第六話


 ◇ ◇ ◇ 二日目 午後七時 一二分


 俺とケセムはもう夜中になのに、スーパーのスライドドアを潜り抜けて入店した。

 照明に照らされた店内には商品棚が並び、色とりどりのポップが飾られている。

 良く有る日常の風景。違いを言えば俺は拳銃を手にしてて、ケセムもマスクを被っている事か。

 NPC達が俺達を見て怯えているが、俺の表情も暗いだろうな。

「はぁぁ、死んだらどないしよ」

「お前は前に出るな。本当に死ぬぞ」

 まぁ俺は今回の戦いで、一番の実力者やからな。一番下という意味で。

 さてこの店は駐車場から見た限りでは、四つのエリアに分かれている。

 野菜コーナー、鮮魚売り場、お肉売り場、後は工具その他。

 俺達はホズを探す為に、反時計周りにスーパーを漁る予定だった訳だが……。

「おや……君達は」

 『殺人鬼』ホズが野菜コーナーで、壁際に並ぶ果物を物色していた。

 昼間の熱狂が嘘の様に落ち着いた声音で、野菜の青臭い匂いも相まってギャップが凄い。

「さっきぶりだね、オノイチ君。そっちはお友達かね?」

「いんや、お友達が俺を呼んだんや」

 俺の名前を知っているという事は、本当に逃がす訳に行かなくなった。

 奴に俺のヤサが突き止められている。下手したら現在地もバレているかもしれない。

 ホズも俺達の様子から、互いに交渉の余地は無い事に気づいてる様だ。

 クールにネクタイを緩めると放り捨て、戦闘態勢に移る。

「成程、では早速しようか? 今日は激しい運動が多くて、疲れているんだよ」

「おう…………ちょっとケセムさんっ!? 何黙ってやがる。俺の戦いじゃねぇんだぞっ!」

 ホズを万が一にでも逃して、目を付けられたらどうする。俺に任せるつもりか?

 俺が振り返ると、その疑念は無駄だと気づいた。

 俯くケセムの全身から、気炎が沸々と湧き上がっている。その熱の名は殺意だ。

「ホォォズゥ」

 俺は今、ケセムが炎を吐けると言われれば信じただろう。

 ケセムの声からは、それ程の熱量が零れていた。

「ふぅむ。どこで会ったかな? ゲーム中でPKでもしてしたか?」

「お前が三年前に殺した……いや裏切った子供がいた」

 ケセムが吐き出す熱量が形を凝縮し粘度を持って、言葉を成す。

 復讐者は溶岩の如き憎悪と殺意を解き放ち、ホズに向かって一歩を踏み込み……。

 瞬間、ケセムが先の先を取った!

 彼が懐から取り出した黒鉄は拳銃と言うには大きく、マシンガンというには小さいモノだ。

「俺の一粒種、俺の息子。俺の全てを奪ったお前を殺せるこの日を……」

 その黒鉄は銃身とグリップが同じ長さのT字で、不格好だからこそ凶器にしかなりえない。

 短機関銃。マシンピストルと呼ばれる代物だ。

「待っていたぞおぉっ!」

「ケセムッ!?」

 気迫で競り勝ったケセムが突撃するっ!

 周囲の一般NPCでさえ、反応が遅れる速攻。俺が反応できる筈も無い。

 ケセムが腰だめに構えた、短機関銃のマズルフラッシュが店内に連続で瞬くっ!

 引き絞られた銃声は連なり、ホズへと指向性を持って向かっていった。

「情緒が無いなぁっ、『英雄』!」

 ホズは飛び込んでくる復讐鬼と断罪の弾丸に対し、腰から抜いた閃きを以て迎撃した。

 迎撃する四つの閃光は、ケセムが撃った三つの火線とぶつかり火花を散らすっ!

 続く火線さえ、ホズは新たな閃光で縦横無尽に弾いてしまう。

「楽しもうじゃないかぁっ!」

「安っぽい遺言をぉ!!」

 突撃するケセム。迎え撃つホズ。二人の間合いは遂に零距離まで縮まった。

 すかさずケセムは短機関銃をホズに押し当て、接射せんとする。

 だが機関銃の銃身を閃きが……ホズが握るスーパーの果物ナイフが襲うっ!

 三日月を描く刃が機関銃の薬莢排出口に突き刺さり、弾詰まりを引き起こした。

「……ッ!」

 ケセムはホズを銃床で殴りつけ、すかさず退く。

 だがホズというトッププレイヤーが、撃たれるだけで終わる筈も無い。

 スーツの前裾から六本の包丁が覗き、ホズは両手の指で包丁を挟むと笑った。

「そぉらぁっ、踊りたまえっ!」

「……っ! 避けろケセムッ!」

 刃は無数の矢が如く、ケセムとビビり散らす俺に放たれる。その数は三本ずつか。

 通常は両手で投げれば精度は落ちるが……その様子は無い。ステータスが高すぎる!?

「ちょっゥ、ォっ!?」

「無駄だっ!」

 俺は食品棚と壁の間にある、トマトを載せたボックスに飛び込むっ!

 ケセムは短機関銃を使い捨てる事にしたのか、銃身でナイフを弾くと再度前へ詰める。

 両雄が二度相まみえるが……俺を忘れて貰っちゃ困るぜ。

 俺は赤い果汁と果肉塗れになりながら、トマトのボックスから立ち上がる。

「死に腐れ、ホズゥウウッ!」

「何を……ッ!?」

 俺は両ポケットに手を突っ込み―――発砲ッ!

 我が愛銃。チーフスペシャルは、銃身が親指程の小さな拳銃である。

 つまり腰のポケットに入れて発砲出来る。火花と衝撃が大腿骨に直に響くが我慢だ。

 いくらトッププレイヤーでも、この不意打ちは予測出来まい。

 俺は完全に決まったと確信した……ホズの呟きが聞こえるまでは。

「『殺人鬼の盾(キラー・アクション)』」

 ホズの右腕が蛇の様にうねり、残像を残してケセムの胸倉を掴む!

 俺はそのスキルを知っている。『殺人鬼』スキルの中でも、凶悪さなら随一のスキルだ。

 その能力は……使用者が攻撃された時に、半径五メートル以内の誰かを盾にする!

「ケセムゥウウッ!?」

 ケセムが俺の弾丸の射線に割り込まされる。

 俺の不意打ちは完璧だった。だからこそケセムは避け……てるわっ!?

「ォォオオオッ!!!」 

 ケセムが振り向き様に、拳で弾丸を叩き落としている。

 拳で弾丸を叩けばグローブが破け血が噴き出すが、大した傷ではない。

「面白いっ!! やるじゃぁないかっ!!」

 俺を見もせず、渾身の一撃を弾いたケセム。

 そんなケセムを、満面の笑みで迎え撃つホズ。

「私が直々に殺す価値はあるっ!」

 俺は二人がもつれ合いながら殴り合うのを見て、手出しが出来なかった。

 是ほど零距離だと、幾らパーティを組んでいても誤射してしまう。

「ほぅら。そのマスクを外したまえ。失礼だろッ!」

 ホズが野菜売り場のカボチャを拾い上げ、ケセムの頭部に振り下ろす。

 人間は頭がカチ割られれば死ぬ。野蛮だが確実な方法だ。

 だが細長いモノが、ホズのカボチャを持つ手に巻き付き……地面に打ち下ろした!

「夢にも見たぞっ!」

 ホズはあっけなく態勢を崩した。カボチャを持っていて、重心が変化していたのか。

 彼の膝が崩れ落ち、顔が前へと倒れて行く。ケセムがカウンターを構える、その場所へ!

「顔面をぶちのめす、この時をォッ!」

 ケセムの放った正拳がホズの額上部に直撃し、擦る様にして打ち抜く。

 テコの原理によって、ホズの頭が曲がっちゃいけない方向に曲がった。

 成人男性が十メートルは宙を飛んだと言えば、その威力は分かり安いだろう。

「逝ったぁあっ!?」

 『正義の一撃(ヒーロー・アクション)』。

 格闘戦で相手にダメージを与えた時に、ノックバックさせる『英雄』のスキルだ。

 ホズはフローリングを水切り石の様に跳ねた後、鮮魚コーナーの壁に叩きつけられた!

「いいや。俺達トッププライヤーは、あの位じゃ死なない」

 ケセムが言っているのは『主役(ザ・スーパー)』か。

 トップランカーだけが持つ強力な汎用スキルで、全員一律である筈のHPが底上げされる。

「えぇ……このゲーム、たまにオカルト要素入れてくるよな」

「ふんっ。殴る回数が多くなるだけだ」

 ケセムは仇敵を尻目に、右手に持っていた拘束具。土塗れのゴボウを放り捨てた。

 俺はそのゴボウを見て、今の攻防を理解する。

 ホズがカボチャを人知れず拾った様に、ケセムもゴボウを拾っていたのだろう。

 そしてゴボウはホズの腕に巻き付き体勢を崩させて、カウンターが炸裂。今に至ると。

「オノイチッ!」

 俺が関心していると、ケセムから鋭い指示が飛ぶ。

 彼が何を言いたいかはすぐに分かった。

「うっすっ!」

 『殺人鬼の盾』は誰かを盾にできる無敵のスキルだが、幾つか欠点がある。

 その一つが効果範囲内に誰も居なければ使えない事だ。

 そしてホズは今、『英雄の一撃』によって店内の壁に追い詰められている!

「おうッ!! 良くも昼間に襲ってくれたのぉ、ワレぇ!!」

 ホズは壁に後頭部をぶつけて血を流している。俺の気がむくむくと大きくなっていく。

 俺はポケットのチーフスペシャルを抜き、大股で二丁拳銃を構えた。

「よくもビビらせてくれたなぁ……たっぷり食ぇ!」

 愛銃を撃ち尽くすつもりで、引き金を引くっ!

 対してホズは機敏に起き上がると、身近にあった商品棚に手をかけた。

「って、あぁっ!?」

「くんのぉおっ!! 私に力仕事をさせやがって!!」

 いくら商品が積まれていても、棚によっては軽い棚もある。

 ホズは軽いおつまみセットの商品棚を掴むと、全体重と腕力で引き倒す!

 店員であるNPCの悲鳴と、俺の銃弾が棚と商品に当たる破裂音が店内に木霊する。

「オイオイッ、テメェッ。誰が後で掃除すると思ってんだ。許せねぇっ!!」

「ゲロカス共がァ。お前達が襲ってきたんだろう!?」

 コンビニ店員として、後で直す店員を想うと怒りしか沸いてこないぜ。

 ホズが俺の正義の叫びから逃れる様に、背中を向けて走り出す。

 その先は、工具コーナーの筈……逃がすか!

「追うぞオノイチっ。ここで仕留める!」

「コレぁ……楽しくなって来たぜぇっ!!」

 逃げるホズは必死である。それも当たり前か。

 先程のケセムが与えた一撃は、一般プレイヤーなら即死だった。

 更に言えば、昼間のチェイスでMPも少ない筈。

 対して俺達はほぼ無傷。拳銃のリロードをする余裕さえある。

「俺は貴様に善悪を問うつもりは無い……ホズ、清算の時だ」

 ホズが逃げ込んだ工具コーナーの棚は、先程と比べて背が高かった。

 壁には角材や木の板が並び、商品棚には大工道具から芝刈り機まで売っている。

 オイルの匂いという名の、ロマンが漂うコーナーだ。

「死ぬには良い場所だな、ホズ」

「ケセム、と言ったか?」

 ホズを追い詰めた先は、工具コーナーの行き止まりだ。

 奴は這々の体で商品棚に体を預け、足下にはオイルキャップやら商品包装が解けていた。

 血とオイルの混ざり合う匂いがするが、その所為だろうか? 

「チームカラーは何だ。私と同じホワイトじゃないのか?」

「だからどうした」

 ホズは流血で赤く染まる髪をかきあげ、俺達のチームカラーを当てた。

 だがケセムは聞かない。ホズに一歩踏み出す。

 ケセムの剣呑な気配に、ホズは取り乱して叫んだ。

「ここで私が死ねば、不利になるぞ!?」

「だからどうした。俺が敵チームを二人殺せば済む話だ」

 このゲームはチームカラーの生き残り人数で決まる。

 つまり仲間殺しは自分の首を絞めるだけだが、復讐鬼の足取りは止まらなかった。

 ケセムは工具コーナーに足を踏み入れ、これでホズはもう逃げられない。

「……イカレ野郎め」

「お前がそうしたんだ。イカレ野郎」

「イカレ野郎の罵り合いを聞かされる、俺の身にもなって貰える?」

 さて大詰めだが、まだ油断は出来ない。

 一番マズイのは、俺が『殺人鬼の盾』で人質にされる事だ。

 今のケセムならホズを殺せるなら、俺ごと殺しかねない。

 俺は工具コーナーの入口から、ケセムとホズが接敵するまで少し離れる。

「話が通じないなら仕方ない……最後の決着だ」

 ケセムは因縁のあるホズの最後に興奮している。

 だからホズが後ろ手に何かを握った事に気づかない。天井の照明を反射するソレは……。

「ケセムッ、ノミだっ!」

 ホズが両手の指に挟んでいたノミが、俺たちに投擲される。

 ソレはシステムアシストが入り、弾丸の如き速度で放たれた!

 ケセムはホズの投射と同時に、床を這う様にホズへと攻め込む。

 ノミはケセムの後を追う様に、その背後に突き刺さっていくが一本も当たらない!

「うおぉっ!!」

 俺だってここまで有利な状況で死にたくは無い。

 即座にホズからの射線を切る様に、商品棚の後ろへ激突する様に隠れる!

「痛ィッツぅ!」

 俺の鼻先をノミが横切り、延長線上にあった鉄棚に当たり……。

 背後で聞こえる金属音。それに紛れて電子音が聞こえた。

 『悪鬼の心』。と

「システッ?!」

 システム音。常に効果を発動する常時スキルの効果発動時の音声だ。

 俺が今、最も聞きたく無かった音が耳元で鳴ってしまった。

「私も発動する頃だとは、思ってたんだ……安心したよ」

「ぅ、おオォッ!?」

 俺は体をよじる様に倒れ込み、背後の鉄棚に振り返る。

 そこには鉄棚から跳弾したノミが、回転しながら迫っていた。

 スローに感じる時の中で、俺は刃の形さえ見えるのに避けきれない。

 俺の頸動脈は跳弾したノミによって、抗う事も出来ずに捌かれたっ!

「かぁぁっ、無理だわこれぇ……」

 俺の体が地面に倒れ、ゆっくり血が溢れだす。一撃でHPが持ってかれたか。

 だがミリオン・パンクでは、HPがなくなっても猶予や復活する可能性がある。

「~~ッ!、~~~~!!、!!」

 今回は猶予がある様だが、拳銃を拾う事さえ出来そうに無い。

 視界と聴覚が遠退いていく。まるで曇りガラス超しに見ている様だ。

「最後の決着だ。『英雄』」

 ケセムが俺に何かを叫んでいるが、耳鳴りの所為で聞こえない。

 対してホズの声は、歪みながらも聞こえる。決着の時が来た様だ。

 ケセムは商品棚から鉄パイプを掴み、ホズは足下に転がっていた紐を引き寄せる。

「~~~~~~ッ!!」

「オォオオオオッ!!」

 二匹のケダモノが、ノーブレーキでぶつかり合う!

 上段から振り下ろされる鉄パイプに、下段から振り上げられるチェーンソーッ!

 先ほど引っ張った紐は、チェーンソーのスターターだったのか!?

 悲鳴にも似た金属の軋む回転音と、純粋な鋼鉄の棍棒。

 二つの暴力が銀の軌跡を残して交差、吹き出す鮮血は只一人の物だった。

「痛っ、ぐォォオオオオッ!!」

 ホズが鉄パイプが歪む程の力で右側頭を殴られ、血を流している。

 対してホズのチェーンソーは……ケセムの衣服を切り裂くだけで終わっていた。

「痛ッ……」

「これで、終いだぁあああっ!!」

 ホズが仰け反り、たたらを踏む。

 そこへ一切の慈悲も無い、ケセムの怒声が叩きつけられる。

「『殺人鬼の盾』!!」

「『正義の一撃』!!」

 ホズが重力や体幹を無視して、ケセム自身を盾にしようと動いた。

 だがケセムの一撃は当たればホズを吹き飛ばす。盾にしようとしても無意味だ。

 俺は安心していた。ケセムが勝てば俺を治療して帰れると。

 このゲームの厳しさを、あんなに分かっていた筈なのに。

「あぁ、君のね」

 ホズがチェーンソーで受け止め……吹き飛ばないっ!!

 鉄パイプは丸鋸の回転で弾かれ、元の軌道を描き……持ち主の。ケセムの頭部をカチ割った!

「なぁ……あ?」

 ケセムの見慣れた背中が傾いていく。

 一歩二歩と仰け反る彼の表情は、既に復讐鬼ではない。

 何も理解していない中年男性の顔で……俺は逆に何が起きたのか理解出来た。

「うぐぉ、かはっ。はぁ、はぁっ」

 ケセムは仰向けに倒れてバウンドすると、体からポリゴンを散らして消える。

 相棒の現状は、彼の胸元に輝くディスプレイが全てを物語っていた。

 【YOU DEAD】。

 俺とは違い鉄パイプの当たり所が悪かったのだろう……即死だ。

「ぅぐおぉ」

 俺は動かない体を、何とか動かそうと試みる。

 ホズはそんな俺を見てチェーンソーを地面に放り出すと、歪んだ鉄パイプを手に取った。

「言い残す事はあるかい? オーディエンスが見ている。何か言ってみなよ」

「言い残す事だぁ? へっ。言ってやるよ」

 俺は体を起こして膝を付くと、ホズを見上げた。

 恐らく奴もHPは一桁……今なら子供でも奴を殺せる。

 対する俺は既に死に体で、治療しなければ死んでしまう。

 ならば出来る事は、たった一つだけだ。

「言ってみたまえ。面白ければ見逃してやる」

「ふへっ」

 ピン、とホズと俺の交わる視界の隅にディスプレイが浮かぶ。

 【パーティ申請 オノイチ YES/NO】

「これから舎弟になる、オノイチです」

「……は?」

「なんかの手違いやわ、めんごめんご。お世話になりやす、ホズのアニキっ!」

 これからはホズのアニキと、クリアを目指そうかなっ!

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