十二.初恋傷の研究を始めましょう!!

「これは薬実草やくみそうと言って、様々な薬と一緒にせんじて飲むと苦みを無くす」


「これはシミ草と言って、食べさせた相手は一時的に真実以外を話せなくする」


「これはコイ草と言って……」

「お・に・い・さ・ま⁇」

 私・アヴリルは鬼のような怖い顔をしながら、そこら辺に生えている草の説明をする兄・ジャンヴィエに声をかけた。

「あぁ、すまない。少し集中してしまったようだ」

 そう言うと、ジャンヴィエは立ち上がった。


 私とジャンヴィエは今、教会のあるエスト地区に来ている。

 クオンに婚約を取り止める話ができなかった上、数日後にクオンからのお礼の手紙が届いたのだ。

 別に普通のお礼の手紙だと読み飛ばしていたところ、最後に爆弾を投げつけてきたのだ。


 ――当日に着ていらしたドレス、とても素敵でした。輝かしい装飾品ですら、アヴリルの前では無に等しいと気づかされました。まるで妖精のようなお姿に、つい見惚みほれてしまいました。


 最近、私は驚くことばかりだった。

 どこの子どもがこんな言葉を思いつくと言うのだ。

 アイツか、チェンバールか⁇こんなナンパ師のような言葉を文章に書けるような人間は……

 確かに、クオンは素直な言葉を発することで、純粋無垢むくな騎士として好かれていた。

 だが、これは行き過ぎた。

 誰にでもこんなことを言っていたら、紳士ではなくナンパ師になってしまう。


 私は顔を真っ赤にしながらも、手紙に返事を書いた。

 こんなナンパ師みたいな言葉を他の誰かに言ったら、絶対に勘違かんちがいするから言うのではないとオブラートに包んで包んで包みまくった後、バレーボールのようにアタックするような気持ちで書いた。

 書き終わった後、ゼーハーと息が切れるくらいには疲れてしまった。

 本当に、この兄妹は私の体力を奪う能力にけている。


 このままでは、私が死亡フラグで死ぬ前に、疲労ひろうで死ぬのが先な気がしてきた。

 どうしたものかと考えていると、あることを思いついた。

 そう、アヴリルの兄であるジャンヴィエのことだ。


 ジャンヴィエはアヴリルが婚約した後、アヴリルに別の想い人がいることに気づくのだ。

 だが、話がここまで進んでしまった以上、止めるのは不可能だった。

 せめて心の傷を作らせないように、初恋傷を消す方法をひそかに調べていたのだ。

 孤高ここうな魔術師は、実は妹想いの優しいお兄さんだったと言うギャップにやられた人は多かった。

 ゲームでは小説より深堀ふかぼりされていて、ジャンヴィエのファンがプレイできた日には、さらにれてしまうのではないかと思うくらい美化されていた。

 その中に幼馴染おさななじみの少女が死んだとか出てきていたが、そんな少女は現時点で見たことが無い。

 そもそも、魔塔以外の人間と関わることの無いあのコミュ力皆無かいむのあの男に、幼馴染ができていることの方が不思議だった。

 とりあえず、動向を確認しようと数日ほどジャンヴィエを観察した。


 ある日は、庭の植物の観察……


 ある日は、研究室で研究……


 ある日は、魔塔の人間と会議……


 ある日は、統領に呼ばれて研究成果の報告……


 またある日は、庭の植物を観察……


 そんな日々を繰り返すジャンヴィエの姿を見続けた私は、ジャンヴィエの部屋にかちこんだ。

 あの病気騒動以来、顔を合わせていなかった。

 私の顔を見た瞬間、ジャンヴィエは青ざめた顔をしていた。

 そんなジャンヴィエを私は床に正座させて、説教を始めたのだ。


 お前のせいで私が婚約させられたと言うのに、お前は何をしているのだと。


 どうして平然と研究をしていられるのだと。


 妹へいたわりの言葉すらないのかと。


 小一時間ほど文句もんくを言った私は満足したのだ。

 その代わり、ジャンヴィエは青い顔をしながら疲労困憊こんぱいと言いそうな顔をしていたが。

 そして、最後に私は初恋傷の研究はどうしたのかと聞いた。

 すると、ジャンヴィエは不思議そうな顔で答えたのだ。


 ――なんで初恋傷の研究なんてする必要があるのかと


「おまえのせいじゃろぉがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」

「ひっ⁉」

 ……回想中に思いだして、また口に出してキレてしまった。

 その姿に、ジャンヴィエはひどおびえていた。


 そりゃあそうか。

 先日までは今にも倒れそうなか弱い妹で、えらそうに指図さしずができていたのに、今は鬼の形相ぎょうそうをしてキレる妹だ。

 怖がられても仕方ないか……。

「おほんっ、失礼しました。それでお兄様……何か良いものは見つかりましたか⁇」

「いや、めずらしい薬草もあるが、変わったものは……ないかな」

 その言葉に、私はため息をつくしかなかった。

 原作のジャンヴィエは、アヴリルにできた初恋傷を消すために研究していたのだ。

 だから、クオンの初恋傷を消すなんて考えは無かったのだ。


 簡単な話、クオンの初恋傷が消えてしまえば、婚約した理由が無くなるのだ。

 初恋傷が消えれば、クオンの想いも泡沫うたかたごとく消えてしまうだろう。

 そうしたら、婚約破棄なんて楽勝じゃね⁇と言う理論だ。


 それを実現させるためにも、ジャンヴィエに初恋傷について研究をさせ始めたのだ。

 すると、ジャンヴィエは可能性があるとしたら、エスト地区の教会付近だと断言したのだ。

 聖域とされる教会の周りには、様々な木々や雑草……いや薬草が生えているそうだ。

 基本的には用が無い限り、別地区のしかもエスト地区に侵入するのは許されない。

 だが、未知なる病を治すために研究に来たと言えば、大概たいがいは侵入をしても問題ないのだ。

 どんだけザルなセキュリティかと思うが、それだけこのエスト地区は聖地とされているのだ。


 私は草を一本ずつ見るが、形が違うだけでただの雑草だ。

 ジャンヴィエが何をもって嬉々ききとしているのか理解ができない。

「でも、どんなものを見つければ良いの⁇」

「珍しそうなものだ」

 そう言いながら、ジャンヴィエは真剣な目で雑草をあさっていた。

 いやいや、だから何が珍しいのかを言えよと言いたいが、そう言ったことはジャンヴィエに任せた方が早いだろう。

 できるなら、精霊の儀式を行う前に婚約破棄をして、まっさらな気持ちで花の精霊と契約して称号を受け取りたいものだ。

 そうして、花のように可憐かれんで美しいアヴリルの姿を見て、王子様は思わずときめいてしまい、私と結婚しようと奮闘ふんとうする……なんて素敵な未来が見えるのだろうか。


 小説でもカッコよかった王子様……

 ゲームではスラッとした御身おんみにまるで黄金かと思うような綺麗きれいな髪、

 太陽に当たると髪がキラキラと輝き、神でも舞い降りたのかと思うような存在感、

 そしてあの優しくてキリっとしたお顔に、まるで世界をでるようなき通る優しいお声……

 この世界では、どのような御身なのだろう……なのでしょうか。

 神のお姿を拝見はいけんする機会は逃しましたが、私が精霊となって現れますので、しばしお待ちください!!


「はぁぁぁっっっ、素敵すぎる」

「何が素敵なんですか⁇」

 つい、言葉に出してしまったようだ。

 私はあわてて口を押さえ、声の方に振り返った。

 そこには、三つ編みされた真っ黒な髪に、白い中服に青いポンチョのような上着を羽織はおった少女が立っていた。

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