八.犬猿の仲の二人
突然現れた少年は怒った顔をしながら眼鏡をくいっと上げた。
そして、ドンドンと大きな足音を立てながら、こちらに近づいてきた。
私の座っている席の隣まで歩いてきた後、こちらをじっと見つめてきた。
――誰⁇
苦笑いで私が固まっていると、私から視線を外してロアの方へ向けた。
「おい。お前、何しているんだ⁇」
ロアに対して、キツイ口調で声をかける少年。
深いオレンジの長髪を後ろでゆるく結んでいる。スーツのような黒い生地のジャケットと半ズボン、白いシャツにオレンジ色のネクタイを
まるで油でも塗ったのかと言うくらい、キラキラと輝く革靴を
――どこかで似たような
私がうーんと悩んでいると、目の前に座っていたロアは、そっぽを向いた。
「ふん!!別に、あっしが頼んだわけじゃないし。帰れよ!!」
先ほどまで何を
「はぁ……だからお前は馬鹿なんだ。まったく、どうして私がこんな無駄なことをしなければならないのだ」
「何さ!!⁇」
少年はやれやれと言うように、ため息をついた。
その態度にムカついたのだろう。ロアは立ち上がり、少年の前まで歩いて行った。
「あんたって本当に性格悪いよな⁉人を馬鹿にして楽しいのか!!⁇」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのだ」
「はぁぁぁっ⁉失礼にもほどがあんだろ!!」
「失礼なのはお前だ」
二人は私がここで座っていることを忘れたのだろうか。
まるで二人の世界だと言うように、
どうしたものかと思っていると、メイドが開いた扉をノックして部屋に入ってきた。
ロアは返事すらしていないのに、勝手に入ってくるなんて……と思ったが、これがいつもの日常なのかもしれない。
だからメイドもこの状況に
――せめて、来客者に対しては何か言ってほしいわ……
この状況に、私が困っているとは思わないのだろうか。
私はティーカップを手に取り、ゆっくりと口に注いだ。
――これは……
紅茶はオレンジティーだ。
ロアは紅茶のような上品な飲み物は、好みではないはずだ。
そして、私は初めてこの屋敷へ来たのだ。だから、私の好みなんてわかるはずはないのだから無難なストレートティーにすればいいのに、オレンジを絞ってあるのだ。
つまり、これはこの少年の
私は紅茶を飲みながら、二人をじっと見つめた。
ロアは明るく元気な少女で、基本的に人を嫌うことはない。
クオンの婚約者であるアヴリルとは、性格が合わないので嫌っていたのは知っているが、少年でこんなに言い争うほど嫌ってそうな人なんて……
――あっ!!
「チェンバール⁇」
私がボソッと言った
そして、こちらにゆっくりと顔を向けてきた。
まるで、
「どなたか存じないが、勝手に私の名前を呼ばないでいただきたい」
どうやら、当たったようだ。
私はにこりと笑って、
「失礼いたしました」
私はそう言うと、椅子を回って彼の前まで歩いていきお
ちょうど、ロアとチェンバールと私は一直線上に並んだ。
「お初目にかかります。私、アヴリル・D・タルジュアースと申します」
「あぁっ……こちらこそ失礼いたしました。私、チェンバール・
チェンバールも私と同様に、お辞儀をした。
彼はブロウ地区の宰相の息子だ。
宰相は天才的な頭脳を持ち、国の整備や国民の生活に重きを置いた政策を行う。
宰相が発する言葉はすべて王の考えだと言われるくらいには、王と宰相は以心伝心しているとされる。
そんな天才宰相の息子であるチェンバールは、父親を見習うように教養を身に付けていた。
もともと頭の出来は良かったが、それを鼻にかけないで誰よりも勉学に
天才型の努力少年は、小さいながらに大人顔負けの知識を持つ第二の宰相と呼ばれていた。
ただ、問題があるとすれば……性格だ。
天才かつ努力をする少年は、誰でも頑張れば自分みたいになると思っているのだ。
もしできなくても最低限の知識を持っているのが、普通だと思っていた。
それすら持てない人間は、努力もしないクズと思っている
そんな彼がコロン地区の統領からお願いされて、娘の教育係として任命された。
ついでに仲良くなれればと言う感じで、互いの統領は見守っていた。
だが、残念なことにその
出会った早々、チェンバールとロアは喧嘩を始めたのだ。
チェンバールはロアのことを山猿か何かなのかと言い、ロアはチェンバールのことを頭でっかちの木の枝野郎と
それからは、『顔を合わせる度に、喧嘩をしてはロアが負けて逃亡する』と言う日々を繰り返していたのだ。
そう、今のこの状況のように……
「まさか山猿のところへダーナ地区のご令嬢がいらっしゃるとは、思いもよりませんでした。お見苦しいところを失礼いたしました」
「なっ!!……木の枝のくせに何さ!!」
チェンバールはロアが怒るのも無視しながら、こちらに笑顔を向けてきた。
小さい頃からこんな感じでは、大きくなって悪化するのも仕方ない。
だが、見ていてロアが可哀想に見えてくる。頭が良いからって、人を馬鹿にして良いことにはない。
「ふふっ。そうですね、チェンバール様」
私がそう言うと、チェンバールはにこりと
「ですよね。やはり頭の良いご令嬢……」
「チェンバール様が頭の悪い方と言うことは、よくわかりました」
「……はっ⁇」
私がそう言うった途端、チェンバールとロアは目を大きく開いてかなり驚いたようだ。
「……何を……おっしゃっているのか……⁇」
チェンバールはかなり動揺しているようだ。
天才と呼ばれる男が、頭の悪い方と言われるなんて思わなかっただろう。
「だって、そうじゃありませんか⁇先ほどから聞いている限り、頭の良い方の発言とは思えませんもの」
「何のことですか!!⁇」
私の言葉に、チェンバールは
ロアに対して冷たい言葉ながらも、怒鳴ったりはしなかった。だが、私に対して声を張り上げてきたのだ。
そんなよくわからない状況に、ロアは困惑しているようだ。
頭が良いと言っても、
今のチェンバールなら、私でも口喧嘩に勝てる。そんな気がしていた。
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