破壊できるジョブやアイテムは少ない。俺の知る限りでは三種類のみだ。
『首領』の持つスキルによる、特殊な『隷属』状態。
『泥棒』の持つスキルによる、アイテムのダッシュ。
他はロマン武器である、チェーンソーや火炎放射位か。
「お前がサボらなければ、難しい事じゃない。真面目にやれ」
「はぁ、何が難しくねぇだよ」
ケセムはその言葉を最後に、席を立って去っていく。
彼はジョブ特性から隠密が苦手である。マスクを見ればプレイヤーだとバレてしまう。
そして俺も巻き添えで身元をバラされたくは無い。別行動は大歓迎だ。
だけどこれだけは、言っておきたかった。
「五年連続バトルロイヤルに勝ち残った『殺人鬼』を恨んで復讐ね……考えたくないぜ」
「それが条件だ。奴を殺すまで協力して貰うぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます