第三章

第一話


 ◇ ◇ ◇ 五日目 正午十二時 二一分


「うぐ……んご」

 俺の意識が覚醒し、閉じた瞼から眩い光が漏れる。

 近くから甘いミルクの匂いもするので、手探りで探ると柔らかくて細い何かに手が当たった。

 目を開けた視界に映った光景は布団でも枕でも無い。

 俺の眼前には俺と鼻先を擦り合い、吐息を吐く少女の寝顔があった。

「すぅぅ、ふぅ」

 白いYシャツにスパッツだけのクレープスが、横向けに寝ている俺の懐へ潜り込んでいた。

 彼女はむにゃむにゃと唇を動かし、俺の鼻先に近づいて……。

 俺の背後から、子猫が悪戯を自慢する様な小悪魔的な声が聞こえる。

「あら、オノイチ。起きたの?」

「んん”っ! インメントかっ!?」

 俺が首を声の方向へ向けると、そこには胸部山脈が見えた。

 インメントが俺達を見下ろす形で、ミニソファに座ってくつろいでいるのだ。

 凄ぇ。下から見上げても、インメントの顔が見えないぞ。

 しかも俺が見あげていても、全く気にしない。生態系の頂点だ。

「おはよう。クレープスの匂いを堪能してる所悪いけど、起きてくれる?」

「へっ、悪いが美少女との同衾なんでな、見逃して貰うには幾ら必要ですか?」

 こんなに柔らかい美少女と、同衾する機会なんてもう無いからな。俺だって必死よ。

 美女の靴を舐めれるなら倍ドンや。

 だがインメントは軽く俺の背中を蹴っ飛ばし急かしてくる。ありがとうございます。

「良いからさっさと起きなさい。報告があるんでしょ?」

「報告ぅ? 何かぁ、あぁっ!」

 そうだよっ! 昨夜にホズとの決着をつけたんだ!?

 その後に合流予定地点だった、モンドバレーキャンパスの教室を寝床にした事は覚えてる。

 その間のインメントは予定外の動きをした、三人目の仲間を探していた筈だ。

 俺の記憶がフラッシュバックしていくと、胸元で花の様なか細い声が鳴いた。

「うにぁ。母上ぇ……朝ぁ?」

 俺達の眠り姫。ボーイッシュ美少女のクレープスが起きた様だ。

 彼女は俺のYシャツ裾を掴み顔を何度か擦りつけ、俺と目が合った。

「ハハウエダヨッ!」

「そうなると私が、パパになるのかしら?」

 俺は渾身の裏声でママアピールをするが、残念。インメントと違って母性が足りない。

 クレープスは目を見開くと、俺に抱きついたまま固まってしまった。

 インメントが俺達の漫才を見て、無邪気にケラケラと笑う。

「~~~ッ!!!」

 クレープスが飛び退り、自分の布団にゴロゴロ転がって待避した。

 すると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る、良い時間だ。

「まぁとりあえず、着替えようぜ」

 三十分後、俺達は身支度を調えて再集合した。

 女衆が着替えるからと、追い出されただけだが。

 俺が部屋に戻ると、生徒寮から奪ってきた掛け布団と敷き布団が畳まれている。

 他に置かれているのはミニソファに、四脚ダークオーク材のテーブルが十組程。

 静かなものだ。この部屋を俺達が占領したせいか、廊下にはNPCもいない。

 窓の外では文化祭の準備に精を出す、生徒NPC達の声がするばかりである。

「それじゃあ、昨晩の事を説明して貰えるかしら?」

 インメントが開口一番に議題を出してきた。

 俺は机上のガムを一つ取って噛みながら、記憶を呼び起こす。

「予定通りだ。デート中にチンピラをシメたり、マフィアに火炎瓶投げて騒ぎを起こしていた」

 ギャング共に金を渡して、騒がせた甲斐もあって護衛クエストは無事に発行。

 後はホズが死ぬまで、待つばかりだったのだが……。

「それでよ、例の三人目は昨日のマンションに居たらしいぜ?」

「そこなのよねぇ……言っておくけど、私はシンジョーにちゃんと伝えたわよ」

 そうなると俺の信用が足らなかったのだろう。

 ホズはソイツを殺して、狙撃を受けながら撤退。俺に救援の電話を寄越した訳だ。

 電話が来るのは想定内だったな。マンションが無人だった事へのクレームだと思っていた。

 まさか勝手に動いた一人をぶっ殺した上、狙撃まで防ぐとはなぁ。

「何にせよ、合流後に不意打ち。それでも殺しきれなかったからクレープスを呼んで射殺した」

「お兄さんの言ってる事で合ってる。ボクとお兄さんでホズは殺したよ」

 インメントが天を仰いで、神を罵倒する。

 俺達の大雑把な報告に、では無い。三人目が勝手に先走って死んだ事だ。

 俺もまさか三人目が死ぬなんて思わなかった。これでまた三人組になっちまったな。

 さてそうなるとまずまず知っておかなきゃならないのは……。

「チームカラー?」

 そうなる。俺達がホワイトとレッド。どっちなのかは重要だ。

 場合によっては、ここでチーム解散もあり得る。

 とはいえ俺とクレープスは、昨夜デート中に『隷属』し合って確認を取った。

「インメントとボクは、シンジョーの『首領』のスキルで教え合ってるよ」

「あのスキル、嫌いなのよねぇ。『隷属』なんてメじゃない洗脳能力よ」

 首領で洗脳系と言えば……『暗黒法令(ザ・オーダー)』か?

 一定以下の『精神』だと、『首領』の命令を聞いてしまう最強のスキルの一つだ。

 ホズはそんな相手を殺したんだからパネェわ。

「ボクは昨日言った通り、ホワイトだけど……」

「私がレッドね。だけど四日目に『徒党』を殺したから。後は一人殺せば移籍できるわ」

「あれ、移籍してくれるのか?」

 今はホワイトチームが逆境だし、正直に言うとインメント離脱も考えていた。

 俺の疑問に対して、インメントは暖かく笑う。

「クレープスとは初日から組んでるのよ? 今更放っておけないわ」

「……ありがとう。インメント」

 このチームはこうみると、雰囲気が良いな。

 俺もクレープスも中立的な性格だし、インメントは善良だ。

 口には出さないが、シンジョーとやらが生きてたらこうはならなかったろう。

 草葉の影で俺を睨んでるホズに、内心で手を合わせておく。

「何にせよ後は三日。その間にレッドチームを私が殺して……」

「ホワイトチームを集めて固まる。終盤戦は一人欠けるだけで痛ェわ」

 やる事は決まった、情報収集だ。

 敵を探すにしても、味方を探すにしてもまずは接触しないといけない。

 かといって闇雲に探してもしょうがない。

 どんな人物を探すか……俺が考えて居ると、インメントが案を出してくれた。

「アタシから提案。五人組を狙わない?」

 インメントの提案に俺とクレープスは微妙な顔をした。

 既に本職の軍人連中だと、お互いに分かってる筈なのでクレープスが即座に反対する。

「戦闘職のボクすると、本職の軍人を狙うのは勧められないけど……何で?」

「他のチームとも敵対してるからよ」

 そういえば五人組は、派手に動いてたな。

 初日にクレープス達の仲間が。二日目に残りのチームが襲撃されたんだっけ。

 その結果。三日目に連合が組まれて、一斉に報復をしたと調べがついている。

 つまり他のチームの奴らにとっても、軍人チームは敵で三つ巴になりづらい訳か。

「だけどカラーの判断基準はあるん? アイツらがホワイトの可能性もあるやろ」

「今のボク達に、チームカラーを吐かせる手段は無いよ?」

 シンジョーとやらが生きてれば、『暗黒法令』で吐かせられたがなぁ。

 かといって『隷属』を狙うには、相手が強すぎる。

 俺とクレープスの心配そうな顔に、本場銃社会から来たクイーンビーはけろっと笑う。

 まさに猛毒を内に秘めた、魔性の笑みだった。

「一人ぶっ殺せば、もう一人も観念して素直に吐くでしょ」

 俺がケセムへ素直にチームカラーを吐いた理屈と同じだな。

 だがインメントをホワイトカラーにする為には、レッドカラーを殺す必要がある。

 全ては情報収集の結果次第だろう。意見は一先ず纏まった。

「ボクはお兄さんに着くよ。インメントは良い?」

「そうね。アタシはバリバリの武闘派だし、ひ弱な王子様についてあげて」

 貧弱ですみませんねぇ。というかインメントも戦闘職なのか?

 俺のジョブやビルド構成は既に二人に教えて貰っているが、インメントの事は知らない。

 少なくとも『裏職人』や『調達屋』みたいな内勤ビルドでは、性格上無いだろう。

「インメントのジョブは何なんだ? 俺は三日目の晩に送ったし、教えてくれや」

「私のジョブは『諜報員』よ」

 全く戦闘職じゃなかった。どこが武闘派なんや!

 どっちかというと『娼婦』と並ぶ、『隷属』系のジョブである。

 『諜報員』は『隷属』させた後に効果を発揮するスキルが多いジョブだ。

 だが本場の戦闘職であるクレープスは、そうじゃないと言う。

「こう見えてインメントは、準トッププレイヤーなんだよ」

「イエーイっ! ブイッ、ブイッ。戦闘職以外になら、そうそう負けないわよ?」

 インメントがダブルピースしながら、めっちゃ戦闘力マウントを取ってくる。

 悪かったな最弱ジョブな上に、大したステータスじゃなくて。

 だがそうなるとステータスが高いのか、気になるのが人の性だ。

 俺の興味津々な様子に、クレープスは気の毒そうに止めてきた。

「……お兄さんは見ない方が良いと思うけど」

 そう言われると、見たくなるから不思議である。

 インメントが悪戯気に笑うと、ステータスを俺に見せてくる。内容は……。


【プレイヤー:『諜報員』インメント】

LIFE  【前科:五 扶持:五 魅力:五 学歴:九 戦闘:五】

BATTLE【体力:五 精神:五 敏捷:七 命中:三 筋力:一】


「俺の上位互換じゃねェかッ!!!!」

「スキルはMPを消費して、攻撃アクションにアシストを受けるモノとその回避版ね」

「お兄さんは見ない方が良いって言ったのに」

 へへへ……あの、インメントさん。靴でも舐めましょうか?


 ◇ ◇ ◇ 五日目 午後九時 二六分


 俺がスラム南部の地下に眠る、『TKジェイル』を訪れたのは実に四日ぶりだ。

 店内は相変わらず薄暗く、ハーブとアルコールの混ざった匂いが漂ってくる。

 俺はカウンターに座ってマンハッタンカクテルを嗜みながら、今日の調査報告中を行う。

 報告相手はモンドバレーキャンパスに缶詰中のインメントである。

「昼間の情報収集はそんなもんだ。五人組は現在二人まで減ってるって事は分かった」

「成程ねぇ、今日の内に殺されてたかぁ」

 俺達は昼間調べた五人組について情報を共有して溜息を吐いた。

 どうやら五人組は更に一人が殺され、残り二人まで数を減らしているらしい。

 その残りのメンバーがまた厄介で……。

「一人は正体が分からなかった。もう一人が強ぇぞ。『黒幕』だぜ?」

「はぁっ、まだ生きてたの!? 誰か殺しておきなさいよ!!」

 インメントの悲鳴にも似た叫びが、携帯電話越しに俺の鼓膜を叩く。

 だが彼女が騒ぐ気持ちも分かる。『黒幕』はそれ程までに厄介な存在だ。

 そもそも『黒幕』は『首領』と名前が似ているが、決定的に違うジョブである。

 『黒幕』はレイドイベントや大規模抗争に有利なジョブで、その最大の特徴は……。

「調べたらすぐに分かったぜ。『黒幕』の野郎は『大規模不動産』を所有してるわ」

「OH、MY、GODッ。どうせ武器工房でしょ?」

 『黒幕』の最大の特徴は、スキルでしか取得出来ないアイテム。大規模不動産にある。

 中でも武器工房は、プレイヤー間で悪名高いアイテムだ。

 その効果とは四十八時間毎のアイテムリセットの一部無効化。

 つまりバトルロイヤル中、強力な武器を幾らでも溜めれる。

「五人組に……『調達屋』、残ってると思うか?」

「残ってたら終りね。重火器を使われたら火力が違うわ」

 クレープスにインメントが居ようと、拳銃と重火器では勝負が成り立たないからなぁ。

 アイテムの調達に特化しているジョブ。『調達屋』が、死んでいる事を祈るばかりだ。

 俺は『黒幕』が武器工房を所有している事を知った時点で、奴らを狩るのは諦めた。

「その時は、両目を閉じて靴でも舐めようぜ……という訳で他の生き残りなんやけど」

 見つけられなかったのだ。金を使ってギャング共を動かしてもだ。

 クソギャング共め。金は払ったんだから、せめて働けよ。

 俺の情けない報告に、インメントから嫌味を言われるかと思ったが違った。

「実はアタシも、生き残りを見つけられなくて……おかしいと思ったのよね」

「インメントが? 『学歴』九もあるのに?」

 清々しいインメントの声音に、疑問や悔しさの色が無い。

 俺の疑問にインメントは答えず、パソコンに何かを入力し始めた。

 俺はマンハッタンを口に含むと、邪魔をしない様に黙る。

 暫くの間、音程の外れた蓄音機が慣らす呻く様なジャズに耳を傾けた。

「私達が三人。今日死んだ五人組の残りが二人……六人が見つからない?」

「でも全員が身元を隠せるのは、ありえねぇだろ?」

 身元を隠す事は、『前科』のステータスによって難易度が高まる。

 高ければ確かに半日程度じゃ見つからないが……残り五人共が『前科』高いってか?

 俺も見つけられなかった時、何故見つけられないか考えたがありえない。

 だがインメントは発想を転換して、答えを見つけ出していた。

「ううん、逆よ。全員が高いんじゃなくて、一人が全員を隠しているとしたら?」

 インメントはこう考えている訳か?

 俺達がパーティを組んで連合軍を作ってる様に……うわ、嫌な想像出てきたわ。

「奴らは既に決戦の準備を整えている。他のプレイヤーを駆逐する為に」

 ありえないなんて、あり得ない。

 俺だってケセムと組み、ホズと組み、元三人組と組んでいる。

 もし全員が生きていれば、六人パーティになっていた。

 それにゲーム終了まで残り二日間なら、巨大連合を作った方が有利に決まっている。

「アタシ達に、手段を選ぶ時間は無いかも」

 その想像は笑えねぇがやるしか無い。負ければ死ぬしかないのだから。

 インメントの声音が僅かに低くなる。彼女も覚悟を決めた様だ。

「帰ってきたら調べた情報について詳しく教えて あっ、クレープスは?」

「俺の情報提供者の所。俺はソイツと相性が悪いから、交渉を任せてる」

 夜中のパンクシティはやばい。NPCが普通に火炎瓶投げつけてくる位には。

 俺とクレープスの二人で動くより、彼女だけで動いた方が安全だ。

 だがインメントはお気に召さなかったらしい。無言の威圧感を感じる。

「分かったよ。後でチーム最強の俺が迎えに行く。これで良いか?」

 日本人お得意の自虐ネタに、電話口から笑いが漏れ出すと通話が切れる。

 っへ。アメ公に自虐ネタで負ける気がせぇへんな。

「五人パーティに『黒幕』。こっちは実質二人と半人前のパーティ? 嫌になるぜ」

 チェイサー代わりの炭酸水を一口飲み、マスターにいつものモノを頼む。

 数分待って出てきたのは、俺の大好きなクラブサンドイッチだった。

「これこれ。ケセムがいつも羨ましそうにしてた奴」

 日本のサンドイッチは薄いが、俺は断然クラブサンドの分厚い食べ応えが大好きだ。

 口元へ運んだ時の小麦の僅かな焦げの風味。鼻孔をくすぐるベーコンのスモーク臭さ。

 レタスの噛み心地と、トマトの酸味。ベーコンの香ばしさが楽しませてくれる。

 更にはマスタードチキンの脂の甘みが混ざり合えば、俺の脳みそがパンクしちまう。

「アイツも、あの世で飲み食いしてるのかね?」

 ケセムは宗教上の理由で酒肉が食えず、「天国で腹一杯食ってやる」と言い訳をしていた。

 俺が酒を飲むか、飲まないかポーカーで勝負する事もあったな。

「悪い事はできねぇな、ケセム。これが天罰って奴なのか?」

 俺が口内の油と陰気をカクテルで流していると、背後から騒がしい声が聞こえた。

 ポーカー中の一般NPC達だが、喧嘩というよりは愚痴を吐いている。

「あのロメオ……間違いなくイカサマしてやがった」

「あぁ。ロイヤルストレートフラッシュが、三連続で出るかよ」

「酷い奴だったぜ。ボスから一万ドルを奪っていくなんて……次に会ったらぶっ殺してやる」

 ロイヤルストレートフラッシュを三連発? 

 そんなイカサマが出来るNPCは、イベント以外に存在しない。

 つまり話に出たイカサマ師はプレイヤーだろう。

 その時、俺の脳裏に細マッチョイケメンのニヒルな笑みがよぎった。

「そこのアンタら。ちょっと話をしようぜ」

 能力ではてんで勝ち目は見えないが……ツキはまだ俺を見放して無いらしい。

 俺はサンドイッチ片手に、背後のソファで遊ぶギャング共に話しかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る