第三話


 ◇ ◇ ◇ 四日目 午前一一時 五三分


「いやぁ、眩しいっ!」

「十二時間ぶりの朝日だ。堪能しようじゃないか」

 俺とホズは大学の医療室より、グレートが二つ下がる病室で同時に起きあがった。

 病室はボロい。壁にはカビが生え、張られたポスターは色あせている。

 寝ていたベットもカバーは破け、シーツからは消毒液の匂いが漂ってきた。

 窓から日差しが差し込む以外に、良い所が見当たらない。

 それもその筈。ここはギャング御用達の闇医者診療所で、昨晩二人で訪れたのだ。

 俺達は一頻り健康を喜びあうと、ベットに腰をかけ状況確認を行う。

「HPはお互いに七割。アニキは『主役』でHPが元々多いし問題無し……と」

「この程度あればな。それよりも二万ドル失った方が痛いぞ」

 俺が命を賭けて手に入れた四万ドルは、半分も闇医者に持ってかれた。

 だが治療行為は一部のジョブにしか出来ないので、俺達はここを利用せざるをえない。

 とんでもないヤブだが、このゲームはNPCの民度が最悪だから仕方ないか。

 今も窓の外からはギャングの喚き声と銃声が、BGMとして聞こえる位だ。

「ボッタクリ過ぎやろっ!」

「それでも現実の医療費に比べれば安いがな……」

 俺は時間もあるし、ホズと別れた所から報告する。

 ギャング団のアジトでゴシップ記事を読み、その記者を当たった事。

 記者からホズのアニキを追う奴らの、身元を調べ上げた事。

 その後に宝石店に強盗を仕掛け、クローチェと事を構えた事。

 長い一日の説明を俺が語り終えた時、ホズの顔に笑みが浮かんだ。

「成程。やられたな、オノイチ君」

「本当つれぇわ。まさか銃持ってるハッタリをかまされるなんて」

 ホズはそうじゃない。と首を横に振った。

 おん? 俺は意味が分からず首を傾げる。

 クローチェの事で間違いなさそうだが、ホズは何に気づいたんだ?

「クローチェは随分と消極的な動きだったね?」

「まぁ、戦闘職じゃないし」

「それにしてもだよ。複数人で強盗をしていないのはおかしいだろう?」

 確かに。普通は強盗をする時、バレやすくなっても複数人で行う。

 一人では銃撃戦に限界があるからだ。

 なんなら犯罪行為にアシストが入る『前科』が少なくともMPで強行突破もできる。

 ホズは俺が考え込んだのを見て、「私の推測だが」と前置きを置いて言った。

「恐らく奴らも、私達と同じだったんだ」

「……は?」

「つまり奴らもHPが減ってて、闇医者にかかる為に金を集めてたんじゃないか?」

 俺の脳内に昨日の記憶が蘇る。

 クローチェは何度も俺を殺せる状況に居たが、いつも戦いを避けていた。

 殺すのも俺が攻撃出来なくなった時だけ……。

 金を返せば見逃すとまで言い出す始末。

「君が調べた通りなら、奴らも『徒党』狩りをしていた筈だ」

「つまりこういう事か? 俺は何だかんだ勝った気で居たけど……」

 クローチェは元から、戦うつもりが無かったと?

 正確には戦う事が出来なかった。

 あの時、奴を殴るだけでも殺せたかもしれない。それをみすみす……。

 ホズは悪戯気に頬を吊り上げると、俺にトドメをさす。

「実際には一勝一敗。一引き分けって訳だ」

 俺は頭を抱えてうめき声をあげた。

 ホズは引き分けだと言うが、俺からすれば敗北感しか無い。

「まぁまぁ。愚痴はその辺にして、今の話をしようじゃないか」

 それはそうだ。まだバトルロイヤルは終わっていない。

 俺は懐から携帯電話を取り出すと、本日の朝に来たメールについて報告する。

 携帯電話には、一度しか会った事の無い女の名前が浮かんでいた。

「実は連絡先交換した女から、情報提供を受けてさぁ」

「ほう? 敵チームかい」

 俺は携帯をピコピコして、寝てる間に来たメールを開く。

 リアルと比べて百年前の古臭い携帯だが、このゲームでは最新機種である。

 内容はホズを狙う三人組が持つアジトのタレ込みだ。

 メールには、アジトのセキュリティも解除してやると書いてあった。

「つまり攻め込むのはこっちでしろと?」

「そういう事」

 百年前の携帯には写真を送る機能は無いから、説明は文章だけである。

 だがメールには高層マンションのセキュリティを、一時間だけ解くと書かれていた。

 他には文字で簡単な見取り図に、逃走経路まで……至り付くせりである。

「気は進まないな。メール主が我々をハメて、待ち受けているのでは?」

 ホズに言われずとも理屈は分かるが、それでは少々困るのだ。

 ここまでお膳立てされて「やっぱり止めました」は信用されなくなる。

「何か案があるのか?」

「俺が忍び込んで、細工してくるよ」

 俺は三人組の一人、クレープスのフレンドである。

 会いに行って話をするのは、おかしな事じゃない。

 ホズは変わらず俺の提案に難しい顔をしたが、彼は頭が柔軟で損得勘定に聡い。

 悩んだ末に出した結論は、GOサインだった。

「ふぅむ。話に聞く限り、まだガキか……何とかなるか?」

「どっちにしろアニキが落ちて、俺が一人残っても死ぬんだ。俺が動いた方が良いだろ?」

 今のホズからすれば、俺は浮いた駒だ。価値が減っている。

 治療は終わり、ホズを狙う奴らの情報も調べ終えた。

 残る敵チームを調べる位は出来るが……重要視しているのは三人組。

 だから続くホズの言葉も、想定の範囲内だった。

「分かった。君は三人組のアジトに潜入し、私が侵入出来る様に仕込みを行え。方法は任せる」

 それらは普段のゲーム中でも、良く有る仕込みだ。

 適当にNPCを脅迫して鍵を奪えば、一丁上がりである。

「それが終われば……私が突っ込む。その間は自由にしていて良い」

「おっ、マジで?」

「来られても困るぞ。君は足手纏いだ」

 まぁ、『殺人鬼の盾』を使われる未来しか見えないしな。

 実利面でもホズ一人で十分だし、彼の趣味もある。放っておこう。

 俺は戦わずに済む言い訳を頭の中で構築し終える。

 そしてそれなら……とホズを拝んで我儘を言った。

「んじゃ、一万ドルで良いからっ。小遣いちょうだいっ!」

「……武器を買おうと思っていたんだが」

「いやいや、ホズのアニキ。二万ドルの内、一万ドルあれば買えるじゃんっ!!」

 ねーねー良いでしょ~。駄々を捏ねる俺を見て、ホズはため息を吐くと頷いた。

 よっしゃ一万ドルもあれば、大抵のNPCは札束で頬を叩ける。

 俺は指を折って、一万ドルでどう遊ぶかを考えた。

 どうせ四日目が終われば装備更新で消えてしまうのだ。ぱぁっと使おう。

「はぁ……組む相手を間違えたかね」

「そう言わないでよぉ。俺、頑張ったじゃん」

 それでもホズ的には、及第点だったらしい。

 俺は殺されず、このまま盟約は続行される事になった。

 俺も落第点を出して殺されなければ、それで良い。

 そうして報告会は終わり、俺達は病院を出る。

「では三時間後に。成功しても失敗しても、メールをくれ」

「了解。そんじゃ三時間後に」

 俺はポケットに手を突っ込みながら、頭の中で作戦を組む……何とかなるな。

 後はやるだけ、やってみるだけだ。


 ◇ ◇ ◇ 四日目 午後二時 二分


 俺は小さなエレベーターから出ると、ホテル顔負けの豪華な廊下を歩く。

 床には上品な高級マット。壁には幾つもの絵画が飾られている。

 廊下に一定の距離で顔を合わせるドアが、一般人である俺の来訪を睨んでいる様だ。

 現在の俺は三人組のアジトに潜入し、部屋番号を目指している最中だった。

 最初はどんな所かと思ったが、凄まじい高級賃貸マンションだ。

 一階は電気屋で、店内奥のオートロックエレベーターから上の階層へ上がる。

 エレベーター自体も、動かすには四桁のパスワードを入れないといけない。

 鉄壁のセキュリティと言える……本来ならば。

「全部教えられてるんだもんなぁ」

 オートロックはタオルを噛ませてあり、エレベーターはパスワードを教えられていた。

 俺は特に何もしていない。これなら猿でも出来る。

「俺もデスゲームに勝ったら、こんな所に住むかね? 日本じゃ無理か」

 俺は気怠げに廊下を歩いていたが、胸ポケットの携帯へ新たなメールが届いた。

 内容は「アジトの鍵は開けておいた。後はご自由に」と随分とそっけない。

「ここまでしてくれるなら、護衛してくれやぁ」

 人間とは不思議だ。辛い時には僅かな幸運でもありがたいのに、慣れると当然だと思う。

 これに慣れると不幸になる……と考えていると目的地についた。

 木目の綺麗なドアに、黒地のプレートがかけられており118と書かれていた。

 足下を見ればこのドアにもタオルが噛まされている様だ。

「良い所に住んでんなぁ。『扶持』特化かぁ?」

 その部屋はベージュを基調とした、染み一つ無いモダンルームだった。

 警戒も兼ねて部屋を一通り見たが、部屋数は少ない。

 代わりに部屋の全てが、十畳を超える程に広かった。

 家具も部屋に相応しい、丸みを帯びた良品質品ばかり。

 いたる所に飾られたハーブブーケの良い匂いも併さり、余計に高級感がある。

 部屋を一回りすると、不釣り合いな物を見つけた。二十八枚のコピー用紙の束だ。

 書かれている内容はホズの身辺調査に、バトルロイヤル中の行動報告書である。

 一日二日で調べられる量では無い。前々から調査していなければ分からないだろう。

「不用心だなぁ、見られたらどうすんだっての。打ち合わせにでも使うつもりか?」

 相手チームの内情なんて俺には分からないが、違和感はある……この家は綺麗過ぎる。

 通常生活する上で存在する「楽さ」。生活臭が無かった。

「まぁ良いか……俺には関係無いし」

 俺は居心地良い部屋で、品のある珈琲をすすりながら調査資料を読む。

 資料には細かくホズの事は記されているが、俺の事は記されていなかった。

「あぁ~仕事したくねぇ……ぼんやり生きたい」

 だらけながら二十九枚のコピー用紙を眺めて一人ゴチる。

 デスゲーム中だと忘れる程に、穏やかで完璧な午後の時間だった。

 この時の俺は本仕事を始めるのが、一時間後になろうとは想像もしていなかった。

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