十五.天使のような救世主様

 ゆっくりと目を開けると、そこは綺麗きれいな天井の見える場所だった。

「……ここは⁇」

「起きました⁇」

 私はゆっくりと起き上がり、声の聞こえた方向に顔を向けた。

 そこには、倒れる直前に見た天使が椅子いすに座っていた。

 銀色のふわふわとした短い髪に、真っ白な服に青い肩けを身に付けていた。

 大きくクリッとした瞳は金色に輝いており、本当に天使と言っても過言ではないほどの容姿だ。

「ここは……天国⁇」

「いいえ、教会の客室になります」

 天使はにこりと微笑ほほえんでいたが、何だろう……一瞬だけ背筋せすじがゾッとした。

 何となく、この天使の微笑みに裏があるような……いや、天使に裏があるわけないじゃないか。

「そうですよね!!……私をここまで運んでくださったのですか⁇」

「はい。私がお運びいたしました。もう体調はよろしいでしょうか⁇」

 再び背筋にゾゾッと感じた。

 何だろうか……もしかしたら、風邪でも引いたのかもしれない。

 今日はもう帰って早く寝たほうが良いかもしれない。

 とりあえず……この天使にお礼だけは言っておこう。

「ありがとうございます。私、アヴリル・D・タルジュアースと申します。……あなた様は⁇」

 私はベットの上でお辞儀じぎをして、天使に向かって微笑んだ。

 天使も私に微笑み返し、ゆっくりとお辞儀をした。

「ダーナ地区統領のご令嬢でしたか。大変失礼しました。私、フェイル・Eエスト・パシェク・サインラートと申します。今後ともよろしくお願いいたします」


 ――フェイル……だと⁇


 私は大きな衝撃を受けた。

 フェイル・E・パシェク・サインラートは主人公の相手役の一人だ。

 友人の書いたこの小説は各章毎に相手役が変わるのだ。

 主人公はすべて同じ人間で、同じ物語を相手が変わって話が進む。

 一章では王子、二章では宰相の息子、三章では聖騎士、四章では孤高の魔術師、五章では救世主、六章では魔王となる。

 最後の七章では、魔王を倒して世界を救った後、元の世界に帰るのだ。

 ループのような物語形式で、章の最初に主人公は必ず『私……ここを知っている⁇』と発するのだ。

 登場人物はその相手役によって好敵手役ライバルが登場する。

 王子の場合は宰相の娘、宰相の息子であるチェンバールの場合は聖騎士の妹のロア、聖騎士であるクオンの場合はアヴリル、孤高の魔術師であるジャンヴィエでは……コイツ自体が好敵手役扱いだったかな⁇そして、救世主であるフェイルの場合は……魔王だ。

 チェンバールとクオンの話では、好敵手役と言うよりは応援してくれる友人にしか見えなかったが、他のルートではセット扱いになっているのでそのせいだろう。

 ゲームでは好敵手役側の話を深堀ふかぼりされていたが、原作では本当に扱いはひどかった。

 宰相の娘は意地悪で性格の悪い女性として描かれており、最後は王子に断罪されてしまう。

 ロアの場合はもっと酷い。主人公と仲良くなろうと試みるがすべて裏目に出て、周りから叱責しっせきされてばかりだった。チェンバールとクオンの最後には、無表情かつ物静かな状態でひらひらとした重そうなドレスを着ていた。

 アヴリルの場合は言うでもなく、最後は死んでいるのだから何も言うことは無い。

 魔王の場合……そう、目の前にいるフェイルは大切な仲間達を魔王に殺されたことにより、復讐ふくしゅうの鬼と化した男だ。

 すべての魔物と悪魔を根絶やしにして、世界から闇を消すのが彼の夢だ。

 敵と対峙たいじするときにだけ悪魔のような本性を出すのだが、その姿を主人公に見られてしまうのだ。

 そこから主人公をおどして一緒にいるのだが、少しずつ主人公を大切に想う心が出てきてしまい、次は離れようとしてくるのだ。

 魔王の居場所を知るや否や単独で向かい、魔王の女の魅了にやられてしまう。

 だが、駆けつけた主人公により魅了は破られ魔王を倒すのだ。

 そして、『どんなあなたでも、私は離れない。永遠に守るわ』と言う主人公の言葉に、フェイルは心の傷がいやされて……ってところで話は終わるのだ。


 彼は悪魔のような心を持ってしまっていると感じて、そんな心を誰にも知られないように、いつも優しい天使のような顔をしているのだ。

 そう……今の彼のように。

「……ご令嬢⁇大丈夫ですか⁇」

「あっはい!!すみません、意識が飛んでました!!!!」

 心配そうな顔で私をのぞくフェイルの顔は、本物の天使のように見える。

 なのに……そんなことを思いだしたせいで、恐怖しか感じなくなっている。

「そろそろ……帰らないといけないので」

 私はフェイルの座る椅子の反対側からベットを下りて、壁に張り付きながら出口の扉に近づいた。

「そうですか……もしかして、ここには初恋傷について調べに来たのでは⁇」

「げっ⁉なぜそれを!!!!」

 私はあわてて口を隠すも、フェイルはクスクスと笑いながら微笑んだ。

「クトプルから聞いております。もしかしてこちらの書庫に御用でしょうか⁇」

「あっはい!!見たかったんですけど……」

 どのくらい意識を失っていたかわからないが、とりあえずはジャンヴィエ達のところへ逃げたほうが良い。

 書庫は今度、クトプルにお願いして連れて行ってもらおう。

 フェイルがいないときに。


「……もしよろしければ、次にこちらへ来るときはご案内してもよろしいですか⁇」

「へっ⁇いやいや、そんなお手をわずらわせるような……」

 そこまで言った時に、私はハッとした。

 

 ――私は魔物や悪魔ではない。

 

 ――彼の本性をこの目で見たわけではない。


 つまり、今の彼からすれば私はお客様……優しくされる対象なのだ。

「クトプルと同じく、私もお手伝いさせていただきたいのです。……ダメでしょうか⁇」

 フェイルはとても切なそうな顔をしている。

 この現場を他の誰かに見られたら、私がいじめているように見られてしまう。

「ぜっ、ぜひともお願いします!!!!」

 慌てながら頭を下げる私に、フェイルは天使の笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。次回ですと……精霊の儀式の後ですよね⁇」

「えっ⁇……あぁ、はい」

 どうして精霊の儀式の話をしてくるのかわからないが、確かに次に来るときは精霊の儀式が終わった後だ。

 精霊の儀式はダーナ地区内で実施されるので、教会は関与しない。

 何か気になることでもあるのだろうか。

「あの……儀式が何か⁇」

「……いえ。そうなると、令嬢も魔法が使えるようになるのだと思いまして」

 そう言って、フェイルはにこりと笑った。

 何となく怖い気もするが、それはきっと私がフェイルを知っているせいなのだろう。

「では、また今度お会いしましょう」

「はい。ごきげんよう」


 そうして、私は教会を後にした。

 教会の中は見れていないが、今度行ったらフェイルに案内してもらおう。

 あんなに死にそうだった身体は、うそのように快適に動かすことができたのだ。

 もしかしたら、聖なる場所にいると体力も自然と回復するのだろうか……この世界のなぞは深まるばかりだ。

 元の場所へ戻ると、未だに二人の世界にいるので、ジャンヴィエの頭をはたいて覚ましてあげた。

 そして、今度は教会へ行くとクトプルに話をして、私達はエスト地区を後にした。

 名残なごり惜しそうな顔をしたジャンヴィエを蹴飛けとばしながら。

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