第二話


 ◇ ◇ ◇ 三日目 午後九時 二三分


 下町とスラムの境。パンクシティの中央部は高層ビルが建ち並ぶ、資本主義の世界だ。

 ビルの照明達は夜空の星々の代わりに、今日も眩い輝きを放っている。

 だが今の俺には景色を楽しむ余裕なんて無い。

 愛車で公道を、時速150キロオーバーの大爆走中だった。

「本当に大丈夫か、君ィっ!?」

「大丈夫っすよ、アニキィ!! 強盗の常套手段っすから!!」

 俺が走らせるまん丸ボディの愛車には俺一人で、アニキは乗っていない。

 だが胸ポケットの携帯電話から、フリーハンド通話で通じている。

 ジョークでも飛ばしたいがハンドルがブレるわ、タイヤがスリップしてるわで余裕がない。

 リアルの俺ではこんな運転できないから、システムアシスト様々だ。

「行っくぜぇえっ!」

 愛車が公道のガードレールをぶち破って、橋から転落しつつ宙を穿つ!

 俺の全身が重力から解放され、股間がヒュンと冷えて走馬灯が流れる。

「うわぁぁああA”A”ッ!」

「オノイチッ、死んだかっ!?」

 フロントガラスに映るのは、公道と平行に併設された大型スーパーの屋上だ。

 俺は砲弾になった気分を味わいながら、重力に従ってスーパーの屋上に着地する!

 同時に屋上に設置されていたダクトに、俺の愛車が直撃っ!

「HYAHAっ!!!」

 衝撃でフロントガラスが割れ、車内に強烈な衝撃が走った。

 だが俺の愛車は総重量400キロを超える鉄の砲弾と化している。

 既にダクト風情に止められる代物では無い。スーパーの屋上で俺は風となろう。

「こっからじゃねェか、アニキィッ! ド派手な火花をあげてやろうぜ!!」

「本当に大丈夫かっ。ラリってないだろうな!?」

 屋上は五百メートルはあっただろう。そこには無数のダクトと、ゴミ箱等が設置されていた。

 だが鋼鉄の砲弾と化した軽自動車が、その全てをスクラップに変える。

 壊す度に瞬く火花を貫く光景は、光のワープゲートを通る様に幻想的だ。

 俺の脳が死を予感して、アドレナリンの過剰放出する。

「ド派手に散ってやるぜぇえ!」

「散るな、散るなっ!! 帰ってこいっ!!」

 ガードレール突破で下がった速度が、ダクトの破壊と引き換えに取り戻される。

 そして加速する景色の終点に、スケボーで使うジャンプ台が見えた。

 この状況でやる事は一つ。一気にアクセルをベタ踏みだ!

 俺の愛車がジャンプ台にノーブレーキで突っ込み……宙を飛ぶっ!

「アニキィイッ!」 

「逝ったかっ!?」

 公道からスーパーの屋上へ、ジャンピング路線変更をしたのとは訳が違う大ジャンプ。

 視界を圧迫していた高層ビルからも解放され、景色が無限に広がっていく。

 俺は重力からも嫌な現実からも、命がけのゲームからも解放されていた。

 だが悲しきかな。蝋の翼でも飛べないのに、鋼鉄の軽自動車が飛べる筈が無い。

 作戦の第一幕。最後のフィナーレがやってきた。

「かますぜぇえっ!」

 スーパーから道路を挟んだ向かい側の高層ビルには、高級ブティックやレストランが入っている。

 空を飛ぶ俺の愛車が、そんな高級店の長廊下へと壁をブチ破り入店するっ!

「きゃぁぁああああっ!?」

 断末魔にも似たガラスの破裂音が耳を叩く。つんざく悲鳴はブティックの客のモノか。

 更にはガラスと車体がぶつかり合い、車が爆発したかと錯覚する程の火花を発する。

「金持ちの皆さぁんっ! 邪魔するぜぇっ!?」

 サイドブレーキを引いて後輪を固定。殺人的な重圧が俺にのし掛かる。

 慣性の法則に則り、俺の愛車は廊下に美しい円と醜い車輪跡を残してスリップしたっ!

 視界は回転を続け、遂に求めていた看板が見えてくる。

「してやったぜぇっ!」

 スリップする車体が、廊下突き当たりのガラス壁をぶち破るっ!

 ブティックに入店した愛車は車体を真横に傾け、スライドブレーキ気味に止まった。

「おっ、皆さん。邪魔しや~す」

 俺はフラつく体で愛車から這い出ると、見る影も無い店内を見渡す。

 濛々と立ちこめる砂塵には、タイヤのゴムの焼ける匂いが漂っていた。

 視界も嗅覚も悪いが間違いない。ここが目的の場所、高級宝石店だ。

「お代はテメェらの命だ。さっさと金をよこし……な? え? どうしたんだコレ」

 おかしい……ショーウィンドーが割れてるのも、宝石が地面に散らばっているのも想定内だ。

 店員が転がっているのも同様だが、何で店員がロープで縛られている?

「ゥ、な、何が。何が俺様に何が起きたんだ?」

「無事が奴がおるやないか。俺の言うことを聞けやっ!」

 車で入店時に壁際に居たのだろう、倒れていた黒づくめの店員が起き上がる。

 俺は懐から拳銃を抜いて警告するが、その店員の手には散弾銃が握られていた。

 それに肌が黒い……違う。黒い目出し帽を被っているのか?

 最近の高級店は、店員が目出し帽を被り散弾銃を手に接客するらしい。

「帽子なんぞ被りやがって、接客が成って……動くなっ。撃つぞっ。脅しじゃねェ!」

 脳裏にある可能性が浮かぶ……強盗か、コイツ?

 その証拠に、周囲には店員達が縛られて放心していた。

「俺、まさかやっちゃいました?」

 俺はどうやら強盗されている宝石店に、強盗してしまったらしい。

 どうしたものかと悩んでいると、目出し帽さんが呟いた。

「お、おいっ。貴様。幾ら要る?」 「……?」

「金は幾ら必要だと言ってるんだっ!?」

 てっきりイベントに巻き込まれたのかと思ったが……プレイヤーかコイツ。

 最悪である。さっさと殺した方が良いか?

 だが事態はドンドン、悪い方へと転がっていく。

 階下からパトカーの、レッドアラートが聞こえだしたのだ。

「時間が無いっ。答えろっ!」

「……少し考える。待て」

 まず強盗をすると、警察NPCが来る。リアルと一緒だ。

 俺はそれを嫌い愛車で入店した。強盗したら車で逃走をする為である。

 リスキーではあるが、HP残り一桁の俺にはこっちの方が安全だった。

 対してこの男は入店する前から強盗をしていたらしい。

 そして俺は巻き込まれてしまった訳だ……プレイヤー同士で、争っている暇ねぇな。

「四万ドルだ。現金じゃなくても良いぜ」

「多いなっ!? 分かったから俺も車に乗せろっ!」

 本当に必要なのは三万ドルだからな。

 目出し帽からバックが差し出され中を開けて確認。四万ドル位の宝石が詰まっていた。

 俺はロープで縛られた店員達を無視して、周囲のショーウィンドーを見渡す。

 商品は砕けていたり、衝撃でヒビが割れてそうなモノばかりだ。売り物にはなるまい。

「ノった。さっさと車に乗れ!」

「貴様が俺様に命令をするなっ!」

 俺は華奢な男に肩を貸して、愛車の助手席に乗せた。

 既に警官隊は突入しているのか、下から怒声や足音が聞こえる。

 銃撃戦となれば、俺の命は間違いなく消えるだろう。急がねば。

「アンタッ、歯を食いしばれよっ!」

 俺は運転席に乗り、入ってきた穴とは別の壁へバックする。

 本日三度目の、ガラスが割れる破裂音っ!

「……やっぱナシっ。俺様を降ろせっ!」

 隣では黒目出し帽が文句を言っているが、気にしない。

 宝石店から車毎出た愛車は、車輪跡が残る長廊下を勢いよく飛び出す。

 廊下から店内の窓まで、十分な距離が出来たな……よしっ!

「なら飛び降りて良いぜ」

 俺の愛車のエンジンがラリった様に絶叫し、タイヤを空回りさせて急発進する!

 一瞬で後方へと遠ざかる室内。椅子を砕くと悲鳴が挙がったっ!

「そういう事じゃねェよっ!」

 黒づくめの男が叫ぶと同時に、俺の愛車が宝石店の最奥の壁をぶち破る。

 本日三度目の空中遊泳を試みよう。

 俺は慣れていたが。黒づくめは舌を噛んだ様で絶叫が響き渡った。


 ◇ ◇ ◇ 三日目 午後九時 五七分


 俺達のランデブーは、高層ビル群と下町の境。大川立橋下の土手で終わりを迎えた。

 そこは蛍の光にも似た高速ビルの明りが遠目に見え、頭上には巨大立橋の腹が見える河川敷だ。

 立橋の下を流れる川に車を止めて、川を覗き込むと夜のせいか底なし沼にも見える。

 ここまで来れば大丈夫だという根拠は、黒づくめの男の犯行計画だ。

 幾らデスゲーム中とはいえ、自分の命を賭けてまで俺を警察に引き渡さないだろう。

 俺は愛車を川辺に止めると車内から出た。見れば愛車のボディはボコボコになっている。

「貴様は少し待ってろ。着替えてくる」

「あいよ。荷物は全部出しとけよ」

 黒づくめの男がスポーツバックを幾つか車から出す。勿論、俺の分は渡さない。

 男は俺を見て舌打ちをすると、河川の茂みへ向かった。

 俺は奴の背中を見送った後で愛車のエンジンを吹かす。排気ガスが疲れたと弱々しくぼやく。

 俺はハンドルを優しく撫でた後に、クラッチを踏んでギアを上げる。

「今までありがとよ。お疲れさん」

 まん丸な軽自動車はゆっくり動き出し、真っ直ぐ川へ落ちて行く。

 お気に入りの車種なので、心は痛むが良くやってくれた。

 二十四時間後の五日目に、俺の車庫でリスポーンしてくれ。

「湿ってやがる、クソッ。帰ったらまた着替えねぇと」

 俺が黒づくめの消えた茂みに押し入ると、まだ着替え中なのか声が聞こえる。

「よう、まだ着替えてる?」

 結露で湿気った青臭い茂みの奥には、上半身を脱ぎ終えた青年が居た。

 目だし帽を被っているせいで顔は分からないが、中背で細身な筋肉質だな。

「何覗いてんだ、阿呆っ!?」

「んだよ、男同士。気にする事ぁ無ぇだろ」

 銭湯にどうやって入るんだコイツ……俺は肩をすくめると背中を向けた。

 奴の散弾銃は俺の足下にあるし、問題はないだろう。

 改めて川辺の土手下を見渡す。中々綺麗な光景だ。

 流水のせせらぎは風を冷やして、体の火照りも宥めてくれる。

「名前を聞いてなかったな。俺はオノイチ。アンタの名前は?」

「クローチェ、プレイヤーネームはクローチェだ」

「クローチェねぇ。こっからどうする? お喋りでもして帰るかい?」

 嘘である。俺はさっさと帰りたかった。

 ホズが闇医者を押さえているのに、敵かもしれない奴と一緒に居たくない。

 だがクローチェに重傷だと悟られるのも困る。

 俺はブラフをキメたが、焦っていたのか失念していた。

 このゲームの民度は最悪なのだという事を。

「そうだな、とりあえずお前が持ってるバックを返して貰おうか」

 俺の背中に硬く細いモノが押し当てられ、ゴリっと音がする。

 その硬い感触に、冷や汗がドッと溢れ出した。

「何で、何でだ? 散弾銃はまだ俺の足下にあるぞ」

「バックの中に予備の拳銃程度、入れてあるさ」

 中々用心深い。俺は思わず感心したが、現実逃避でしかない。

 俺は余裕なフリをしつつ、手の震えを隠す為にポケットに突っ込む。

 奴は俺の事を知らない筈だ。俺と戦うのは嫌だと思わせなければいけない。

 俺はなるべくクールなフリをして、強気に出た。

「この体勢から、抜き打ち勝負でもするかい?」

「そう言うな。貴様には借りがある。車を借りたという借りがな……見せてやるよ」

 俺の視界の隅に、ディスプレイが浮かぶ。ステータス画面だ。

 見覚えの無いテクスチャだな。俺のモノでは無い……クローチェのモノだろう。

 そこには幾つかの文字と数字が描かれていた。読めない文字もあるが数字位は俺にも分かる。

「俺の総合『戦闘』ステータスは一三。トッププレイヤーって奴だ」

 俺はステータスは全て平均値の五です……にしても一三だと?

 ケセムでも一二前後。ホズでさえ、一五を超えるか分からんのにあり得ないだろ。

「へぇ、中々強ぇじゃん」

「お前は幾らだ? 戦闘職の平均値九か? それとも非戦闘だとして五か?」

 俺は視線だけで、ディスプレイを確認する。


【プレイヤー:『???』クローチェ】

LIFE  【前科:九 扶持:四 魅力:四 学歴:四 戦闘:四】

BATTLE【体力:? 精神:? 敏捷:? 命中:? 筋力:?】


「お前が銃を抜けば、腕をへし折り心臓を撃ち抜く」

 だから黙ってバックを寄越せ。そう嘯くクローチェを尻目に俺は困惑する。

 もう一度確認してみよう……変わらねぇな。大体把握した。

「なぁ、クローチェ」

「命乞いか? 惨めなモノだな、弱者というモノは……」

「お前のジョブ、『詐欺師』やろ。ステータス誤魔化せてないぞ」

 ステータスを誤魔化せるスキルを持つジョブは、『泥棒』と『詐欺師』の二つ。

 だがクローチェのジョブは、『詐欺師』だろう。

 それは『詐欺師』のデメリットスキルにあった。

 『義賊(ダーク・ヒーロー)』。効果は一般人系列のジョブにスキルが使えなくなる。

 俺のジョブ『一般人』も、その範疇に含まれているのだ。

 つまり今のクローチェは俺と同じ、雑魚でしか無い。

「使ったスキルは『はったり屋(ブラッファー)』か?」

「……何を言っている」

 ステータス隠蔽は『詐欺師』の代名詞だけど、相手が悪かったな。

 俺の最後通告を前に、クローチェは声が震えていた。

 互いの会話が途切れ、頭上から聞こえる車両の駆動音が耳を叩く。

 先に口を開いたのはクローチェだが、その言葉で俺達の運命は決定づけられた。

「勘違いをしているな。俺様のジョブは『英雄』だ」

「ソイツは既に死んだぜ。俺の相棒が殺した」

 俺達は橋で起きた謎の爆発音を合図に、一斉に動くっ!

 俺は時計回りに旋回して、背中に突きつけられた銃口を外す。

 同時にポケットの拳銃を抜いて、背後へ突きつけた!

 銃口先のクローチェは何をするでも無く、両手をあげている。

「漸く会えたなぁ。クローチェ」

「そうか? そうだったかもな。オノイチ」

 クローチェは同年代の貴公子然とした、ラテン系の青年だった。

 襟足が肩まで伸びた綺麗なブラウンヘアーに、缶バッジ付きのニット帽を被っている。

 服は体型を主張する様な、青いインナーに赤いメンズパンツ。

 全体的にカジュアルな印象を受けるが、警戒を解く訳にはいかない。

「銃をどこにやった」

「俺様の銃は、貴様の足下にあるだろ」

 ……銃が落ちた音がしない。

 落ちてくる雰囲気も、隠す気配も隙も無かった。

 『詐欺師』のスキルには、モノを隠すスキルは存在しない筈……何故?

 思い悩んだ俺の脳内に、最も愉快で不愉快な解答が思い浮ぶ。

「……最初から、拳銃なんて持ってなかった?」

「中々サマになっていただろう? BANG!! BANG!! ってな」

 クローチェが両手を挙げ、右手の人差し指と親指を伸ばして拳銃を形作る。

 茶目っ気たっぷりなその様子に、俺は空いた口が塞がらなかった。

 コイツは武器も何も持たず、拳銃のハンドサイン片手に脅しにかけたらしい。

 まさにイカサマである。

「一応聞いておくぜ、ブラザー。アンタのチームカラーは?」

「……レッドだ」

 クローチェが渋い顔で答えたチーム名は俺の敵だった。

 俺が無感情でクローチェの顔を見つめていると、奴の顔に冷や汗が浮かぶ。

 遂に根負けしたのか、口を開くが俺のやる事は一つだ。

「あ、お疲れ様で~す」 「バカっ!?」

 俺は『詐欺師』の武器たる舌が動く前に、迷わず引き金を引く。

 クローチェが馬鹿野郎と叫ぶ口めがけて、撃鉄で叩かれた弾丸が放たれ……無いっ!

 違う……俺の指が動かないのか!?

 それは引き金を引く瞬間に、とある声が聞こえた所為だった。

「『撃たないで』」

 凜とした女の声が、俺の指先を縛る。

 物理的な拘束では無い。俺自身が引き金を引く事に、生理的な嫌悪感を抱いているのだ。

「遅いぞ。アングイス」

「ごめんね、クローチェ君。でも間に合ったみたい」

 声の方向を見ると、アジア美人が立橋にもたれかかっていた。

 三つ編みの黒髪に、光る蔓のヘアピンが特徴的な美人である。

 純白のYシャツと黒のスラックス。疲れたOLみたいな憂いを帯びた表情。

 大きな胸がテントを張っており、尻の形も大きくまろやかだ。

「ふぅぅ~参ったな。アンタらチームで動いてたのか」

 俺は冷静を装って、持っていた銃を下ろした。

 女も俺達に近づいてくるが、こんなに完成されたプロポーションは見た事が無い。

「えーと。君は敵の人かな?」

「アンタのチームカラー次第やな」

 俺はアングイスと呼ばれた女を見つめながら、何度も銃の引き金を弄ぶ。

 美形のクローチェの顔を見て殺意を滾らせ、いつでも撃てる様に備える。

「それならクローチェ君を殺そうとした、君の敵だね」

 俺の中にあった殺意と敵意が、すっと抜けていく。

 間違いない。『隷属』のデバフを与えられている……マズイ状況だ。

「……分かったよ。クソ」

「ありがとう。君は優しい人なのかな?」

 『隷属』は相手の言う事を聞きたくなる。だが攻撃するなという命令は効きやすい。

 少なくとも俺はアングイスを見ると、心臓が高鳴って攻撃できない。好きだ。

 でも一つだけ、不可解な点もある。『隷属』は強い興奮か高い好感が必要なのだ。

 一目で『隷属』させる事は不可能に近い。実際にクローチェも訝しんでいる。

「貴様……いつオノイチを『隷属』させた?」

「それは秘密。幾ら同じチームでも、手の内明かす訳が無いでしょ?」

 アングイスが俺を見ながら言ったその瞬間、俺の脳内に電流が走る。

 俺のデメリットスキル『流行好き』の所為か!

「成程。今回はアンタかぁ」

「うん、そういう事だよ。時間一杯だったけどね」

 俺のデメリットスキル『流行好き』は『一般人』のデメリットスキルだ。

 効果はランダムな対象から四十八時間、『隷属』を受けてしまう。

 その対象に敵チームが選ばればこうなる。

 俺は殺さなければ行けない奴らを前に、銃を抜く事さえ難しい。

「おい、俺様にも分かる様に話せ」

「これも秘密」

「ッチ……まぁ殺せば良い話だ。どうせ敵チームだしな」

 逃げるか? いやぁ無理だろ。一緒に居ろという、命令の成功確率は極めて高い。

 というか命令されなくても、体が一緒に居たがっている。

 だけど俺がコイツらに攻撃出来ない以上……あぁ詰んだ。

 絶体絶命の俺だが、救いの手を差し伸べたのは予想外な相手だった。

「いいや、それもダメ」

 クローチェが拾った散弾銃の銃口を、アングイスが叩いて逸らす。

 俺もクローチェも驚いて、動きが止まった。

「貴様。何をするっ!? オノイチの動きを見たろ、敵チームだ!」

「私にも事情があるの。それとも君は、私を部下だと思ってる人?」

 クローチェが苦虫を噛み潰した様に顔を歪めた。

 恐らく奴は理解していないだろうが、俺には分かる。

 彼女は『流行好き』の件で、俺が最弱のジョブだと気づいたのだろう。

 そして何かに利用したいのだ。何かまでは分からないが好都合である。

「分かっている。俺様達はチームだ……でも銃撃戦になれば」

「その時は殺そう。どうせ今回も、クローチェ君が仕掛けたんだろうけど?」

 俺はさっさと帰りたい。

 クローチェはアングイスに貸しを作れる。

 アングイスは、俺を何かに利用したい。

 三者三様。互いの利益は見えたな。

「それじゃぁ、貴様は帰れ」

「分かってるさ。相棒が待ってるんでね」

 俺がクローチェの隣を過ぎ去る、すれ違い様にクローチェが呟いた。

 言葉に宿った冷たい殺意は、夜風にも負けない程に鋭く俺に突っかかる。

「オノイチ……次は貴様の脳天に不意打ちでブチ抜いてやる」

「やってみな。外したら命は無いぜ」

 俺達の別れを惜しむ様に、風が一度だけ吹いた。

 言いたい事は終わり……オノイチはハードボイルドに帰るぜ。

「あ、オノイチ君。君って携帯電話番号とか、交換出来る人?」

「できまぁす」

 愛する美人から、アドレス交換なんて頼まれたら断われねェぜ!

 俺達がきゃっきゃと戯れる姿を、クローチェは怠惰なパンダを見る目で睨んでいた。


         【運営より お伝えします】

        【Wチーム:一名 ログアウト】

     【残りRチーム:七名 Wチーム:七名】


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