十八.転生がバレてしまったようです……

 雲一つない澄み渡った空に鳥の鳴き声が聞こえる……こんな日は庭を散歩したくなる。

 そんな素敵な日に、私は統領の書斎しょさい椅子いすに座っている。

「……飲まないのか⁇」

「はい、飲ませていただきます!!!!」

 私の間反対に座っているのは、アヴリルの父親であるダーナ地区の統領だ。


 精霊の儀式で成功したと私が言ったが、周りの人達は生温かな目で見ていた。

 誰も信じてくれないので、私は出てこい精霊っと怒声を上げたところ、現れたのだ。


 花の精霊……ではなく、筋肉ムキムキの花の顔をした精霊が。


 まさかこれが花の精霊ではないだろうか。

 アヴリルが花の精霊だと言ってこの精霊を出したら、私は間違いなく爆笑してしまう。

 私は筋肉を強調するポーズを取る精霊に釘付けになっていて、周りがしーんっと静まり返っていることに気づくのが遅れた。

 ゆっくりと周りを見ると、誰もがこの筋肉の精霊に釘付けになっているのだ。

 なんて言えばいいのだろうか悩んでいたところ、ジャンヴィエが声に出して言った。

「……豪傑ごうけつの精霊か」

 その言葉を発した途端、周りは一斉に歓声を上げた。

 花の精霊と契約をしたと思っていたが、あの光は私に別の精霊を寄越よこしたのだ。

 この精霊が私の願い⁉どういうことだともう一度、精霊界へ行きたいがもう魔法陣は反応していない。

すごいです!!豪傑の精霊なんて滅多めったに姿を見せないと言うのに……流石さすがはアヴリル様です!!!!」

「ご令嬢が豪傑なんて……まさか、女傑じょけつの令嬢となられる方なのか⁉」

「素晴らしいです!!今日はお祝いですぞー!!!!」

 魔塔の人間から、ダーナ地区の野次馬やじうま達、そして同い年の子ども達から大きな拍手はくしゅと尊敬の眼差しを向けられた。

 そのせいで、私はぷるぷると震えるしかなかった。

「こ……これ、シナリオと違うやつじゃーん!!!!!!」


 儀式が終わった後は、お祝い状態でうたげが開かれた。

 戻れと言うのに戻らない豪傑の精霊に嫌気を差しつつ、祝福の言葉を投げかける人達に私は笑顔でこたえるしかなかった。

 そんな一夜が終わり、今日は部屋から出ないと決めた矢先に統領に呼ばれてしまった。

 シナリオ通りに花の精霊と契約をしていれば、怪しまれることは無かっただろう。

 だが、豪傑の精霊……そんなものが出てしまったら、怪しまれること間違いなしだ。

 どのような言い訳をしようか頭をフル回転させるが、どうやっても誤魔化しようがない。


「アヴリル……調子はどうだ⁇」

「へっ⁇あっ、元気です」

「それはそうだろう。豪傑の精霊は契約主の身体強化されるからな」

 豪傑の精霊と契約をすると身体強化される……確かにそんな気がする。

 昨日、あんなに騒がしいところで宴があったと言うのに、朝はすっきりとした目覚めで疲労感もない。

 歩いても疲れを感じないから、今日は調子が良いのかと思ったが、精霊のおかげとあらば豪傑の精霊様様だ。

「さて……これまで地区内の問題や国の用事があってな。話をする機会が無かったから今更になってしまったが……」

 そう言うと、統領は立ち上がって本棚に向かった。

 そう言えば、統領に出会うことは数かいくらいしか無かった気がする。

 自分のことに必死で気にしていなかったが、統領は家にいなかったらしい。

 だからと言って、別に用もないし関係ない気がするのだが……統領はまさか、アヴリルのことを気にしていたのだろうか。


「はい、これ」

 統領は本棚から戻ってきたので、何の本を持ってきたのかと思ったら、どこかの地図を持ってきたようだ。

「……これは⁇」

「この国がある島の地図だ。今後、地区外に出るときに役に立つだろう」

「はぁ……」

 私は地図を見たが、どうしてこんな話をし始めたのか分からない。

 アヴリルの調子が良くなったから、クオンの妹であるロアのように外へ飛び出すとでも思ったのだろうか。

「さて、この国がパシュクルゴートと言うのはわかっているか⁇」

「へっ⁇あぁ……まぁ」


 そう言うと、統領は地区毎の説明をし始めた。

 この国は五つの地区に分かれている。

 アイム地区は人によってはアイム聖地区と呼び、王族が住む地域だ。

 地区内で一番狭いのだが、住んでいるのが王族だけなので一人分の領域を考えるとかなり広い。

 現王はこの前会った王様で、スペリグ・Aアイム・パシュクルゴード・レインハルト様と言うらしい。

 そして、王様を支える宰相はブロウ地区の統領のアウトン・Bブロウ・ミゼングラントだ。

 この前、統領と話し込んでいたのはコロン地区の統領であるザンマ・Cコロン・エルソーンチェで、ダーナ地区を治めるのが目の前の統領であるウィント・Dダーナ・タルジュアースだと紹介を続けた。

 また、エスト地区は統領と呼ばないで教皇と呼ぶそうだ。

 そして、教皇になったら名を捨ててエスト教皇と名乗るのが決まりになっているらしい。


「はぁ……丁寧なご説明をありがとうございます。でも……どうして統領の説明を⁇」

 小説やゲームをやったけど、攻略対象の名前くらいしかまともに出てきていなかったので、名前はおろか顔すら知らなかったのだ。

 誰かに呼ばれる時の名称と言えば、地区名プラス統領だ。

 だから、今のように教えてもらえるのは有難いが……

 統領は無言のまま、お茶を飲んだ。

 そして、息を整えて私に視線を向けた。

「アヴリル……お前の魂が変わったのは分かっている。だから、早めにこの国の説明をしようと思っていてな」

「……はい⁇」

 私は驚愕きょうがくしたと言うのに、統領は平然とお茶を飲んでいた。


 ――目の前にいる少女がアヴリルじゃないって気づいていたと言うこと⁇


 そんな簡単にバレると思っていなかった私は、震えながら服をギュッとつかんだ。

 入れ替わったと知られたら。これからどうなってしまうのだろうか。

「……どうして気付かれたのですか⁇」

「まぁ……言動や行動が変わってしまったのも要因はあるが……」

 そう言えば祈り石を受け取りに行くときに、統領からアヴリルは病弱で可憐な令嬢だと言われた。

 もうその時からバレていたと言うことか……リザには心を入れ替えたと言って誤魔化せたから、まだいけると思っていたのに。

「その身体に、魂が定着していたのでな。入れ替わったと認識したのだ」

「はっ⁇魂⁇」


 統領いわく、アヴリルは生まれつき身体と魂の波長が合わないため、少しの衝撃を受けることで、魂が離れてしまうそうだ。

 魂が離れたままでいると、肉体は死んでしまい魂も今世こんせい彷徨さまようことになる。

 そのため、アヴリルのように身体と魂の波長が合わずに、死んでしまう人が年に数人いるらしい。

 身体と魂の波長が合わないと、身体の調子はすぐれずに病気がちになり、さらに少しでも自分以外の魔力を感じ取ると魂が離れてしまう。

 だからアヴリルに虫が近づくと、アヴリルは魂が身体から離れてしまい気絶してしまうそうだ。

 驚いたことに、虫ですら魔力を持っているそうだ。

 本当なら、精霊の儀式を行うときに花の精霊と契約を行うことで、精霊の力を借りて身体と魂の波長を合わせてもらうそうだ。

 だが、その前にアヴリルの魂が離れて私の魂が入ってしまったのだ。


「つまり……私も魂が飛んでしまう⁇」

「いや……今のアヴリルは、身体から離れないよう魂が張り付いているので大丈夫だ。だから精霊も豪傑の精霊と契約することになったのだろう」

 統領の言葉に、私は頭を抱えるしかなかった。

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聖騎士様の初恋傷は治らない 紗音。 @Shaon_Saboh

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