第二章

第一話


 ◇ ◇ ◇ 三日目 午前八時 四六分


「起きたまえ。どれだけ寝るつもりだ?」

「う、うぅん。疲れたから、もうちょっと……」

「コ、コイツ。厚かましいぞっ!! 珈琲を淹れてやったから起きろっ!!」

「ふぁぁ~、眠ぃ。死ぬ程ヤバい夢を見た気がする」

 目を開けるた場所は、俺のアジトでは無かった。

 アルカリ製薬品臭と湿った本の匂いが充満する、白亜の部屋……病院か。

 無機質な正方形の部屋には家具も無く、あるのは医療機材やら電線コードのみ。

 俺が寝ていたのも、細長くて硬いベットだった。

「良い加減起きたまえ。これからの話をしようじゃないか」

「うん、うおっ。アニキ!?」

 俺が状況を確認していると、珈琲が差し出される。

 隣を見るとそこにはホズ……昨夜まで殺し合っていた『殺人鬼』が居た。

 彼は黒地のスーツに赤いワイシャツを纏っており、全身には治療の跡がある。

 俺の体にも包帯が巻かれており、一応動く事はできそうだ。

「そう呼ばれると、一昔前のテレビを思い出すよ」

「いやぁ、ホズのアニキはもう最強のプレイヤーやからっ!」

 俺のおべっかに、アニキは珈琲をサイドテーブルに置いて薄く笑う。

 クールな佇まいをしているが、良く見ると口元が吊り上がっていた。

 やはり廃人ゲーマー。ゲームの腕前を褒められて得意げだ。

「そうでも無いと言いたいが、私とタイマンで戦えるプレイヤーはもう居ない」

「いやぁ。ホワイトチーム、大勝利っすわ!」

 俺達が親しげなのは理由がある。殺し合う理由が無くなったからだ。

 俺はそもそもホズと戦うのは反対で、相棒のお願いだったから襲撃に参加したまで。

 その証拠に俺は瀕死になると、戦う意思を捨ててホズにパーティ申請を送った。

 彼が笑って了承した所で俺は気絶した訳だが……殺されずに済んだな。

「それでアニキ。ここってもしかして、モンドバレーキャンパス?」

「その付属病院と言いたいが、そうも行かない。治療も見た目だけだ」

 それは仕方ない。このゲームにはHPポーションなんて存在しないからだ。

 寝てもHPはほとんど回復せず、時間経過では治らない。

 HPを回復できるのは、闇医者NPCと一部のジョブだけである。

 だが応急手当をすれば、瀕死状態から回復はできる。アニキが治療してくれたのか。

「この場所が医学科なのは変わらないし、設定上ここを使う事も問題ないがね」

「医者が居ないと……HP一桁じゃ、アニキも戦えないか」

 俺の体に治療跡はあるが、実際のHPは一桁だ。ホズもさほど変わらない。

 そして外には、キュウリのカロリーより低い民度のNPCが大勢居る。

 瀕死のプレイヤーなんて、囲まれて殺さるだろう。

 俺が状況の厳しさに顔をしかめると、ホズは嬉しげに笑う。

「それもあるが、私はスーパーでチェーンソーを盗んだからな」

「窃盗すると警察NPCのヘイト買うからねぇ」

 ミリオン・パンクにおいて、殺人罪は口頭注意で済む。

 だがポテチを一袋でも盗んだ事が発覚すると、刑務所送り……強制ログアウトだ。

 このデスゲームにおいて、ログアウトは死ぬ事に他ならない。

「私は警察が調査を止めるまで、大学内に身を潜めて情報収集をする。外では君が動け」

 OH……タダで助けてもらうなんて無理か。

 でもそうなると、俺が出来る手助けなんて少ないぞ?

「情報収集と、銭集め?」

「そうなる」

 成程。アニキは戦闘以外を俺にやらせたいのか。

 それも分かる。戦闘に特化すれば、自然と他のステータスが低くなるからな。

 そして『殺人鬼』はダメージ特化のジョブであり、汎用的なスキルは存在しない。

 ホズが全力を尽くすには武器を調達して、襲撃先も調べてやる必要がある。

「これは交換条件だ。君は敵の情報を調べる、殺しの準備もだ。戦うのは私がやろう」

「妥当だわな。俺の五人分は強いやろうし」

 というか俺が五人居ても、ホズに勝てる気がしない。

 ステータスもそうだし、スキルも思い切りも違う。

 このゲームにおいて、単独でホズを殺せるプレイヤーはケセムだけだ。

「まずは金勘定?」

「いや先に情報収集をする。私達を狙ってる奴らを調べてくれ」

 続く話はお互いの近況報告と情報交換である。

 何故ケセムがホズを狙ったのか。俺が何故、ケセムに協力したのか。

 ホズは俺の話に対して、悪感情は抱かずに逆に納得さえしてくれた。

 だが俺が『一般人』である事を明かすと、ホズはドン引きする。

「そんなキャラクター構成で、何がしたいんだ?」

「選ばれるなんて思わなかったし。美味い飯食って、ストレス発散出来れば良いなって」

 俺が刹那的に生きてる事なんて、どうでも良いでしょ!

 アニキは俺の話を聞いても、まるで理解していないらしい。

 俺も殺人鬼の考えなんて分からないから、仕方ないな。

 お次はアニキが話す番だが、ステータス及びスキル構成は教えてくれなかった。

「私とは逆の行動理念だが……ある意味丁度良いか。こちらの目的を話そう」

 人を殺したいから参加してるとか止めてくれよ。

 病気の家族を治す為とかにしてくれ。サイコ会話に頭が狂いそうになる。

「私は人を殺したいから、このゲームに参加をしてる」

「ですよね」

 このデスゲームは生き残るだけで、百億円をチームで割って最低十億円は貰える。

 普通はそこでゲームは引退するだろうが、ホズは五年間連続出場中だ。

 金ではない理由で参加している事は、想像に難しくない。

「君が役に立つ限りは、その人殺しが自由に使えるんだ。良い話だろう?」

「マジで良い話だから困るわぁ」

 俺は生き残りたい。だから戦いたくない。

 アニキは殺したい。だから引きこもりたくない。

 俺が調べて準備して、アニキが突っ込んで敵を殺す。

 実にWin-Winの関係である。

「まぁ俺は強い奴に着いて行くぜっ! よろしくな、アニキッ!」

「あぁ、頼むぞ。私の指揮官」

 こうして『一般人』と『殺人鬼』……異色のパーティが結成された。


 ◇ ◇ ◇ 三日目 午前九時 五四分


 俺はモンドバレーキャンパスの近隣にある、地下BARに訪れた。

 だが客席には座らずBARの厨房に入ると、冷蔵庫で隠された階段を更に降りる。

 降りた先は学生ギャング達のアジトに繋がっているのだ。

 コンクリート剥き出しの大部屋は、相変わらず薄暗くて肌寒い。

 灯りはテーブルを照らす吊り電球しか存在せず、床はゴミ屋敷状態である。

 部屋の奥には雑誌の山が埃を被って、鳥の巣を作っていた。

「まさに掃きだめやな」

 俺は部屋を見渡し、お目当てのNPCを部屋の角で見つける。

 二十代男性の姿をした特徴的な刈り上げ君で、頬には盾のタトゥーが刻まれたNPCだ。

「よう、ブラザー。儲けてまっか?」

「えっ、先輩っ!? おいっ、誰か椅子持ってこい!」

 俺の登場に顔を綻ばせるこのNPCは、若手ギャングの顔役である。

 だが俺の後輩という設定もあり、扱いは実に丁寧だ。

 今も俺が椅子に座ると、机上の皿やら空瓶を地面に叩き落として綺麗にしてくれた。

 ゴミの粉砕音が五月蠅いんだけど……コレ無礼じゃねぇの? ギャングの世界は分からん。

「それで今日は、どんなご用件で?」

「情報を集めててよ。『殺人鬼』を追ってる奴らを知らねぇか?」

 質問されたギャングNPC共が、顔を見合わせて難しい顔をする。

 そのまま俺に背中を見せて、ブツブツと相談を始めた。

 流石はダークウェブゲーム。無駄に芸が細かい。

「雑誌の特集で無かったか?」

「ネットで見た様な……どうだったかな」

 ギャング共も相談してくれる。何やら心辺りがあるらしい。

 暫く待っていると下っ端共が、部屋の奥に積まれた雑誌を持ってきた。

 机に置くと僅かに埃が舞い散り、ギャングNPC達が雑誌を手にとる。

 俺も一冊手に取ると中身を読む。すると慌てて下っ端が声をかけてきた。

「先輩っ、待ってて下さい。コークでも飲みますか?」

「今日はラリってられねぇんだ。それよりもっと雑誌くれ」

 この情報収集クエストには落とし穴がある。ここからが本番なのだ。

 初見であれば「NPCが勝手にやってくれるんだ」と思うだろうが、それは違う。

 このクエストは雑誌は集めてやるから、手がかりを探せというクエストである。

 過去の苦い記憶を思い出しつつ、調べる事一時間半後。遂にとあるゴシップ記事を見つけた。

「これって今日のもんじゃねぇか?」

「あぁ、先輩。ソレっすよ。良く見つけましたね」

 記事の内容は三人組のギャング、が『殺人鬼』の捕縛を表明したというモノだ。

 載っていた写真には三人の女ギャング達が肩を組んで映っていた。

 一人は赤紫に近い長髪の髪色を持つ東洋人。コイツは一昨日に死んだらしい。

 中心には白のポロシャツに黒いコートを纏った、赤髪ロングのプロポーション抜群美女。

 ここまでは良い、問題は三人目だった。

「クレープス」

 あどけない顔立ちにオマセなトレンチコート。胸元の拳銃らしき膨らみ……間違い無い。

 デスゲーム直前に出会った、ボーイッシュな美少女。『名手』のクレープスである。

 俺は次のページも開くが、彼女達の身柄や経歴については書かれていなかった。

 どうやらこのクエストで分かる情報はここまでの様だ。

「どうしますか。チームの奴らを呼びます?」

 金を払えば彼らは更に動いてくれる。NPCとは便利な手駒だ。

 だが朝から本気で動くつもりは無いし、ここで止めておこう。

「それよりも、この記事を書いたジャーナリストを調べてぇな」

 記事には三人組の方から、ジャーナリストに接触してきたと書かれている。

 つまりジャーナリストを捕まえれば、三人組の身元も割れる筈だ。

「ジャーナリスト? あぁ人気な記事だしあるかも」

「チームの奴らを使う必要は無ぇけど聞いとけ。俺は資料を調べてるわ」

 さぁ~って、どれだけ時間かかるかね。

 俺はリアルの癖で、目頭を押さえてドライアイ予防をしながら考えていた。


 ◇ ◇ ◇ 三日目 午後二時 二六分


 俺は例の記事を書いた編集社から出ると、すぐ隣の裏路地に入った。

 裏路地は狭く地面には生ゴミが転がっている、最底辺の場所だ。

 俺が壁に寄りかかり頭上を見上げれば、青空の下でネオンが眠りについている。

 ぼったくりBARの区域だったか? 夜じゃなくて良かった。

 こういう場所は一定時間に達すると、ギャング系NPCが沸いてしまう。

 俺は煙草をくわえると、携帯を開いてホズに電話をかける。

「敵の身元が分かったし、アジトも判明したぜ。でも面倒な事になっとるわ」

「早かったな。何かコツがあるのかね?」

 俺は地下BARの更に地下に居る、ギャング達について説明した。

 ホズは随分と奴らを嫌っている様だ。まぁアニキとは趣味が合わないのだろう。

 俺には知ったこっちゃない。何せ俺に迷惑がかかった事は無いからな。

 俺が情報源はそこからだと言うと、ホズはからかう様に電話口でトーンを落とした。

「奴らは碌な大人にならないと思っていたが……」

「誰が生きた見本じゃい」

 ホズは何だかんだ、ジョークの分かる奴だ。

 デスゲームに五回も出てるのは頭がおかしいが、素の教養があるから話も面白い。

 ホズも俺みたいな雑魚に警戒なんて要らないから、フランクに接してくる。

 昨日まで殺し合ってた俺達だが、今では気軽に話せる間柄だった。

「敵は三人組だけど、既に一人殺されてる。今は補充して三人チームに戻ったみたいだけど」

「私が初日に殺した奴が、一人殺したと言ってたな。ソイツだろう」

 初日から動揺も無く殺し合いに移るとか、俺には理解できんわ。

 ホズみたいに慣れてるならともかく、自分が殺される事を考えて無いのだろうか。

 俺の困惑した様子がホズにも通じたのか、情報を共有してくれた。

「運営から招待された、五人チームの一人だ。人数を強みに動いているのだろう」

「あぁ~、招待枠やな」

 招待枠。運営がどこかの組織から、自主的か強制かはともかく五人~十人連れてくる制度だ。

 他にもホズやケセムみたいな、トッププレイヤーにも声はかけられる。

 俺みたいな巻き込まれたプレイヤーには関係ないな。

「問題はこっからだよアニキ。三人組は仲間の報復に、他のチームと合併したらしい」

「五人チーム……あぁいや、初日に私が一人殺したから四人チームが相手か」

 ジャーナリストを脅したら、簡単にポロっと吐いたから確かだ。

 嘗ての五人チームは随分派手に動いたらしく、恨みを持つ他二チームも動いてたらしい。

 結局は三人組と他二チームが合併し、五人チームを強襲。複数名が死んだとか。

「潰し合ってくれるのはありがたい。私達が最後まで生き残れば良いからな」

 分かるわ。俺だって敵は弱らせてから殺す。

 俺達は二人できゃっきゃ言い合うが、まだ面倒事は終わってない。

「三人組はまだアンタを狙ってるらしいぜ。動機は不明」

「困った話だな。私はこれでも紳士で通ってるんだが」

 俺達は電話越しに、うーんと唸りながら悩んだ。

 アニキは強い。とんでもなく強い。戦闘ならまず負けないだろう。

 だがミリオン・パンクで、重要なのはスキルである。

 何せステータスが一定差あると、確定勝利できるスキルすらあるのだから。

 三人も居れば、そういうスキル持ちが居てもおかしくない。

「五人チーム、いや今は三人か。ソイツらと組むのはどうや?」

「私がソイツらの仲間を殺している。今更組むとは考えづらいな……君じゃぁあるまいし」

 酷ぇ事言いやがる。問題は言い返せない事だな。

 それにホズから嫌悪感は感じない。冗談の範疇だろう。

 そしてアニキの方針も決まった様だ。「三人組を四日目までに殺す」と。

 俺には意外だった。バトルロイヤルなんだから放置推奨だろ。

「普段はそうだが……初日に二人、二日目に三人、今日で最低一人。合計六人死んでいる」

 そう言われると今回のデスゲームは、随分と激しいなぁ。しかも俺達の敵は多い。

 残りの十四人中、三人組と四人招待チーム。併せて七人と敵対してる訳だ。

「三人組が四人組に。最悪、五人組に増える前に殺した方が良いと?」

「時と場合によるがね。私は三人までは勝てるが、四人相手は負けるだろう」

 それはそうだ。頭がクレバーな相棒は話がしやすい。

 ホズは電話超しに何かを悩んだ末に、俺に新たな指令を寄越した。

「まずは治療だ。君は金を稼げ……私の方で闇医者は押さえる。治療をして武器を買って」

「後はハックアンドスラッシュ?」

「あぁっ。楽しくなってきたぞっ!」

 いやぁ、頭おかしいわコイツ。最高に頼りになるぜ。

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