第五話


 ◇ ◇ ◇ 四日目 午後一一時 一分


 合流地点であるオノイチのアジトは、廃ビルを改造した建物だ。

 コンクリート製の二階建てで、一階の入口と二階へ続く階段は別々に作られている。

 そんなオノイチ宅も今は明りが灯っておらず、削れた探偵事務所の文字が見えるだけだった。

 第一印象は良くて詐欺師の巣窟か、悪くて廃墟と言った所だろう。

 それでも這々の体で辿り着いたホズには、天国の様に感じた……だが彼の受難は続く。

 ホズの携帯電話へ、オノイチから謝罪の電話が来たのだ。

「悪いアニキッ。車が渋滞してて、遅くなるわっ。 先に入っててぇ!!」

「あ、あぁ。応急手当キットはあるかね?」

 オノイチは質問を受けて、あー、うーと唸って考え込む。

 ホズはその間も建物によりかかり、更に空いた穴から流れる血を抑えていた。

 オノイチは暫く考えた末に、あっけらかんと悪びれず答える。

「何処にやったかは分からねぇけど、あったと思う」

 ホズが「分かった」と短く答えると通話を切り、二階へ続く階段を上る。

 彼の全身の流血エフェクトは、時間切れが近づきつつある事を示していた。

「寒い。痛くは無いが体温が下がっている。吐き気が酷いし、口内が血の味で一杯だ」

 ホズは転がる様にして扉を蹴破り、オノイチの部屋に押し入る。

 オノイチの部屋は外から見るよりも部屋は狭かった。

 在るのはベットにソファとテーブル。古いパソコン。他には観葉植物位だ。

「クソ、何処だっ。棚に無いのか!?」

 ホズは吐息も荒く、部屋中のモノをひっくり返す。

 タンスを開き、台所の調味料を漁り、トイレまで見るがない。救急箱が無いのだ。

「あの野郎。緊急時の道具を、何故分かり安い場所におかない……」

 ホズがもう一度電話をかけようとした時。外から物音が聞こえた。

 それは軽自動車の急ブレーキをかける音で、車のドアが開く音が続く。

「おぉ、来たかっ!」

 ホズが来訪者を確認しようと、ベランダに歩み寄る……その瞬間だった!

 ベランダに響くカン高い破裂音。続いて金属缶が床に落ちる音が部屋に転がる。

 ソレはリビングを横断して、ホズのつま先にぶつかった。

「手榴ッ!?」

 爆音がホズの鼓膜を打つ前に、歴戦の肉体が危険を察知して逃走を選んだ。

 両腕を交差した姿勢で、迷わず窓を割って飛び降りるっ!

「グゥォオッ!?」

 ホズの背後では爆音と衝撃が部屋を蹂躙し、空中で姿勢が崩れる。

 三半規管がイカれても、受け身を取ったホズは流石と言えよう。

「アニ~ッ! こっちで――っ!」

「酷い格好だ。お気に入りのスーツがっ」

 ホズは揺れる視界の中、よろめきながら立ち上がった。

 既にスーツは泥と煤に塗れ、皺まみれな上に所々破けている。

 近くから聞こえる筈のオノイチの声も、耳鳴りで半ば聞こえない。

 だからだろう。オノイチが両肩を揺すっているのに、反応も鈍かった。

「引っ張るから、殺すなよっ!」

「ははっ、遅かったじゃないか」

 オノイチがホズの両脇を掴み、軽自動車の後部座席に引っ張り上げる。

 普段のホズならば文句を垂れたろうが、今はソファが核シェルターより心強い。

 オノイチは後部座席に上半身を突っ込み、ホズの血に塗れながら必死の形相をしている。

 どれだけ急いで来たのか、彼の頬には汗が流れていた。

「怪我はっ! HPの残りはどれくらいあるっ!?」

「す、少ないっ。狙撃手共のせいで、30も無いだろう」

 HPは動ける程度しか無い。MPは来るまでに全て使い切った。

 流血によるデバフで応急手当をしなければ、勝手に死んでしまう。

 絶体絶命のホズの状況を聞いたオノイチは、ほっと一息着く。

 ホズは彼の暢気な顔を見て、眉を吊り上げて口を開くがやや迷って閉じた。

「分かった。扉閉めるから、寝そべっておけよ」

「何はともあれ助かった。詳しい話は、治り次第……」

 オノイチは気にすんなと明るく言うと、後部座席のドアを閉める。

 何とか助かった……ホズの感謝の言葉は、だが最後まで続かなかった。

 

 BANG!! BANG!!


「……な、ぁ。何故」

 弾丸が後部座席の窓ガラスを割って、ホズの心臓に紅の華を咲かせる。

 ホズは衝撃に咳き込みながら、窓の外を見て目を見開いた。

「裏切ったぁッ!?、オノイチィッ!!」

 ホズに向かって硝煙が昇る銃口を突きつける、オノイチの顔を。

 オノイチは月光を背に何の感情も滲ませず、チーフスペシャルの撃鉄をあげる。

「最後の言葉がそれじゃ、格が下がるぜ。トッププレイヤー」

「薄汚い、ゲロムシがぁあああッ!!!」

 オノイチが引き金を引き、マズルフラッシュが路地裏を照らす!

 拳や刀では出来ない。拳銃故のノーモーション攻撃だ。

 だがこの時、扉を挟んだオノイチとホズの距離は三メートル。

 タイマンで無敵を誇る、『殺人鬼』のカウンタースキル射程内だった。

「『殺人鬼の盾』ッ!」

 ホズの全身がバネ仕掛けの様に飛び上がり、右腕が死神の鎌の如く振るわれたっ!

 その狙いは拳銃。オノイチの腕が叩かれ、銃口が本人の頭部へと向きを変える。

 勝利を約束されたホズだが、故に跳ね飛んだ先の光景を見て固まってしまう。

「『お隣さん(コネクション)』」

 オノイチの呟きと共に、ポリゴン体が青年の体を包む様に展開。

 無数の光の中から、白魚の如き少女の手がオノイチの握る拳銃を包んだ。

「お兄さん!」「クレープスッ!」

 ポリゴン体が人の形へと変わる。

 ソレは影も形も無かった筈の男装の少女と化し、オノイチと二人で拳銃を握り合う。

「「『JACK POT』ッ!」」

 チーフスペシャルの銃口から飛び出す焔の花束。

 閃光は二人が体を寄せ合う、中心を射貫く!

 二人の頬に一条の傷が刻まれ、炎上するオノイチ宅の窓ガラスを割った。

「野郎ォオオッ!?」

 ホズが空中で二人に向かって、返す刀で手刀を奔らせる。

 オノイチの拳銃は、あらぬ方向を向いている……反撃の時間は無い!

「勝ったぁっ!」

 ホズは凶笑を浮かべ、その指がオノイチの頬に触れる寸前。ホズの指が弾け飛ぶ。

 更に指を射貫いたナニは、勢いのままにホズの眉間へ風穴を開けた!

「な、ん……で?」

 二人の握る拳銃から新たに鉛玉が放たれた訳ではない。他の銃声も聞こえなかった。

 だからホズの遺言は、阿呆の様な譫言で終わる。

 何故、裏切ったのか。

 何故、見知らぬプレイヤーがいるのか。

 何故、眉間を貫いた弾丸は何処から来たのか。

 分からない事だらけの絶望の中。五年間無敗を誇る『殺人鬼』は、白目を剥いて倒れ伏す。

「グット・ゲーム」

 オノイチは拳銃を下ろすと、目を瞑って独り呟く。

 【YOU DEAD】。ホズの地獄行きは既に決まっていたからだ。

「……終わったよ、ケセム。アニキ」

 オノイチはその言葉に返す者も、意味を知る者も、自分以外に居ない事を知っていた。

 友達を殺した友達を、撃ち殺したのは自分なのだから。


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