二.好敵手役は死ぬのがデフォルトのようです

 アヴリル・D・タルジュアース、彼女は虫も殺せないほどか弱く優しい女性だ。

 幼少期、アヴリルは父親に連れられて王城へ向かった。そこで、王様より精霊の儀式に必要な祈り石を受け取ったのだ。その帰り際、騎士団長に出会った父親は立ち話に花を咲かせたのだ。アヴリルは二人の話が終わるのをじっと待っていたのだ。

 そんな中、庭園の方から歓声が聞こえてきたのだ。歓声の聞こえる庭園では、令嬢らがお茶会をしているのだ。本来ならば、アヴリルはそのお茶会に参加をする予定だった。兄のジャンヴィエ・D・タルジュアースが祈り石の受け取りをする予定だったが、兄が研究のために行きたくないと言って代わりにアヴリルが行ったのだ。元々、人に関わることが苦手なアヴリルは、お茶会に行けなくなったことを内心喜んでいたのだが、顔には出さなかった。

 自分が他の令嬢のように社交的で、いろんな話ができたらどんなに良いかとうらやみながらも庭園を見つめていた。メイドが庭園から出て行った際、扉の隙間から王子の姿が見えたのだ。キラキラと輝く黄金の髪、遠めでもわかるほどの存在感、たたずまいにアヴリルは心を奪われるのだ。

 もっと近くで見たい、話してみたいと彼女は無意識に庭園の方へ歩き出していたのだ。しかし、彼女がいるところは二階の吹き抜けの通路だった。彼女は前に行き過ぎてしまい、足場を失い落ちてしまったのだ。

 落ちてしまった彼女は気を失ってしまったのだが、落ちてきた彼女を助けようと、下で騎士団長の父親を待っていたクオン・Cコロン・エルソーンチェが下敷きとなったのだ。

 助けに来たアヴリルの父親と騎士団長は、二人にケガが無いか確認した際、クオンにはおでこに、アヴリルには足首に初恋傷ファラッドができているのを確認したのだ。


 初恋傷ファラッド……それは恋をした瞬間に身体のどこかを怪我した場合、結晶化してあざとなる現象だ。致命傷を負うような怪我をったとしても、まるで何事もなかったかのように傷が消えて痣になるのだ。この痣ができると、恋した相手以外見えなくなるほど相手を恋しくなるのだと言う。

 その恋が実る場合は、傷がキラキラと光って痣が消えるそうだ。だが、実らない場合は心臓をえぐるほどの苦しい思いをするそうだ。人によっては耐えられずに命を絶つこともあるのだと言う。もし、想い人が死んでしまった場合は、何事もなかったように痣も想いも消えてしまうのだと言う。


 クオンはアヴリルに一目惚れをして、初恋傷がついた。だが、アヴリルは庭園にいた王子に一目惚れをして、初恋傷がついてしまったのだ。ただ、その場にはクオンとアヴリルしかいなかったため、お互いの両親は二人が両想いだと勘違いして、二人の婚約を決めてしまうのだ。

 想い人である王子は、お茶会の日に来ていた宰相の娘と婚約が決定したのだ。もし、そこにアヴリルがいれば話は違ったのかもしれない。


 そして月日は流れ、ゲームのオープニングである学園に入学したアヴリルは、主人公がクオンルートの時にのみ姿を見せるのだ。通称・花の精霊と呼ばれる彼女は、花の精霊に愛される魔術師だった。好敵手役にしては、主人公を応援したり助言をしてくれる。だが、何か事件に巻き込まれると、相手役のクオンは必ずアヴリルを助けるのだ。まだテスト段階なので、読者は小説版でしかこのエピソードを知らない。だが、読者はこのエピソードの内容に、心を抉られたようだ。そして、それを見せつけてくるアヴリルのことを、悪役令嬢と呼んで憤慨ふんがいしていたのをネットで見ていたものだ。ゲームのシーンでは特別仕様のイラストを使っていたので、それを見たプレイヤーは発狂するのが目に見えている。そんな勝ち目のない状況でもクオンルートを進むと、初恋傷を消す方法があることを知るのだ。

 ただ、探そうとする直前にアヴリルが自殺してしまうのだ。そのため、クオンの初恋傷は消えて無くなるのだ。そして、主人公は悲しみに暮れるクオンを励ましてゆっくりと恋が始まると言うところで終わるのだ。


 そう、アヴリルは死ぬのだ。他のルートではアヴリルは出てこなかったので、死んでいないのかと思いきや、全エンディングでクオンの初恋傷は消えているのだ。

 つまり、どのルートへ行こうが、最後に必ずアヴリルは死んでしまうと言うことだ。なぜアヴリルは死んだのかが分かるのは、クオンルートだけだったと言うことだ。

「つまり、私は死ぬ……」

 私はベットの上で、胡坐あぐらをかきながら友人と話をした設定に、小説とゲームの内容、ありとあらゆる情報から、アヴリルについて思いふけていた。このままだと、本当にバッドエンドしかない。

 私もアヴリルと同様に王子推しだ。この世界に転生したならば、絶対に王子と結婚したいのだ。だが、行く手をはばむ障害が多そうだ。

「そう言えば……リザが精霊の儀式の話をしてたよね。つまり、まだ……」

 そう言いきる前に私は両足の足首を確認した。どこにも痣や傷が無いのだ。つまり、初恋傷がつく前の状態なのだ。

「じゃあ、お茶会に行って王子に見初みそめられる可能性は、ゼロじゃないってことよね⁇」

 確か精霊の儀式は、ダーナ地区の魔術師のみが受けられる儀式だ。十二歳になる年に、儀式を行うのだ。ただ、統領の家の子は特別に王室より精霊の力がこもった祈り石を受け取ることができる。それを使うと、必ず精霊から能力を受け取ることができるのだ。兄のジャンヴィエは本来なら前年に行う予定だったが、儀式当日に風邪を引いてしまい欠席したのだ。そのため、アヴリルと一緒に精霊の儀式を行うことになったのだ。

「とりあえず、兄に祈り石を取りに行かせる。そして、私はお洒落をしてお茶会に行って王子のハートをゲットすればいい……OK⁇」

 そう言うと、私はベットから降りて鏡の前に立った。そして、色っぽいと思うポーズを決めた。

「こんなに可愛くて綺麗な女の子を見たら、王子でもイチコロでしょ⁇私だったら、目が釘付けになっちゃうもん」

 こんな絶世の美女を生み出す神様は、本当にひどい。不公平すぎるのだ。ただ、そんな絶世の美女に生まれ変わらせてくれたのにだけは、感謝しておこう。

「後は……相手役にされるクオン……だっけ⁇やつに会わないようにするか、怪我をしなければ婚約させられないでしょ⁇気をつけなきゃ」

 もしお茶会で失敗しても、王子と宰相の娘の婚約だけなら挽回ばんかいのチャンスはある。だが自分が婚約してしまった場合、婚約破棄できるかわからない。両親がどんな人かわからない以上、説得できる自信が無いからだ。

 そんなことを考えつつ色んなポーズを決めている時に、扉をノックする音が聞こえた。私が返事をすると、リザが扉を開けて入ってきた。

「失礼します。お嬢様、ご主人様がお呼びでございます」

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