十一.キャラ通りにならなきゃダメでしょ!!

「あーっ!!良かったぁ!!これで、あっし達が意味があったもんだ」

 そう言いながら笑い合うロアとチェンバールの言葉を、私は見逃さなかった。

「……抜け出した⁇」

 私がその言葉を繰り返すと、ロアはあっという顔をしながらチェンバールを見た。チェンバールは涼しそうな顔で、眼鏡をくいっと上げた。

「ロアは父君から退治屋の活動の地盤が固まるまでは、他区への移動を禁じられていたのです。もし、勝手な行動をとった場合には、即活動の停止、令嬢として真っ当に生きるよう決められたのです」


 確か、原作でもロアは父親に活動を反対されていたが、無視をして町で活動していた。

 父親からすれば、娘がそんな危ないことをしているのは気が気でないのだろう。

 それを許したと言うのが不思議だったが、なぞは解けたようだ。

 チェンバールがあの父親……大男にその案を提案したに違いない。

 元々ロアは活発なタイプなため、今までも色んな地区に旅をしては悪党退治と言ってあらくれ者と喧嘩ケンカばかりしてきた。

 好き放題にでかける娘を自分の地区内でのみ活動させるとなれば、一先ひとまず安心できるのだろう。

 そしてロアのことだから、地盤固めをする前に他区へ活動しに行くと思われたのだろう。

 まさか、チェンバールはこのことを見通してロアをめたのではないだろうか……


「ローが他区へ行ったことがバレないために、今回は隠密活動をしたのです。どうです⁇誰も俺達について何も言っていなかったでしょう⁇」

「あっ……」

 そんなカラクリがあったのかと、私は感心してしまった。

 だからメイドがロアとチェンバールについて何も言っていなかったのか。

 ……と言うか、この二人はこんなことのためにわざわざ隠密おんみつ活動までして、ここに来たのかと驚愕きょうがくしてしまう。

 数日しか経たない内に、チェンバールは悪知恵を身に付けてしまったのか。

 しかも、宰相の仕事が天職ではなく、退治屋が天職とか言っていなかっただろうか。

 チェンバールが宰相の跡を継がなかったら、この国はどうなってしまうのだ。

「えっと、チェンバール⁇」

「はっ!!チェン、誰か来るよ!!」

「ちっ、ここまでか!!ロー、行くぞ!!」

 そう言うと、二人はまたも二人の世界に入って、入口の扉の横に張り付いた。

「姐さん!!今度は正式に退治屋としてお会いしましょう」

「姐さん!!またねー」

 二人は笑顔で私に手を振ってきた。

 その後、扉をノックする音が聞こえた。私が返事をして、リザが扉を開けた。

 その瞬間、二人はリザの背後を通り部屋から出て行ったのだ。

 何かの気配を感じたのかリザは振り返ったが、もう廊下ろうかには誰の姿もなかった。

「……気のせい⁇」

「あぁっ!!リザ、お茶を持ってきてくれたのね!!ありがとう!!」

 私は二人がいたことをバレないように、あわててリザに声をかけた。

 リザも不審な気配より、私のお礼の方が嬉しかったようだ。大きな返事をしながら、ささっと紅茶と茶菓子を出してくれた。


「……ふぅ」

 リザに怪しまれることなく、下がってもらえた。

 あの二人のせいで、どうして私がこんなにあせらなければならないのだろうか。

「大変申し訳ない」

 そう言ってクオンは私に頭を下げてきた。

 私はため息をつきながら、クオンの向かい側の椅子いすに座った。

 最初から優雅ゆうがに座って構えていればよかった。そうすれば、もう少し落ち着いて対処たいしょできた気がする。

「いえ、大丈夫です。お二人も帰られたことですし、クオン様もお帰りになられたほうが良いのでは⁇」

 多分、ロアとチェンバールはクオンと一緒に来ているはずだ。だから、このままクオンがここにいると、またあの怪しい隠密行動を続けそうだ。

 クオン達が帰ったら、今日はゆっくりと休もう。じゃないと、体力がいくらあっても足りない。

 私がそう言うと、クオンはあぁと声を上げて立ち上がった。

 あの二人が来た理由はわかったけど、クオンが来た理由は何だろう。

「あっ……あの!!」

「はい⁇」

 私は頭をかしげながら、クオンを見つめた。

 相変わらず目が合うと、顔を赤くして下をうつむいてしまう。


「俺も……呼んで良いか⁇」

「はっ⁇あんたも姐さんって呼びたいわけ⁇」

「違う!!あの……その……」

 そう言いながら、クオンはもじもじとしていた。

 こんなにひょろひょろのヒヨッコがクオンなんて、クオンファンはショックを受けるのではないだろうか。

 どこをどう転んだら、あのクオンになるのかがわからない。

「俺も、あっあなたのことを……アヴ……リルと呼んでも良いだろうか⁇」

 今にも鉄板から飛び出しそうなゆでだこのような顔で、クオンは聞いてきた。

 推しでなかったとは言え、こんな原作崩壊しそうなキャラを見るのは忍びない。

 私はため息をつきながら、クオンを指差した。

「いいわ。その代わり、条件があるわ」

「条件⁇」

 真っ赤な顔のまま、クオンは私を見つめてきた。

 こちらまで移りそうなほど真っ赤な顔をしているので、本当にやめてほしい。

「ええ。騎士様と言ったら、敬語を使うわ。そして、自分のことを『私』と呼ぶの」

「えっ、でもこの前は『俺』って……」

 反論してくるクオンに対して、私はキッとにらみをかせた。

 小説でも、ゲームでもクオンは敬語だったし、敬称は『私』だった。

 そして、優しそうな好青年であって、ゆでたこボーイではない。

「『俺』を使っていいのは、私と二人の時だけよ。他の人には紳士的態度でないと。それに、紳士はそんなゆでたこのような顔をしないわ」

「ゆで……たこ⁇」

 ぷしゅーと湯気でも出そうな顔で、頭を傾げるクオンに私はため息をついた。

 そして、クオンの手をつかんで鏡の前まで連れてきた。

「見なさい。これがゆでたこの顔よ」

 鏡の前にクオンを立たせると、クオンは自分の顔を見てさらに真っ赤になっていた。

「……気を付け……ます」

「私の前まで敬語使わなくていいから」

 私がそう言うと、クオンは頷いた。

 その後、私の方に振り返ると、深呼吸をして落ち着かせて真面目な顔をしてきた。

「あっアヴリルも!!今みたいな感じの話し方が俺は好きだ」

「なっ」

 そう言えば、ロアやチェンバールのせいでお嬢様風の話し方が抜けていた。

 少し心を落ち着けて戻したつもりが、クオンまで変なことを言ってきたのでまた抜けてしまったようだ。


「では、次に来るときは連絡する」

「えぇっ。よろしく……お願いするわね」

 馬車に乗る直前に、クオンがこちらに向かって挨拶をしていた。

 本当に、この兄妹達は何をしに来たのだか……ため息をついていると、クオンは私の手を取り、手のこうに口づけをした。

「はっ、えっ⁇」

 突然のことに、私は驚いてしまった。

 そんな私の顔を見て、クオンは笑っていた。

「アヴリルも俺と同じ、ゆでたこだ」

「なーっ!!早く帰りなさいよ!!」

 そう言って私は、クオンを馬車に押し込んだ。

 中には今まで隠れていたのだろうロアとチェンバールが、ニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。

「ははっ、良かった。この前アヴリルが来たときは、婚約の件を止めてほしいと言いに来たのかと思ったんだけど、そうじゃなかったみたいで良かった」

「えっ⁇」

「じゃあ、またね」

 そう言うと、クオンが御者に声をかけて馬車は走りだした。


 婚約の件……


「あああっ!!!!ちょっと待ってぇー!!!!!!」

 私がさけんだ時には、もう馬車ははるか遠くに行ってしまっていたのだった。

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