五.お茶会か婚約者か

 大男は笑顔で頭領に近づき挨拶した。その後、大男は私に声をかけてきたので、軽く会釈をして頭領の後ろに隠れた。

 アヴリルならこうするだろうと予想をしていたが、的中していた。頭領は娘の無礼をわびつつ、演習がどうとか遠征がとか話していた。ここでもまた軍事の話かと、目を点にしてしまった。


 早くお茶会へ行きたいのだが、アヴリルならここから動かない。礼儀を欠いてはいけないと思っているからだ。とりあえず、二人の話が終わるまで待つことにしたのだ。


 だが……


 長いっ!!!!!!!!


 長すぎるっ!!!!!!!!


 井戸端いどばた会議に花を咲かせ過ぎではないだろうか。徐々に苛々が溜まってきている私だが、必死に理性をたもっていた。

 キレちゃダメだ。キレたらアヴリルのキャラが崩壊してしまう。花の精霊の異名の通り、美しくいなければならない。

 だが、ここで立ち止まっていては、王子へのフラグが立たない。むしろ無くなってしまうではないか。


 どうすればいいだろうかと悩みながら、私は庭園の方に視線を移動させた。

 庭園は鳥籠とりかごのような形をしており、木々におおわれた白くて大きな建物だ。安全面が考慮されており、外から中を見ることはできない。唯一見ることができるのは、出入口が開いたときだけだ。

 もし、歓声が聞こえたら……もし、メイドが出てきてしまったら……そこで終わりだ。


 いつまで経っても終わらない井戸端会議を待つより、自分の恋愛フラグを回収に行ったほうが確実に良いだろう。

 ただ、この人達の井戸端会議のせいで、庭園に向かう時間がもう無い。どうにか短縮して、庭園に向かわねばならない。


 私は庭園を見て、その下の広場に視線を下ろした。

 ここは、二階の吹き抜けの通路だ。ここから下の広場へ行ければ、時間短縮が可能だ。

 私は目を閉じて深く呼吸をし、気合を入れた。

「よっしゃぁぁぁっ!!行くぜぇぇぇっ!!!!」

 そのけ声と共に、私は走り出した。そして、通路の最後の足場に力を入れて、大きくジャンプをしたのだ。

 後ろから頭領と大男の声が聞こえてきた。だが、もう今の私には関係ない。着地とともに、走り出せばよいのだから。


 前世でよく、飛び込みやらバンジージャンプ等で、飛び降りることはあった。どれも勢いがあるし、絶叫できてとても楽しかったことを覚えている。

 だが、何故なぜだろうか。今はまるで風船のように、ゆっくりと落ちていくのだ。辺りを見渡す暇もあるのだ。

 庭園を見て、まだメイドが出てきていないことを確認する。ホッと一息を着いて、私は着地予定の足場に目をやる。

 そこには、私と同じ年くらいのか細い男の子が立っていたのだ。あわてた様子で私の着地点に近づいてくるのだ。あろうことか両手を出してくるではないか。

「ちょっと邪魔邪魔邪魔ぁぁぁっ!!!!!!」

 このままでは上手く着地できないと判断した私は、近付いてくる男の子の顔面を蹴飛ばしたのだ。そこまで強く蹴飛ばしていないが、男の子は草むらに吹き飛んで転がったのだ。

 私は予定通り、綺麗に着地を成功させたのだ。


「よっし!!……ってこの子は……」

 男の子の様子をうかがうと、どうやら気絶をしているだけで問題はなさそうだ。

「まさか……ねっ??」

 ここはアヴリルと婚約者であるクオン・C・エルソーンチェが出会う場所だ。だが、私の知っているクオンとは似ても似つかないほど、ひ弱そうな子だ。まだ二人が出会うには少しだけ時間が早い。だから、きっと別の子どもだろう。


 私のことは記憶から消すか、夢だったと思ってくれるよう男の子にお祈りをした。

「よっし!!行くぞ!!」

 そして私は、庭園へ向かって走り出した。


 ……はずだった。


 どんなに足と手を振っても、前に進まないのだ。そう言えば、少し身体が宙を浮いているような気がする。

 恐る恐る後ろを振り返ると、鬼の形相をした頭領が立っていた。どうやら魔法を使って、私を宙に浮かせているようだ。

「ちょっと!!早く行かないと、終わっちゃうんだけど!!??」

 ジタバタ暴れるが、それもむなしく魔法は解けない。頭領は手で顔を覆い、大きなため息をついた。

「まったく……人様に怪我をさせて、そのまま置いていくなんて何を考えている??」

 手の隙間すきまから、鋭い目つきで頭領は私をにらんだ。あまりの迫力に、私はたじろいでしまった。

「もし彼があのまま死んでしまったらどうするんだ??」

 まるで私をさとすかのように、頭領は私に問いかけた。

「……生存確認はしたし、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られてほにゃららということわざがありまして……」

 指と指をツンツンしながら、私は頭領から目をそむけて答えた。多分、この世界には無い言葉なのだろう。頭領は頭にはてなを浮かべているような顔をしていた。


 ドスンッッッッッッーー


 頭領の後ろ側から、鈍器でも落ちたのかというくらい大きな音がした。一斉に音がした方に顔を向けると、先程の大男が上から飛び降りたようだ。

 着地した時、数秒だけ動かなかったが、こちらに顔を向けてドスドスと足音を立てて歩いてきた。

 そして、宙に浮く私に顔を近づけてきたのだ。デカい人だと思っていたが、よく見るとそこまで背は大きくないようだ。全身にまとっているよろいのせいで、更に大きく見えていたようだ。職人のようなキリッとした顔で、怒ると怖そうだ。

 私の顔をまじまじと見た後、大きな口を横に広げて笑ったのだ。

「ガッハッハッハッハッ!!嬢ちゃん猫被ってたな??いのししのような娘っ子じゃないか!!なぁ、頭領さんよ」

 そう言って、私の頭をわしゃわしゃとで回した後、倒れている男の子のところへ行った。

「ほれ、起きろチビ!!こんなんで気絶してるようじゃ、帰ったら鍛錬百倍だな!!」

 大男は、男の子の頭をとても良い音を立ててはたいた。

「いってぇぇぇっ!!」

 叩かれた衝撃で、男の子は目が覚めたようだ。驚いて辺りを見渡している。

「ほれ、嬢ちゃんに挨拶せんか」

 男の子の首根っこをつかんで立ち上がらせて、私の前に男の子を押し出した。

 何が起きているのか理解できない様子の男の子だったが、私の顔を見た途端、顔を真っ赤にさせたのだ。

 とても嫌な予感しかしないのだが、今の私はここから逃げ出す手立てはない。

「はっ……初めまして……クオン・Cコロン・エルソーンチェと申します」

 そう言うと、男の子は顔を下に向けた。

 やはりこの子どもはアヴリルの婚約者になるクオンだったのだ。

 クオン本人ですと言わんばかりに、おでこの右側の眉あたりに、初恋傷がキラリと輝いているのだった。

 そんな強制イベントのせいで、庭園に王子が登場していることに、私は気づいていなかったのだった。

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