十三.研究仲間が増えました!!

「あのー、ここにはどのような御用でしょうか⁇」

 三つ編みの素朴そぼくな顔をした少女の声に、私は我に返った。

「あっ、すみません!!えっと……」

 少女に声をかけられるとは思っていなかったので、頭に入れておいた言い訳集が真っ白になってしまった。

「ここはですね、神聖なエスト地区になります。この地区は特別地域となりますので、地区内に生える草一つでも理由なく採取されるのは罪となります」

 少女は私の顔をまじまじと見た後、服装も確認をした。

 ジャンヴィエから奪ったローブを着ているが、中は動きやすいひらひらとしたワンピースだ。

 足元にはきらりと光る高そうなブーツを履いている。

 たたずまいを見たら、誰がどう見ても貴族だとわかってしまう。

 本来なら、平民と貴族は区別されて優遇ゆうぐうされるのだが、エスト地区ではそれは通用しない。

 平民、貴族関係なく、教徒が上の存在となるのだ。


「身なりからして、貴族の方と思われますが……ご両親はいらっしゃいますか⁇」

「えっと、いや……あのー」

 声をかけてくるとしたら、おっさんかそこらかと思っていた。

 だから、私かジャンヴィエの姿を見たら、どこの誰かかわかると思っていた。

 最悪、この可憐かれんな見た目で誤魔化ごまかすのもありかと思っていたが、少女には通用しそうにない。

 どうしようかと助け船を出してもらおうと、ジャンヴィエに視線を向けた。


「……」


 ジャンヴィエは私と少女がめていることなど気にもせず、楽しそうに雑草を見ては取ってを繰り返している。

 私は初恋傷の研究をお願いしていたはずなのだが、どう見てもあればジャンヴィエの趣味ではないだろうか。

 ダーナ地区でも研究のために、多くの雑草を植えているのは知っている。

 だが、教会は地区一帯に神聖な力を蔓延はびこらせている。

 そのため、神聖な力に影響を受けた雑草は変種のものが数多く存在するそうだ。

 だから、ダーナ地区で見当たらない雑草を、アイツは嬉々ききとしながらポケットに忍ばせているのではないだろうか。


「あの……」

「ジャンヴィエェェェェェェッッッ!!!!!!!!」

「ふぁぁぁぃ!!⁇」

 少女の声をさえぎるように、私は大きな声でジャンヴィエを呼んだ。

 その声を聞いたジャンヴィエは、飛び上がるように立ち上がった。

 先ほどまでの嬉しそうな顔が、一瞬にして能面のような顔に変わり、壊れた人形のようにギギギッと音を立てそうな動きでこちらに顔を向けてきた。

「……なに⁇」

 ジャンヴィエの声も、まるでロボットのように固くなっていた。

 私は少女の方を指差して、早く説明をしろと言う顔で顔をくいっと上げた。

 ちらりと少女を見たのだが、私が突然大声を出したせいで驚いたようだ。

 目を丸くして口を開けた状態で、硬直こうちょくしている。

 まぁ……基本的に貴族は大声を出さないので、イメージと違い過ぎて許容範囲をえてしまったのだろう。


 意味が分かったのかどうかは分からないが、ジャンヴィエはこちらに向かってくるようだ。

 歩く姿も本当にロボットのようだ。

「……何か⁇」

「あの!!ここは神聖なエスト地区になります。この地区は特別地域となりますので、地区内に生える草一つでも理由なく採取されるのは罪となります。ですので、あなた方のご用件を伺いたいのですが……」

 ジャンヴィエは少女に対しては、いつも通りのクールキャラに戻ったようだ。

 少女もジャンヴィエの声に、我を取り戻したのだろう。

 先ほどと同じことを言っていた。

「それは、アヴリルが答えれば……」

「言え」

 ジャンヴィエが説明を放棄ほうきしようとしたので、私が無表情のまま言葉を遮った。

 沈黙が数秒流れた後、ジャンヴィエはうなずきながらはいと答えた。


「妹のこんや……」


 ――ゴンッ


 私はジャンヴィエの肩にひじ打ちをした。

 余計なことを言うなよと言う意味と、聞いているからなと言う圧を込めて。

「……知り合いが初恋傷を負ってしまったのだ」

「まぁ、初恋傷なんて……おとぎ話のようなめずらしいことが起きるのですね」

 少女は初恋傷と聞いて、驚いてとても嬉しそうに笑った。

 小説で読んだ限り、初恋傷を負ったのはアヴリルとクオンだけだ。

 もしかしたら、この世界ではそのような伝説があるけど実際にはそんなことは滅多めったにないのだろうか。


「それで、初恋傷を消す方法を探しに来たんだ」

「えっ⁇そんな素敵なものを消すなんてもったいないですよ」

「俺もそう思……」


 ――ゴンッッッ


 先ほどよりも強く肘打ちをした。

 かなり痛かったのか、声にならない悲鳴を上げながら腕を押さえていた。

「そのあざを負った方の想い人には、もう別の相手がいらっしゃいますの」

「まぁ!!……なんて無慈悲むじひな」

 私の言葉に、少女はとても悲しそうな顔をしていた。

 初恋傷がおとぎ話程度にしか認識されていなくても、初恋が実らないときの消える現象については知っているのだろう。

 まったく……『実らない場合は心臓をえぐるほどの苦しい思いをする』なんて設定にした友人には、文句もんくしか思いつかない。


「ですので、私のお兄様はその方を思い、初恋傷を消すための方法を探しにここまで来たのです。私はその付きいですわ」

 そう言って、私は少女ににこりと笑顔を向けた。

 未だに震えているジャンヴィエをつんつんと指でつつきながら。

「……わかりました。お知り合いの痣を消す研究のためですね。それでしたら、こちらでの採取は問題ありません」

「ありがとうございます!!ほら、お兄様も」

 私が頭を下げると、ジャンヴィエも震えながらも頭を下げた。

 これではどちらが上なのかわからないではないか。

 しっかりしてほしいものだ。


 私達はまた先ほどの雑草が生える場所へ戻ろうとした時だ。

「……あの!!」

 少女が声をかけてきたのだ。

「……何か」

 やっと声が出るようになったジャンヴィエが答えたのだ。

「……もしよろしかったら、私もお力になれませんか⁉」

 少女は私達に許可をするだけでなく、手伝いもしてくれると言うのだ。

 エスト地区の人が一緒に作業をしていれば、今後他の教徒が現れても説明してくれるので作業がスムーズになる。

「いや、そんなごめ……」

「きゃー!!ありがとうございます!!!!よろしくお願いしまーす!!!!!!!!」

 ジャンヴィエの言葉を遮り、私は少女にけ寄り両手を握ってぶんぶんと振った。

 少女は一瞬だけ笑顔が硬直したが、やわらかな笑顔を見せてくれた。

「こちらこそ、ありがとうございます。微力びりょくながらお力添ちからぞえさせていただきます」

 そう言うと、少女は私とジャンヴィエを見渡してお辞儀した。

「私、エスト地区の修道女見習い、クトプルと申します。今後ともよろしくお願いいたします」

「私はアヴリル・D・タルジュアースと申します。こっちは兄のジャンヴィエです!!」

 こうして、初恋傷を消す研究仲間がここに誕生したのだった。

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