一.異世界に転生しちゃいました

 ゆっくりと私は目を開けた。

 天幕が上に見えるのだ。病院にしては豪華すぎる天井に、私は開いた口が塞がらない。

「……VIPヴィップ患者と間違われた⁇」

 私はゆっくりと起き上がったが、不思議なことにどこも痛くないのだ。確か、胸元を刺されて背中を蹴られたはず……なのに痛みが無いのだ。私はゆっくりと胸元を見る。真っ白くて高そうなネグリジェを着ているが、どこにも血はついていないのだ。あんなに血が出ていたと言うのに、痛みもなく良い服を着れるなんて……本当にVIP患者と思われているのではないかと、私は段々と焦り始めていた。平凡な我が家には、そんな大金は無いからだ。

「……あれ⁇」

 ふと自分の胸元を見た時、私は違和感を感じたのだ。こんなに小さかっただろうかと。胸だけではない、手も小さく、真っ白いのだ。まるで陶器のように白くて、幽霊の手に見えてしまう。

「……おっ⁇」

 私はゆっくりとベットから身体を出すと、足も真っ白く細長いのだ。そしてやはり小さいのだ。床にあるふわふわとしたブーツに足を通し、私は鏡の場所を確認した。鏡も全身の見える大きな鏡で成金の家と言われても相違ないほどの装飾が施されている。私は不安になりつつ、鏡の前まで歩いて行ったのだ。

「えっ……噓でしょ⁇」

 鏡に映るのは、深緑のふんわりとウェーブのかかった髪に、空と森が混ざったように透き通るような瞳をしたたおやかな美少女が映っていた。

「……この美少女……まさか私⁇」

 肩についている髪を手で触ると、鏡の美少女も同じように髪を触るのだ。本当は鏡じゃなくてガラスで、反対に美少女がいるのではないかと変顔や盆踊りをしてみるも、すべて完コピされてしまうのだ。

 やはり鏡なのだろうと驚いていると、扉をノックする音が聞こえてきた。振り返ると、返事する暇もなく扉が開くのだった。

「失礼します」

 メイド服を着た女性がスッと音もたてずに部屋に入ってきたのだ。私が驚きのあまり硬直していると、相手も私に気付いて硬直してしまった。

「えっ……。あ……あっアヴリルお嬢様!!お気づきになられたのですね⁉」

 そう言うとメイドは私に駆け寄り、目の前にひざまずいた。メイドは目をうるませながら、私を見上げて良かったですとか言い始めた。

「……あのー」

「はい。どうされましたか⁇」

 私が声を出すと、メイドは嬉しそうな声で返事をした。

「……ここ、どこですか⁇」

 その言葉を発した瞬間、メイドの顔は真っ青になり白目をむきながら、声にならない叫びをあげた。私は恐怖のあまり硬直するしかなかった。

「おっ……おじょ……お嬢様⁉どっどうしましょう⁉あっ、あの憎たらしい毛虫のせいですね!!今すぐに八つ裂きにして参ります!!!!」

 パニックになったメイドは今にも部屋を飛び出していきそうだったが、状況が分からない私は、必死にメイドの服をつかんだ。

「ちょっ待って!!とりあえず、現状を整理したいから話を聞かせて!!」

 そう言うと、メイドはこちらを振り向き、可哀想なお嬢様と大泣きし始めてしまった。この人からまともに話を聞くことができるのか不安でしかない。


 どのくらい経っただろうか。

 あれから、メイドから色んな話を聞いた。

 この身体の主はアヴリル・Dダーナ・タルジュアースと言う名の少女であることが分かった。昨日、朝食後に庭を散歩していたら、毛虫に遭遇そうぐうし気絶して今に至ると言うことだ。毛虫ごときで気絶するとは、どんだけ弱いのだと先行きが不安になったが、こんだけの線の細い美少女だ。それも許されるのだろう。

 そして、アヴリルが住むこの場所はダーナと言う区域だ。そこの統領の一族にのみ、名前にDダーナを付けることが許されるそうだ。つまり、アヴリルは魔術師一族の偉い人の娘と言うことだ。

 また、ダーナ区域のほかに、王族が住むアイム聖地区、宰相が納めるブロウ地区、騎士団の集まるコロン地区、教会のエスト地区があるそうだ。

 アイム聖地区を囲うように、上にブロウ地区、左にコロン地区、右にダーナ地区、下にエスト地区が存在している。

 なんとなく聞き覚えのある内容だが、どうにも思いだせない。今、わかることはアヴリルは金持ちと言うことと、その身体に私の意識があると言うことだ。

「……とりあえず、私は死んだってことか」

「えっ⁉お嬢様が死んだのなら、私はお嬢様にお迎えされているのですか⁉天使にお迎えされるなんて光栄でございます!!」

「あー違う違う。生きとるから少し黙ってて」

 跪いたまま目をキラキラとさせるこのメイドは、リザと言う。魔力があまりないため、魔術師にはなれずにメイドとして仕事を転々としていたそうだ。仕事で統領の家に来た際にアヴリルに出会い、天使はこの地に舞い降りたのだと感激してからはここに永住する気で働いているそうだ。

「……失礼ながら、お嬢様。なんというか……変わられました⁇」

 その言葉に私はギクッとしてしまった。そりゃあ中身が違うから当然だが、相手からすれば私はアヴリルでしかない。繊細で嫋やかな彼女とは違い、良く言えば元気満々の体力馬鹿、悪く言うならガサツと言うところだ。似ているところと言えば、引きもるところくらいだろうか。まぁ、過ごし方が全然違うのだが。

「んっんーっ。私、目覚めちゃったの」

「……目覚めたの……ですか⁇」

 リザは真剣な眼差しで私を見つめてきた。きっと彼女なら簡単にだますことはできるだろう。なんて言ったって私は彼女の天使だから。

「これからは力強く生きて行こうと思ってね」

 そう言うと私は真っ白い腕を曲げて、筋肉を見せつけるようにリザにポーズを取った。残念なことにこの身体は骨と皮しかないようで、筋肉を見せつけようにもモノが無いのだ。

 ただ、リザには効果覿面てきめんのようで大粒の涙を流しながら、外にまで鳴り響きそうな拍手をしていた。そして、私が神かと思うくらい頭をぶんぶんと振り回すように祈りをささげるのだ。

「おじょぉぉぉさまぁぁぁっっっ!!!!わだじは、かんげきじでおりまずぅぅぅっっっ!!!!」

 リザはお河童のようなピンクの髪に赤い目をした女性なのだが、感動のしすぎで目は真っ赤に染まって髪は振り乱した状態になっていた。

「泣かないでー!!せっかく可愛い顔なのに、もったいないでしょ!!」

 そう言うと、リザはさらに涙を流し感動するのだった。

 どのくらい泣き続けたのかわからないが、やっとリザが落ち着いた時に一言つぶやいたのだ。

「うぅっ……本当にお嬢様はに相応しい存在です」

「……えっ⁇花の精霊⁇」

 私はその言葉を知っている。そう呼ばれていた人がいたことも。

「はい。もうじきお嬢様が行われる精霊の儀式では、必ずや花の精霊となってこの国を支える存在になられるとリザは考えております」

 リザは涙をいて可愛らしい笑顔を見せてから、仕事に戻って行った。取り残された私は、頭の中をフル回転させていた。

「花の精霊……アヴリル。これって……あの子の小説の中じゃない⁇」

 私はあの時刺されて死んでしまったのだ。そして、私が死ぬ直前にやっていたゲームもとい友人の書いた小説の世界に転生してしまったようだ。その転生先は花の精霊と呼ばれるあの好敵手ライバル役のアヴリル・D・タルジュアースのようだ。

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