三.私、絶対にお茶会へ行きますから!!

「失礼します」

 うむと声が聞こえたので、私は部屋の扉を開けて書斎に入った。書斎の奥にデスクがあり、そこの席に座っている男性がいた。

「アヴリル。調子は良くなったか??」

 今まで仕事をしていたのだろう。手に書類を持ったままこちらを向いて、私に声をかけてきたのだ。多分、この人が魔術師の頭領でアヴリルの父親だろう。

 アヴリルと同じ深緑色の髪をオールバックに決めている。どこぞの暗殺者かと思うくらい眼光がするどく、眉間のしわにムッとした口は、如何いかにも怒っていますと言わんばかりの表情だ。高そうな深緑のジャケットに黒いシャツを着ているので、より一層怖さを際立たせている。


(ヤバい……非常にまずい状況だわ)


 私は顔に出さないよう、必死に記憶の中を呼び戻そうとしている。自分のではなく、アヴリルのを。

 アヴリルは物語上、ほんの少ししか登場しない。そのため、父親がどんな人物なのかわからない。友人と設定について話していたときですら、父親について話したことが無いのだ。だからこそアヴリルの記憶が必要なのに、何一つ出てこないのだ。その場で立ち止まったまま、全身から冷や汗が出てきた。

「んっ⁇どうしたアヴリル」

 眉間の皺がさらに険しくなった。これは疑われている気がする。

「いっ……いえ!!、お呼びでしょうか⁇」

 私は張り付いた笑顔で挨拶した。金持ちや貴族と言ったら、父親に様付けをするだろう。アヴリルのイメージ的にパパとかお父さんなんて言わない気がするから、これが正解だろう。返答をしたと言うのに、相手から何もリアクションがない。沈黙したままこちらをじっと見つめているのだ。

「……⁇」

 まさか、父親ではなかったのだろうか。でもリザには統領と言われたのだ。この人が父親で間違いないはずだ。

「はい。リザからお父様に呼ばれていると聞いて、こちらに参りました」

 先ほど、リザに長い裾のスラッとしたワンピースに着替えさせられた。髪と同じ色の服に、少しだけレースが付いた大人っぽい服だ。アヴリルはまだ子どもなのに、こんな大人な服を着ているのかと驚いたのだ。

 最初はこんな長い裾なんてと思っていたが、今は感謝している。生まれたての小鹿のように、足が震えているのが隠せているから。

「統領。早くしてもらえますか⁇」

 長椅子から頭がひょこりと出てきた。私の他にも呼ばれた人がいたのだ。少しだけほっとしたものの、何が始まるのかわからない状態では安心できない。

「ふむ……まぁいい。アヴリル、ジャン、私の前に来なさい」


(ジャン……⁇)


 椅子から立ち上がり、デスクの前に移動した男の子。見た感じはアヴリルと同じくらいの大きさだ。首元まである薄い水色の髪に、大きめの眼鏡をしていた。父親と同じく高そうな深緑のジャケットに黒いシャツを着ている。顔は似ていないが、父親と同じく眉間に皺を寄せながら、無表情でこちらを見てくる。片手にローブを持っているが、あれは何だろうか。

「アヴリル、早くしろよ」

「はっ、はい!!」

 苛立いらだったような声に、私は驚いた。急いでジャンと呼ばれる男の子の隣に立った。父親ならまだしも、こんな子どもまで怖いなんて聞いていない。

 っていうか、ジャンってもしかしてジャンヴィエだろうか。アヴリルの兄のジャンヴィエ。ゲームでは孤高の魔術師だったが、妹に対しては優しかったはずだ。だが、今の状況を見て、優しいなんて言えるだろうか。

「明後日、二人をアイム地区、パシュクルゴード城へ連れて行く。ジャンは私と共に王に拝謁はいえつし、祈り石を頂戴しに行く。アヴリルは城内で実施される令嬢のお茶会に参加しなさい」

 令嬢のお茶会……祈り石と言うことは、王子とファーストコンタクトの場ではないか。

「嫌です」

「何⁇」

 父親の言葉に対して、ジャンは反対した。すると、父親の眉間の皺がさらに濃くなったのだ。いや、どんだけ濃くなるんだよと思ったが、怖くて声を出すことができない。私は下を向いて、二人の言い争いが終わるのをじっと待っていた。アヴリルもいつもこんな気持ちで我慢がまんしていたのだろうか。そう思うと、とても可哀想に感じてくる。

「はぁ……もういい。で祈り石を頂戴する。お前は研究してるがいい」

 父親は大きなため息をして、諦めたようだ。口喧嘩くちげんか時も二人とも無表情なので、本当に怖かった。まぁ、喧嘩が終わったのだから良しとしよう。だが、ちょっと待て。祈り石を受け取るのはアヴリルと私と言っていなかったか。つまり、今ここでの喧嘩でジャンは城に向かうのを拒否したと言うことか。

「アヴリル」

「はい」

 父親はこちらに目を向けて、申し訳なさそうな顔をしていた。

「すまないが、お茶会へ参加せずに私と祈り石を王の元へ頂戴しに行くが……良いな⁇」

「無理です」

 私はにこりと笑顔で言った。

 当たり前だ。私が王子とのラブルートへ進もうとしているのに、その邪魔をするやつは誰であれ許さない。それが例え怖い顔の父親と兄であっても。

 二人は私がそんなことを言うとは思っていなかったようだ。驚いて、口をパクパクさせている。

「だって、元々ジャンヴィエがやることなんでしょう⁇それなら、絶対にジャンヴィエが行くべきだし、将来の家督かとくなら絶対に行くべきでしょう」

 そう言いながら、私はジャンヴィエを指差した。私がこんな大声を出すとも、指を差すとも思っていなかったようだ。無表情だったジャンヴィエは驚いて、狼狽うろたえた顔をしている。それでもまだ決定がくつがえりそうにないので、私は如何にジャンヴィエが行くべきなのかを語りに語った。

「あっ……アヴリル⁇」

「うるさい!!あんたも研究研究って王様より大切なわけ⁇不敬よ!!今ここでびて切腹すべきよ!!」

 驚きと混乱のせいか、言葉が上手く出てこなくなったジャンヴィエはぷるぷると震えているだけだった。


(まさか、泣いたりしないよね⁇)


「んんっ!!……わかった。よーくわかった。祈り石はジャンと共に頂戴する。アヴリルはお茶会に参加しなさい」

 咳ばらいをして、父親は決定をひるがえした。ジャンヴィエは否定もしないので、これで問題ないだろう。

「はい!!頑張りまーす!!」

 私は大きく両手を上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。二人とも目を丸くして、お互いの顔を見合わせていた。アヴリルらしくないだろうが、それよりも自分のためになることをした方が全然良いだろう。


 そして、お茶会当日の朝。

「うっ……嘘でしょ⁇」

 私は兄の部屋にいる。ベットで顔を真っ赤にした兄がゲホゲホと苦しそうにしている。

「……すまない」

 か細い声でこちらを見るジャンヴィエ。こんなに可愛らしい子どものこんな姿を見たら、今までの私なら母性本能が爆発して看病しまくるだろう。

「お嬢様、申し訳ございません。ジャンヴィエ様は本日の為に研究を前倒しでやっていたため、体調を崩してしまいまして……」

 そばにいた同じ研究仲間だろうか。誰だか知らないが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「……立て」

「えっ⁇」

「立て!!立つんだ!!男なら気合で風邪を吹き飛ばせ!!!!こんなんで私のお茶会をぶっつぶすんじゃないわよぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

 病人の部屋で暴れる私の首根っこを父親はつかみ、引きってお城へ向かうのだった。

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