七.婚約者の義妹登場!!

「初めましてー。あっし、ロア・Cコロン・エルソーンチェって言いまーす。お・ね・え・さ・ん⁇」

 ニコニコと笑いながら、椅子にふんぞり返るように座る少女を目の前にして、私は汗をダラダラと流しながらも必死に笑顔を取り繕っている。


 なぜ、このような状況になったのかと言うと、先日に起こった婚約事件のせいだ。あの後、クオンの父親である大男に首を絞められて技が決まった私は、その場で気絶してしまったのだ。

 原作と同様に目覚めた頃には、私がクオンと婚約したと言う情報はダーナ地区だけでなく、全地区に広まっていたのだ。部屋には山積みのお祝いの品に、招待状の山ができていた。

 逃げ道を失った私は魂が飛ぶような気がして、再び眠りにつきそうになった。だが、私はアヴリルとは違う。負け戦だろうと、戦って散って見せると奮起した。

 メイドのリザが止めようとする手を拒んで、クオン達のいるコロン地区へ馬車で向かったのだ。普通に行くと半月近くかかる距離なので、移動の魔方陣を使ってさくっと地区移動して、クオン達のいる屋敷へ向けて馬車を走らせたのだ。

 旅立つ直前、リザが統領がーとかなんか騒いでいたが、帰ったら聞けばいいだろう。か弱いアヴリルが倒れたのだ。父親としては心配なのだろうが、あの状況で娘の婚約を決めたのだがら少しは反省してほしいものだ。


 そうして、私はクオン達の住む屋敷へ到着した……はずなのだが、入り口に入ると右に訓練場、左に射撃場と言う……本当にここはクオン達の家で合っているのだろうかと思うほど家らしきものは見当たらなかった。馬車が途中で曲がったので、外をのぞくと大きな森が目の前に見えた。どのくらいかかったかわからないが、森を超えた後は川があり、野生動物と野生の人間が走り回っている謎な光景を見てしまったのだ。

 私の頭がおかしくなったのか、そもそもこの場所がおかしいのかを考えた。だが、どう考えても後者としか言えない。

 本当にクオン達の住む家に辿り着けるのかと不安になりながら進むこと十数分、馬車が止まったのだ。扉が開き、降りた目の前には先ほどとは異なり、立派な屋敷があったのだ。我が家と引けを取らない大きさに中世ヨーロッパにあってもおかしくない外観に、私は感動してしまった。

 あの大男が住むような場所だから、テントか掘立ほったて小屋をイメージしていたのだ。途中に森があったことだし、ジャングルに住んでいてもおかしくないとは思っていた。


 アポなしの訪問だったので、出迎えた執事らは困っていた。どうやら運悪く、クオンは外出しているそうだ。客間に案内をしてくれることになり、歩いているところに一人の少年がこちらに向かってきたのだ。

 すらりとした足が見えるくらいの短パンに、タンクトップのような服を着ている少年はここに迷い込んだ町の少年と言われたほうがしっくりくる。だが、執事やメイドが横に避けて頭を下げているのを見る限り、どこぞの令息と思われる。クオンと同じ短い黒髪に、明るい黄色のぱっちりとした瞳が印象的だ。そう言えば、クオンは濃いオレンジ色をした瞳に優しそうな垂れ目をしていた気がする。ミニクオンの顔はまともに見ていないから、昔からなのかはわからないが。

 目の前の少年は私の全身を品定めするようにくるりと周って見てきた。そして、にこりと笑った後、私の手をつかんだ。

「まだにぃは帰ってこないから、あっしとお喋りしましょー!!」

「えっ⁉」


 そう言って、私を引っ張り部屋に連れ込まれて今に至るのだ。

 そう、少年と思っていたのは実は少女だったのだ。そしてクオンの妹・ロアであることに気付いたのは、名乗られて初めて気づいたのだ。

 確かロアはアヴリルのことをあまり好きではない。主人公がクオンルートへ進むと、親身になってくれるのだ。明るくて優しい主人公を好み、物静かで悲しげな顔をしているアヴリルのことを陰湿な感じで嫌っていたのだ。

 だからこそ、今この状況は私にとってかんばしくないと言うことだ。

「ねぇ⁇」

「はいぃっ!!⁇」

 ロアの声に、私は驚きつつあせりながら返事した。精霊の儀式を行った後であれば、花の精霊と契約をして称号と加護を受けている。その場合は、ロアなんてでもないのだ。

 だが、今の私はまだなのだ。


 ロアはコロン地区のあの大男の愛娘だ。

 本来なら淑女であるための教育やマナーを学んで綺麗なドレスに身を包んでいるはずだ。だが、ロアはクオンよりも自分が騎士団の団長に相応しいと豪語して、幼い頃から鍛錬を行っている。つまり、現時点で彼女はそこらの野生の熊よりも凶暴で強いのだ。

 もともとコロン地区の人間は、無駄に力強いのだ。この地区の人間が喧嘩ケンカをすると、近くの家が全壊するほどの暴れっぷりだと言う。

 その中でも統領の血を引く子ども達は別格なのだ。クオンを見てひょろっこいと思っていたが、ロアは違った。見てわかるほどの筋肉質な身体に、強者の覇気はきがある。

 今、ロアにクオンと私が婚約なんて有り得ないとキレられて暴れられたら、私はここで終了となる。

「名前はなんていうの⁇」

 ニコニコと笑いながら、私に質問してくるロアに対して私は、怒らせないように顔を引き攣らせながら答えた。

「私はアヴリル・D・タルジュアースと申します」

「へぇー⁇アヴリル……にぃの婚約者の⁇」

 未だにニコニコと笑っているロアに、私は恐怖を感じた。


 ――これは、彼女なりの挑戦状だ。


 自分の兄に合うような女に見えないと思うが、お前は本当に兄の婚約者なのかと聞いているのだ。笑顔を崩さずに聞いているが、ここで彼女の求める答えを言わないと命が無いと言うことだ。

「はっ……はい!!でも、取り止めてもらおうと思ってきたのです!!!!」

 大きめの声で私は答えた。一瞬、ロアは驚いた顔をしていたが、また先ほどと同じようにニコニコと笑いながら私を見つめてきた。

「へぇー。どうして⁇」

「わっ私!!婚約者となる方は彼のようにひ弱い感じではなく、もっとこう……がっしりとして私を抱えあげられるような男性が良いんです!!!!」

 ゲーム中、主人公をよくお姫様抱っこしていた王子に私は憧れていた。やはりお姫様抱っこするのは、本物の王子様でなくてはいけいないと。

 王子は細く見えるけど、きっと脱いだらがっしりとした筋肉なのだろうと勝手に妄想もうそうしていた。王子のイベントで服を脱ぐシーンは無かったものの、主人公をいとも簡単にお姫様抱っこしてしまうので、細マッチョなのは確実だ。

 ただ、ロアは確かクオンのことをが大好きな妹だったはずだ。今の私の言葉を聞いて、ブチギレるのではないかと思った。

 恐る恐る顔を上げると、ロアは……とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「だよねー。やっぱムキムキじゃなきゃダメだよね⁇男はもう熊を素手で倒せるくらい強くなきゃダメよね⁇」

 ひぇっと声をあげてしまった。そこまで強さは求めていないが、彼女は私の答えが気に入ったようだ。

「ふふっ。アヴリル⁇あっしね……」


 バンッッッ――


 ロアが何かを言いかけた時、突然扉が開いた。

 ハッとして扉に顔を向けると、そこには眼鏡をかけた少年が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る