Battle royale VR ~ミリオン・パンク1999~
シロクジラ
第一章
第一話
◇ ◇ ◇
暗がりの中。銃声と悲鳴が聞こえて、パッチリ目が覚めた。
視界に映るのは安さで選んだ、1LDの裏路地アパートの自室。
ふかふかのダブルベット。二人用のソファとダークオークの四脚テーブル
ビデオデッキと三十二インチのTVに、俺の趣味でもある古臭いパソコン。
隣にはリビングもあるが、カセットコンロや古びた調理器具が並ぶだけだ。
俺がぼんやりと部屋を見渡していると、枕元の携帯が泣き喚く。
通話ボタンを押すと、電話口から怒鳴り声が響いた。
「オノイチィちゃぁん! 早く来てくれよぉ。遅刻だぞぉ!?」
「あぁ”~、クソ……。勘弁してくれよぉ。ケセムゥ」
「勘弁してほしいのはこっちだってぇ。お前が来ないと帰れねぇんだぞっ」
俺は同僚からの催促に仕方ねぇなぁと愚痴ると、ベットから降りた。
幾らバイトとは言え、飯を食ったり趣味に金を使うには働く必要がある。
それが嫌なら銀行強盗なり、マフィアに雇われて殺し屋にでもなるしかない。
俺みたいな一般人は気軽にそんな事はできないので、バイトに精を出そう。
「おーぅ。分かったわ、十分で行く」
「ふざけんな、五分で来いよ!? 半日前に約束しただろ!?」
仕方ねぇなぁと呟くと、小五月蠅い友人との通話を切った。
そのまま携帯からラジオを流して、鼻歌を歌いながら着替える。
青いスーツ、眼鏡。赤いネクタイに革靴。ハンカチ。いつものセットだ。
鏡を見れば色白の中肉中背の男。俺、オノイチの陰キャ丸出しフェイスが映っていた。
「これで準備良しっと……さって行くか、気悪いわぁ」
玄関で靴ひもを結ぶ間も、携帯ラジオでは惨劇ニュースが続いていた。
《本日未明。西部河川敷にて、身元不明の死体が発見されました》
《遺体の状態から見て、人食い豚脱走事件と関連があるとして、警察は事態究明を追っています》
「やだわぁ、どこのギャングの子飼いなんだか。さっさと捕まえろや」
扉を開けると、俺の耳を銃声が叩く。
銃声の方向を見れば、通りを挟んで反対側の一軒家で男が銃を乱射している。
「ブヒャヒャアハヤハハハハッ!!」
「うぉ、ジャンキーじゃねぇかっ!?」
ジャンキーかは分からないが、肩パッドをしたモヒカンの扱いはそんなモンで十分だろう。
俺は階段の壁に隠れながら、階段を降りる。
一階では粗製の麻薬も並ぶ雑貨屋が、いつもの様に沈黙していた。
店主である曖昧な婆さんは、今日も座布団に座ってニャムニャム言ってる。
「新聞。闇市場の」
「五ドルだよ。後、家賃は明後日までだ」
「四ドル置いとくぜ。家賃は今日の仕事で払うわ」
俺が住むボロアパートは、コンクリート廃ビルを改装した……俗に言う不法占拠だ。
通りに面したガラスには嘗て合った探偵事務所の名前が描かれているが、今は俺の部屋だった。
この街の名は、パンクシティ。
あらゆる民族が、サラダボウルの如く入れ混じる非政府地帯である。
建物は勝手に増築され、不格好な町並みの救えないスラムだ。
こんな通りを歩く奴らも、街の景観と同じく頭がイカれた奴らばかりだった。
「三時間、ポッキリ! 三時間ポッキリよ。安くするよ?」
「アタシは女ヨ。見て分からねぇアルか? 頭ぶち抜くヨ?」
「あんぎゃぁぁああっ!」 「ちょっ、待ってぇぇええ」
ナース服を着たおっさんに、学ランを着た中国人らしき女。
その隣を半裸の赤ん坊が、軽快にスケボーで坂道を滑って行く。
背後からは悲鳴をあげる母親が、赤ん坊を追いかけていた。
俺は彼らを横目に、バイト先を目指す。正直、体は安い飯屋を求めている。
だが心は義務感を募らせて、二十年は整備されてない道路を急がせた。
「酷い街やな、本当」
背後で爆音が響く……例のジャンキーが、プラスチック爆弾でも爆破させたか。
俺が天を仰いで溜息を吐くと、胸にズドンと衝撃がくる。
「あっ、ごめんなさい」
「こちらこそ。怪我してねぇか?」
俺がぶつかったのは、頭一つ小さな女の子だった。
黒髪ショートボブの緑目で、年ごろは十五を超えるかどうか。
トレンドマークだろうトレンチコートの中には、ライダースーツを纏っている。
見た目はボーイッシュで、顔立ちはドキっとする位には可愛い。
そんな魅力的な少女だが、俺の顔をまじまじと見ると唐突に口を開く。
「お兄さん……最近恨まれる事した?」
「な、何? スピリチュアル系?」
俺は普段の喋り方を忘れて、阿呆みたいに口を開けたまま言った。
女の子は俺の醜態を見透かす様に薄く笑うが、俺は言い返す事もできない。
彼女のトレンチコートから、ホルスターに吊られた拳銃が顔を覗かせているからだ。
ソレは俗に言う回転式大口径拳銃で、鉄と木材を組み合わせた年代物だった。
「……えっち」
「え? あっ、あぁっ。ごめんごめんっ!?」
人の服の中。しかも女の子を見下ろすとなれば、胸を凝視する形になる。
俺がヘコヘコ謝ると、彼女はトレンチコートを抱きしめて数歩離れてしまう。
そのまま女の子は上目使いで俺を見あげるて、責める様に呟いた。
「ねぇ、お兄さん」
「うん、何々? ナンパ?」
「……死なないでよね」
「はぁ?」
彼女の去っていく背中に、今の言葉を問いただしたいがバイトがある。
俺は義務感に背中を押されて、残りの道を急ぐ……既に約束の五分は過ぎていた。
◇ ◇ ◇
「オノイチ君、今日はA3棚の品出しよろしく」
「うぇーっす」
家から十分で辿り着けるバイト先。脂ぎったコンビニで俺は働く。
今日も店内では、七色のパッケージが自己主張をしていた。
似た様な売り文句で、イマイチ売れない文房具棚。
珈琲だけでニ十種類はある、業務用冷蔵庫の陳列棚。
弁当の商品棚もあるが、この店の弁当は食材が腐っている時もあって人気は無い。
「オノイチくぅん、今日の新聞見た?」
「起きてソッコー来たんで。例の殺人豚のニュースを聞いただけやわ」
俺がせっせと段ボール片手に品出しをしていると、店長が話かけてきた。
彼は人当たりが良く、経営側としては気安い良い友人である。
だが町内会で開かれたハロウィンの南瓜マスクを好んで着用している、悪癖もあった。
頭がおかしい彼と俺は、今日も客が来るまで駄弁りだす。
「近くの銀行で、一昨日に強盗だってよ」
「……へぇ。知らんかったわ。先週、出来た所?」
噂の銀行はここから、通りを三つ離れた場所にある。
スラムには珍しい、ハイソな店だから噂にはなっていた。
セキュリティバッチリ。二十四時間警備員対応と唄っていた筈だ
とはいえ竣工から三時間も経つと、壁がスプレーアート塗れになっていたが。
「怖いねぇ。強盗は他人事じゃねぇぞ?」
「銀行に人は居なかったし、強盗じゃなくて泥棒やろ」
俺が訂正を求めると、店長は首を傾げた。何か違和感を感じる様に。
彼はそのまま店を見渡すと、唯一価値があるだろう金庫に言及する。
「この店に来る奴は金庫目当てなんだから、強盗だろ?」
「それもそうやな」
どっちにしろ俺は一般人。殺し合いなんて御免やな。
働いた金でギャンブルして、新聞でゴシップ記事読むのが趣味なちっぽけな男なんだ。
「あっ、ソレ。廃棄だから持って帰って良いぞ」
俺達の会話も途切れた頃、店長が商品を見て言った。
その商品は中々高値であり、俺は思わず店長を二度見してしまう。
「えっ、良いの!? あざーっす!!」
「何かあったら、それで身を守れよ」
俺は品出し中の手榴弾を、ポケットに突っ込んだ。
売れ残りの手榴弾をてにいれたぞ!
俺は内心でふざけながら、火器売り場の品出しを続ける
やる気が出てきた事もあって、俺は軽い口をペラペラ開いた。
「そういえば店長。来る途中に、めっちゃ可愛い子居てさ」
「おっ、新しい店の話? 若いねぇ」
下世話な店長が、これまた下品なハンドサインを見せてくる。
俺はモテないだろう店長に、漫画みたいな事実を話した。
半分は俺が体験した、特別な日の自慢も紛れている。
「違ぇよぉ~。店に来る途中で、可愛い女の子とぶつかってさぁ」
「食パン咥えてた?」
「チャカを抱きしめてたわ」
店長は「知ってた」とゲラゲラ笑い、俺達の馬鹿話は続く。
火器売り場の品出しが終わる頃には、店長も品出しを終えていた。
体感時間では一時間ほどだが、時計を見れば既に三時間が過ぎている。
昼時……ランチタイムとなれば、コンビニは忙しくなる時間だ。
「今日は何喰うんだ? 珈琲は奢ってやるよ」
「おっマジすか。妙に気前良いじゃん」
「バッカ、お前ぇ。普段は気前悪いみたいに言うじゃねぇか」
俺達はふざけながら、給仕室でフライドチキンを揚げる。
後二時間程で今日のバイトは終了だ。
俺が油の弾ける音を聞きながら、今日の予定を考えていると……外が随分と煩い。
店長も気づいたのか、胡散臭げに呟いた。
「オノイチ。外が騒がしいから見てくるわ」
「うぃーっす。銃要るぅ?」
「ばっか、危なかったらお前置いて逃げるわ」
ですよねぇと呟くが、スラムでは自分の命を守るのは自分しかいない。
それに入口からけたたましい電子音が鳴っている。お客様が来たのだろう。
流石にお客様の前で遊ぶ訳には行かず、俺達は真面目な店員のフリをした。
俺は給仕室に残り、店長は掃除のフリをして外を見に行く様だ。
「「いらっしゃいませ~」」
俺が揚げていたフライドチキンも頃合いである。
チキンをナゲットボックスに放り込もうと、レジに振り返ると……。
「あれ、アンタ……?」
「こんにちわ、お兄さん。さっきぶり」
そこには出勤時にぶつかった可愛い子が、ちょこんとレジに並んでいた。
俺は彼女との思わぬ遭遇に、思わず固まってしまう。
だが女の子もレジに商品を出して何か買うでもなく、レジに並ぶだけだ。
何をするでも無い彼女に、俺は仕方なくコミュニケーションを取る。
「あぁ~、その説はどうも」
「ぶっきらぼうだなぁ。お喋りしたいんだけど、良い?」
ぶつかっただけの可愛い子に、そんな事を言われても反応に困る。
俺は予想外の連続に、周囲をキョロキョロ見てドッキリを疑う。
どうやら友達主催の、悪趣味な告白ドッキリではないらしい。
哀れな俺を見た女の子は呆れて、ナゲットボックスを指さした。
「先にフライドチキン入れたら?」
「あぁ、確かに」
俺は阿呆みたいに頷くと、チキンをナゲットボックスに入れる。
そこまで終わると、俺達の会話はまた途切れてしまう。
仕方なく二人でナゲットボックスを見つめるが、それも限界があった。
この女の子は俺と会話が出来るまで、この場に居座るつもりの様だ。
「えーっとだな。バイト中だから、終わってからでも良い?」
「ボクもお兄さんを困らせるつもりは無いから待ってる」
店長が来たら休憩時間を貰おう。
そう思った時、外から図太い悲鳴と強烈なエンジン音が響く。
続いて急発進したタイヤが空回る音。
俺の背筋に嫌な予感が走り……予感は裏切らずに、外から店内にカッ飛ぶ影が一つ!
「しぇませぇぇん、ハイオク一丁ォオオオッ!!」
軽トラミサイルだっ!
軽トラがコンビニのガラス壁を突き破り、雑誌棚に突入!
雑誌棚がひしゃげて天井にぶつかり、空中にゴシップ雑誌が飛び交う。
軽トラはその惨状を意にも介さず、商品棚をド派手に吹っ飛ばした!
「~~ッ、襲撃っ!?」
「いらっしゃいませぇええっ!」
美少女は軽トラの進路上から逃れようと、壁に並ぶ惣菜コーナーに突っ込む。
だが俺は店員として、お客様に負けない声量で挨拶を返す義務がある。
軽トラの運転手は正面から挨拶を返す俺に、サムズアップを送ってくれた。
だが一切止まる気は無いのか、遂にはレジコーナーを粉砕して俺に迫る!
「当店ではハイオクの取り扱いは、ございませぇん!」
「なにぃぃっ!?」
瞬間。俺は跳びあがり、軽トラのボンネットで前転を披露。
そのまま軽トラは壁に激突。俺は軽トラの天井を転がり地面に叩きつけられる。
転がった先……砂塵まみれの店内は、紛争地帯となっていた。
商品棚は軒並み倒れて、商品が床に散らばって酷い有様だ。
だが幾ら酷くても俺は店員。寝転んだままなのはいけなかった。
「おいっ!! それが客に対する態度かぁっ!? ゲロカス店がよぉっ!!」
「申し訳ありません。新人でして」
軽トラのお客様……って、あの時のジャンキーじゃねぇかっ!?
車のドライバーは家の近所でラリって、銃をぶっ放していたジャンキーだった。
だが今はお客様であり、俺はコンビニ店員。逆らえる筈は無い。
絶叫をあげるお客様が、軽トラをバックさせて店内で暴走する。
「責任者を呼べっ! 慰謝料を要求してやらぁっ!!」
「少々お待ちいただけますかぁっ!?」
絶叫をあげるお客様が、軽トラをバックさせて入口をぶち破る。
漸く軽トラは止まったと思うが、進路上の俺を轢く気だろう。
見れば軽トラのボンネットとタイヤには、赤い血が付着している様だ。
外から店長の悲鳴が聞こえた事から察するに、コイツに轢き殺されたか。
「分かったぁっ!」
ジャンキーが肯定すると共に、アクセルが踏まれる。
外から聞こえたエンジン音と、タイヤの空回りが寝転ぶ俺の耳を叩く。
「分かってねぇじゃねぇかっ!」
俺は何とか起き上がるが……避けるのは間に合わない! 死んだわ。
せめてと俺はこの惨状に文句を言おうと、全力で叫ぶ。
「頭おかしい奴しかいねぇなぁっ!」
「本当にね」
電灯がぶっ壊れて薄暗い店内で、一つの影が俺の隣に立った。
影はトレンチコートを翻し、胸元から牙を引き抜く。
その細長いシルエットは、影の華奢な体には似合わないリボルバーだった。
四四口径。装填数六発。俗に言う大口径マグナムだ。
影が構えるのは刹那。狙いもまばたき程。
「FUCK YOU!!!」
「おい、アンタ……逃げっ!?」
無言で立つ影……否、少女と車の勝負は一瞬だった。
少女の手元から閃光が迸り。続いて引き絞られた銃声が轟く。
赤熱の弾丸が店内の床に直撃、外したかっ!?
否。跳弾する弾丸がタイヤホイール毎、軽トラの前輪を貫く!
「『予想外の大当たり(JACK・POT)』」
「うぉぉおおんっ!?」
車体が蛇行して進路が逸れ……商品棚をジャンプ台に、コンビニの宙を舞う。
軽トラは前半身の重量バランスに従い、運転席から落下!
だが車の勢いは、運転席を雑巾がけしても止まらない。
最終的にはコンビニの壁にメリ込んで、破壊していく。
「言ったでしょ。死なないでねって」
その時、陽射しが差し込み店内を照らした。
朝焼けじみた光に、あどけない少女の横顔と大口径拳銃が浮かび上がる。
「お兄さん。警察が来るみたいだから、ボクは離れるね?」
「えっ!? あ、あぁ……分かったわ」
「終わったら、大事な話しよ?」
トレンチコートを翻し、去って行く彼女の背中は……可愛いではなく美しかった。
◇ ◇ ◇
事件から四時間後。俺は夕方のスラムを歩いていた。
既に警察の事情聴取は終え、全壊したコンビニから追い出され済みだ。
後は帰るだけだが、今日は本当に厄日だった。
それでも違法建築物達に別れを告げる夕日はいつも通り美しい。
この辺りでいつもやっている屋台だってそうだ。
赤ん坊の胴体程もある、ケバブの肉汁が弾ける音。タレと油が焼け焦げる匂い。
「遅くなっちまった。酒場はどこも満席やろうし、飯はインスタントか?」
ケバブが削がれる光景を見てると、よだれが溢れてくる。
でもあの子……俺を助けてくれた女の子の姿は近くに無い。約束は守れそうにないな。
「はぁ。あの子は居ねぇよな?」
「居るよ。随分待たせてくれたじゃん」
俺がぼやいていると、裏路地から聞き覚えのある声が帰ってきた。
振り返ると例の女の子が壁によりかかって、ケバブの包み紙を片手に俺を睨んでいる。
俺はぎょっとした顔を浮かべるが、その反応は良く無かった。
少女の眉が吊り上がり、間違い無く機嫌を更に悪くする。
「すぐに来て欲しかったんだけど」
「ご、ごめん」
「お互いに面倒が無い方が良いでしょ? 時間だって有限なんだから」
和やかな声だった。自然と心を落ち着かせる様な……。
この子が迫る軽トラを一発で射抜く、凄腕ガンマンにはとても見えない程に。
だからこそ続く物騒な言葉に、反応が遅れてしまう。
「それでお兄さん。命を狙われる心当たりはある?」
「へぁ”っ、心辺りィ!?」
少女は俺の上ずった声を聞いて、「これは当たりかな」と呟いた。
俺は少女の剣呑な様子に数歩後退するが、彼女はその分詰めてくる。
そして女の子は俺の目と鼻の先で、見上げてくると首を傾げた。
「もし死にたくないなら、助けてあげても良いよ? 報酬次第だけど」
「報酬って……俺が殺し屋に狙われてるとでも?」
そうだと頷く少女に俺は言葉を窮した。この町で生きてれば命を狙われる心当りもある。
だが報酬なんて唐突に言われても……払える物は無い。
蓄えはまぁまぁあるし、裏路地連中に比べれば金はあるだろう。
だが彼女の満足いく額を支払ったら、何の為に働いていたのか分からなくなる。
「いやぁ無理かな。俺、一般人やし」
少女は納得した様に頷くが、俺を見る目がパンダを見る目に変わる。
俺の友人は大抵が初対面で同じ目をするので慣れっこだ。
「じゃぁ、さようなら」
「待ってくれっ。最後に一つだけっ!」
折角こんな可愛い子に会えたんだから、ワンチャン狙いたい。
男なら当然の本能に俺は携帯電話を取りだして、自分の電話番号を突き出した。
「名前だけ教えてくれ。携帯番号も」
「っぷ。ふふっ。良いよ」
彼女はオマセな雰囲気を捨てて、花が綻ぶ笑顔で笑う。
この朗らかな笑顔が素顔なんだろうか?
まるで恋文を受け取る様な心境で、俺は彼女の名前を教えて貰った。
「ボクの名前はクレープス。お兄さん……ちょっとタイプだから、特別だよ?」
「俺はオノイチ。よろしくな」
俺が名乗ると彼女の声が僅かに弾む。
この街にはいろんな人種の人間が居るから、以外と人種間問題も多い。
今回は逆に人種差がプラスに働いた様だ。
「あっ、日系人? 薄々そう思ってたんだよね」
クレープスは俺の耳元に口を寄せ「ボク。ドイツ人」と耳元で教えてくれた。
俺の鼻孔をくすぐる甘いミルクと硝煙の匂い。雰囲気は和むが別れは変わらない。
「さようなら、お兄さん」
「さようなら、小さな殺し屋さん」
「いいや……ボクは」
短い銃声とマズルフラッシュが、彼女から発された。
「『名手(ザ・ガンマン)』だよ」
視界に火の花束を差し出された様な光景が広がる。
俺の胸に飛び込んだ熱い火花が心臓を貫き、視界は黒く染まっていく。
最後に見た光景は、クレープスが俺に硝煙の香るマグナムを突きつけた姿だった。
◇ ◇ ◇
「うおっ!?」
俺は心臓の痛みと共に跳ね起きるっ! 視界には見慣れた天井が広がっていた。
背中には地面とは違う反発力と、柔らかさ……自室か。
「はぁぁ……バレてたかぁ」
俺は懐をガサガサと漁るが案の定、財布が薄い。
俺と友達で一昨日、銀行から盗んだ金が消えていた。
「うわぁぁ。『次の目標(ジ・ターゲット)』か? 折角、銀行強盗に成功したのによぉ」
俺はベットの枕に頭を押し付けて、数分間はジタバタ暴れていた。
その内に電子音が枕元で鳴り出す。視線を向けると……携帯電話が光っている。
「んだぁ? 落ち込んでるのに」
開けば「メールを二通、受信しました」の文字。一通目はクレープスの名前である。
内容もあの子らしい「GG」の二文字だけ。
成程。俺を殺したクレープスが、財布を漁ったのだろう。
「もう一通は……んぁっ!?」
俺はもう一通のメールを読んだ時、今日が厄日だと再確認した。
しかもとびっきりの、最悪の厄日だ。
「デスゲーム《ミリオン・パンク1999 強制出演のお知らせ》……はぁぁっ!?」
そのメールは、この世界……VRMMOゲームの真の目的にして企画。
二十人の命と百億円を賭けた、デスゲームへの赤紙だった。
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