聖騎士様の初恋傷は治らない

紗音。

プロローグ

 息が白くなるほど、外はとても寒い。冬だと言うのに、私は裸足はだしにサンダルで外に出てしまった。だが、興奮している私に、そんなものは関係なかった。早歩きで真っ暗な夜道を進んでいる。行先は公園だ。

 こんな日は家の中で、炬燵こたつに入って蜜柑みかんを食べるに限るが、今だけはそんなことは言っていられない。私は慌てて着たコートのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、友人に電話をかけた。ニコール目で、電話は繋がったのだ。

「……もしもし⁇」

 今にも寝落ちしそうなか細い声が聞こえてくる。なにせ家を出るときは、夜中の二時を過ぎていた。普段の友人なら、もう寝ているだろう。しかし、今日だけは違うのだ。私からかかってくる電話を心待ちにしていた友人は、眠気に負けないよう必死に起きていたのだ。

「もしもし!!ヤバい!!ヤバいよ!!!!」

 私は興奮して大声を出してしまったので、慌てて口を押さえた。夜中に家でさわぐと、親に怒られてしまう。だからと言ってベランダに出て騒ごうものなら近所迷惑だ。そのため、私は公園に向かっているのだ。その公園の周りには森と道路しかない。だから、どんなに騒いでも近所迷惑にはならない。

 それにこんな寒い日ならば、公園には誰もいないだろう。私は歩みを速めて、公園に向かう。

「えっ⁇やばいって、どうだったの⁇」

「もー本当に王子がイケメン過ぎて、涙しか出なかったよー!!」

 そう言うと、友人は笑っていた。友人から、王子の容姿は私の好みド直球だと前もって教えられていた。そのため、今日という日を心待ちにしていた。結果、本当にド直球だったのだ。

「で、他はどうだった⁇」

「えっ⁇王子ルートしかやってないけど⁇」

 私はとぼけた様に言うと、友人はめ息をついた。やはりなとつぶやいていたのを、私は聞き逃さなかった。

 王子とは、友人が書いた小説の登場人物のことだ。友人が高校時代に書いていた小説が時を経て人気となり、このたびゲーム化したのだ。

 高校時代に、私もこの小説の設定やアイデアに口出ししていた。だから、ゲームのクオリティ確認に適任と考えたようで、友人は私にテストプレイさせたのだ。

「うそうそ、ちゃんとやったし。他のルートも良かったよ。やっぱりキャラが動くのと動かないのじゃあ全然違うね!!苦手だったキャラにも愛着いたし。でも……一点だけ駄目な点があったわ」

「えぇっ⁉なになに⁇」

 慌てた声で騒ぐ友人を鼻で笑って言った。

「主人公のデフォルト名、あんたの名前とかめてんの⁇」

「……あぁっ。いいーじゃん、夢くらい見させてよー」

 元々小説では、主人公の名前については書かれていなかった。読者すべてが主人公になれるように……という友人ならではの考えだ。だからと言って、主人公のデフォルト名を自分の名前に設定するのは違うだろう。しかも、デフォルトだけボイス付きで呼ばれるとか、誰得なのだと言う話だ。

「まぁ、王子には『姫』と呼ばれてるから全然良いんだけどね」

 そう言って私は高らかに笑った。それと同時に公園に着いたのだ。公園に入って、私はベンチに腰を下ろした。辺りを確認するが、人っ子一人いない。安心した私は、大きな声で話し始めた。如何いかに王子がカッコいいのか、如何に優しくて素敵か、如何に仕草しぐさが色っぽいかを。作者に対して熱弁したのだ。


「あー、もうこんな時間か」

「えっ⁇」

 友人の言葉に、私は公園内にある時計を確認した。時計の針は四時を過ぎていた。四時を過ぎると、そろそろ親が起きてしまう。夜中に外に出ていたとバレたら、大目玉をらってしまう。私は勢いよく立ち上がった。

「やっば!!ダッシュで帰らなきゃ!!」

「テストプレイ、ありがとね。担当者に伝えとくわ」

 この後も仕事なのかと思うと、こんな時間まで話をしていたことが申し訳なく思ってしまう。

「なんかごめんね、こんなじ……」

 友人に謝ろうとした時だった。グサッと言う音とともに身体が前に押された感じがしたのだ。胸元に何か違和感を感じて視線を下げると、とがった刃のようなものが見えた。

「えっ……⁇」

 その瞬間、勢いよく背中をられたのだ。同時に、胸元に見えた刃物がスッと消えたのだ。勢いよく地面にたたきつけられた私は、何が起きたかわからなかった。ただ、床に叩きつけられた痛みを声に出して叫びたいのと、蹴飛ばした誰かに文句を言いたかったのだ。声を出そうとした時、ゴポッと口から何かが出てきたのだ。何かを吐き出してしまったのかと地面を見ると、血だまりができていたのだ。ゆっくりと胸元を見ると、じわじわと血があふれて洋服が赤く染まってきているのがわかった。

 そう、私は誰かに刺されたようだ。刺されたとわかった途端とたん、胸元が異常なほど痛くなったのだ。私は痛みにえるように、身体を丸めた。

 痛みが少しやわらいだだろうか、それとも感じなくなったのかはわからない。ただ、徐々に身体の動きが鈍くなり、意識が少しずつ薄れてきている。倒れた際に手から離れたスマホから、友人の声が聞こえてくる。だが、もう何を言っているかわからない。スマホをつかもうと手を伸ばしていたが、目の前が真っ白になった。

 こうして、私の人生は幕を閉じたのだ。

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