十六.拘束の森へ向かいます

「アヴリル……もう行ってしまうのか⁇」

 とても悲しそうな声で、私に問いかける。

 私はその声の主に対して、にこりと微笑ほほえみながら答える。

「はい。なので、とっとと帰ってくれません⁇」

 私の声を聞いて、とても寂しそうな顔をしている男がいる。

 それは婚約者になってしまったクオンだ。

「だが……もう少しだけ」

「えぇい!!こんな時に来たお前が悪いんじゃ!!はよ帰れや!!!!」

 そう言って、私はクオンを足蹴あしげにした。


 エスト地区へ初恋傷を消す方法を探しに私とジャンヴィエが行く日が多くなったため、クオンが会いに来ても会えない日が続いていたようだ。

 その都度つど、置手紙やプレゼントなんかを置いて帰るので、お礼の手紙を書かなければならなかった。

 だが、あまりにも頻繁ひんぱんに来ていたので、そのたびに手紙を書くのは非常に面倒だった。

 そのため、二回手紙を送った後は放置していた。

 そんな日々が続いて、やっと私と会うことができたクオンは、構ってちゃんになっていたのだ。

 こんないそがしい日に来やがってと思っていたが、放置していた自分が悪いのはわかっている。

 仕方がないので、お茶だけと言ったのにその後も付いてくる付いてくる……

 着替えやトイレも行きたいのに、付いてくるのでリザに止めてもらっていた。


 今日は精霊の儀式が行われるのだ。

 こんな大事な日に、どうして来てしまったのだと文句もんくを言いたいのだが、儀式の日程はダーナ地区の人間しか知らない。

 前もって言っておけば良かったが、面倒だったので伝えていなかったのだ。

 クオンはしょぼんとした顔をしながらも、私の後ろに付いて来ている。

 もう馬車が目前だと言うのに、後ろから負の念を感じてしまい、悪いことをしている気がしてならない。

「あーもう!!次に来たら遊んであげるから!!」

「本当か⁉」

 とても嬉しそうに喜ぶクオンの姿は、まるで犬のようだ。

 目の錯覚さっかくなのか、耳と尻尾しっぽが見えてしまう。

 クオンはアヴリルと同じ十二歳のはずだ。

 このくらいの年頃の子どもなら、無邪気むじゃきな反応をしてもおかしくはない。

 だが、私は前世の記憶があるせいで、クオンは可愛らしい子どもに見えるだけで恋愛対象にはならない。

 前世の私なら、頭をわしゃわしゃして抱き上げたいくらいに可愛いと思えるのだが、同い年と考えたらちっちゃな子どもにしか見えない。

 私の視線に気づいたのか、クオンはうれしそうな口をへの字にしておさえて咳払せきばらいした。

「おほんっ。ありがたき幸せなり」

「はっ……⁇」

 どうやらクオンは変な知識を手に入れたようだ。

 馬車に乗ろうと思っていたが、その前にクオンに言わなければならないようだ。

「その口調はおっさん臭いから厳禁げんきん!!だれをお手本にしてんだかわからないけど、それじゃあ子どもおじさんになるから!!普通にしゃべってよね!!」

「あぁっ……うん!!わかった!!」

 そう言ってクオンは満面の笑みを浮かべた。

「それじゃ……」

「あっ、アヴリル!!」

 やっと馬車に乗れると言うのに、まだ声をかけて来るのかと思い私はため息をついた。

 振り返ってクオンの顔を見ると、少し照れたような顔をしていた。

「その服……アヴリルにとても似合っている。大人っぽい服装だけど、アヴリルが着ることで幻想的に見える。まるで、妖精みたいに……綺麗だ。……じゃあ、頑張って」

「……あったり前でしょ!!!!」

 私は顔を真っ赤にしながら、馬車に乗り込んだ。

 おじさん臭くなったり、たらしのような発言をしたりで会っても会わなくても感情をかき乱されている気がする。

 冷静になれと心に念じながら、落ち着かせようと必死に頑張った。

 私はクオンに見送られながら、精霊の儀式が行われる拘束こうそくの森へ向かった。


「遅かったな」

 拘束の森に着いて、馬車を降りると統領が出迎でむかえてくれた。

「申し訳ございません。ちょっと所用で……」

 私が話をしている途中に、統領はひょいっと私を持ち上げてお姫様抱っこをして歩き始めた。

「えっ⁇ちょっ、私歩けますよ⁇」

「すまないな。もう儀式は始まっていて、アヴリルの順が来てしまうのでな」

 少し遅れるつもりが、クオンの相手をしていたせいでかなり遅れたようだ。

 統領は森の中を魔法を使いながらサクサクと進んでいくので、まるで車に乗っているような気分になった。

 目の前の景色が移り変わっていき、奥へ進むほど木々がしげっていき、光り輝く木が増えてきた。

 どうやら暗い森の中を照らすよう、木に魔法石を付けて光らせているようだ。

 紫や青、緑の魔法石が輝いているので、幻想的で綺麗だ。


「……あぁもう!!」

 自分の頭の中で考えた言葉が、先ほどクオンに言われたことと同じだったことを思いだしてしまった。

 そのため、統領の腕の中で私は顔を隠しながら赤面していた。

「すまないな。もう少しで着く」

「イエ……大丈夫デス……」

 きっと、統領に抱えられていることを恥ずかしがっているのだと思われたのだろう。

 クオンのことさえなければ、お姫様抱っことか初めてだとかウキウキできたのかもしれない。


 ――幻想的で綺麗……か。


 ほおを赤らめながら、私は自分の服装を見た。

 今日は精霊の儀式だから、少し大人っぽく見えるような服をリザに用意してもらった。

 リザには前のように、風に当たるとふわふわと揺れ動く可愛らしいドレスが良いと言われたが、今日は大人っぽい服装のほうが良い気がした。

 首から鎖骨さこつの下あたりまでは花柄のレースを使い、まるでチャイナドレスのようなぴっちりとしたシルエットにマーメイドのようなすそのドレスにしたのだ。

 色は濃い目の紫で、手袋や高めのヒールは黒で統一し、三つ編みに編んだ髪に着けている装飾品とネックレスは透明感のある宝石だ。

 宝石の名称は……何か忘れたが、ブロウ地区で取れる鉱石らしい。

 最初は十二歳の子どもには早いかもしれないと思ったが、着た姿を見たらその思いは消え去った。

 どうして可愛いのに、大人っぽい格好をすると綺麗になるのだろうか。

 これでお化粧なんてしたら、誰もが魅了されるような美女になってしまう。

 一日中、鏡を見つめていてもきないくらい魅惑の姿なのだ。


 自分で自分をめるのは良い。

 リザは信者だから、葉っぱの服を着ていても褒めちぎる気がするし、褒められてもあまり気にならない。

 だが、クオンは駄目だ。

 今よりもっと余計な言葉を覚える前に、お姉さんがしっかりと教育しないと彼の将来が怖くてしょうがない。


「さぁ、着いたぞ」

 そう言って統領は私を下ろした。

「……やっときたのか」

 目の前には兄のジャンヴィエが立っていた。

「お兄様はもう終わりましたか⁇」

 私がジャンヴィエに問いかけると、うなずくだけだった。

 統領を見ても、ジャンヴィエを見ても、二人とも目の前で行われている儀式の方しか見ておらず、アヴリルに対して視線を向けることは無かった。

 私はため息をつきながら、儀式が行われている場所を見つめた。


 少しすると、儀式をおこなっていた人が戻ってきた。

「さぁ、アヴリルの番だ。行きなさい」

「はい」

 そうして、私は儀式の場所に向かって歩き始めた。

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