十七.精霊の儀式

 精霊の儀式を行うにあたり、ジャンヴィエから話を聞いた。

 見れば分かると言っていたのでわざをお見舞いしたところ、優しく教えてくれたのだ。


 拘束の森では、魔力を与えるほかに魔力を封じることができる。

 当時は魔物があふれかえりダーナ地区は壊滅かいめつの危機におちいっていた。

 そこで当時のダーナ地区の統領である大魔導士が拘束の森を生成し、多くの魔物を拘束の森に封印してダーナ地区を守った。

 魔物を封印した影響で、拘束の森には魔法石が溢れかえったそうだ。

 大魔導士はその魔法石を使って魔法陣を作り、ダーナ地区の人々の魔力を向上させる儀式を行った。

 それが精霊の儀式の始まりだった。


 精霊の儀式は、基本的には満十二歳の子どものみ行う。

 ジャンヴィエのように儀式へ参加することができなかった者は、次の年に参加するのだ。

 精霊の儀式を行うと、身体から魂が離れて精霊界へいざなわれる。

 精霊界と魂が繋がることで、元の魔力量が増幅ぞうふくされるらしい。

 大人になるにつれて魔力量が安定してしまうため、大人になってから儀式を行っても魔力量は増えにくいそうだ。

 子どもの内に儀式を行う必要があるのだが、幼い子どもでは魔力量の増幅にえられずに暴走してしまう可能性が高い。

 そのため、精霊の儀式を行うのは十二歳を規定としている。


 儀式を行う場所は、拘束の森の中心部に設置されている魔法石の魔法陣の中心だ。

 やる内容としては、魔法陣の中心に立って魔法陣に向けて魔力を注ぎながら精霊の祝福……つまりは呪文をとなえるのだ。

 上手く魔力を注げない子や魔力を暴走させてしまう子がいるので、その補助を行うために魔法陣の周りには魔塔の人間が立っている。


 魔法陣で精霊界へ行った際に、まれに精霊と契約できる子もいるそうだ。

 精霊と契約した場合、知識と力の制御を覚えるために魔塔で教育が行われる。

 アヴリルも花の精霊と契約していたので、魔塔で教育を受けたのかもしれない。

 だが、好敵手役の事情なんて基本的に物語には出てこないので、実際はどうだったのかはわからない。


 アヴリルが精霊と契約していたから凄い……と言いたいところだが、アヴリルとジャンヴィエは他の子ども達と異なり、王様からもらった祈り石がある。

 祈り石を使うことで、魂を精霊界へ飛ばすことなく精霊をこちら側に召喚できる。

 また、精霊の祝福をしなくても魔力を注ぐだけで魔法陣が発動するそうだ。

 だから無駄に長ったらしい呪文を唱えなくてもいいのだと聞いた時は、ガッツポーズをしたものだ。

 呼び出した精霊は、呼び出し主の願いを一つだけ叶えてくれる。

 そのため、ジャンヴィエは膨大ぼうだいな魔力を受け取り、誰よりも魔力のある強い魔術師となったのだ。


「アヴリル様。こちらを……」

 魔法陣の横に立っていた精霊士が、小さな箱を持って私の隣に来た。

 小さな箱には、王様からもらった祈り石が入っていた。

 私は祈り石を受け取り、魔法陣の中心に立った。


「ふぅ……」

 私は息をととのえて、祈り石を両手で持って魔法陣に集中した。

 魔力を注ぐとかよくわからないけど、多分こんな感じに気を送ればいいのだろう。


「ぐぬぬぬっ……」

 両手をかざしたところで、一向いっこうに何も起こらない。

 前の人がやっているときは魔法陣が光っていたのだが、私の時はうんともすんとも言わないのだ。

 魔法陣を囲っている精霊士の人達は、少し困っている気がする。

 ジャンヴィエに精霊の儀式について聞くよりも、魔力の操作方法について聞いておけばよかったと後悔している。


「……アヴリル様⁇私達が少し魔力を注いでもよろしいでしょうか⁇」

 数十分くらい経っただろうか……未だに何も起こらないので、周りの人達はしびれを切らしてしまったようだ。

「……すみません、お願いします……」

 周りの精霊士達が魔法陣に魔力を注ぎ始めてくれたが、不思議なことに魔法陣は光ることが無かった。

 少しと言っていたのに、精霊士達は顔を真っ赤にしながら魔力を注いでいるので、かなり頑張ってくれているようだ。


「……アヴリル様⁇申し訳ございませんが……呪文を唱えてもらっても……よろしいでしょうか⁇」

 そう言うと、精霊士は力が尽きたかのようにその場に座り込んでしまった。

「えぇっ!!⁇」

 その精霊士の後を追うように、他の精霊士達も順にへたり込んでしまったのだ。


 上手く魔力を注げない子ですら、精霊士達の手伝いがあればなんとか魔法陣を発動させることができる。

 それでも駄目……と言うことは、どういうことなのだろうか。

 自身の魔力を注げなくても、魔法陣の中心にいることで何とかなると言うのに、私はそれすらできないのだ。

 このままでは儀式が失敗してしまうではないかと不安になりつつ、だいぶ腕が疲れてきていたので、祈り石を地面に置いた時だった。

 突然、魔法陣から青い水滴のようなものが溢れ出始めた。

「えっ⁇」

 ボコボコと音を立てながら、魔法陣から青い水滴が溢れ出て私をおおった。


 真っ暗だった視界が少しずつ開けてきた。

 ボコボコと音が聞こえてきて、まるで水の中にいるような気がした。

 辺りには何もなく、私を囲うように青紫色の世界がゆがみながら存在していた。

「ここは⁇」

『やぁ。やっと来たんだね』

 声のする方へ私は振り返った。

 そこには、宙を浮くように丸い光が存在していた。

『君の願い……ずっと聞こえてたから、早く叶えてあげたかったんだ』

 光から声が聞こえてくる……まさか、これが精霊なのだろうか。

 私がまじまじと見ていると、ピンク色の光に変わった。

『そんな見ないでよー。照れちゃうじゃん』

 どうやらアヴリルは、精霊をも照れさせるほどの美貌びぼうの持ち主のようだ。

「私の願いを知っているの⁇」

 私がそう言うと、光は円を描くように宙を舞った。

『そうだよー!!だから、これ』

 そう言うと、光から分裂するように別の小さな光が現れた。

『さぁ、契約をしよう』

 その言葉と共に、小さな光はふよふよと私のそばに近寄ってきて目の前で止まった。

 私はゆっくりと手を前に出して、手のひらに小さな光を乗せた。

 すると、先ほどと同じ青い水滴が手のひらの小さな光から溢れ出始めたのだ。

 まるで私を守るように生温かな青い水滴が体にまとわりついて、少しずつ意識が遠くなってきた。

『じゃあ……様と……せにね……』

 私の意識が遠のく直前に精霊の声が聞こえてきたが、何を言っているのかわからなかった。


「……」


「……ル様」


「アヴリル様⁉」


 意識がハッとして、辺りを見渡すと魔法石の光や魔法陣が目に入った。

 どうやら、精霊界から拘束の森へ戻ってきたようだ。

「アヴリル様!!お目覚めになられましたか⁇」

 魔法陣を囲うように立っていた精霊士達は、いつの間にか私を囲っていた。

「はい……」

 まだ少しだけ意識がはっきりとしていないが、どうやら儀式は成功したようだ。

 だが、周りに立っている精霊士達は尋常じんじょうじゃない雰囲気をかもし出している。

「良かったです……ですが、儀式は失敗……ですかね」

「えっ⁇」

「魔法陣の暴走なんて、前代未聞です……アヴリル様には申し訳ありませんが……」

「私達が魔力を注ぎ過ぎたのかもしれないです……申し訳ございません……」

 勝手に悲しむ精霊士や儀式が失敗だとなげくので、どう反応すればよいのだろうか。

「あの……⁇」

 誰も私の話を聞かなそうなので、私は気合を入れて大きな声を出した。

「私!!精霊と契約しましたから!!!!」

 その言葉に、周囲の人達は一斉にえっと驚きの声を上げた。

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